66. セレーネの力
~ マーロン ~
獅子神に担がれて、セレーネたちが身を隠す隠れ家にまで戻ってきたマーロン。転生者連合や部外者のエルフも一緒にいるため、マーロンは初めは拒否したものの、フィーネと獅子神に「重症なんだから治療が最優先だ」などと説得されて、まんまと隠れ家まで連行されてしまったのだ。
フィーネの声を聞いたのか、隠れ家の玄関の扉が勢いよく開き、中から慌てた様子でセレーネが飛び出して来た。
それに続くように、ビレッジ公爵やフレデリック、ヒルダ、フランマ、レヴィエも姿を見せる。
セレーネが獅子神に担がれたマーロンを見て、驚いたように目を見開く。そして、何やらマーロンに語り掛けようとするが、今のマーロンの耳は潰れている。セレーネの天使のような声は聞こえないのだ。
「すみません、お嬢。耳が潰れてしまっているので、お嬢の声は聞こえないのです」
マーロンがそうセレーネに伝えると、セレーネは慌てて獅子神ごとマーロンを隠れ家の中に案内する。
セレーネが獅子神に指示し、マーロンをベットの上に寝かせると、セレーネは早速マーロンの治療を始めた。
今のマーロンの傷。
自ら切り落とし、潰した耳と、これもまた自ら引き裂いた、手枷の鍵やら発信機を仕込んでいた腹。マーロンが負った負傷は主にこの2つだ。
セレーネはそんなマーロンの姿を見て、まずはマーロンの耳に手を添えて、治癒魔法を行使した。
マーロンの耳があたたかな白い光に包まれる。女神のような慈愛を感じる温もりに包まれたマーロンの耳は、すぐに元通りに治癒していく。
まるで本来あった姿に戻るかのように、斬り落とした耳が生えてくる。
セレーネによって、見たことも無いような速さで治癒していくマーロンの身体。
そんなセレーネの治癒魔法の強力さに、初めて見る者たちは驚愕の表情でその治療を見つめる。
レヴィエも、獅子神も、ファストも、地山も、そして、共にスレイブ商会から脱出したエルフの女性も。みな、一様に驚愕を顔に張り付けている。
ただ1人、夕日茜を除いては。
彼女だけは驚いてはいるものの、なにやら納得したかのような表情を浮かべている。
そして終わるマーロンの治療。
セレーネの手から発せられた癒しの光に包まれたマーロンの身体は、もうまるで新品かのように綺麗になっていた。
斬り落とした耳は元の人間の耳に戻っており、お腹に空いていた深い切傷も完全に塞がっている。
「―――どうですか?マーロン、聞こえますか?」
そして聞こえる天使の声。
聞き慣れた、愛する主人のセレーネの声だ。
「聞こえます」
マーロンは何でもない事であったかのように、そうセレーネに伝えた。
そんなマーロンの姿に、セレーネは頬を大きく膨らませる。まるで怒っているかのように、手をマーロンの前に持って行き、頭に手刀を繰り出してきた。
「あいて!」
頭に手刀を喰らったマーロンがそんな情けない声を出す。何か怒らせるようなことをしただろうか。
「マーロン!無理はしないって約束しましたよね!?耳が無くなってるって、何事ですか!?」
セレーネからの言葉でようやくマーロンは気付く。
どうやらセレーネは、マーロンが傷だらけで帰ってきたことにお怒りのようである。
「お嬢!この程度の傷、ただのかすり傷です!」
「そんなわけないじゃないですか!耳が聞こえなくなってたんですよ!?充分重症です!!」
「五体は満足ですし、命を脅かされてもありません!」
「五感が不満足じゃないですか!!」
マーロンの基準では、耳が潰れたくらいでは重症ではない。四肢が切断されたとか、立つのすら困難だとか、そういう状態が重傷なのだ。この認識の違いにマーロンは驚かされる。
だが、やはり、ここでずれているのはマーロンの方であったようだ。
途中で合流し、共に隠れ家に帰ってきたフィーネがセレーネに味方する。
「セレーネ様の言う通りです!マーロンさんは重傷じゃないって言い張ってましたけど、めちゃくちゃ重症ですよ!獅子神さんに担がれて帰ってきた人が何言ってるんですか!」
「うっ………!」
フィーネの言葉がマーロンをシュンとさせる。それを言われると、確かに重症だと思っても仕方がないかもしれない。
そんな会話に、今度は獅子神が入ってくる。
「セレーネ嬢ちゃん………だったか?こいつは元々のネジがぶっ壊れてんだ。大目に見てやって………」
「てめえ獅子神ゴラァ!セレーネ様だろうがボケがァ!様を付けろやクソジジイ!!」
「はぁ!?こちとらフォローしてやったんだが!?」
獅子神が何やらフォローしてくれたようだが、そんな獅子神の言葉は耳に入らなかった。マーロンとしては、獅子神がセレーネに様を付けなかった事の方が大問題である。
「と、とにかく!マーロン!あなたは自身の命を軽んじ過ぎです!マーロンの事を大切に思っている人はたくさんいるんです!反省してください!」
めちゃくちゃになりそうであった場を、セレーネが何とかまとめる。
やはりおかしいのはマーロンの方であったようだ。
「はい………。すみません、お嬢………」
セレーネに怒られ、反省するマーロン。確かに、今までずっと自分の身体を軽く見積もり過ぎていた節はある。
