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64. チートスキルを越えていけ

 ~ 蛇目朔(じゃのめさく) ~


 スレイブ商会の転生者奴隷であり、スレイブ商会の奴隷収容所の責任者でもある蛇目はイラついていた。

 突然もたらされた襲撃の知らせ。それと同時に捕らえてある奴隷たちの逃亡の知らせ。この2つの報告が、蛇目に同時にもたらされたのだ。


 襲撃者は栗原組だと部下たちは言う。恐らく捕まっている奴隷の中に、栗原組の関係者が紛れていたのだろう。スレイブ商会は栗原組の虎の尾を踏んでしまったという訳なのだ。

 まったく面倒なことになったものだ。


 収容所には100人を超える警備兵を配置していた。その中には数人の特殊能力を持つ転生者も配置していたはずだ。だが、未だに蛇目に襲撃者撃退と逃亡者捕獲の知らせが入って来ないのだ。

 その事に蛇目は酷くイラついているのだ。


「クソったれが!!所詮は異世界人と無能な転生者か………!!」


 そう吐き捨てる蛇目。

 だが、この奴隷収容所に保管されていた奴隷たちを逃すわけにはいかないのだ。


 ここに収容されていた奴隷は4人。転生者3人とエルフの女1人だ。

 この奴隷たちは近々、スレイブ商会が主催する奴隷オークションにて売り出される予定であった商品たちである。


 この商品たちは高額で売れる。転生者は特殊な力を持つ関係上、戦闘用として高く売れる。

 そして、なんといってもエルフの奴隷である。エルフは絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)とされる異種族、この世界の人間から見たら魔族で、精霊の森からほとんど出てこないから滅多に見かけないのだ。その希少性と見た目の美しさから、エルフの奴隷は性別問わずに超高額で売れるのだ。

 元の世界の用語で言うと、プレミアがついた状態なのである。


 そんな大切な商品たちが逃げ出した。これは由々しき事態なのだ。もし奴隷の逃亡などを許してしまったら、蛇目はそこらの転生者奴隷と同じ待遇(たいぐう)に戻ってしまう。


(折角実績を積んで、今の地位にまでのし上がったんだ………。こんな所で(つまず)いてたまるかよ………!)


 蛇目が持つユニークスキル、『蛇の目(スネークアイ)』。蛇目の視界に入った生物を、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくするユニークスキルだ。

 視界に入るだけで動きを封じられる。そのスキルの強力さで蛇目は、スレイブ商会内で結果を残し、単なる奴隷からこの奴隷収容所の責任者にまで上り詰めたのだ。


 ただの奴隷だった時代からは考えられないほどの豪華な食事に、定期的に提供される女。何不自由ない生活を蛇目は送ってきた。

 その不自由のない生活が今、脅かされようとしているのだ。


誓約(せいやく)はまだだったとはいえ、封魔石(ふうませき)の手枷をはめていたはずだ。どうやって奴らは抜け出したんだ?)


 転生者の奴隷というのは、売れる前に誓約を結ぶことはほとんど無い。誓約を結ぶことができる『誓約の儀』はひと月に一回だ。奴隷商としては、そのひと月に一回の誓約の儀をわざわざ待つことはしない。さっさと売り払って、金を手に入れたいという思惑があるのだ。

 転生者の奴隷は売り払う。後は奴隷の購入者が誓約の儀を受けさせる。それが転生者奴隷を売るときの基本である。


(誓約がまだだから奴らは自由にユニークスキルを使える。くそ面倒だな………。やはり出口で待ち伏せて、俺のスキルで一網打尽(いちもうだじん)にしたほうが手っ取り早いか………)


