74. 精霊の森に封印されし記憶
エルフの里に到着した翌日。エルムの家族たちによる歓迎で長旅の疲れを癒したマーロンたちが、広いリビングに一堂に会していた。
昨晩はエルフの郷土料理をご馳走してもらい、腹を満たしたマーロンたち。森の中に住む魔物の肉や、緑豊かな地で育った栄養価の高い野菜をふんだんに使った料理であった。味は塩味が多く、自然の味をそのまま味わえる良い料理であった。まあ、前世から貧乏舌であるマーロンには素材の味などわからないが、美味しい料理だったのには違いない。
そんなこんなでゆっくりと羽を休めたマーロンたちは、気になっていた再生の魔王の話をこれから行うのだ。
精霊の森にあるとされる再生の魔王の記憶。魔道具によって封印されたその記憶を取り戻すことができれば、1000年前の真実を知ることができ、セレーネの再生の魔王としての力も本来の力を取り戻すことができるらしい。
「それで早速なのですが、私の愛娘、セレーネが再生の魔王であるという話は本当ですか?」
ビレッジ公爵が単刀直入に問う。
いかにも早く真実を知りたいという様子だ。実の娘が魔王であるというのだ。気が気では無かったのだろう。寧ろよく一晩我慢できたものだ。
「はい、真実でございます。昨日一目見た時にピンときました。この方こそ、かつての再生の魔王様、セレス様の生まれ変わりだと」
そう断言するエルムの祖母のエルバ。エルバは昨日、セレスに会ったことがあると言っていた。その面影をセレーネの姿に見たのだ。
言い切るようなエルバの言葉に、ビレッジ公爵の表情が苦々しく歪む。
ビレッジ公爵にとってセレーネは大切な娘なのだ。それも、たった1人の愛娘なのだ。彼としては複雑な感情なのであろう。その心の中で何を思っているのかは、マーロンには想像もつかない。
「―――精霊の森に、再生の魔王の記憶が封じられていると聞いています。我が娘はそれを取り戻したいと」
ビレッジ公爵は複雑な表情をしながらも、話を次に進める。
「はい。エルフの里を出て南に進んだ先。そこに一際大きな大樹があります。その中にセレス様の記憶が封じられています」
「それを取りに行けば、セレーネは過去の記憶を取り戻せるのだな?」
「その通りです。が、1つ問題が………」
エルバが少し言いにくそうに言い淀む。
「なんですか?その、問題というのは?」
ビレッジ公爵から促されたエルバは、言いにくそうに言葉をつづった。
「記憶が封印された魔道具の前には番人がいます。セレーネ様の記憶を取り戻すには、その番人を倒さねばならないのです」
「番人?」
「かつて再生の魔王様の部下であった、多腕族のガントル。彼がセレーネ様の記憶を余所者に取られぬよう、1000年もの間守り続けているのです」
魔道具に封じられたセレスの記憶。当然それを野放しにはできない。その記憶を守る番人が、そのガントルという人物であるらしい。
「1000年も守り続けているのですか!?」
セレーネが驚きの声を上げた。1000年もの間、その人物はセレスの記憶を休むことなく守り続けているというのだ。
「はい、そうなんです。彼は非常に忠実な人物でした。常にセレス様の傍に仕え、常にセレス様を守り続けた。―――そしてそれは、セレス様の死後も変わらなかった。1000年たった今でも、彼は未だにセレス様の記憶を守り続けているのです」
「物凄い忠誠心ですね………。1000年も生きて守り続けているとは………」
「いえ。ガントルは900年前に死亡しています」
ビレッジ公爵からの感嘆の言葉であったが、エンバは「ガントルは生きている」という事を否定した。
ガントルは死んでいる。ならどうやってセレスの記憶を守っているというのだろうか。
「どういうことですか?」
「ガントルは死後、アンデットとして復活しました。スケルトンキングというアンデット系の魔物として復活し、アンデットと化した今も守り続けているのです」
エンバの説明で疑問が解消される。彼は1000年もの間生き続けたわけではない。だが、死しても尚、アンデットとして復活し、記憶を守り続けているのだ。その執着とも取れるような忠誠心は、言葉で表せぬほど深いものだったのであろう。
