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77. いざ、記憶を取り戻しに

 ~ セレーネ ~


 ビレッジ公爵とマーロンが席を外してから1時間と少し。ようやくビレッジ公爵とマーロンがセレーネたちの元へと戻ってきた。

 途中、「酒は無いか」と戻ってきた以外はずっと一緒に居た彼ら2人。一体何の話だったのだろうと、セレーネは気が気でならなかった。だって、話の流れ的にはまず自分の事であろうからだ。


「おかえりなさい。お父様。マーロン」

「ああ。ただいま、セレーネ」

「お待たせいたしましたお嬢」


 戻ってきた2人に早速セレーネは話し掛ける。ビレッジ公爵の頬は少し赤みを帯びている。酒を探していたようであったので、恐らく2人で酒を飲んでいたのだろう。何故このタイミングでという疑問がわく。

 マーロンの方は酒に強いのか、表情に特に変わった様子はないが、セレーネを見る視線に少し違和感があった。いつもはじっと真っすぐにセレーネの瞳を見て来るのに対し、今は少しその視線が逸れているように感じる。セレーネの鼻であったり、顔の隣であったり、とにかく目が合わないようにしているように感じる。


「あの………マーロン、どうかしたんですか?」


 マーロンの様子の変化を敏感に感じ取ったセレーネは、たまらずマーロンに尋ねてみる。


「い、いえ!特に何もないですよ!?」


 そんな風に、普段のマーロンとはかけ離れた慌てようで、何かあったのが丸わかりである。


「ふーん………なんか怪しいです」

「ほ、本当に何もないですから!」


 ジト目でマーロンを見るセレーネであったが、どうやらマーロンは話すつもりは無いようであるので、セレーネは渋々諦める。


「それで、何の話をしてたんですか?内緒話ですか?」

「いや、話せる話だ。………そうだな、出発する前に話しておくか」


 セレーネの問い掛けにビレッジ公爵が答える。


「マーロンとは親子の盃を交わした。これでマーロンとは親子分の関係になった」

「お、親子!?」


 親子という言葉に、セレーネは声を裏返しながら驚く。


「親子ってどういうことですかお父様!?つまり、マーロンは私の兄妹になったって事ですか!?」

「いや、そういうわけではないのだ」


 セレーネが真っ先に思ったのは、マーロンがビレッジ公爵の養子になったという想像だ。というか、まず親子と聞いて思い浮かぶのはそれであろう。だが、ビレッジ公爵が言う親子は少し違う意味を持つらしい。


「私もまだ完全に理解はしていないのだが、子は親に付き従い、親は子を庇護する。そんな関係らしい。上司と部下、主人と従者。それに近いと」

「つまり、今とそんなに変わらない?」

「まあ、関係的にはそう変わりはないらしい」


 ビレッジ公爵もまだ完全に飲み込めていないのか、少し説明があいまいだ。

 そんな2人を見かねてか、意外な人が話に入ってくる。

 それはフィーネであった。


「えっと、親分と子分の関係って事ですよね?暴力団とかに多い………」

「フィーネは知ってるんですか?」

「前世の映画とかドラマとかで少し………。フィクションの世界の話だと思ってたんですが、あれは本当だったんですね………」


 映画やドラマというのが何のことかはわからないが、フィーネやマーロンの前世ではメジャーな関係ではあったらしい。


「説明は難しいのですが、旦那様とは疑似的な血縁関係を結んだのです。親分と子分。親の言う事は絶対で、子は親の為に尽くし、親も子の為に尽くす。実の血縁と遜色(そんしょく)ないほど強く、固い繋がりです。関係的には先ほど旦那様からも説明があった通り、主従の関係に近い形です」


 マーロンからの説明でようやく実態がつかめてきた。


「つまり養子になったとか、そういう話では無いという事ですね?」

「はい、そう言う事です。前より旦那様と私の繋がりが強くなった。そんな風に考えていただけると」

「なるほど。―――よかった………」

「よかった?」

「い、いえ!何でもありません!」


 ふと本音が漏れてしまったセレーネ。マーロンがビレッジ公爵の養子になると、セレーネとは兄妹になってしまう。それでは恋人にも、その先の夫婦にもなれない。それでセレーネは少し慌ててしまっていたのだ。


「でも、どうして今そんな事を?」

「それはまあ………、色々とありまして」


 セレーネの問いに、濁すような言い方になるマーロン。そこはどうやら教えてもらえないらしい。


「そう追及するなセレーネよ。マーロンと私、男と男の話だ」

「ふーん………」


 やはり秘密の話であるようだ。気になるセレーネであるが。結局は教えてもらえそうにない。


「まあいいです。―――それで、今から出発しますか?私はいつでも準備万端ですよ!」


 ようやく、元々の予定に戻ってくる。本来であれば、セレーネの記憶を取り戻しに行くつもりであったのだ。


「私も、いつでも大丈夫です」


 マーロンもセレーネと同じく、心の準備はできているようだ。


「―――マーロン。頼んだぞ」

「はい、もちろんです。()()


