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50. フィーネは勇気を出したい

 ~ マーロン ~


 レズールでの逃亡生活でのある日の事。


「マーロン。食料が尽きかけているから、買い出しを頼めるか?」

「了解しました執事長」

「うむ。よろしく頼む」


 フレデリックに食料の買い出しを頼まれたマーロン。基本的に地下に潜る生活をしているのだが、当然食料の調達は必要不可欠だ。その為、マーロンたちは当番制で食料の調達を行っている。


 調達係はマーロンとフレデリックだ。

 まずフレデリックは人相書きが出回っていないため、自由に外を出歩ける。人相書きが出回っていないのはフィーネやフランマも同じであるが、フランマに人間の買い出しはできないし、フィーネも異国の地を1人で出歩かせるのは(はばか)られる。

 よって買い出しに行けるのは人相書きが出回っていないフレデリックと、人狼の鋭い嗅覚や聴覚で追手を察知でき、万が一見つかっても逃げ切ることができるマーロンの2人が買い出し担当になったのだ。


「いつもすまないな。フレデリックにマーロンよ」

「気になさらないでください旦那様。これも従者の務めですので」


 ビレッジ公爵からの(ねぎら)いの言葉だ。ビレッジ公爵も長らく缶詰め状態なので気が滅入っているはずであるが、己が従者を気遣う心は健在である。


「うむ。肉をいっぱい買って来てくれ!」

「お前は早く買い出しに行けるようになれフランマ!」


 フランマがそんな事を言い始めたので、マーロンは流石に突っ込む。こいつが買い出しに行けない所為で、マーロンとフレデリックの2人で食料調達を回すことになっているのだ。従者なんだから反省して欲しい。


