54. 夕日茜の頼み事
~ 夕日茜 ~
「まずは洗いざらいお前の情報を吐いてもらう。獅子神の話を聞くのはそれからだ」
栗原のその一言で、夕日茜は大人しく自分の情報を話し始めた。
自らを本気で殺そうとしていた栗原に、夕日茜は現状従わざるを得ない。獅子神の知り合いだからと、この栗原という男を舐めていたのだ。まさかこれほど好戦的な男だとは思っていなかった。こういう日本人らしい甘さは、この世界では捨てなければいけないというのに。
しかも夕日茜は頼みごとをしに来た立場。元々立場は栗原と栗原組より下なのだ。
初手で浦田心菜という少女の正体を暴いてしまったのは悪手だったと言わざるを得ない。
夕日茜としては、「自身も転生者だから安心してよい」というアピールのつもりであった。実際、今まではこの方法で上手くいっていた。
だが栗原は、仲間を見つけた安堵より、心菜の正体が露呈してしまうリスクの方を重く見た。
それはすなわち、この2人には既に、どこかに受け入れてもらえている場所があるという可能性が高い。だからこそ彼らは、夕日茜によって秘密を暴かれてしまったことの方を重大な問題に捉えたのだ。
「私の名前は夕日茜。20年前に転生して生まれた、ウェスト王国出身の一般市民」
栗原は自身の事を警戒している。
ここで彼の警戒を解いてもらえるように、夕日茜は正直に自身のことを話す。
「3年前、私が転生者だってバレた時に、私の事を助けてくれたのが獅子神さんだった」
「そこで獅子神と出会ったんだな?」
「そう。そこから獅子神さんと行動するようになって、とある組織を立ち上げたの」
「とある組織?」
「『転生者連合』。聞いたことない?」
栗原と心菜が首を傾げる。どうやらこの2人は知らないようだ。
「どうやら知らないみたいね。転生者連合は罪のない転生者の保護を目的とした組織よ」
この世界の転生者に対する扱いは狂っている。転生者であるというだけで、誓約を無理やり交わされて奴隷になる。
前世で罪を犯した犯罪者であればまだいい。だが、少なからず罪のない転生者もいるのだ。そんな転生者たちを保護するための組織である。
「罪のない転生者ね………。この世界には確かに、この子のような罪のない転生者もいるっちゃあいる。だが、ほとんどは俺みたいな犯罪者ばかりだろう?そいつらはどうするんだ?」
栗原が隣の心菜を見て言う。
「始末して回っているわ。不要だもの」
「ほう。そりゃ過激なこって」
「仕方ないでしょ?転生者たちの未来を考えれば、犯罪者の存在は迷惑なの。将来的には転生者にも人権が欲しいしね」
「なるほど。つまり俺みたいなのは抹殺対象って訳ね」
栗原が苦笑しながら言う。
「じゃあその転生者の善悪はどう判断してんだ?自己申告か?」
「そのための私の能力よ。『心眼』。人の本質を見る能力」
「ああ。そこでお前の目なのか」
「ええ。その人の名前と、その人の性質を文字として見ることができる。そして、その人が転生者である場合は、前世の名前と犯した罪も見えるの」
「便利な能力だな」
栗原が納得したような様子で頷く。
マーロン(栗原恭一)。転生者。非常に好戦的な人物で、法を犯すことに抵抗が無い。その一方で義理人情に厚く、特に現在の主人に対しては非常に従順で、主人の命令なら命を捨てることもいとわない。犯罪歴は殺人、詐欺、窃盗、死体遺棄、銃刀法違反、etc....。
フィーネ(浦田心菜)。転生者。引っ込み思案で、周囲の顔色を窺う癖があり、自己主張するのが苦手である。だが、心根は優しい人物で、家族への愛は特に深い。犯罪歴は無し。
簡略的であるが、こんな感じで対象の情報を見ることができるのだ。
「つまりその目で転生者の選別を行ってるって事か」
「ええ。そういう事」
栗原が言っていることは合っている。夕日茜が栗原たちに正体を明かした理由も、目的の1つだ。栗原は確かに犯罪者であるが、隣の心菜は違う。彼女であれば、『転生者連合』の救済対象だ。
「で?その転生者連合とやらが何の用なんだ?獅子神と関係があんのか?」
「ええ。その獅子神さんが危険な状態なの!」
夕日茜のその言葉に、栗原は無反応であった。まだ彼の警戒は解けていないようだ。
「『転生者連合』の本部が奴隷商の襲撃にあったの。名前はスレイブ商会。この街で一番大きな商会よ」
「………」
2人の反応を見るに、ピンと来ていない様子だ。この街に長く住んでいれば知らない筈は無い商会であるため、彼らはこの街に来たばかりなのであろうという想像がつく。
「そのスレイブ商会の襲撃で、獅子神さんは転生者連合の皆を逃がすために1人捕まっちゃったの!」
転生者連合の仲間たちを逃がすため、獅子神は1人でスレイブ商会の私兵たちと対峙した。最後に見た獅子神の姿は、スレイブ商会に捕まって引き摺られて行く姿であった。
「私たち転生者連合は捕まってしまった獅子神さんを助けたい!だから転生者連合の皆で手分けして、栗原!あなたを探してたの!」
ここでようやく、栗原に自分が彼を探していた理由を伝える。
「―――獅子神が捕まったってのはわかった。けど、なんで俺を頼ってきたんだ?」
「獅子神さんが言ってたの。栗原は俺に借りがある。俺に何かあれば頼れって」
「チッ………。あのおっさん、余計な事を………」
栗原がこれ見よがしに舌打ちをする。どうやら借りがあるというのは本当らしい。