 マーロンがビレッジ公爵の事を「親父」と呼んだ。今までは旦那様と呼んでいたはずであるが、どうやらこれが先に言っていた、親子の盃による変化なのだろう。


「―――なんだか照れくさいな。お前に親父と呼ばれるのは」

「慣れてください。これからもずっとそう呼び続けることになるんですから」


 そう言って苦笑いし合う2人。

 突如急接近したマーロンとビレッジ公爵の関係に、セレーネは少し暖かな感情になるのだった。








 セレーネはマーロンと共に馬車に乗り、再生の魔王セレスの記憶が封印されている大樹へと向かう。同行するのはエルムやエルムの父親であるエーリー率いるエルフの戦士たちだ。ビレッジ公爵たちには申し訳ないが、エルフの里で待機してもらっている。


「多腕族のガントルだったか?そいつって強いのか?」


 ふと気になったのか、マーロンがエルムに尋ねる。


「おばば様曰く、かなりの剣の使い手らしいわ。しかも四刀流だって」

「四刀流!?四本もどうやって持つんだよ!?」

「ガントルは多腕族よ。腕が四本あるの」

「ああ。そう言う事………」


 セレーネもマーロンと同じく、四刀流と聞いた時同じ疑問を抱いてしまった。少し恥ずかしい。


「ついた呼び名はソードダンサー。相当な剣技の使い手よ」

「ふーん。楽しみだな」

「緊張感のないやつね………。負けたらセレーネ様の記憶は取り戻せないのよ?」

「負けたらな。負けるわけない」

「はぁ………。セレーネ様はこんな男の何がいいのかしら………」


 呆れたようにため息をつくエルム。彼女には悪いが、こういう自信満々な所もマーロンの魅力の1つだ。


「そんで、その大樹とやらはどこにあるんだ?」

「精霊の森のど真ん中にあるわ。もうすぐよ」


 エルムがそう言った途端、馬車が進む道を取り囲んでいた木々の群れが突然に消えた。馬車が開けた場所へと辿り着いたのだ。


「着いたみたい」


 エルムのその言葉で、セレーネとマーロンは同時に馬車から身を乗り出した。

 馬車が辿り着いたのは木々が途切れた開けた地。そのど真ん中にあったのは、視界いっぱいに広がった超巨大な大樹であった。


「お、おっきいです………!」

「でかいですね………!」


 視界いっぱいを埋め尽くす程の大きさで鎮座する巨大な大樹。大地に根付くのは、先が見えぬほどの広さを持った、太く立派な幹。天を突くように空へ伸びた大樹は、上を見上げても終わりが見えぬほど、高くそびえ立っていた。


 だが、そんな立派な体躯(たいく)とは裏腹に、その大樹は枯れかけであるようだった。

 天に伸びた先にある太い枝の先にはほとんど緑は残っておらず、わずかに残った茶色の葉は、最後の力を振り絞って枝にしがみついている。

 その巨大な体躯を支える幹はひび割れ、ざらついた樹皮は剥がれ落ち、無数のしわが刻まれている。

 辛うじてその命の灯を保っている。そんな有様であった。


「―――この大樹、辛そうです」


 セレーネは枯れかけた大樹を見て、ふと呟く。

 目の前にたたずむ大樹は命が尽きかけている。それが見てわかるほど、その大樹は年月を感じさせるものであった。

 緑豊かな精霊の森に似合わぬほど、その大樹は寂しい巨体を天に晒している。


「おばば様が生まれた頃からこの大樹はあったようですから。実に1000年以上、生き続けているのです」


 エルムが寂しそうに答える。


「かつては立派な緑の葉を目いっぱいに付けていたようですよ。精霊の森のシンボル的な存在であったと、おばば様には聞かされています」

「その姿、見てみたいですね………」

「そうですね。私が生まれた頃には既に、この有様でしたから………」


 エルムは寂しさに目を伏せながら言う。かつての緑に覆われた大樹の姿。今はもう、見る影もない。


「―――馬車で進めるのはここまでです。この先は結界で進めませんから」


 悲しげな眼を隠し、エルムがセレーネたちに言う。

 セレーネたちはその言葉に従って馬車を降りる。


「結界というのはここに?」

「はい。手を伸ばしてみてください」


 エルムに促され、セレーネは思い切って手を伸ばしてみる。


 すると、自らの手が何やら光の障壁のようなものを突き抜けたのを感じた。

 セレーネの手の付け根を境目に、光纏った障壁がぐるりと大樹を覆うように出現した。


「これが結界………」

「はい。この先に進めるのはセレーネ様とマーロンのみです」


 エルムがそう、心配そうな顔で言った。


「ここからは、マーロンと2人きりって事ですね?」

「はい。そう言う事になります」


 エルムはそう言って、マーロンの方に目を向けた。


「―――セレーネ様の事、頼んだわ」

「当たり前だ。茶でも飲んで待ってろ」


 いつもの彼らしく、不敵に笑いながら返すマーロン。こういった姿が、セレーネにとっては心地よく、安心できる要素だ。


「さぁ、行きましょうお嬢。記憶を取り戻しに」


 マーロンは言いながら、片手を差し出してくる。


「はい。行って参ります、皆さま」


 セレーネはマーロンから差し出された手を握り、共に結界の中に踏み出した。

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