73. エルフの里
引き続き精霊の森を進むマーロンたち。マーロンを乗せた馬車は数十人のエルフたちに護衛されながらゆったりと進む。
途中で何度か魔物の襲撃に遭いながらも、エルフたちによる魔法や弓矢の迎撃ですぐに魔物たちは駆除されていく。どうやらエルフたちは魔法に弓矢と遠距離の攻撃が得意なようである。
「エルフってみんな魔法やら弓矢やらが得意なのか?」
「ええ。エルフは代々狩猟民族なの。そのお陰でみんな狩猟の腕を磨くのよ。老若男女関係なくね」
「へえ。じゃあエルムも得意なんだな」
「そうね。―――丁度魔物がいるみたいだし、見せてあげるわ」
そう言うエルムの睨む先に、全長2メートル近い猪型の魔物が姿を現した。マーロンたちの乗る馬車から200メートルほど先である。
エルムは先ほどの言葉通り、自らの弓を引き、魔物を射る準備に取り掛かる。引いた弓はキリキリと軋み、はち切れんばかりにその姿を反る。
矢の先端が差す先にいるのは大型の猪。今まさに突進しようと足を踏み鳴らしている魔物に向かって、エルムは一気に弓の弦を解放した。
ヒュンッ!という音を立てながら、風を切る矢。
弓矢というのはその性質上、軌跡は弧を描くはずであるが、エルムが放った矢は真っすぐ魔物に向かって飛んで行く。
間にある木々の隙間を縫い、一直線に飛んで行った矢は、丁度魔物の眉間に突き刺さった。
「ギィイッ!」
眉間に矢が突き刺さり、泣き声を上げる猪。
どうやらその声は断末魔だったようで、すぐに猪は身体を横たえて力尽きた。
「―――すげえな。まさかこの距離を」
「す、すごいです」
「これくらい朝飯前です、セレーネ様。私の手にかかれば1キロ先だって外しません」
マーロンとセレーネが感嘆の声を上げ、その賞賛の声にエルムが得意気に胸を張る。周囲の仲間たちもみな目を丸くして、エルムの弓矢の腕前に舌を巻いている。
「矢が一直線に飛んでったな?何か秘密が?」
「実は風魔法で威力の増幅と照準の調整をしてるのよ。そのお陰」
「ほほう。こりゃ本当にすごいな」
弓矢でこの制度なのだ。スナイパーライフルなんて使わせたらもっと面白そうだと、そんな事を考えるマーロン。
「エルフたちはみんなエルムくらいの実力持ってんの?」
「いえ、これは私が天才なだけ。生まれて200年、同世代のエルフには一度も負けたことが無いくらいには自信があるわ」
「えっ………。お前200歳だったの?」
「そうだけど、人間の基準で考えない事ね。エルフは人より100倍近くは生きるんだから」
「じゃあ単純計算で20歳くらいって事か。ならまだガキじゃねーか」
「あんたはもっとガキでしょうが!」
時折忘れてしまうのだが、マーロンはまだ16歳である。前世での経験があるため忘れてしまいがちである。
「200歳だと、フランマより年上ですね」
「うむ、確かにのう。我はまだ100歳じゃからの」
エルムは200歳、フランマは100歳。どうも前世の感覚でいるとおかしくなってくる年齢感であるが、これがこの世界の普通なのだろう。早く慣れなければ。
「フランマさん。竜って何歳くらいまで生きるんですか?」
ふと気になったのか、フィーネがフランマに問う。
「うーん、竜の寿命などわからんのう。竜は好戦的なものが多い故、早死にする固体も多いしのう。じゃが、我の母親などは確か、1万年近く生きていると言っていた覚えがある」
「えっ!?1万年!?」
フィーネたち全員がその言葉に驚く。人間より桁が2つも違うのだ。流石に想像もできない。前世であると、キリストですら生まれていない時期である。
「1万年って、想像もできないです………」
フィーネが感嘆の声を漏らす。どうやら似た様な感想を抱いたらしい。
そんな他愛のない話をしている間に馬車が停止した。どうやらエルフの里に到着したようだ。
「到着しました、セレーネ様」
「ありがとうございます、エルムさん。―――エーリーさんも、道案内ありがとうございます」
「「はっ!ありがたきお言葉!」」
セレーネからの労いの言葉に、親子ともども畏まるエルムたち。ちなみにエーリーとは、エルムの父親の名前である。
そんな2人の堅い態度に、セレーネは苦笑する。セレーネは貴族には珍しく、お堅い態度は好きではない。貴族である建前上それを受け入れてはいるが、本音では緩い関係の方が好きなのである。
そんなセレーネの思いなど露知らず、エルムとエーリーは、馬車から降りたセレーネたちの案内を再開する。
エルフの里はたくさんの木々に囲まれた、自然の多い里であった。
ほとんどの建物は木造で、その素朴さに確かな温かさを感じる。里を囲む緑はそよ風に揺れ、まるで里全体を森が包み込んでいるような、そんな安らぎを感じる里であった。
「いい雰囲気の里です」