「あ!甘いものもよろしくね!」

「レヴィエ様………。立場をわきまえてください」

「だって暇なんだも~ん。甘いものくらいは食べさせてよ~」

「もっかい立場をわからせてやろうか小娘が………!」


 レヴィエの舐めた態度にマーロンは怒りを覚えるが、ビレッジ公爵やセレーネの手前、なんとか怒りを抑え込む。仮にも人質になっているというのに、図々しい人である。


「それでは行って参ります」


 マーロンはそう言って外に出ようとした所、意外な人物に呼び止められた。


「ま、待ってくださいマーロンさん!」


 マーロンを呼び止めたのはフィーネであった。

 何か用があるのだろうかと、マーロンは優しく尋ねる。


「フィーネ様。どうなさいました?」

「あ、あの………」


 もじもじと指を遊ばせるフィーネ。

 そういえば似たような様子をトランプで遊んだ時も見たなと、マーロンは思い出す。これは何か言いたいことがあるという印であろう。

 マーロンはそう判断し、フィーネの次の言葉を待ってみる。


 フィーネは暫く黙った後、意を決してマーロンに言う。


「わ、私も買い出しに行きたいです!付いて行っても大丈夫ですか!?」


 そんな意外な言葉に少し驚くマーロン。

 何か欲しいものがあるのだろうか。それとも外に出たいだけなのであろうか。


 フィーネなら人相書きは出回っていない。彼女を守れる存在が近くについていれば外に出ること自体は問題ないと思えるが、念のためビレッジ公爵とセレーネに聞いてみる。


「旦那様。セレーネ様。フィーネ様を買い出しに連れて行っても大丈夫でしょうか?」

「うむ。問題ないぞ」

「はい。マーロンが傍にいれば安全でしょうし」


 2人もマーロンと同様の考えであったみたいで、簡単にフィーネ同行の許可が取れた。


「どうやら問題はないみたいです」

「ありがとうございます!」


 フィーネがセレーネたちに頭を下げる。


「では早速行きましょうか」

「はい!よろしくお願いします!」


 そう言ってマーロンとフィーネは2人で外に出かけた。

 外に出たかった理由は聞かなかった。彼女は(さと)い。必要とあれば、自分から話してくれるであろう。









 ~ フィーネ ~


 勇気を出して、マーロンと2人っきりになってみたフィーネ。

 丁度マーロンが買い出しに行くタイミングであったため、勇気を出して同行を申し出たのだ。

 目的はとしては、自身が抱えている『転生者』であるという秘密を話すためだ。


 どうしてマーロンだけであるのか。

 それは、マーロンが同じ転生者で、先駆者でもあるからだ。

 マーロンは自身が転生者であると話しても尚、セレーネたちに受け入れられている。

 そんなマーロンのアドバイスを聞きたいと思ったからである。


 また、マーロンには個別に伝えたいこともある。

 前世でマーロンに助けてもらったフィーネ。そのお礼を、ちゃんと伝えたいのだ。


 こういった理由から、フィーネは2人っきりになるタイミングを計っていたのだ。


 一緒に家を出たマーロンとフィーネが、足並みを揃えてレズールの街を歩く。フィーネはまだ子供であるため、歩幅が小さく歩くのが遅い。フィーネの隣にいるマーロンは、そんなフィーネに合わせてゆったり歩いてくれている。

 マーロンは普段はとても紳士で優しい男性だ。見た目は確かに怖いが、ビレッジ公爵やセレーネ、そしてフィーネと接する時は、いつも優しく接してくれるのだ。強面な男性であるが、その実は従順な執事なのである。


 フィーネは初めは緊張した面持ちであったが、そんなマーロンの紳士的な振る舞いに、徐々に緊張が解れていく。街中をあちらこちらと見渡しながら、外国の街並みを物珍しそうにしながらマーロンと共に歩く。


「賑わってますね。それに、やっぱり教会が多いです」

「やっぱり?教会が多いのには何か理由があるんですか?」

「イースト帝国はアリス聖教の力が強いんです。だから教会が至る所にあるんですよ」


 フィーネがマーロンに得意気に語る。

 アリス聖教。女神アリスを唯一神とし、その女神を信仰している宗教である。


「へぇ~、そうなんですね。フィーネ様は物知りですね」

「マーロンさん………。これくらいは常識ですよ………」

「うっ………!アホがバレる………」


 フィーネの言葉に落ち込んだ様子を見せるマーロンを見て、フィーネが控えめに笑う。

 マーロンは勉強や一般常識方面には弱い。たまにこうやって世間知らずなところが顔を出すのは、見た目の怖さとのギャップを感じられて面白い。これも彼の魅力の1つだろう。


 楽しそうに街を歩くフィーネとマーロン。

 そんな2人の前から5人くらいの男性の集団が歩いてくる。


 フィーネとマーロンは男性たちに道を開けるために道の端に寄る。だが、その男性たちもフィーネたちが避けたのを見計らって、フィーネたちと同じ方向に進路を進めた。まるでわざとぶつかりに行くかのように、フィーネたちの正面に陣取る。


