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58. 潜入!スレイブ商会

 小汚い馬車の荷台の中に、まるで物のように詰め込まれたマーロンの姿があった。街を歩く馬車はガタガタと揺れながら、所々にマーロンの身体を跳ね上げる。人を乗せる用の馬車ではないため、乗り心地は最悪の一歩手前である。

 マーロンの手にはごつい金属製の手枷(てかせ)が付いており、自由を奪われているのが見て取れる。触れた者の魔力を封じ込める、『封魔石』で出来た手枷である。

 この『封魔石』とは、触れた者の魔力を封じ込めるという便利な鉱石である。主に監獄に収容する囚人を捕えておくのに使われ、魔力を封じ込めることで安全に囚人を収監することができるのだ。

 この『封魔石』は転生者にも有効である。転生者が持つユニークスキルは魔力によって形作られたものだ。その為、『封魔石』の力は有効で、転生者のユニークスキルの使用も制限することができるのである。当然、現在のマーロンも例外ではなく、ユニークスキルや一切の魔法の使用ができない状態であるのだ。


 まるで捕らえられているかのような様相(ようそう)で馬車に揺られるマーロン。そんな状態が1時間ほど続き、ようやく馬車がその足を止めた。


「着いたぞ」


 若い男性の声がマーロンに届く。

 聞いたことのある声。フィリップ商会のフィリップの声である。栗原組が表で活動するためのフロント企業のオーナーだ。


 馬車の荷台に積まれたマーロンの元に、フィリップと数人のフィリップ商会従業員がやってくる。彼らは荒々しく、マーロンを馬車の荷台から降ろす。まるで奴隷を扱うかのように、その手には容赦(ようしゃ)がない。


 フィリップと従業員たちに連れられて行くマーロン。手枷を付けられ、繋がった鎖を引かれながら歩く姿は、まるで犯罪者を連行する現場のようである。


 そんなマーロンの元に、フィリップが近付いて耳打ちをしてくる。


「すみません栗原さん。手荒な真似を」

「いい。今の俺はフィリップ商会に捕まった転生者だ。もっと粗雑(そざつ)に扱っていい」


 マーロンの言葉の通り、現在のマーロンはフィリップ商会に捕まった転生者という設定だ。

 スレイブ商会に捕まり、奴隷になりかけている獅子神。絶体絶命の獅子神を救うため、栗原組のフロント企業であるフィリップ商会に協力してもらっているのだ。

 目的はスレイブ商会の奴隷収容所の特定。その為の作戦なのだ。

 まず、マーロンは転生者の奴隷としてフィリップ商会に捕まる。その後、フィリップ商会は捕まえたマーロンをスレイブ商会に売る。スレイブ商会はフィリップ商会から新たな転生者奴隷を仕入れる事となり、買ったマーロンをスレイブ商会が所有する奴隷収容所に連れて行く。マーロンをオークションで売るまで保管しておく場所だ。そうすることで、マーロンは見事、獅子神が捕らえられている奴隷収容所の場所を特定できるという寸法だ。


 フィリップ商会はその作戦を実行するため、現在スレイブ商会にまで足を運び、マーロンを売りに来たのである。


 フィリップたちと奴隷姿のマーロンが通された部屋。そこにはどっぷりと太ったスレイブ商会の会長、スレイブが待ち構えていた。


「お初にお目にかかります、スレイブ殿」

「初めまして、フィリップ殿」


 大きな2つの商会の長同士の挨拶。初めまして同士の商会である。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

「よいよい。今勢いのあるフィリップ商会と関係を持つことができたのだ。それに、転生者と聞けばどこの商会も欲しがる案件よ。(むし)ろよく、スレイブ商会に話を持って来てくれた」


 イースト帝国においての転生者の奴隷というのは、どこも喉から手が出るほど欲しいものである。

 まず商会からしてみれば、転生者奴隷というのは高額で売れる。仕入れが大変というデメリットがあるが、そのデメリットに目を(つむ)れる程度には大金を稼ぐことができるのだ。

 また、客からしても転生者奴隷は需要が高い。転生者というのはその性質上、必ずユニークスキルを持っている。そのユニークスキル目当てに購入する者が多いのだ。特に戦力としての需要は高く、各地の領主が兵力として求めるほか、他の金持ちからしても護衛や私兵として欲しがるのである。かく言う目の前のスレイブ商会でも、会長のスレイブの隣には、首に誓約(せいやく)の証である誓紋(せいもん)がついた護衛が2人もいる。彼らも転生者奴隷の主な使い道の1つだ。


 こういう点で、転生者の奴隷というのは各方面から欲しがられるのである。


「しかし本当に良いのか?自分たちで売れば(もう)けを独占できたのに」

「我々フィリップ商会は新参者です。奴隷を売るノウハウも伝手(つて)もない。であるならば、中途半端に自分たちで売るより、スレイブ商会に任せた方が良いと思ったのです。それに、レズールの街最王手のスレイブ商会との伝手も出来ますしね」