スケルトンキング。アンデット系の魔物で、死体がアンデットとして復活した際に骨だけになって復活した魔物である。
危険度はSランク。かなり強力な魔物である。
「つまりその、スケルトンキングとなったガントルを倒さなければ記憶は取り戻せないのですね?」
「はい。そう言う事ですセレーネ様」
ようやく、エルバの言っていた問題というものが明るみになる。番人として記憶を守るスケルトンキング。彼を倒さねば、セレーネは記憶を取り戻せないのだ。
「なんだ。スケルトンキングだけであれば我とマーロンだけで楽勝だろう?」
話を大人しく聞いていたフランマがそんな事を言う。
確かに魔物1匹であれば、フランマとマーロンがいれば倒せない事は無いだろう。
だが、話はそう上手くはいかないみたいだ。
「それが難しいのです。大樹の中に入れる人物も結界によって制限されており、セレーネ様と眷属候補1人しか入れないのです」
エルバが苦々しげに言う。立ち入ることができる人さえ制限されている。つまり、番人であるガントルを、セレーネと眷属候補の1人だけで倒さねばならないという事だ。
「ってことは、俺がお嬢に同行して、そのスケルトンキングとやらを倒せばいいんだな?」
大樹の中に入れるのはセレーネともう1人だけ。そう聞いたマーロンはもちろん、そのもう1人は自分しかいないと堂々と宣言した。
そんなマーロンに、待ったをかけた人物が1人。
「待ちなさい。私だって眷属候補。セレーネ様に同行するのは私よ」
そう言い放ったのはエルムであった。
「あ?新入りは黙ってろ」
「黙るのはお前だ若造。セレーネ様に相応しいのは私」
互いに睨み合うマーロンとエルム。両者の間にはバチバチと火花が舞う。
「ほう。譲る気は無いみたいだなクソ女………。痛い目見なきゃわかんねえか?」
「上等だ犬っころ。一撃で転がしてやるわ………!」
互いに引く気はないと悟ったマーロンとエルムは、突如臨戦態勢に入った。実力でどちらが相応しいか決めようという、同じ結論に至ったみたいだ。
だが、そんな2人のおでこをセレーネのチョップが襲う。
「こらっ!」
「あいてっ!」
「いたっ!」
セレーネにチョップをお見舞いされた2人は、仲良くおでこを抑えて蹲った。
「何するんですかお嬢!」
「今からこの馬鹿男に実力を見せつけてやろうとしてたのに!」
「こんな所で喧嘩しないでください!迷惑ですよ!」
セレーネは引く様子の無いマーロンとエルムを叱り、更にチョップをお見舞いする。
「いてっ!」
「あいたっ!」
再びおでこの痛みで膝を曲げた2人。2度も怒られれば流石に2人は懲りる。シュンと肩を落とし、捨てられそうな子犬のような目でセレーネを見る。
「全く………。あなた達は………」
呆れたようにため息をつくセレーネ。マーロンはいつもの事であるが、エルムまでセレーネの事になると暴走してしまうようである。
「しかし、どうやって決めるんですか!?自分は引くつもりありませんよお嬢!」
「私だって絶対に引けません!」
「うーん………、そうですね………」
マーロンとエルムの視線を一気に浴びるセレーネは、困ったように顔を俯け、うんうんと唸る。
そんなセレーネの姿を見かねたのか、ビレッジ公爵がセレーネに助言する。
「セレーネ。どちらを連れて行くか、自分で決めなさい。向かう先に待つものは強敵だ。お前が背中を預けられる、最も信頼する人を選ぶのだ」
ビレッジ公爵は真剣な声でセレーネに言う。
セレーネが最も信頼する者。その言葉を聞いた途端、セレーネの顔から迷いが消える。
たぶん、すぐに思い浮かぶ人物がいたのだろう。
そしてその人物が誰であるかは、マーロン自身もわかっている。共に過ごした短くも濃密な日々は、2人の心を通わすには充分な時間であったからだ。
「―――マーロン。私と共に行ってくれますか?」
そう、セレーネは言った。
「はい。もちろんでございますお嬢」
そう、マーロンが答えた。
始めから答えは決まっていたのだ。マーロンとセレーネ。2人の絆はもう、誰よりも強く、固く結びついている。




