75. やはり父は娘が心配な様です
セレーネが同行者に選んだのはマーロンであった。その事にエルムは悔しさを滲ませながらも、その表情には納得の色も見えていた。
「―――セレーネ様がそう言うのであれば仕方がありません。今回はマーロンに譲りましょう」
渋々ながら認めるような発言をしたエルムは、その後マーロンを指差して言う。
「ただし!いつまでも一番手でいれると思うな!セレーネ様の信頼を勝ち得るのはこの私だ」
エルムはそう宣言してそっぽを向いた。負けず嫌いな奴である。
「はっ!精々頑張るんだなクソガキ」
「ガキはお前だろマーロン!」
そんな事を言いつつ苦笑し合うマーロンとエルム。口では言い合っているように見えても、2人ともセレーネを愛する従者たちだ。嫌い合ってはいない筈である。
「どうやらセレーネに同行するのはマーロンに決まった様だな」
「よろしくお願いしますお嬢。お嬢の事は私が守りますので、ご安心ください」
「はい、よろしくお願いしますね!マーロン!」
ビレッジ公爵からの確認の言葉に答えるマーロンとセレーネ。結局落ち着くべきところに落ち着いた感じだ。
「エルム、ごめんなさい。エルムの事を信頼していないわけでは無いのだけど、マーロンは今までもずっと一緒でしたから」
「いえ、謝らないでください。私がこれから信頼を勝ち取ればいいだけの話ですので!」
悲壮感などなく、寧ろ燃えるような目つきでエルムは言う。どうやらマーロンにとって強力なライバルが現れたようである。マーロン自身も、少しだけ気持ちが燃え盛る。
「それで、いつ出発しますかお嬢?」
「今からでも!」
マーロンからの問い掛けに、元気よくセレーネは答えた。流石マーロンのご主人様である。準備は万端という事だ。
「そう言うと思いまして、既に出発の準備はできてます、セレーネ様」
「本当?ありがとうございますエルム!」
エルムは得意げに胸を張り、マーロンに向かってニヤリと口角を上げた。どうやらすでにマーロンに張り合ってきているようだ。抜け目ない奴である。
「では早速向かい………」
「ちょっと待ってくれ!」
セレーネが言いかけた途中で誰かが待ったをかけた。
セレーネの言葉を遮ったのは、慌てた様子のビレッジ公爵であった。
「お父様?」
「すまんセレーネ。少し時間をくれ」
ビレッジ公爵はそう言うと、控えていたマーロンに視線を向ける。
「マーロン。2人っきりで話がある」
ビレッジ公爵の目は真剣そのものであった。
ビレッジ公爵に呼ばれたマーロンは、セレーネたちとは別の部屋に移動し、ビレッジ公爵と2人っきりになった。セレーネたちには聞こえぬよう離れた部屋で、ビレッジ公爵と向き合うマーロン。
ビレッジ公爵の目は真剣そのもので、これから大切な話があるのだと考えずともわかる雰囲気である。しかも、マーロンだけへの秘密の話だ。
先ほどまで話していた内容から推測するに、恐らくセレーネの事であろうことはわかるが、どのような要件であるのか、少しマーロンは不安になる。
「すまないな。わざわざ場所を変えてもらって」
ビレッジ公爵が申し訳なさそうに言う。自身の従者の事などそう気にする必要ないというのに、ビレッジ公爵も娘に負けず劣らず身内に甘い所がある。まあそういう所が、マーロンが好ましく思う所ではあるのだが。
「いえ、気にしないでください」
そう淡々と答えたマーロン。何の気にもしていないと、ビレッジ公爵に態度で示す。
「話の流れからわかると思うが、セレーネの事だ」
「だとは思ってました。ここ最近、色々とごちゃついてましたから」
やはり想像通り、セレーネに関する話であるようだ。
ウェスト王国の国王であるバーナス王からの暗殺未遂から始まり、王国軍のビレストへの襲撃、イースト帝国への逃亡。逃亡先ではエルムが現れ、セレーネが1000年前の魔王、再生の魔王セレスの転生体であることを知った。
正直、立て続けに事が起きすぎていて、ゆっくりと話す機会も少なかったのだ。
「―――マーロン。君はセレーネの事をどう思っておる?」
おもむろにビレッジ公爵が尋ねる。
「お嬢は私の命の恩人です。そして心優しき我が主人です。彼女のためなら命を賭しても構わない、命を賭けてでも守るべき大切な人です」
マーロンの答えを聞いたビレッジ公爵は、マーロンからの答えが気に入らなかったのか、少しだけ眉をひそめた。
「そういう意味では無いのだ。我が娘の事、1人の女性として、どう思っておる?」
「1人の女性として………ですか?」
「ああ、そうだ」
ビレッジ公爵が問いたいことはつまり、セレーネの事をマーロンは、異性としてどう思っているかという事であろう。
まさか彼女の実の父親からそんな事を聞かれるとは思いもしなかったマーロンは、驚きで目を見開く。
