71. 精霊の森へ
少し使い古された大きな馬車が、マーロンたちを乗せて道なき道をひたすらと進んでいる。貴族が乗るような豪華な馬車ではなく、ごく一般的な運搬用の馬車であるからか、その乗り心地はあまりよろしくない。まったく舗装されていない道を進んでいるのもあり、馬車はガタゴトと揺れ、座る乗客の尻をひたすらに攻撃してくる。馬車に乗る経験が少ないマーロンの尻は、ずっとじんじんと痛みを訴え続けている。
馬車が進むのは殺風景な枯れた大地の上だ。草木は枯れ、地面はひび割れ、風も強く、砂塵を巻き上げている。西部劇で見るような荒野を、マーロンたちを乗せた馬車は進み続けている。ハットを被ったガンマンが立っていれば、それだけで絵になるような風景が延々と続いているのだ。
馬車に乗るのはマーロンの他に、セレーネ、ビレッジ公爵、フィーネ、フレデリック、ヒルダ、フランマ、エルム。そしてフィリップの計9人だ。セレーネやビレッジ公爵などはいつも貴族用の揺れが少ない馬車に乗っているからか、今回の馬車での旅路は少し大変そうだ。今も2人はしきりにお尻を気にしている。
現在馬車を操っているのはフレデリックで、ヒルダも馬車の扱い方を知っている。2人は執事とメイドだというのに、馬車まで操れるとなると、本当に何でもできるんじゃないかと思えてくる。もしかしたら執事とメイドにとって馬車の操縦は必須技能なのかもしれないが、少なくともマーロンとフランマは全く操れはしない。
「しかし、まさかフィリップ自ら付いてくるとは」
マーロンが隣に座るフィリップを見て言う。隣のフィリップはいつもより、少し嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「最近はアンナどころか、ファストも栗原さんと仕事したというではないですか。それはちょっと抜け駆け過ぎると詰めたら、アンナには簡単に許可を貰えましたよ」
「笑顔で怖いこと言うな………」
フィリップがニコニコとした笑顔で怖い事を言う。この笑顔で詰められたらいくらアンナでも従わざるを得ないのであろう。どうやらフィリップも、なんだかんだ栗原と一緒に居たかったようである。
「それに、スレイブ商会との取引では栗原さんを粗雑に扱ってしまったので」
「あれはそういう作戦だろう。気にしなくていいのに」
マーロンがスレイブ商会の奴隷収容所に潜入する際、マーロンを奴隷として潜り込ませてくれたのがフィリップ商会であったのだ。その時のマーロンは奴隷のふりをする必要があったため、フィリップには無理に自身を粗雑に扱うように頼んだのだ。その時の事を気にしているのだろう。
「最近は順調かね?フィリップ君」
「はい、ビレッジ公爵様。ご支援をいただいてから、フィリップ商会はぐんぐんと成長中でございます。今では最も勢いのある商会、なんて呼ばれたりもしていますよ。これも全て、ビレッジ公爵様のお陰です」
「そうか、それは良かった。フィリップ商会にも栗原組にも、いつも世話になるな」
「いえいえ。寧ろこれが当然でございます。ビレッジ公爵様は大事なスポンサーですので」
栗原組が表で活動するため、資金調達の目的で設立したのが、フィリップをオーナーとしたフィリップ商会である。いわゆるフロント企業という奴だ。
ビレッジ公爵はそんなフィリップ商会に資金提供を行っているのだ。きっかけはレドシラ伯爵夫妻によるセレーネ暗殺未遂事件。その過程でフィリップ商会と栗原組に世話になり、ビレッジ公爵が資金提供をするに至ったのである。
「しかし、そんな新進気鋭のフィリップ商会が、指名手配中の私たちと一緒にいていいのかね?」
「認識阻害の魔道具も使っていますし、向かう先も両国の緩衝地帯です。まずバレることはないので大丈夫ですよ。その為にわざわざオンボロの馬車を使っているわけですし」
「それならいいのだが………」
「名目上も商品の調達という事にしていますので、ご安心ください」
マーロンたちが向かっている先は、イストウェストの南にある緩衝地帯の中にある精霊の森である。
南の緩衝地帯はウェスト王国、イースト帝国どちらにも属さない広い土地で、その資源の少なさや、その割には強力な魔物の多さに、両国からも煙たがられている土地なのだ。
そこには精霊の森の他に、竜の渓谷と呼ばれる、竜が大量に住み着く渓谷もあり、緩衝地帯を歩くだけでも危険とされる地帯なのだ。
そんな場所だからこそ、魔族と呼ばれる異種族たちが隠れ住むのに最適な土地だったのであろう。かくいうエルムたちエルフも、その中にある精霊の森に住みついている。