 結局蛇目はその結論に行きつく。

 不甲斐ないこの世界の兵や、他の転生者奴隷などに任せていられない。最後に信じられるものは、やはり自身だけなのだ。


 蛇目のユニークスキルは強力だ。チートだと言っていい。このスキルを駆使して、蛇目はいつも生き抜いてきた。

 それこそ、相性の悪かったあの転生者に捕まってしまうまでは、このチートスキルを使って好き勝手暴れていたのだ。


 今回も自身のチートスキルでどうにかなる。その自負がある蛇目は、収容所内の兵をかき集めて出口に向かった。






 50人程度の兵を集め、蛇目は奴隷収容所の出口で脱走者たちを待ち伏せる。


 イラつきを(つの)らせながら待つこと数十分。遂に奴隷収容所の中から人影が姿を現した。

 いや、それは人影というには巨大で、姿形も全く別物であった。


 人狼。物語の中でしか見たことが無いような生物が、蛇目の目の前に現れたのだ。

 3メートルを超える巨体に、狼の顔。全身を覆う毛皮の下にある分厚い胸板。狼の口から覗くのは鋭く白い牙に、草食動物を射殺すような眼光だ。


「―――おい、お前。何もんだ?見たことない能力という事は、最近入ってきた商品か?」


 見えた人影はこの人狼1人。蛇目は人狼を兵たちと取り囲みながら問う。


 だが、その人狼は、まるでその声が聞こえていないかのように無反応であった。


「おい!聞いてんのか!!」


 再度問う蛇目であったが、またしても人狼は無反応。

 そんな人狼の失礼な態度に蛇目はイラつくが、そこで人狼の身体にある異変に気付いた。


 狼にあるはずの獣耳。それがまるで斬り落とされたかのように無くなっていたのだ。

 耳が無ければ声は聞こえない。人狼が無反応であった理由は、耳が聞こえなかったからだったのだ。


「おいおいおい!大切な商品の耳が無くなっちまってんじゃねえかよ!誰だこんなことしたのは!」


 これは由々しき事態だ。耳が聞こえない奴隷など、欠陥品もいいとこである。これではスレイブに怒られかねない。


「クソが………。大切な商品に傷をつけやがって………」


 人狼を前に悪態をつく蛇目。

 そんな蛇目に向かって、人狼が近付こうとしてくる。


「おっと。近付くな」


 蛇目が人狼に向かって、ユニークスキルの『蛇の目(スネークアイ)』を使用する。

 蛇目に近付こうとした人狼はその瞬間にピタリと動きを止め、その歩みを止めた。


「まったく………。スレイブ様にどう言い訳すれば―――」


 蛇目がそう呟いた瞬間、蛇目と人狼の間に、何らかの物体が飛んできた。


 飛んできた物体は、カランという音を立てながら蛇目と人狼の間に転がった。

 転がってきたそれは、金属でできた円筒形の物体であった。


「あ?なんだこれ―――」


 蛇目はそれを実際に見たことが無かった。だからこそ、それが何なのか、すぐに判断することができなかった。


 次の瞬間――――――


 バァンッッ!!


 突如爆ぜたその物体から、強烈な閃光と爆音が放たれた。放たれた白熱の閃光は、蛇目の視界を一瞬にして満たした。蛇目は咄嗟(とっさ)に目を(おお)おうとしたが、時すでに遅し。


「ぐぁ!!」


 蛇目の視界は白熱の閃光に焼き尽くされ、視界は白一色に塗りつぶされた。

 放たれた強烈な爆音によって、蛇目の鼓膜は強烈な衝撃音に襲われ、蛇目は眩暈(めまい)に襲われて膝をつく。キーンという耳鳴りが蛇目の耳を支配し、周囲の音は何も聞こえなくなる。

 視界も奪われ、聴覚も奪われた蛇目を襲うのは、圧倒的な孤独。見ることもできず、音を聞くこともできない。白に塗りつぶされた世界で、蛇目は孤独感に襲われる。


「クソッ!閃光手榴弾だと!?」


 音の聞こえない世界で叫ぶ蛇目であったが、そんな自分の声さえも蛇目には聞こえない。


 閃光手榴弾。強烈な爆音と閃光で一時的に視覚と聴覚を奪う、非致死性の兵器である。この世界には存在しえない兵器だ。警戒することは不可能であるし、そもそも蛇目はそれを直接見たことはない。

 咄嗟の判断で防ぐのは不可能であったのだ。


「クソッ!クソッ!何も見えない!」


 何も見えない、聞こえない世界の中で、蛇目は狼狽(うろた)える。

 狼狽(ろうばい)し、焦り、冷汗が全身から噴出(ふんしゅつ)する。


 だが、蛇目にとってそんな地獄のような時間は、すぐに終わりを告げた。


 ドスッ!


 そんな鈍い音と共に、自らの胸を襲った衝撃。


「―――は?」


 蛇目が自身の手を、衝撃が襲った胸に持っていく。

 そこにあったのは、太く、ふわふわの毛に覆われた何かであった。

 毛でおおわれた物体が、自らの胸を貫いていたのだ。


 その瞬間、蛇目は自らの死を悟った。


「―――クソ………。こんな終わり方かよ………」


 蛇目は薄くなる意識の中で、最後にそんな事を呟いた。

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