72. 精霊の森到着
精霊の森。イストウェストの緩衝地帯にある、巨大な森林である。
背の高い大量の木々が密集しており、そこには強烈な量の緑が広がっている。緩衝地帯の荒野に広大に広がる精霊の森は、まるでそこが恵みの境界線であるかのように、乾いた大地が木々によって断絶されている。精霊の森の中の地面は水分も豊富で、生い茂った緑からもその大地の豊潤さを感じさせる。
そんな精霊の森にはとある魔族が住むと言われている。それがエルフ。長耳族とも呼ばれる、異種族である。
人間よりはるかに長い寿命を持っており、長ければ1000年以上も生きるとされている、長寿の種族である。長く尖った耳を持っており、聴覚もそれ相応に優れているらしい。また、魔法への適性も高く、エルフのほとんどが魔法の使い手であるという。
長寿なためか、繁殖力はそう高くなく、精霊の森に住むエルフの数は総勢1万にも満たないらしい。滅多に精霊の森の外には出ないため、人間の間では絶滅危惧種に指定されている種族でもあるようだ。
そんな予備知識を持ったまま精霊の森に到着したマーロンたちは、高い木々の間をフィリップ商会の馬車で進む。
「本当に迷ったりしないのですよね………?」
「はい。私が傍にいる限り、この森は安全です」
セレーネからの心配の声に、エルムが答えた。
エルムが言うには、精霊の森には結界魔法が張られていて、エルフ以外の種族がこの地に踏み入れれば、永遠に森の中を彷徨い、二度と出られなくなるという。はぐれたりしたら終わりかという事も確認したが、精霊の森には侵入者を検知する仕組みもあるらしく、それで位置情報もわかるらしい。
はぐれたりはしないと思うが、万が一迷子になっても問題は無さそうだ。
馬車を囲む背の高い木々たちを見上げながら進むマーロンたち。
木々を揺らすそよ風が、木々の間を縫ってマーロンたちを涼ませる。気持ちの良いそよ風に当たりながら、マーロンたちを乗せた馬車は精霊の森の中にあるという、エルフの里に向かって進んでいた。
そんな中、そのそよ風に乗って人の匂いが漂ってきた。自然の中で生きる、緑の強い人の匂いを、マーロンの強化された嗅覚が察知する。
「―――囲まれてるな」
「じゃのう。人数は数十人程度じゃ」
マーロンのそんな言葉に、フランマが同意を示す。マーロンたちを乗せた馬車は、どうやらこの地に住むエルフたちに囲まれてしまっているようだ。
「私がいるから大丈夫。任せて」
エルムはそう言って、大きく息を吸い込んだ。
「私はエルフの戦士エルム!!おばば様の予言に従い、この地に『再生の魔王』様を連れてきた!!」
エルムがそう大声で叫んだ。
エルムの声を聞いた周囲の姿の見えないエルフたちは、その言葉にざわざわとし始める。
そして、マーロンたちの進行方向から、数人のエルフが姿を見せた。
「エルム!再生の魔王様を連れてきたというのは本当か!?」
発したのは真ん中にいる中年くらいの男性エルフ。少し白髪交じりのイケオジである。
姿を現したエルフを見たエルムが、真ん中の男性エルフに向かって声を出した。
「お父さん!」
そう叫んだエルム。どうやら彼がエルムの父親であるらしい。
「このお方こそが再生の魔王セレーネ様です!!」
そしてエルムは、周囲に待機するエルフたち全員に聞こえるように、セレーネに手を向けながら叫ぶ。
その瞬間、周囲に一気に静寂が走った。
シンと一気に静寂に包まれる精霊の森。聞こえるのはそよ風が揺らす木々の葉の音だけだ。
圧倒的な静寂に、マーロンたち全員に緊張感が走る。
しばらくの静寂の後、隠れていたエルフたちも一斉に姿を現した。
総勢50人程度。男女入り混じり、武器を持ったエルフたちが次々と木々の間から姿を見せた。
そして、皆一様に武器を下に捨てて、セレーネに向かって膝をつき、首を垂れた。
総勢50名のエルフが、全員セレーネに跪いている。その光景は圧巻の一言で、まるで絶対的な支配者の前にひれ伏す家臣のようであった。
全てのエルフがひれ伏した後、エルムの父親が代表して口を開いた。
「再生の魔王セレーネ様。我々エルフは、あなたの事をお待ちしておりました」
そう言ったエルムの父親。その態度と言葉には、セレーネに対する敬意と忠誠が見て取れた。
周囲のエルフたちもみな、セレーネにひれ伏したままだ。エルフは本当にセレーネを、再生の魔王を敬っているようだ。この光景をみれば、エルフによる罠は無いのだと疑い深いマーロンでもわかる。
そんな光景を見て、セレーネはずっと困惑しっ放しだ。セレーネ自身、まだ自分が再生の魔王の転生体であるという事を知ったばかりなのだ。エルフにこれ程までに敬われる理由も何もわかっていない状態なのだ。
「あの………。皆様顔を上げてください。そう畏まる必要はありません」
セレーネが恐る恐る周囲のエルフたちにお願いする。すると、その言葉の聞いたエルムがセレーネに変わってエルフたちに命令をした。
「お前たち!セレーネ様からのお願いだ!今すぐ頭を上げろ!」
「ちょっ!エルムさん!?」