「初めはこの街の栗原組を訪ねてあなたに話を通すつもりだった。この街にいるとは思っていなかったから。でも、まさかあなたがこの街にいたなんて、本当に幸運だった。―――お願い!獅子神さんを助けて!」
夕日茜はそう言って栗原に頭を下げた。誠心誠意、深くお辞儀をし、栗原に誠意を伝える。
栗原がうんうんと唸る。おそらく助けたい気持ちはあるのだろう。だが、何か障害となるものがある。そんな様子である。
「―――いくつか質問いいか?」
「ええ!なんでも聞いて!」
「獅子神は前世で何をやっていた?」
「マル暴の刑事よ」
「その前は?」
「確か………、生活安全課の刑事だって言ってた」
「家族は?」
「生涯独身だって言ってた。こんなにいい人なのに独身なんて、世の女性たちは何を見てるのかしら」
「好きな食べ物は?」
「蕎麦。警察署近くの立ち食い蕎麦を啜るのが日課だって言ってたわ」
「好きな飲み物は?」
「コーヒー。でも、ブラックは飲めないって言ってた」
栗原の質問に、夕日茜はするするとつっかえることなく答えていく。
「―――マジで獅子神の知り合いのようだな」
「これで信じてもらえた?」
「ああ。疑いようは無いみたいだな」
そう言って栗原は頭を掻く。どうやらようやく信じてもらえたみたいだ。夕日茜への警戒心が解けたのを栗原から感じる。
「夕日茜。あんたの頼みはわかった。それに、獅子神に借りがあるってのも本当だ」
「じゃ、じゃあ!」
「だが、そう簡単に引き受けられない事情がこっちにもあんだよ」
栗原が言いにくそうに言う。
「事情って?」
栗原に夕日茜が尋ねるが、栗原は無言のまま頭を捻る。その事情とやらを話してもよいのか、迷っているような様子である。
「もしかして、そこの心菜さん………、フィーネって子の事?」
「………」
栗原は無言のままだ。その沈黙を、夕日茜は肯定と捉える。
「フィーネ・レドシラ。確かウェスト王国の貴族で、ビレッジ公爵家に引き取られていた子よね?」
「………」
「そのビレッジ公爵家も一ヶ月ほど前、ウェスト王国内で指名手配されて姿を消してる。そして、ビレッジ公爵家に引き取られていたフィーネって子も同時に行方不明になっていたはず………」
「………」
「ビレッジ公爵家とフィーネ。一緒に行動しているのであれば、一緒に姿を消したことに説明はつく」
「………」
「そして栗原、あんたのその執事服。もしかしてあんた、ビレッジ公爵家の執事なの?」
「………」
「という事は………。その事情って、ビレッジ公爵家の指名手配か!」
夕日茜が答えに辿り着く。栗原をビレッジ公爵家の執事だと仮定すれば、確かに今、目立つような行動はできないであろう。何せ、ビレッジ公爵家はウェスト王国で指名手配中なのだから。
ここレズールはイースト帝国内とはいえ、国境沿いの街である。ウェスト王国の間諜がいないとも限らないのだ。
「ハァ………やっぱりわかっちまうか」
まるで答え合わせのように栗原がため息をついた。
「その通り、俺はビレッジ公爵家に仕えている身だ。だから自由に動ける身じゃないんだよ」
そう答える栗原に、夕日茜は一定の納得を得た。
「それでフィーネさんが転生者だってバレた時、あれだけ隠蔽しようとしてたのね。確かに仕える執事であれば、私を殺そうとするのも納得だわ」
「悪いな。けど、あれはお前が悪い」
「うっ………。それは私も反省してるところ」
確かにあれは悪手であった。いたずらに栗原の警戒を高めるだけになってしまった。
「ていうか、ビレッジ公爵家と栗原組は繋がってたのね」
「ああ。ちなみにこれは内緒だ。話せば殺すから気を付けとけよ?」
「わ、わかってるわよ………」
栗原が笑顔で夕日茜を脅す。いや、脅しだけでなく本気であろう。
「どうしても難しい?頼る宛なんて栗原組しか無いのよ………」
「助けたいのは山々なんだが………」
栗原が考え込む。この様子だと、やはり獅子神を助けたいという気持ち自体はあるようだ。
そんな栗原に向かって、今まで黙って話を聞いていた心菜が言う。
「あの………、セレーネ様に相談してはどうでしょう?セレーネ様なら、マーロンさんが頼めば許可してくれると思います」
「ですが、万が一余所にバレれば旦那様やお嬢、フィーネ様にもご迷惑が………」
「セレーネ様も、私も、何度もマーロンさんにはお世話になってます。それくらい許してもらえますよ」
心菜がそう言って栗原を説得する。
「―――わかりました。一度話だけしてみます」
「はい!それでいいと思います!」
栗原が心菜の説得に応じた。心の中で夕日茜はガッツポーズをする。
「先ほどとは逆ですね。フィーネ様に説得されるとは」
「えへへ。先ほどは勇気を貰いましたから。今度は私が返す番です!」
この2人が何を話しているかはわからない。が、これで栗原が彼の主人に話を通してくれるのは確定のようだ。
「栗原。心菜さん。ありがとう」
夕日茜が栗原たちに頭を下げる。
「まだ助けると決まったわけじゃない。まずは栗原組のファストに情報共有だ。―――お前が転生者であることは話していいんだよな?栗原組は転生者を売ったりはしないが、一応確認だ」
「ええ。こっちが頼る立場だし、転生者連合であることは話しても平気」
そもそも栗原組は転生者である栗原が立ち上げた組織だ。転生者の情報を無暗に売ったりはしないであろう。そこは信頼できる。
「そうか。ならファストを呼んでくる」
そう言って栗原は、栗原組の幹部であるファストを呼びに行くのであった。




