53. 突然の来客
「やっと見つけた!栗原恭一!!」
マーロンはその声に振り返る。
振り返ったその先にいたのは、1人の女性であった。150センチほどの身長に、黒髪のセミロングの女性だ。
マーロンに話しかけてきたその女性。彼女は聞き捨てならない単語を言っていた。
栗原恭一。マーロンの前世の本名である。
この世界では確かに、栗原という名を名乗っていた時期がある。だが、下の名前まで名乗った覚えは無いのだ。それこそ、マーロンの事を転生者だと知る者しか知らない情報であるはずだ。
どうしてマーロンの前世の本名を知っているのか。その事を怪訝に思い、マーロンは女性を無言で睨みつける。
「―――どうして俺の名前を知ってる?」
「あんたの事は知ってる!獅子神さんに聞いたから!」
マーロンはその名前を聞き、驚愕で目を見開いた。
「―――どういうことだ?詳しく聞かせろ」
~ 栗原が死ぬ1か月前 ~
とあるビルの屋上の上。
栗原は屋上の柵に両肘をついて、上から忙しなく動き回る社会人たちを見下ろしていた。彼らは栗原と違い、真面目に働いている堅気たちだ。
栗原はそんな彼らの姿を見るのが好きだった。社会の一員となって真面目に働く堅気たち。栗原のような裏の人間が望んでも手に入らない、まばゆい存在である。
そんな栗原に背後から話し掛ける男性の声があった。渋い男性の声だ。
「よう。栗」
その男性は栗原が振り向く前に、何らかの缶を栗原に向かって投げた。
栗原は、くるくると回転しながら空中を飛んでくる缶を見もせずにキャッチする。
「いいのかよ。警察がヤクザに缶コーヒーなんて奢って」
栗原は男性の姿を見ないまま、投げられた缶コーヒーのふたを開けた。
獅子神亮。マル暴、主に暴力団等の組織犯罪や、銃器や違法薬物などの取り締まりをしている部署に所属する刑事である。極道である栗原を取り締まるべき男だ。
「バレなきゃいいんだよバレなきゃ」
獅子神はそう言いながら、栗原の横で缶コーヒーを飲み始めた。
栗原は隣に来た獅子神を一瞥すると、貰った缶コーヒーに口を付ける。
「あまっ………!―――ブラックだっていつも言ってんだろ?」
「まだお前はガキだからな。微糖で充分だ」
「お前がブラック飲めないだけだろ、クソ刑事」
栗原と獅子神は、栗原がガキの頃からの付き合いである。栗原がまだガキの頃、少年院からでてきた栗原の担当となったのが、当時生活安全課であった獅子神である。
子供の頃から栗原は何度も獅子神に補導されてきた。事あるごとに栗原に会いに来て、栗原の事を気にかけていたようであった。栗原が暴力団に入ってからも獅子神は、部署をマル暴に移し、ストーカーのように栗原を追って来ているのだ。
「相変わらず口が悪いね」
「あんたのお陰でな」
「あんなに可愛かったガキが、今ではヤクザだ。これ程悲しいことはない」
そんな事を言いながら、獅子神は栗原と共に缶コーヒーを飲む。
獅子神には何度も世話になっているが、その分、痛い目も見させられている。何度かこの獅子神は、栗原の事業を潰しているのだ。
年齢は少し離れているが、腐れ縁、兄弟。そんな関係である。
「栗。お前の組の動きが最近怪しい。気を付けろ」
獅子神が唐突に、そんな事を栗原に伝える。
たぶん、栗原を心配しての言葉であろう。
「―――そろそろ潮時かな。親父も俺の扱いには困ってるみたいだ」
「お前は戦いになると容赦が無いからな。お前のようなきかん坊、あの組長が扱えるはずが無かったか」
栗原は基本的には親に忠実に生きてきたと思っている。だが、こと殺し合いとなると、その狂犬の血が滾るのだ。
生け捕りの命令だったターゲットを殺してしまったり、カチコミの際についやり過ぎてしまったり。
その所為で何度か組長には迷惑をかけてきたのだ。
「とにかく気を付けろ。お前のような悪ガキが死ぬと、後味が悪いからな」
「―――わかったよ。気を付けておくよ」
そう言い残して、獅子神はビルを降りていった。
「―――ほんと甘いね。獅子神は」
栗原はそう言って、甘い缶コーヒーを一気に飲み干すのであった。
~ 現代のマーロン ~
所変わって、栗原組のレズール支部。
どうやら話しかけてきた女性はマーロンと栗原組に用があったらしく、話を聞くために栗原組のレズール支部まで場所を移したのだ。
現在この部屋の中には、マーロンとフィーネ、話し掛けてきた女性、そして栗原組レズール支部の管理者である、幹部のファストがいる。
ファスト。栗原組創設時のメンバーで、栗原組の幹部の1人だ。髪は緑のリーゼントで、身長は男性にしては小さい160センチ程だ。その身長とは裏腹に、戦闘力はミランダに次ぐほどで、アンナからの信頼も厚い幹部である。
「それで兄貴。どうしたんすか?綺麗どころを2人も連れて。アンナの姉御がまた焼餅焼いちゃうっすよ?」
「そんなんじゃねえよ。こっちの黒髪の女が、栗原組に用があるってんで連れてきた」
ファストとマーロンがそんなことを話し、視線が一斉にその黒髪の女性に向く。
「ごめんなさい。その話の前に、先にそこの2人と話をさせてくれる?」
黒髪の女性がマーロンとフィーネを指差してそんな事を言う。
「何か聞かれたらまずい話でもあんのかよ?」
「ええ。あまり大っぴらにはしたくない話」
「ふーん………」
マーロンは考える。マーロンとフィーネの2人に話とは、いったいどんな内容なのだろうか。マーロンには見当もつかないし、怪しさもある。
