67. 再生の魔王
~ セレーネ ~
この世界イストウェストには、こんなおとぎ話がある。
勇者と双子姫。この世界に生まれ落ちた勇者と、双子の姫の恋愛話だ。
今から1000年も昔の事。長く続く人間と魔族との戦争。その戦争を止めるため、勇者と双子姫は共に戦ってきた。だが、その戦時中に突如、双子姫の妹が魔族の方に寝返るのだ。
その時の双子姫の妹を、人間たちはこう呼んだ。
『魔王』だと。
「我々エルフはあなたの事をずっとお待ちしておりました。『再生の魔王』様」
そう言い放ったエルムというエルフの女性。まるで確信したかのように言う彼女の目には、セレーネへの敬意が溢れていた。
エルムが放った『魔王』という単語。それも聞き慣れない、『再生の魔王』という単語。
一体どういうことなのであろうかと、セレーネの頭は混乱で一杯になる。
そしてそれは、何もセレーネだけに限った話では無い。
セレーネだけでなく、マーロンも、共に話を聞いていた周囲の人達も、皆一様に困惑顔を浮かべている。
「えっと、エルムさん?何を言っているのか、いまいち理解ができなくて………」
セレーネが困惑気味にエルムに聞き返す。その言葉通り、一体この女性は何を言っているのかと、全く理解ができていないのだ。
だが、当のエルムだけは確信があるみたいだ。
「今は理解できなくて当然かと思います。あなたはまだ、前世の記憶を失ってしまっているのですから。ですが、あなたは紛れもなく、我らが魔王なのです」
エルムからのそんな言葉に困惑しっ放しのセレーネ。今日初めて会ったエルフからそんな事を言われても、素直に信じることはできない。
「どうして私を、その………再生の魔王?だと思ったんですか?」
「先ほどセレーネ様の力。あれこそがエルフの先祖より伝え聞く、再生の魔王様の力なのです」
エルムが言っているのは、先ほどマーロンの怪我を治して見せたセレーネの治癒魔法の事であろう。
確かに彼女の言う通り、セレーネの治癒魔法は強力だ。それこそ、重傷であったマーロンの傷を瞬時に直すことができるくらいには。
それを聞いて、セレーネは少し納得しかける。セレーネの超強力な治癒魔法。あれが魔王の力である可能性は否定しきれないのだ。
そんな傾きかけているセレーネに向かって、更にエルムの言葉を肯定する声が上がった。
「彼女の言う通りよ」
それは、転生者連合という組織の夕日茜からの声であった。
「茜!?どういうことだ!?」
突然に声を上げた夕日茜に、同じく転生者連合の獅子神が問う。
「私のユニークスキルは心眼。人の本質を見る能力」
「つまり、その目で何か見たんだな?」
「うん。その子にははっきりと、『再生の魔王』の転生者だと、そう書いてあるわ」
夕日茜のユニークスキル、心眼。その能力の正確さは、マーロンとフィーネには聞かされている。なんせフィーネは、夕日茜に転生者であることを言い当てられているのだ。
夕日茜が肯定したことで、セレーネが魔王の転生者であるという話の信憑性が一気に強まった。
「お嬢。このエルフが言っている事、事実かもしれません」
「―――本当?」
「はい。夕日茜のユニークスキルから得られる情報は信じるに値します。恐らく、エルムが言っていることも真実かと」
マーロンのその言葉に、セレーネは下を向いて考えこむ。
納得しかけている自分であったが、それでもまだ信じ込めない自分がいる。何せ面識も何もない人からの言葉であるのだ。だが、自身の信頼する専属執事は、それを真実であると言う。その2つがセレーネの葛藤を揺れ動かす。
悩み、下を向くそんなセレーネの片手を、マーロンが突然に握ってきた。
「セレーネ様。大丈夫です。あなたが何者であっても、私は一生、あなたの執事です」
マーロンからのそんな言葉。
その言葉は、セレーネの中にすっと違和感なく入ってきた。
そうだ。この人はいつも、セレーネにそんな言葉を投げかけてくれる。
一生あなたの執事だ。常にあなたの傍にいる。マーロンという男は、そんな優しい言葉を、セレーネにいつもくれるのだ。
彼はいつも、セレーネに安心をくれるのだ。
今回も同じであった。
マーロンからのその一言でセレーネは再認識する。
マーロンにとって、自身が魔王であるかどうかなんて関係ないのだ。彼はセレーネが魔王であっても、ずっとセレーネの執事でいてくれる。
彼の言う事であれば、無条件で信じられる。
思えば、困惑していた自身の心は、いつの間にやら冷静になっていた。
マーロンの言葉が、セレーネの迷いを振り払う、最後の一押しをくれた。
マーロンから握られた自身の手。彼から伝わってくる温もりを感じながら、セレーネは言う。
「―――信じます」
セレーネのその一言で、エルムの顔がぱあっと明るくなった。
「思えば、思い当たる節もあります。私の治癒魔法。あれは確かに、普通の人間ではあり得ない力です。それに、バーナス王から命を狙われたことも、自分が魔王であるとすれば辻褄は合います」
セレーネがそう、冷静に分析する。
「確かにあの時、バーナス王は挨拶の後に様子が急変したわ。それがセレーネさんが魔王であると知ったからであれば、確かに納得かも」
