65. 脱出成功!
~ マーロン ~
マーロンの視界は白で埋め尽くされ、何も見えない。目は瞑っていたはずなのに、閃光手榴弾の強烈な閃光は、瞼なんて薄い膜では防ぎきれない代物であるようだ。
だが、幸いにも、閃光手榴弾による爆音はマーロンには効かなかった。
本来であれば、人狼化で強化された聴覚で閃光手榴弾の爆音をもろに喰らえば、人間の数倍のダメージを喰らうはずである。
ならば、何故無事かというと、それは事前に自らの耳を潰しておいたからだ。
耳が無ければ閃光手榴弾の爆音も聞こえない。震える鼓膜が無ければ眩暈に襲われることはない。
事前に耳を潰しておいたからこそ、マーロンはこの塗りつぶされた視界の中で、自由に動けるのだ。
そんなマーロンに、頭の中で指示する声が1つ。
『マーロンさん!敵は12時の方向に三歩先!膝をついて蹲ってます!』
フィーネのユニークスキルである、念話だ。
目が見えず、音も聞こえないマーロン。そんな状態のマーロンにフィーネが指示をすることで、マーロンを操り人形にしているのだ。
だが、フィーネはこの場所にはいない。奴隷収容所の襲撃メンバーの中には入っていない。
なら、なぜフィーネにマーロンの周囲の状況がわかるのか。
それは、フィーネはただの中継であるからだ。
実際にマーロンの周囲の様子を伺っているのは、建物の上階から覗く地山なのだ。
まず地山がマーロンの周囲の様子を伺う。
その様子を地山が、念話でフィーネに伝える。
フィーネは地山から聞いた言葉を、そっくりそのままマーロンに伝える。
これでマーロンの目も耳も潰れたながらも、周囲の状況を確認することができるのだ。
閃光手榴弾が発した硝煙の匂いで多少は阻害されつつも、マーロンには得意の嗅覚もある。
その嗅覚とフィーネからの指示で、マーロンは蛇目の目前にまで辿り着く。
「呆気なかったな」
マーロンは1人そう呟き、右手を思いっきり突き出した。
突き出した右手は蛇目の身体をいとも簡単に貫通し、その命を一瞬で奪って行く。
残るのはもう、閃光手榴弾をもろに受けて蹲る兵士たちだけだ。
後は獅子神やアンナ、ファストたちが片付けてくれるだろう。
マーロンはそう判断し、疲れ切ったかのような表情で地面に座り込んだ。
マーロンの目が見えるようになった時、それは丁度周囲の兵たちを片付け終えた後であった。
閃光手榴弾によって目と耳を潰された兵など、獅子神やアンナたちの敵ではなかったようだ。
マーロンが目を開けたのを確認し、駆け寄ってくるアンナとファスト。
2人は何やら口をパクパクと動かしているが、あいにく今のマーロンは耳を潰してある。2人が何を言っているか全く聞こえない。
『アンナさんもファストさんも、マーロンさんのこと心配しているみたいです』
そんなマーロンに頭の中で話しかけてきたのはフィーネである。耳は聞こえずともフィーネの念話で会話はできる。
マーロンの頭の中に響くフィーネの可愛らしい声は、目も耳も聞こえない今のマーロンにとっては唯一の癒しである。
「心配するな。大丈夫だ」
マーロンは耳が聞こえないながらも、アンナとファストに意志を伝える。
耳が聞こえないくらいどうって事ない。だってマーロンには、セレーネという癒しの女神がいるからだ。
彼女の治癒魔法であれば、潰れたマーロンの耳くらい簡単に直してくれるだろう。そんな希望的観測を持って、マーロンは今回の作戦に望んだのだ。
マーロンが心配するアンナやファストを宥めていると、マーロンの身体が突如担ぎ上げられた。
マーロンを持ち上げ、肩に担いだ男。それは獅子神であった。
獅子神はただ無言でマーロンを肩に担ぐと、そのまま奴隷収容所の外まで歩き始めた。
マーロンは怪我人かつ、耳も潰れている。歩き辛いと判断して、マーロンを運んでくれるつもりなのだろう。
獅子神自身も怪我人であるはずなのに、相変わらず甘い男である。
だが、それも獅子神らしいと言えば獅子神らしい。
「獅子神。さんきゅー」
マーロンはそう呟いて、しばらく目を瞑って獅子神に身を任せた。
~ セレーネ ~
「マーロン………フィーネ………。無事でしょうか………」
セレーネがふとそんな事を呟く。