だが、獅子神の件もある。さっさと本題を聞き出すためには、ここは要求を飲んだ方が早そうだとマーロンは判断する。
最悪、変な事を考えているのであれば、マーロンの手で殺せばよい。
「すまんファスト。連れて来といてアレなんだが、少し席を外してくれるか?」
「うぃっす。この部屋は自由に使ってくだせぇ」
マーロンの頼みに素直に従い、ファストはこの部屋を出ていく。ファストはマーロンのことを慕っており、マーロンの言う事なら何でも聞く。可愛い弟分だ。
ファストが部屋から出ていき、マーロンとフィーネ、そして黒髪の女性の3人となる。
「人払いは済ませたぞ?それで?秘密の話ってのは?」
「ありがとう。この先の話はあなた達にとっても、あまり聞かれたくない話のはず」
黒髪の女性はそう前置きして、さっそく話し始めた。
「私の名前は夕日茜。あなた達と同じく、転生者よ」
フィーネとマーロンがその言葉に驚く。転生者という単語。確かに、あまり聞かれたくない話ではある。
転生者ということが外部に漏れるだけで、その転生者は国中から狙われるからだ。
だが、マーロンはそこで、夕日茜の言葉に違和感を覚えた。
「あなた達?どういう意味だ?」
マーロンが夕日茜に尋ねる。
夕日茜はその問いかけに、まるで当然であるかのように答えた。
「栗原恭一に浦田心菜さん。あなた達も転生者でしょ?」
マーロンはその言葉を聞いた途端、一気に夕日茜に詰め寄って首を片手で掴んだ。
「ぐっ………!」
突如マーロンに首を絞められ、苦しそうに呻く夕日茜。
栗原を知っているのはまだいい。獅子神に聞いたというならば納得だ。
だが、フィーネの前世の名を知っているとなると話は別だ。フィーネが転生者であることは、マーロンですらついさっき知ったのだ。
先ほどの密会を聞かれていたのか、はたまた別の方法なのか。とにかくこの女は得体が知れない。
「どうしてこの子の前世の名前を知ってる!?」
物凄い形相で夕日茜の首を絞めるマーロン。
「わ………私の能力で………知ったの………!」
苦しそうにしながら、何とか夕日茜が答える。
「どんな能力だ?」
「人の、本質を………見抜くことができる………。その延長で………その人が、転生者であるかどうかと………前世の名前がわかるの………」
マーロンは夕日茜の言葉を聞き、ようやく彼女を解放する。
「ケホッ………!ケホッ………!」
夕日茜は咳込みつつ、マーロンを睨みつける。
「チッ………!面倒な力だな………。隠したい情報が筒抜けって事かよ」
「―――首を絞めておいて、謝罪すら無いのね」
「人の秘密を勝手に覗いておいて何ぬかしてやがる」
「聞いてた通り、無礼な男」
マーロンと夕日茜が睨み合う。
今ここで問題なのが、フィーネが転生者であると夕日茜に知られてしまったことだ。
当のフィーネは自身が転生者であるとバレてしまい、不安な表情をしている。
マーロンの後ろに隠れ、服の裾を握っている。
フィーネの事も考えると、やはり安全策を取るべきであろう。
「―――この女は………、やはり殺すか。この子の秘密を知った奴を生かしてはおけんな」
マーロンはそう呟き、指の骨を鳴らした。
そんなマーロンの言葉を聞き、夕日茜が慌てて弁明をする。
「ま、待って!私はあなた達の仲間だって示したかっただけなの!気を悪くしたのなら謝るし、絶対に公言もしない!約束する!」
「さっき出会ったばかりの女のいう事なんて信じられるかよ。殺した方が確実だ」
「獅子神の話を聞きたいんじゃ無かったの!?」
「悪いが獅子神より彼女の安全の方が大事だ。自分の浅慮を嘆くんだな」
マーロンはそう言って、夕日茜を殺すために近付こうとする。
夕日茜は冷汗をかきながら後ずさる。転生者であることは、転生者にとっては当然隠したいことなのだ。残念ながら、それを配慮できなかった夕日茜のミスだ。
「お願い………。待ってよ………」
懇願するように言う夕日茜。
マーロンはそれを無視し、じりじりと彼女に近付く。
そんなマーロンの裾を、誰かが後ろから引っ張った。
マーロンの後ろに隠れていたフィーネである。
「マ、マーロンさん!殺すのは待ってください!」
フィーネが精一杯声を出し、マーロンを止めた。
「どうしてですか?奴はあなたの正体を知ったのですよ?言いふらされる前に殺した方が安全です」
「こ、殺すはやり過ぎです!公言しないと言ってますし、殺すまではしなくていいと思います!」
「得体の知れない女ですよ?」
「それでもです!まずはちゃんと話を聞いてみるべきです!!」
どうしてもマーロンを止めたい様子のフィーネ。
フィーネもマーロンの主人の1人である。彼女の命令であれば、マーロンは従う。
じりじりと近付いていた足を止め、マーロンは後ろを振り向く。
「―――わかりました。殺すのはやめておきます」
「ありがとうございます、マーロンさん」
マーロンが止まったのを見て、ほっと息を撫で下ろすフィーネ。
マーロンは自ら夕日茜と距離を離し、フィーネの隣に戻っていく。
「はぁ………はぁ………」
その様子を見て取った夕日茜は、死の恐怖から解放されてようやく緊張を解いた。感じていた死の恐怖から、乱れていた息を整える。
「命を救われたな。彼女に感謝しろ」
「―――わかったわ………」
命の危機に陥ったからか、夕日茜は従順にそう頷く。
「まずは洗いざらいお前の情報を吐いてもらう。獅子神の話を聞くのはそれからだ」




