51. フィーネは勇気を出したい②
~ フィーネ ~
マーロンが絡んできた輩を追い返すのを、フィーネは後ろで見ていた。
その姿はやはり、前世の栗原恭一と姿が重なる。前世でフィーネの事を助けてくれた彼は、今世でもフィーネの事を助けてくれたのだ。
前回と同じく、マーロンが助けてくれた方法は、一般人であったフィーネにとっては怖いものである。だが、今回のマーロンからはあまり恐怖を感じなかった。
その理由は何故か。たぶん、彼の人となりを多少なりとも、理解していたからに他ならない。
マーロンという人は基本的に怖い人である。身長も高く、筋肉もあり、顔も強面だ。執事服を着ていなければ、どこの輩かと思ってしまうほど、その見た目は人を怖がらせる。
その性格も非常に好戦的で、かなり残酷だ。先ほどのように、人に暴力を振るうのにためらいが無い人間なのだ。この世界は前世とは違って治安がすこぶる悪いためそれが正解の場合も多いが、それでもやはり好戦的であると言わざるを得ない。特に前世で一般人であったフィーネから見れば、関わりたくない人種ではあっただろう。
だが、それはあくまで、他人が相手である時だけだ。マーロンという男は、好戦的である傍ら、非常に義理人情に厚い人間だ。
例えば、マーロンが恩を感じているビレッジ公爵やセレーネ。恩のある彼らに対しては、本当に忠犬のように付き従っている。特にセレーネに対しては顕著で、常に傍に付き従い、彼女の傍で常に油断なく警戒している。セレーネに手を出そうものなら、彼は狂犬の如く猛り狂うだろう。それこそ、自身の両親である、レドシラ伯爵の時がそうであった。
そして、そのマーロンの義理堅さは、今はフィーネにも向いている。特に最近はそれを強く感じている。おそらく、フィーネがセレーネたちの事を本当の家族のように思っていると言ったからであろう。それからマーロンも、フィーネにもビレッジ公爵たちと同じように扱ってくれるようになった。
始めは虐げられていたとかでは決してない。ビレッジ公爵家に来た当初からマーロンは、フィーネの事は客人として扱ってくれていた。だが、最近は客人としてではなく、同じセレーネの家族として接してくれるようになった気がするのだ。
だからこそ、フィーネはマーロンの事が怖くなくなっていた。
マーロンがフィーネの事を大切に扱ってくれている。それをフィーネも感じていたからだ。
そしてフィーネも、マーロンの事を信頼し始めていたからだ。
「ったく………。大人しく10万貰っておけばよかったものを。欲を出すからこうなる」
マーロンが1人そう呟く。マーロンの周囲には、気絶して取り残された男性たちが転がっている。おそらくマーロンは、大人しく10万を受け取ってさえいれば、彼らに手を出さずに帰すつもりであったのだろう。
「マーロンさん。ありがとうございます」
フィーネがマーロンに向かってお礼を言う。
前世では言えなかった言葉。今回はスムーズに喉を通って発することができた。
ずっとずっと、言えなかった言葉だ。
フィーネのお礼を聞いたマーロンは、フィーネににっこりとほほ笑んで言う。
「お怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です。マーロンさんが助けてくれましたので」
「それは良かった。フィーネ様の可愛らしいお姿に傷がつくと、自分で自分が許せなくなっちゃいますので」
マーロンのそんなお世辞のような言葉に、フィーネは控えめに笑う。
「マーロンさんは、いつも私を助けてくれますね」
「いつも?」
フィーネの言葉に、マーロンは少し首を傾げる。この世界でフィーネがマーロンに助けられたのは初めてである。前世の事など知らないマーロンには意味の分からない言葉であっただろう。
そんなマーロンのきょとんとした顔を見て、フィーネは勇気を奮い立たせる。
マーロンなら自身の秘密を打ち明けられる。フィーネを2回も守ってくれたマーロンなら、自身の秘密を知っても変わらずにいてくれる。
そう感じるのだ。
「マーロンさん。お話があります」
フィーネは勇気を振り絞ってマーロンに言った。
場所を変えて、とある店の中。フィリップ商会が管理する、完全個室の料理店だ。
内緒話に最適なこの場所で、フィーネはマーロンに全てを打ち明けた。