「調達?まさか奴隷の調達なんかじゃないでしょうね?」
商品の調達という言葉を聞き、エルムが敏感に反応する。
人間たちの間ではエルフの奴隷は需要が高い。これまでも人間たちに何人かエルフの仲間が奴隷にされてきたのだろう。彼女自身も奴隷にされかけていた経緯もあり、そういう話題には敏感だ。
「まさか。栗原さんの意向でフィリップ商会は奴隷を扱っていませんよ」
フィリップが答える。これはマーロンにとっても初耳であった。
「俺の意向?そんな事言ったけな?」
「直接言ってはいませんが、前に一度、奴隷という単語を聞いただけで顔を歪められましたから。奴隷がお嫌いなのかと思い、栗原組とフィリップ商会では奴隷を扱わない様にしていたんです」
「ほう。凄いなお前ら………」
確かにマーロンにとって奴隷制度というものは馴染みがない。前世の常識から考えると、奴隷というものを受け入れるのはかなり抵抗があるのだ。それが表に出てしまっていたのだろう。
「それならいいけど、だとしたらどんな商品を調達してるの?資源なんてほとんどない地帯でしょ?」
「確かに資源はそう多くありませんが、その分珍しい魔物の素材や鉱石、薬草などが取れるんですよ。もちろん危険地帯ですので、それ相応の金と戦力を裂かねばなりませんが、それに見合う程度の儲けは得られるんですよ」
「ふーん。なるほど」
エルムがようやく納得した様子で頷いた。人間嫌いなエルム、というかエルフ自体が人間が嫌いらしいので仕方ないが、それでも納得してくれている所を見るに物分かりはいいようだ。
「でも、危険地帯という割にはあまり魔物に襲われませんね」
今度はセレーネからの疑問である。
これまで数度の魔物の襲撃があり、その度にマーロンとフランマによる撃退作業があったのだが、確かに危険地帯と言われるほどの危険があるのかは微妙な感じだ。
因みにフィリップは戦えない。マーロンが最初に出会った栗原組創設時のメンバーはアンナ、ファスト、フィリップの3人であったが、フィリップだけは唯一、戦闘に関するセンスが皆無であったのだ。
その分頭がよく、商才があったため、フィリップ商会を任されてはいるが、戦えない事を今でも気にしている節がある。意外とかわいい所がある奴なのだ。
「それは我がいるからじゃ、セレーネ」
「フランマが?」
「うむ。この区域の魔物たちはほとんど竜の強さを知っておる。我が傍にいるから近寄ってこらなんだ」
「あ~、なるほど。フランマのお陰だったんですね!」
「うむ!わしのお陰じゃ!感謝するがよい!」
得意気に言うフランマ。なるほど、道理で危険地帯の割に襲撃が少ない訳だ。
そんな中、その会話を聞いていたエルムがきょとんとした表情を浮かべていた。
「―――は?竜?この少女が?」
そういえばエルムにはまだフランマが竜であることを伝えてはいなかった。
「うむ?そうじゃ、我は竜じゃぞ?」
「え、え~~~~!!!!」
大声で絶叫するエルム。確かに突如竜と一緒の馬車に乗っていると知れば驚くのも無理はない。
「そういえば伝えてませんでしたね………」
「ですね………」
セレーネとフィーネが申し訳なさそうに言う。馴染み過ぎていて忘れていたが、フランマは竜であるのだ。竜がメイドをしているというおかしな状況に馴染んでいる自分が怖くなる。
「す、す、すみません!まさか竜だとは知らず、無礼な言動を………!」
エルムが突如、慌てたような様子でフランマに頭を下げる。
「よい。知らなかったのなら仕方あるまい。それに我は寛容なんでな!がっはっは!」
「はっ!ありがたきお言葉、恐れ入ります!」
フランマに跪くエルム。何故エルムはフランマに敬意を持っているのか、マーロンは疑問に思う。
「なんでフランマに対してそんなに畏まるんだ?」
「なんでって、相手は竜よ!?」
「竜だからなんだよ?」
「あなたねぇ!この地の支配者は竜よ!?敬うのは当然でしょう!?」
どうやらこの地に住む者たちにとって、竜というのは敬うべき存在であるらしい。
「あんたもちゃんと頭を下げなさいよマーロン!」
「いや、マーロンは我に勝った男じゃ!!その必要は無いぞ?」
「えっ………!?」
フランマからの言葉を聞き、更に驚愕を露にするエルム。
「りゅ、竜に勝ったって、ほんと!?!?」
驚愕しながら問うエルム。
「ああ、ほんとうじゃ。じゃから我の主人はセレーネとマーロンになる」
「ええ~~~~~!!」
驚きながら頭を抱えるエルム。
「こいつ、意外と騒がしい奴だな………」
そんな事を言いながら、マーロンは溜息をついた。
どうやら騒がしい旅路になりそうである。