「そうですねセレーネ様。大自然に癒されそうです」
セレーネとフィーネがエルフの里に感嘆の声を上げる。その言葉を聞いたのか、エルムとエーリーの表情がにやける。どうやら里を褒められて嬉しいようだ。
だが、そんなエルフの里のさわやかな外観とは裏腹に、そこに住むエルフたちの目はあまり気持ちの良いものではなかった。
人間を恨むエルフたちの視線。マーロンたちを訝しみ、憎しみの籠った眼で彼らは見てくる。堂々と見ているわけではなく、あくまで自然に疑いの目を向けてくる。そんな不愉快な目が、エルフの里の雰囲気を台無しにしていた。
「あまり歓迎されているわけではなさそうですね」
「エルフは人間を恨んでいるでしょうから。仕方ないです」
マーロンの苦言にセレーネが苦笑する。
1000年前からの魔族との確執から始まり、近年ではエルフの奴隷化が盛んである。エルフが人間を憎悪するのは当然であろう。
「申し訳ありませんセレーネ様!すぐにやめさせて………」
「いいんですエルム。彼らは事情を知らないんでしょう?我々を訝しむのも無理ないことです」
エルフたちの態度にエルムが肝を冷やす。セレーネが再生の魔王であることを知らぬエルフたちから見れば、マーロンたちは不審な人間たちの集団に見えるのだろう。疑いの目で見るのは仕方の無いことである。
そんなエルフたちの視線を浴びながら向かう先は、里長であるエーリーの家、つまりエルムの実家である。
辿り着いたのは、エルフの里のど真ん中にあるひときわ大きな家。木造建築の趣のある家屋であった。
「着きました。ここが我が家です、セレーネ様」
「ありがとうございます、エーリーさん」
エーリーとエルムの案内に従い、家の中に入って行くマーロンたち。
その中で待っていたのは、綺麗な女性エルフと立派な白髪を携えた老体の女性エルフであった。
綺麗な女性エルフがセレーネたちを見ると、頭を下げてセレーネたちに挨拶をしてくる。
「ようこそいらっしゃいました。再生の魔王様、そしてその従者の皆様」
綺麗な女性エルフの挨拶を聞き、セレーネがマーロンたち代表して挨拶を返す。
「お招き預かり光栄に思います。私の名前はセレーネ・ビレッジ。以後、お見知りおきを」
セレーネがそう答えたとたん、老体のエルフが感嘆の声を漏らす。
「おお………!セレーネ様………、かつてのセレス様にそっくりじゃ………!」
まるで懐かしき人に再会したかのような言葉を発する老体のエルフ。その表情は、再会の喜びの感情で涙が溢れていた。
「前世の私を知っているのですか?」
「はい………!まだ若造だったわしに、直接声を掛けてくださったのです………!あの時の事は今でも覚えておりますとも!」
この老体のエルフは、前世のセレーネ、セレスに会ったことがあるという。つまり1000年以上も生きていることになる。超ご長寿さんだ。
「おばば様!お母さん!まずは自己紹介を………!」
エルムが目の前の女性エルフ2人にそう言って自己紹介を促す。
どうやらこの女性エルフ2人がおばば様と呼ばれていた占星術使いのエルフと、エルムの母親であるようだ。
「おっと、自己紹介が遅れました。わしの名前はエルバ。エルムの祖母です。よろしくお願いいたします、セレーネ様方」
「そして私がエルラ。エルムの母です」
おばば様と呼ばれていた老体の女性は、どうやらエルムの祖母であったようだ。祖母のエルバに、母のエルラというらしい。
彼女たちの自己紹介を皮切りに、マーロンたちも自己紹介を行う。
「申し訳ありません。こんなに大人数で押し掛けてしまい」
「いえいえ。再生の魔王様が信頼する仲間たちなのですよね?でしたらいつでも歓迎でございます」
セレーネの謝罪の言葉にエルラが答える。8人という大人数で押し掛けているのに嫌な顔一つしていない。ありがたい話だ。
「長旅でお疲れでしょう?色々と聞きたいことはお有りでしょうが、まずはこの家で疲れを癒して、詳しい話は明日という事にしましょう」
エルラからのありがたい提案であった。マーロンは平気ではあるものの、セレーネやビレッジ公爵、フィーネ、フィリップなど、体力がない人たちには少し疲労が見えている。馬車も貴族仕様ではなく一般仕様なので体力の消耗も激しく、できればもう少し疲れを取っておきたかったのだ。
「お邪魔してもいいのですか?」
「はい、もちろんでございます、ビレッジ公爵様。どうぞこの家で羽を伸ばしてください」
「では、お言葉に甘えて」
「時間も丁度いいですし、夕食の準備もしておきますね」
「ありがとうございます。何から何まで………」
こうしてエルフの里に到着したマーロンたち。
まずはゆっくりと羽を休めて、再生の魔王について万全の状態で話を聞く事としよう。