「フィーネ様も、転生者だったんですね」
なんだか納得したかのような表情を浮かべるマーロン。驚きはそう大きくないように見える。
「驚かないんですね。もしかして、わかってました?」
「いえ。ただ納得しただけです。年齢の割に落ち着いている方でしたから。トランプも上手でしたし」
「実は前世から得意なんです。トランプ」
「なるほど。どうりで私が全敗するわけです」
「それは単にマーロンさんの運が悪いだけだと思いますけどね………」
そんな会話をしながらくすくすと笑い合う2人。そこにはいつもと変わらぬ2人の姿がある。どうやら転生者であることを打ち明けても、マーロンはいつもと変わらずにフィーネと接してくれるようだ。
「フィーネ様。どうして私にだけ打ち明けてくれたのですか?」
「その………。同じ転生者ですので、マーロンさんなら受け入れてくれるかと思いまして………」
「―――私を信頼して、打ち明けてくださったんですね。信頼してくださり、ありがとうございます」
そう言うマーロンの顔には、優しい表情が浮かんでいた。いつもの強面ではない、家族に対する表情だ。
「旦那様や、お嬢に打ち明けるつもりは?」
「えっと………。マーロンさんのように、打ち明けたいとは思っているんです。でも、どうしても勇気が出なくて………」
ビレッジ公爵やセレーネなら受け入れてもらえると思っている。だけど、それでも最悪の場合を考えてしまうのだ。
打ち明けて、もし、見捨てられてしまったら?国に売られて、奴隷に落ちてしまったら?そうなったら、フィーネに待つのは最悪の未来である。そうなるのが怖くて、足がすくんでしまうのだ。
顔を俯け、沈んだ表情を見せるフィーネ。マーロンはそんなフィーネの手をおもむろに掴み、両手で優しく包み込んだ。
「!?」
突如マーロンに手を握られたフィーネは、顔を跳ね上げて驚きの表情でマーロンを見つめる。
「では僭越ながら、若輩者のわたくしめがフィーネ様に勇気を授けましょう」
マーロンはそう言って、フィーネの目をじっと見つめる。フィーネはマーロンに手を握られて、少し顔を朱くしている。
「フィーネ様、大丈夫です。旦那様も、お嬢も、絶対にフィーネ様を受け入れてくださいます。あの方々にとって、転生者であることなど些事に過ぎません。これまで通りの関係でいられると、断言できます」
マーロンがフィーネに語り掛けるように話す。
「フィーネ様は旦那様方を家族と言ってくださいました。そしてそれは、旦那様やお嬢にとっても同じこと。フィーネ様もビレッジ公爵家の家族なのです。苦楽を共にする、かけがえのない家族なのです」
ビレッジ公爵家の皆は、フィーネにとっては第二の家族だ。そしてそれは、ビレッジ公爵家から見ても同じであると、マーロンは言う。
言葉にされて、フィーネはようやく気付いた。自身がセレーネたちに感じている愛情と同じように、セレーネたちもフィーネの事を愛しているのだ。それが同じ家族の愛であることを、ようやくフィーネは気付く。
「勇気が出なければ、私が傍にいます。ですのでどうか、彼らにもこの秘密を打ち明けてみませんか?」
そうマーロンはフィーネに訴えかける。
マーロンの言葉が、フィーネの中にストンと入ってくる。今なら勇気を出せる気がする。
「マーロンさん、ありがとうございます。帰ったら皆さんに、打ち明けたいと思います」
フィーネのその言葉を聞き、マーロンはほっと息を撫で下ろした。自身の言葉でフィーネに勇気を与えられて、ほっとしているのだろう。
そんなマーロンの姿は、フィーネの目には見た目の年齢相応のものに見えた。前世で28年生きた裏社会の人間ではなく、16歳の少年の姿そのものだ。
「ふふっ。マーロンさん。ほっとしてますね」
「―――バレましたか。実はこういう真面目な話をした経験はほとんど無いのです。28年も生きてきて、お恥ずかしい限りですが」
「でも、ちゃんとマーロンさんの言葉は心に響きました。―――勇気、もらえました」
フィーネはそう言って、繋がれたままのマーロンの両手を見る。フィーネの右手を包み込むように、マーロンの両手は添えられている。
「あっ!すみません!」
そんなフィーネの視線を勘違いしたのか、マーロンが慌てて両手を離す。
少しだけ、名残惜しい気持ちになるフィーネであった。