レヴィエが当時の状況を思い出しながら言う。突然に態度を豹変させたバーナス王。彼が何らかの方法でセレーネの正体が魔王であると知ったのであれば、殺そうとするのはあり得るのだ。
魔王とは、人類にとっての敵だ。この世界最王手の宗教、『アリス聖教』。その教えの1つに、魔王は人類の敵であるという記述があるのだ。
「お父様、すみません………。命を狙われる原因はどうやら、私自身にあったみたいです………」
「待てセレーネ!謝るな!お前が悪い訳じゃないだろう!」
セレーネのそんな言葉を、ビレッジ公爵は慌てて否定する。
「セレーネが魔王であろうとなかろうと、私の大切な娘であることに変わりはない!私は変わらず、お前の事を守り抜くぞ!」
「お父様………。ありがとう………」
父からセレーネへのそんな言葉。セレーネはやはり父が大好きだ。彼はいつも、セレーネの事を想い、大切にしてくれる。
「セレーネ様は私の家族です!当然、私も態度を変えることはありません!」
「お嬢様。私も旦那様やマーロンと同じです。あなたが何者であろうと関係ありません。あなたは今までも、これからも、私の主人です」
「わしも!わしもですぞお嬢様!」
「フィーネにヒルダ………、フレデリックまで………」
ヒルダとフレデリックからも同様の言葉を貰うセレーネ。彼らからの優しい言葉に、涙が溢れそうになる。
セレーネが涙を堪えようとする中、フランマから突然に笑い声が上がった。
「がはははは!我がご主人様はただものではないと思っていたが、なるほど!魔王であったか!」
そう笑いながらフランマは言う。
確かに彼女はセレーネの事を一目見た時から、セレーネの事を自身の主人に相応しい人物だと評していた。
フランマも、セレーネの特別な何かに気付いていたのだろう。
「フランマは何か気付いていたの?」
「いいや。ただ、セレーネからは何らかの特殊な力を感じてたんじゃ!まさかそれが魔王のそれだとは思ってはいなかったがな!」
フランマは竜である。彼女にしかわからない何かをセレーネから感じ取っていたのだ。
「エルムさん。あなたは一体何者なの?」
セレーネの事を魔王であると言い放ったエルム。彼女はいったい何者であるのか。どうしてセレーネが魔王であると気付いたのか。エルフという種族であること以外、何もわかっていないのだ。
「私は精霊の森にあるエルフの里の戦士、エルムです。おばば様の予言に従い、再生の魔王様。あなたを探しに来たのです」
「おばば様?予言?」
「エルフの里の長老がおばば様で、おばば様は占星術の使い手なのです」
占星術。別名、星詠みとも呼ばれる、未来を予言する魔法である。
その強力さに比例して、習得する難易度はとてつもなく高く、数百年前に既に廃れたと言われていた古の魔法だ。
「占星術の使い手がまだ存在したのですね………」
「はい。おばば様は千年以上生きてるエルフですので」
「千年以上………。凄いですね………」
この世界の人間の寿命は平均60年。長くても80年と言われている。そう考えると、そのおばば様は人間の10倍以上の年齢を生きていることになる。
「予言の内容はこうでした。『人間の国の、レズールという港町に待ち人あり。窮地に陥っている、再生の魔王を救え』と。その予言に従って人間の街に出て来たは良いものの、奴隷商に捕まってしまい、予言の内容を疑ってしまったりもしましたが、どうやら予言は的中したようです。こうしてセレーネ様に出会えたのですから」
嬉しそうに言うエルム。彼女はどうやら、セレーネの事を探して人間の街に出て来たらしい。
「さっきから言っている、再生の魔王というのは一体何なんですか?」
セレーネが、先ほどからずっと気になっていたことを問う。再生の魔王。魔王という単語は聞いたことがあるが、再生の魔王となると初耳であるのだ。
「双子の魔王の内、妹であったセレス様の事を『再生の魔王』と呼んでいたのです」
双子の魔王。その単語に皆が一様に驚きを露わにする。
「双子の魔王って、どういうことですか?双子姫の姉は魔王じゃないですよね?」
「いいえ。人間の世界にどう伝わっているかは知りませんが、双子姫はどちらも魔王です。双子の妹であるのが、再生の魔王であるセレス様。セレーネ様の前世です。そして、双子の姉であるのが、『破壊の魔王』であるアリスです」
アリス。その名はセレーネにとって、いや、全世界の人間にとって、聞き馴染みのある名前であった。
「待ってよ!アリスって名前、強烈に聞き覚えあるんですけど!」
レヴィエが狼狽しながら言う。どうやら彼女も、同じ名に行きついたようだ。
「アリス………。あの『アリス聖教』と、何らかの関係があるのですか!?」
セレーネが核心を問う。
出来れば違ってくれと、ただ同じ名前であってくれと、セレーネは願う。
だが、エルムが次に放った一言は、セレーネたち全員を一様に凍り付かせた。
「はい、その通りです。アリス聖教の女神アリス。奴こそが我々魔族の裏切り者、『破壊の魔王』アリスなのです!」




