59. 獅子神との再会
~ 獅子神亮 ~
獅子神亮。48歳で死亡した、マル暴の刑事である。
栗原との関係は、彼が生活安全課に所属していたころまで遡る。
当時14歳であった栗原が少年院から出て来た。院に入っていた理由は死体遺棄及び死体損害罪。幼かった栗原が両親に売られた暴力団、『坂下組』が始末した人間の死体を埋めたことが発覚して少年院に入れられたのだ。
偶然栗原の担当になった獅子神。それから獅子神は、まだガキであった栗原に目を掛ける事になる。栗原が悪いことをすればちゃんと説教するし、悪い大人や坂下組にはなるべく近付かせないように張り付いた。栗原も口では反抗しつつも、獅子神の言う事は意外と素直に聞いていた。
外から見た関係としては刑事とそこらの悪ガキであるが、獅子神は栗原の事をいつの間にか気に入っていた。
年齢的には親子ほど離れてはいるが、その関係性はまるで兄弟のようであった。
手の掛かる弟。獅子神は栗原の事を、そんな風に思っていた。
だが、栗原という人間の性質は根っからの喧嘩家だ。
栗原が20歳になった頃、結局あの馬鹿はヤクザになんてなりやがった。自身が売られた先の坂下組。そこと盃を交わしてしまった。
両親に売られたとはいえ、栗原を育てたのは坂下組だ。その筋を通したのだろう。ヤクザからの恩など無視すればいいのに、本当に馬鹿な奴だ。
獅子神はそんな栗原を追いかけるように、マル暴に部署を移した。馬鹿な栗原が心配だったからだ。
そして、その心配は見事的中した。
栗原が28歳の頃。栗原が所属していた坂下組の組長が、遂に栗原の事を扱いきれなくなったのだ。
坂下組100人の構成員を栗原の元に送り込み、栗原の始末を敢行したのだ。
栗原の始末には成功した。数十人の死傷者を出しながら。栗原という男は最後まで戦い抜き、100人の構成員たちとの抗争をほとんど引き分けにまで持って行ったのだ。
流石狂犬栗原だ。獅子神が目を掛けていただけはある。
本当に馬鹿な奴だ。ヤクザになんてなって、最後は身内に裏切られて殺されたのだ。獅子神は呆れて物も言えない。
だが、それでも獅子神は、栗原の事を実の弟のように思っていたのだ。
栗原の死に、意外なほどに感情を動かされた。自分自身で驚くほどに、栗原を殺した坂下組への怒りを感じていたのだ。
獅子神は独自で坂下組の調査を開始した。そこで獅子神は、決定的な証拠は自体は得られなかったが、とある貴重な証言を入手した。
曰く、「栗原の始末を命令したのは鬼島という幹部である」。
鬼島、坂下組のナンバー2であった。
栗原殺しの犯人を見つけた獅子神は、それから大きく動く。
刑事の権限を使い、坂下組の管理下にある店の摘発を何度も強行したのだ。
店を何度も摘発された坂下組。そんなことが何度も続けば、坂下組のシノギは当然縮小せざるを得ない。坂下組としては大ダメージだ。
そんな事になれば、今度は坂下組が黙っていない。
相手は警察だ。下手に手を出せない相手。だからと言って黙っていれば、いずれ坂下組は潰れる。
だから今度は、坂下組は獅子神の命を狙い始めたのだ。
獅子神は警察の中でも屈指の武闘派であった。下手な刺客では返り討ちになりかねない。
だから坂下組は、とっておきの切り札を切る。
坂下組の武闘派ヤクザである鬼島。彼を獅子神の元に向かわせたのだ。
「やっと出て来たか鬼島ァ………。ようやく、栗の仇を取れる………」
獅子神が鬼島を睨みつけながら言う。
証拠などない。だが、獅子神は知っている。鬼島が栗原に、強い劣等感を感じていたことを。
坂下組の武闘派。そう聞くと真っ先に名前が挙がるのが、狂犬栗原。鬼島の名は、栗原が組に入って来てからは常に2番手だった。
鬼島はその事に、常に劣等感と嫉妬心を抱いていたのだ。
「栗原も………、獅子神も………。どいつもこいつも目障りなんだよ!!」
「鬼島ァ!てめえは俺がぶっ殺してやるよ!!」
互いに銃を向け合う2人。
気付けばそこには、2体の死体が転がっていたという。
それが獅子神の前世の一生であった。
獅子神は転生し、イストウェストでウェスト王国の貴族として生まれ変わった。
そんな獅子神はウェスト王国から離脱し、現在は転生者連合という組織を作って世界各地を回っている。
目的は罪のない転生者の保護。この世界で不当な扱いを受ける同郷の人間たちを助けているのだ。
だが、現実はそう上手くはいかなかった。
転生者連合のアジト。そこにスレイブ商会からの奴隷狩りの部隊が送り込まれたのだ。
獅子神は何とか他の転生者連合のメンバーを逃がすことには成功したが、獅子神本人は奴隷狩りに捕まってしまった。
その時獅子神と対峙した男。誓約の証である、誓紋を首に付けた、転生者の男。そいつの前に立った瞬間、獅子神の身体は全く動かなくなってしまったのだ。
何らかのユニークスキルだったのだろう。逃げ切る自信があった獅子神は、そのユニークスキルに捕らえられて、今こうして、売られるのを待つ転生者奴隷として牢屋の中に入れられている。
しかし、そんな獅子神にも幸運が訪れる。
いや、むしろこれは、地獄への入り口なのかもしれない。
スレイブ商会に捕まっていた獅子神の目の前に、とある人物が現れたのだ。姿形は変わっている。だが、その不遜な態度と可愛げの無さは変わっていない。