マーロンとフィーネが、転生者連合の獅子神という人を助けるために栗原組レズール支部に行ってからはや数日。セレーネはマーロンとフィーネの身を案じて、最近はいつも落ち着きなく歩き回っているのだ。
フィーネから定期的に念話で連絡はあるものの、やはり心配なものは心配なのだ。
今もこうして、レズールの隠れ家の中でマーロンとフィーネを心配し、ビレッジ公爵たちが待機している前でうろうろと歩き回っている。
「セレーネ。心配し過ぎだ。フィーネは前線に出ないと言っていたし、マーロンはマーロンだ。彼らなら大丈夫だ」
2人を心配して歩き回るセレーネを、ビレッジ公爵が宥める。自身の目の前でこうも動き回られたら、いやでも気になるというものだろう。
「ですが!マーロンなんて奴隷になって敵地に侵入しているというではないですか!そんなの危険すぎます!!」
そうなのだ。セレーネたちにはマーロンたちが立てた作戦の内容は事前に共有されているのであるが、その中にセレーネが看過できないものが入っていたのだ。
その作戦の内容というのが、マーロンが奴隷としてスレイブ商会に売り飛ばされ、敵地に潜入するという作戦であったのだ。
「もし失敗して、マーロンが奴隷なんかになってしまったら………。私、耐えられません!」
自らの専属執事であるマーロンの事を愛してやまないセレーネは、マーロンが奴隷に落ちてしまうという最悪の事態をどうしても想像してしまう。マーロンであればうまくやれると信じてはいるのだが、やはりどこかで心配してしまうのだ。
「そうなればスレイブ商会のオーディションに参加すればいいんじゃない?」
「私たちはウェスト王国の人間です。奴隷の購入許可証なんてもらえませんよ」
「それはほら………。許可証持っている人に大金渡して頼むとか、色々抜け道もあるでしょ?」
「確かに、それなら………」
レヴィエもセレーネの落ち着きの無さを見かねたのか、かなりグレーな方法を提案する。
グレーというか、完全にアウトな方法であるが、確かにマーロンを買い戻すこと自体は可能かもしれない。
「そうなれば金に糸目はつけん。マーロンには何度も世話になってるのだ。絶対にマーロンは買い戻す。―――だからセレーネよ、心配するな」
ビレッジ公爵がセレーネを再度宥める。セレーネはビレッジ公爵のその言葉にようやく納得し、腰を落ち着けた。
「―――あの執事、そんなに大切に思われてるのね。私にとっては怖いだけの執事なんだけど」
レヴィエが呟く。確かにレヴィエにとっては、マーロンはただ自身を誘拐したヤバい執事という認識であろう。
だけど、その根本にある行動理由が、マーロンの良さの1つなのだ。
「そういえばレヴィエ様には言ってませんでしたね。マーロンには2度も命を助けてもらってるんです。いや、レヴィエ様の件も合わせると3回もですね」
セレーネのその言葉に、少し気まずそうな表情を浮かべるレヴィエ。
「その節は悪かったわ」
「いえ、責めているわけではありません。ただ、マーロンには本当に、何度も助けてもらっているんです。そんな彼を好きにならないわけはありません。私も、お父様も、フレデリックも、ヒルダも。みんなマーロンの事はもう、家族だと思っているのです」
セレーネからのそんな言葉に、ビレッジ公爵、フレデリック、ヒルダが揃って頷く。
「そうだな。マーロンには娘の命を何度も助けてもらっているのだ。彼はもう立派な、ビレッジ公爵家の一員だ」
「―――執事としてはまだまだですけどね」
「ふふ。相変わらず執事長は素直じゃないですね」
ビレッジ公爵、フレデリック、ヒルダが、順にそんな事を言う。
フレデリックの言葉は素直じゃないが、その表情からマーロンの事を認めているのは読み取れる。
「―――いい家族ね。ちょっと羨ましいかも」
レヴィエがふと、そんな事を呟いた。
レヴィエの家庭は違うのだろうかと、少し気になるセレーネ。だが、その事を聞くことはできなかった。
何故なら、突然フランマからこんな知らせがあったからだ。
「そのマーロンじゃが、どうやら帰ってきたようだぞ?」
「―――え!?」
フランマがそう言った瞬間、隠れ家の玄関の方からフィーネの声がした。
「セレーネ様!ただいま帰りました!」
セレーネはフィーネの声を聞いた瞬間、その腰を跳ね上げて玄関に大急ぎで向かった。