自分の身体はもうマーロンのものではない。セレーネのものなのだ。それを肝に銘じておく必要がある。
「―――マーロン。無事でよかった………」
セレーネはそう言うと、反省して肩を落とすマーロンの身体に抱き着いてくる。
そんなに心配させていたのかとマーロンは更に反省し、セレーネの身体を抱き締め返した。
そんな2人のやり取りを、獅子神が意外そうな目で見る。
「―――すげえな。まさかあの狂犬を、ここまで飼いならしてるやつがいるなんて………」
前世でのマーロンを知る獅子神の言葉だ。前世の栗原を知る獅子神にとって、この光景はそれほど意外なものなのだろう。
「セレーネ嬢ちゃ………セレーネ様」
マーロンにギロリと睨まれ、途中で言い直す獅子神。
「どうやって栗の奴を手懐けたんだ?とんでもない狂犬だっただろう?」
「いえ。元からマーロンはこんな感じでしたけど………」
「元から?本当ですか?」
「はい。本当です。ずっとマーロンは私の事を慕ってくれてます」
セレーネはそう言って、マーロンに向かってにっこりとほほ笑む。
「マジか………。どうなってんのよ………。俺ですらどうにもできなかったこいつを、こんな年端も行かない少女が………」
どうやら獅子神はショックを受けているらしい。自分でさえ扱いきれなかったマーロンという狂犬を、僅か10代の少女が手懐けているのを見て衝撃なのだ。
「お嬢は俺の命の恩人なんだよ。俺の命を賭けてお仕えするのが筋だろう?」
「だとしてもだよ。命を救われたからと言って、そう簡単に自らの人生をその恩人に捧げられるか?」
「確かに、言われてみればそうか………」
今までマーロンは、それが当然だと思ってセレーネに仕えてきた。
だが、獅子神に言われて初めて気付く。確かに、マーロンのセレーネへの執着は異常なのかもしれない。それも初めて会った時から、マーロンは彼女の為に生きると決めていたのだ。それは確かに、傍から見れば異常に映るかもしれない。
そう考え、マーロンは当時の事を思いだす。あの時、セレーネに命を救われた時、マーロンはどんなことを思っていたのかを。
「そうだな………。お嬢に初めて会った時、俺はこの人の為に生まれ変わったんだと悟ったんだ。この人のためなら命を賭けられると」
「完全な感覚か?」
「ああ。なんて言うんだろうな、この感覚………」
マーロンは考える。あの時セレーネに対してい抱いた感覚。それは一体何なんだろうと、マーロンは思考する。今まで感じた事の無いような、惹きつけられるような感覚を覚えたのだ。その感覚は何なのか、マーロンの語彙力では探しきれない。
そんなマーロンを見て、セレーネが少し恥ずかしそうな表情で言う。
「運命………でしょうか?」
セレーネは顔を少し朱くしながら言った。
運命という言葉。マーロンはその言葉に、妙にしっくりくるような感覚を覚える。
「竜の逆鱗を届けて気絶してしまい、ベッドに眠っているマーロンの姿を見て、私は惹きつけられたのです。まるでマーロンと出会うのは運命づけられていた、そんな感覚です」
恥ずかしそうに、だが、噛みしめるような表情でセレーネは言った。たぶんその感覚は、マーロンが覚えたのと似た様な感覚だ。
「私もです、お嬢。お嬢に初めて会った時、思い返せば確かに、惹きつけられるような感覚でした。―――それが運命だというのであれば、確かにしっくりきます」
言葉にしてみて腑に落ちた。ああそうか。確かに自分は、セレーネに何か運命的な物を感じていたのだ。
「運命、ね………。狂犬がえらくロマンチストじゃねーの?」
「うるせーよ」
獅子神がニヤニヤとしながらマーロンに言う。だがその表情からは、意外にロマンチストなマーロンをいじる意図ではなく、狂犬が大切な人を見つけられたことに対する嬉しさが読み取れた。
マーロンは気恥ずかしさで、セレーネや獅子神から目を逸らす。セレーネと同じく少し顔を朱くし、恥ずかしさを隠すようにそっぽを向いた。
そんな恥ずかしがるマーロンとセレーネの2人に向かって、意外な人物が言葉を発した。
「恐らく、その運命というのは間違いではないかと思います」
そう言葉にしたのは、まさかのエルフの女性であった。共にスレイブ商会の奴隷収容所から抜け出した、奴隷になりかけていたエルフの女性だ。
「あの………、あなたは?」
「申し遅れました。私の名前はエルム。精霊の森に住むエルフの戦士です」
今まで頑なに名乗りすらしなかったエルフは、セレーネからの問い掛けにはすぐに従い、名乗りを上げた。
そして、エルムと名乗ったそのエルフは、まるで目上の者に対するかのようにセレーネに向かって膝をついた。
「えっと、どういうことですか?」
この状況を全く飲み込めないセレーネと周囲の人達。当然、セレーネも何が何だかわからない様子だ。急にエルフの女性がしゃべり出したと思ったら、セレーネに向かって跪いたのだ。
「セレス様………。いや、この時代ではセレーネ様でしたね」
エルムがセレーネの目を真っすぐに見る。
そして次の瞬間、驚くべき言葉を口にした。
「我々エルフはあなたの事をずっとお待ちしておりました。『再生の魔王』様」