前世以来に会う、稀代の大馬鹿野郎だ。
「よう獅子神。久しぶりだな。元気してるか?」
~ マーロン ~
「よう獅子神。久しぶりだな。元気してるか?」
マーロンがフィリップ商会からスレイブ商会に売り飛ばされ、連れて来られた先の牢屋の中。その中には手枷をつけられた1人の男性が捕らえられていた。
金髪で寝起きのようなぼさぼさ髪を携えた、20代後半くらいの男性だ。マーロンが発した言葉に驚き、目を見開いている。
その牢の隣にはもう一つ牢があり、その中には2人の女性が捕らえられている。
1人は茶髪の普通の女性。もう1人は長く尖った耳を持った、綺麗な女性であった。彼女たちが一緒に捕らえられているという、転生者とエルフであろう。
「元気なわけねえだろ馬鹿たれ」
驚きから戻ってきた金髪の男性が答える。そう。彼こそが獅子神だ。
かくいう獅子神の姿は見るも無残であった。ボロボロの衣服を身に纏い、身体中は傷だらけの青痣だらけだ。所々出血もあるようで、今も力なくだらんと地べたに座り込んでいる。
「なんでお前がこんな所に………?」
「あんたと同じだよ。捕まっちまった」
マーロンがへらへらとしながら獅子神の問いに答える。
マーロンはそのまま獅子神の元まで歩いて行き、彼の隣の地べたに腰掛けた。
「なんで俺が獅子神だってわかった?」
「綺麗なお嬢さんに今のあんたの特徴を聞いてたからな。そのぼさぼさの金髪を見てピンと来たぜ。相変わらずクソみたいな髪だな」
「そういうお前は、多少は見てくれはマシになったみたいだな」
獅子神がマーロンの顔を見て言う。今のマーロンも十分強面の部類であるが、前世での栗原の姿を知っている獅子神から見ると随分マシに見えるであろう。
「―――茜が送り込んできたんだな?」
「まあね。あの嬢ちゃんに感謝するんだな」
「ったく。余計な事を」
そんな事を吐き捨てる獅子神であったが、その顔は少し嬉しそうでもあった。
「けど、お前が捕まったら本末転倒だろ?」
「まあまあ。それは色々あんのよ」
マーロンはそう言って、手足を伸ばして床に寝転がった。まるで休日にリビングで寛ぐ親父のような態度である。
「無策じゃねえって事か」
「ま、そゆこと」
そう言って獅子神も、マーロンと同様に寛ぎ始めた。
「転生者を保護して回ってるって?」
「ああ。同郷の奴らが奴隷にされてるなんて見過ごせなくてな」
「相変わらず甘いね、獅子神は」
この世界に来ても変わらない獅子神の優しさ。マーロンも前世ではこの獅子神の甘さに何度も助けられて来た。そういう積み重なった借りが沢山あるのだ。だからこそマーロンは、獅子神の事を見捨てることができなかった。
「お前はどうなんだよ?栗原組なんて組織立ち上げて。暴力団の真似事か?」
「俺が立ち上げたわけじゃねえよ。勝手に出来上がってたんだ」
「スラム街の子供だけで設立したんだろ?お前も大概子供に甘いな」
「よく知ってるなクソ野郎」
「調べておいたからな」
マーロン自身も、子供というものに甘い自負はある。子供というのは可能性の塊だ。自分のようになるな。その思いで子供にはつい甘く接してしまうのだ。
「けど、その栗原組は抜けたんだろう?今は何やってんだ?」
「とある人の執事だよ」
獅子神がその言葉を聞き、大声で笑いだした。
「ぶはははは!おま………執事って!」
マーロンはそんな獅子神の笑い声に不機嫌そうな顔を隠さない。確かに前世の栗原からは想像もできない姿であろうが、そんなに笑うような事だろうか。
「命の恩人なんだよ」
「ふーん。なるほどね。ならちゃんと恩返さねえとな」
「ああ。その真っ最中だ」
マーロンはセレーネの事を思い浮かべて密かに笑顔になる。彼女のためになら命を賭けられる。そう思えるほど素敵なマーロンの主人である。
そんなマーロンの笑顔に獅子神は気付き、意外そうな目でマーロンを見やる。見たことも無いマーロンの笑顔に驚いているのだ。
牢屋の中で寛ぎながら雑談を繰り広げていたマーロンたちに、隣の牢に入れられている女性のうち1人がマーロンたちに話しかけてくる。
「ねえあんた達、知り合いなの?」
「ああ。前世で知り合いだった奴だよ、吉田さん」
どうやら話しかけてきた女性は吉田というらしい。
「へえ。珍しいわね」
「だろう?俺もびっくりだ」
親しげに話す吉田と獅子神。この場所に連れて来られてどれくらいかはわからないが、牢に入れられている間に仲良くなったのだろう。
「俺は栗原。よろしくお嬢さん」
「私は吉田。よろしく」
そんな栗原と吉田が挨拶を交わす。だが、吉田ではないもう1人の女性、耳の長いエルフの女性だけは会話に入って来ない。
「彼女は?」
「それが話しかけても『話しかけるな』の一点張りでね。名前すら知らないんだ」
「ふーん」
エルフの女性は今も顔を俯けている。話し掛けて来るなオーラが全開だ。
「そこのエルフの姉ちゃん。名前は?」
「話しかけてこないで。人間風情が」
マーロンが試しに話しかけてみるが、エルフはその長い金髪をふわりと靡かせてそっぽを向いた。とてもきれいな顔が、不機嫌な表情で歪む。
「な?」
取り付く島もないエルフの態度に、マーロンと獅子神が共に肩をすくめ合った。