セレーネとしてはお願い程度のつもりだったのだが、エルムによってそれは命令と捉えられてしまった。案の定、エルフたちは全員一斉に頭を上げた。
「お父さん!セレーネ様とそのお連れ様方をエルフの里まで案内してくださいますか?」
「エルム、わかった。―――セレーネ様、エルフの里はこちらです。お連れ様方もご一緒にどうぞ」
「は、はい………」
エルムの父親がセレーネたちを案内し始める。
そして、そんなセレーネたちを乗せた馬車を取り囲み、護衛するかのように、周囲のエルフたちも共に進み始めた。
その光景を見て、フィリップが感嘆の声を漏らす。
「凄い光景ですね………。これ程の数のエルフを見ること自体珍しいのに、そんな彼らがセレーネ様に従っている………」
「ああ、そうだな。お嬢に無礼を働くやつがいればぶっ殺してやろうかと思っていたが、その心配はなさそうだ」
「マーロン。口が悪いですよ」
フィリップの声に答えたマーロンであったが、セレーネからお叱りを受け、シュンと肩を落とすマーロン。
そんなマーロンに苦笑しながら、今度はセレーネがエルムに話しかける。
「あの人がエルムさんのお父様なのですか?」
「はい。名前はエーリー。私の父親であり、エルフの里の里長でもあります」
「里長!?エルフの里のトップって事ですか!?」
「はい。実質的な最高権力者です」
「なるほど。だからエルフの人達もエルムさんに従ったんですね」
「いえ。それもあるかもしれませんが、私は再生の魔王様の眷属候補の1人です。だから彼らは従ったんですよ」
「へ?眷属候補?」
眷属という聞き慣れない単語に、セレーネが首を傾げる。
「魔王様の眷属になる資格を持つ者たちの事です。魔王様の忠実なる僕。その名誉にあやかれる資格をエルフの中で唯一持つのが、他でもない私なんです」
エルムがそう言いながらえっへんと胸を張る。どうやらその眷属候補とは、エルフにとってはとても名誉な事であるようだ。
「資格って?」
「まず第一に、魔王様への忠実な心です。その心を持たぬものは論外です。そして何より、魔王様との運命的な繋がりです」
「運命的な繋がり?」
「とても抽象的なのですが、魔王様との出会いを運命付けられた者。魔王様と運命で繋がったものでしか、魔王様の眷属にはなれないのです」
魔王への忠実な心と、運命という名の繋がり。この2つがあれば、魔王の眷属になれるという。
「そう言えば、初めて会った時もそのような事を言っていましたね。私に運命を感じたと」
スレイブ商会の奴隷収容所から逃げ出し、セレーネと初めてエルムが顔を合わせた時の事。その時にエルムは、セレーネに運命的な物を感じたと言っていた。それが眷属になれる資格というものだったのだろう。
「はい、そうです。そしておそらく、マーロン、彼もセレーネ様の眷属候補の1人でしょう」
エルムはそう言って、マーロンを指差す。
マーロン自身も、セレーネに運命的な繋がりを感じていたのだ。恐らくそれが、セレーネの眷属になれる証のようなものだったのだろう。
「だろうな。というかそもそも、既に眷属のようなもんだし」
そうなんでもない風を装うマーロンであったが、少し顔がニヤついていた。セレーネの眷属という響きに、嬉しさが滲んでいるのだ。
「マーロンも、私の………」
セレーネも同じ気持ちなのか、嬉しそうに表情を緩めている。
「その眷属ってやらになると、何か恩恵があるのか?」
「魔王様の眷属になれば、種として一段上に進化でき、魔王様の力を一部受け継ぐことができるのよ。セレーネ様であれば、再生の力をね」
セレーネの力。瀕死の傷すら治療してしまう、再生の力。その力の一部が、眷属には与えられるのだ。
「ただ、デメリットもあるわ。魔王様の眷属になれば、その命は魔王様と連動してしまうわ。眷属が死んでも魔王様は無事だけど、魔王様が死ねば、その眷属も一緒に死ぬ」
エルムのその言葉に、セレーネが口を手で覆った。自身が死ねば眷属は死ぬ。それは心優しいセレーネにとって、重い枷のように感じるだろう。
だが、それはマーロンにとって何の障害にもならないデメリットであった。
「なんだ、デメリットってその程度か。だったら今と変わらねえし、メリットしかないな」
マーロンは何でもない事のように、そう言い張った。
セレーネが死ねば自分も死ぬ。それは結局、マーロンにとってデメリットになり得ない。なぜなら、マーロンは既に、セレーネに一生を捧げる覚悟であるからだ。
セレーネが死ねばマーロンに生きる意味はない。セレーネのためのマーロンの命。それは眷属であろうがなかろうが、変わらぬマーロンの決意であるのだ。
「まあまずは、セレーネ様が力を取り戻してからです。眷属になるには、セレーネ様の記憶と力を取り戻さなければいけませんので」
エルムは最後にそう言った。
セレーネはこの眷属化のデメリットを重く捉えているようであるが、マーロンやエルムは既に眷属になるつもりであるようだ。
彼女の為に一生を捧げる覚悟。確かにそれは、運命とやらが無ければ決意するのは難しいであろう。