 フィリップはそう言ってニヤリと笑った。そんな正直なフィリップの言に、スレイブも大笑いをする。


「わっはっはっは!気に入った!正直者だなフィリップよ!」

「商人は信用が命ですから」


 そう言ってフィリップも、スレイブと一緒に大笑いをする。

 スレイブ商会の奴隷収容所に潜入する作戦を、フィリップ商会もスレイブ商会との関係構築に利用して見せたようだ。見事にフィリップはスレイブに気に入られてしまった。流石、栗原組一番の参謀(さんぼう)である。


「それで、そいつが(くだん)の転生者か?」


 大笑いが終わり、スレイブがマーロンを指差して言う。


「はい。名前は不明ですが、人狼に変身するユニークスキルを持っています。確実に、戦闘用として役に立つ一品ですよ」

「なるほど。確かに護衛や一兵としても需要がありそうだな。目つきは少し悪いが、見てくれも悪くない。愛玩(あいがん)用としても一定の需要はあるか」


 スレイブが不躾(ぶしつけ)にマーロンを見て品定めをする。マーロンが奴隷として、どのくらいの値で売れるのか品定めしているのだ。


「売れば1000万は固いかと見ましたが、いかがでしょう?」

「ほう。フィリップ殿も奴隷を見る目はあるようだな。だが惜しい。私ならその5倍の値段で売って見せよう」

「ほ、ほんとうですか!?」

「はっはっは!私ならそれくらい屁でもないよ」

「流石ですねスレイブ殿」


 得意気に言うスレイブをおだてるフィリップ。わざと少し低めの値段を言って、スレイブを調子づかせたのだ。


「しかし今月はラッキーですな。まさか転生者3人に、エルフまで仕入れることができた」

「エルフ、ですか?」

「ああ。滅多に精霊の森から出てこない種族だ。それもとびきりの美人で処女と来たもんだ。こりゃあとんでもない額で売れる」

「ほうほう。それはすごいですな」


 スレイブが貴重な情報をマーロンの前で言う。現在捕まっているのはマーロン以外に3人。うち2人は転生者で、もう1人はエルフらしい。


 エルフというのは、別名長耳族(ながみみぞく)と呼ばれる魔族の1種である。

 魔族とは、人間以外の種族を総括(そうかつ)して魔族と呼ぶらしい。エルフもその見た目はほとんど人間と変わらないのに、人間たちはまとめて魔族と一括(ひとくく)りにしているのだ。

 エルフの特徴は何といっても、長く尖った耳である。ピンと尖った長耳は精霊の声を聞くことができるとされ、精霊の森という、エルフ以外が入ると必ず迷ってしまうという謎の森に住むと言われている。

 その為、エルフという種族を捕まえるのはとても難しいのだ。


 だが、エルフというのは美男美女が多い種族である。そのため、愛玩用の奴隷として人気があり、需要の割に供給がほとんどない種族なのだ。

 その希少性から、エルフは超高額で売れるのである。


 エルフか、見てみたいな。なんてことを考えてたマーロンであったが、どうやら取引はその間に終了したようであった。


「では取り決め通り、サンナナでいいですかな?」

「はい。私だけで売っていれば1000万程度であったでしょうし、スレイブ商会のお陰で利益が数倍にも増すのです。文句のつけようがありません」

「そうかそうか。これからも贔屓(ひいき)にしてくれると助かるよ」

「もちろんでございます」


 フィリップはそう言って、マーロンをそのままスレイブ商会の護衛に引き渡した。

 恐らくこれからマーロンは、スレイブ商会所有の奴隷収容所に送られるのであろう。


「お前たち。こいつを保管所に連れてけ。大事な商品だから、くれぐれも傷付けないようにな」

「はい。かしこまりました」


 そう言って、転生者の護衛の内1人がマーロンを連れて部屋を出ていった。

 護衛に鎖を引かれ、連れて行かれるマーロン。


「残念だったな。名前は知らんが、お前はこれから奴隷になるんだ」


 唐突(とうとつ)に、転生者の護衛がマーロンに話しかけてきた。


「―――あんただって奴隷だろ?」

「ハッ!スレイブ様はそこらのバカな金持ち連中とは違うんだよ」

「参考程度にどこが違うんだ?」

「ちゃんと貢献(こうけん)すれば自由をくれるし、女だって買い与えてくれんだよ。たぶん奴隷の扱いに慣れてんだろうな」


 転生者の護衛は、得意気にそんな事を言う。確かに彼の顔には悲壮感(ひそうかん)はない。中には満足した奴隷生活を送る転生者もいるみたいであると、少し驚くマーロン。


「使い潰されてすぐ死ぬか。それとも変態に買われて毎日毎日ケツを掘られるか。お前がどんな主人に買われるか、楽しみだな」


 転生者の護衛は(あざけ)るように言う。おそらくこいつは、マーロンを怖がらせるようとしているのだろう。だが、マーロンはそんな言葉の羅列(られつ)に感情を動かされたりはしない。


 なぜなら―――。


(もう俺には、最高のご主人様がいるからな)


 マーロンはそう心の中で呟き、護衛の言葉を右から左へと聞き流すのであった。

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