手を顎に当て、少し考えたマーロンは、正直な自分の気持ちを打ち明けるべきだと判断する。これはビレッジ公爵からの真剣な問い掛けである。ならばこそ、マーロンも誠実に返すべきだと思ったからだ。
「―――私は今まで、女性を愛した経験というものが一度もありませんでした。前世も合わせて自分は仕事と喧嘩ばかりで、数少ない抱いた女性も商売女ばかりです。今まで自分は、人を愛するという事を知りませんでした」
ゆっくりと、自らの話を吐露し始めたマーロン。そんなマーロンの言葉に、驚きつつも耳を傾けるビレッジ公爵。
「話していた通り、自分は前世から人でなしです。反社という名の通り、社会に反したことしかやって来なかった人種です。自分が動くのは金のためであり、組のため。個人への執着はほとんど無く、拾って貰った組への恩返し、その為に自分は犯罪に手を染めてきました」
親父や周りの組員たちは好きではなかった。だが、子供の頃に野垂れ死ぬはずだった自分を育ててもらった恩があるのだ。決して普通の育て方ではなかったし、組の利益の為に拾われたに過ぎない。だがそれでも、死ぬはずだった命を救われたという事実は変わらない。だからこそマーロンは、盃を交わして極道になったのだ。
「そしてそれは、お嬢に命を救われた時も変わらないはずでした。自分は恩返しのために、お嬢と旦那様に仕えてきたんだと、今までは思っていました」
意味深な言い方をするマーロンに、ビレッジ公爵が尋ねる。
「つまり、今は違うと?」
「はい。確かに始めは恩返しのためでした。お嬢や旦那様に義理を通す。筋を通す。それこそが私の行動理由でした。しかし、最近になってようやく気付いたのです。自身の気持ちに変化が起こっているのだと」
そう。それは最近になって、ようやく自覚した想いである。
「お嬢がバーナス王に、レヴィエに命を狙われた時、私は今までに無いほど感情的になりました。怒りの感情を剥き出しにし、レヴィエを痛めつけようとしました。あろうことかお嬢の制止を無視し、怒りのあまり手を振り上げたのです」
あの時の自身の感情は、今までに感じた事のないほどの怒りであった。あれ程怒りの感情を剥き出しにしたのは、前世も含めて初めてだったと言ってもよい。それほど、自身の感情が揺さぶられたのだ。
それこそ、大恩あるセレーネの声を無視してしまうくらいに。
「これは私にとってあるまじき行為でした。お嬢の言う事は絶対。それこそが自らが通すべき筋であったというのに、私はそれに背いてしまったのです」
大恩あるセレーネの言葉、それを無視してしまうなど、マーロンとしてはあり得ない行いであったのだ。
「その時、私はようやく気付いたのです。恩だとか、義理だとか、筋だとか、今まで大切にしてきた自身を構成する要素を忘れてしまうくらいに、自分がお嬢に入れ込んでしまっているという事実に」
ここでようやく、マーロンの話が本題に近付く。
「あの時の自分は、お嬢への恩だとか、義理だとか、そんなもの関係なしに感情的になってしまっていたのです。私の大切なお嬢が命を狙われた。その事に私は、猛り狂ってしまったのです」
マーロンはセレーネへの想いを噛みしめながら言う。
「私はここで初めて、お嬢に自らの心を支配されていることに気付いたのです。セレーネ・ビレッジという女性に、心から入れ込んでしまったことに気付いたのです」
気付けばマーロンは、セレーネという1人の女性に心を完全に支配されてしまっていたのだ。
「―――この想いがたぶん、俗にいう愛というものなんでしょう。この年齢になってようやく、自分は気付くことができたのです。お嬢を愛していると。ずっと傍にいて、彼女を守りたいのだと。そう心から思うようになっていたのです」
マーロンが最後に伝えたかったのはこれだ。
確かに始めは恩返しのためであった。命の恩人であるセレーネに恩を返すため、マーロンは彼女の傍にいた。だが、徐々に変わっていったのだ。少しずつ彼女に惹かれていったのだ。
そして気付けば、恩返しのためが、セレーネの為になっていた。恩だとか関係なく、セレーネを守りたいと、彼女の傍にいて、彼女の役に立ちたいと。いつの間にかそう思うようになっていたのだ。
「これで、答えになっていますでしょうか………?」
マーロンがビレッジ公爵に尋ねる。
ビレッジ公爵はそんなマーロンの視線と言葉を聞き、納得したかのように深く頷いた。
「ありがとうマーロン。お前の気持ち、ようやく理解できたよ」
ビレッジ公爵はそう言って、マーロンにゆっくりと近付いた。
目の前のマーロンの肩に手を置き、マーロンの目を真っすぐに見て言う。
「マーロン、お前に頼みがある。セレーネの事、お前に任せてもいいか?」