 フィーネの隣を歩いていたマーロンがそれを察知し、さっとフィーネの前に出て男性たちの前に出る。


 男性たちはフィーネたちに気付いていない振りをしながら歩き、遂にマーロンと正面からぶつかってしまう。


「いてっ!」


 マーロンにわざとらしくぶつかり、大げさに尻もちを付いて見せた男性の1人。


「おいてめえ!どこ見て歩いてんだ!!」


 男性の集団の内1人がぶつかってしまったマーロンに向かって声を張り上げた。

 おそらくこれが目的だったのだろう。わざとぶつかって因縁を付けに来たのだ。


「あ?」


 マーロンが眉を吊り上げながら、そんな声を出した。その声は先ほどまでとは違い、低く不機嫌そうな声に変わっていた。


「なんだその態度は!ぶつかっておいて謝罪すらねえのか!?」


 案の定、マーロンに男性たちが因縁を付けてくる。


「いてぇなガキ………。骨折れちまったかもしんねぇなぁ?」

「マジかよ。こりゃあ慰謝料払ってもらわなきゃいけねえな?」


 5人の男性たちはそんな事を言いながら、マーロンに詰め寄った。


 フィーネは突然の事態に驚き、恐怖で膝が震えはじめる。

 臆病なフィーネだ。前世でも似たような経験があり、その恐怖がぶり返してきたのだ。


 恐怖で震え、前に出たマーロンの服の裾を掴んだフィーネ。

 そんなフィーネの頭に、マーロンがポンと手を乗せた。安心しろ。そう伝えるかのように、フィーネの頭を撫でる。


 たったそれだけ。フィーネはたったそれだけで、身体の震えが止まった。

 かつて自分を助けてくれた栗原恭一と、目の前のマーロンの後姿が重なる。その頼りがいのある後ろ姿に安心し、フィーネは掴んだマーロンの裾を手放した。


 フィーネの手が自身の裾を離れたのを感じ取り、マーロンが男性たちとの会話を始める。


「悪いな兄ちゃんたち。ぶつかっちまってよ」


 そう言ってマーロンは懐から硬貨袋を取り出した。買い出し用とは違う硬貨袋だ。おそらくマーロンのポケットマネーであろう。


「この中にゃ10万ゴールド入ってる。これで勘弁してくれねえか?」


 マーロンはそう言って、硬貨袋を彼らの前に突き出した。

 それを見た男性たちは好機と見たのか、ニヤリと口角を吊り上げる。


「10万ぽっちじゃ全然足りねえな。100万はねえとなぁ?」

「ああ。こちとら骨が折れてんだ。それくらい貰わねえと」


 (いさぎよ)く金を取り出したマーロンを見てカモだと思ったのか、男性たちは増長して更に金を巻き上げようとした。


 それを聞いたマーロンは、困ったような表情を浮かべて答える。


「悪いな。今俺に出せるのはこれだけなんだ。10万でなんとか勘弁してくれや」

「嘘つくなよ。後ろの嬢ちゃん見る限り、金持ちなんだろ?もっと持ってるはずだ」

「確かに他に100万ほど手持ちがある。けど、これは俺が自由に使っていい金じゃねえんだ」

「んなもん知らねえよ!それを寄越せって言ってんだよ!!」


 ニヤニヤとしながら下手に出るマーロンに詰める男性たち。


「この10万で許してくれよ。100万も払ったら、俺が主人に殺されちまう」

「知ったこっちゃねえよ!いいから寄越せ!さもなくば………」


 男性の内1人が拳を振り上げた。

 それを見たマーロンが問う。


「さもなくば?」

「痛い目見るって事だよ!!」


 拳を振り上げた男性は、マーロンの頬に向かって右拳を振り抜いた。


 ボゴォ!という鈍い音を立てて殴られたマーロン。

 だが、そんなマーロンの表情に痛みはなく、(むし)ろニヤリとした不敵な笑顔が浮かんでいた。


「―――手を出したな?」


 そう言ってマーロンはニヤニヤとした笑顔を張り付けたまま言う。


「だったら俺も、手を出していいって事だよなぁ?」


 マーロンはそう言って、先ほど殴ってきた男性を殴り返す。


「ぐへぇ!!」


 先ほどの拳とはケタ違いの威力で殴られた男性は、あまりの威力に後ろに吹き飛ばされてしまう。


「「て、てめえ!!」」


 仲間を殴り飛ばされた男性たちがマーロンに向かって来る。

 そんな男性たちを、マーロンはフィーネを守りながら迎え撃つ。


「ぶっ殺してやる!!」

「やってみろやチンピラァ!!」


 嬉々として男性たちを迎え撃つマーロン。


 だが、1人対4人であるのに、形勢は常にマーロンが上であった。

 最初にマーロンにぶつかってきた男性以外の輩たちは、みな一瞬にしてマーロンによってのされてしまった。


「ひぃ!」


 周囲の仲間たちを一瞬にして転がされた男性は、再び尻もちを付いてマーロンを見上げる。その表情にははっきりと、マーロンへの恐怖が張り付いていた。


 そんな怯える男性と目線を合わせるように腰を落として、マーロンは真っすぐに男性の目を見る。

 そして、優し気な表情でこんな事を言う。


「ぶつかって悪かったよ。どうかこの10万で許してくんねえか?」


 まるで先ほどの喧嘩などなかったかのように言うマーロン。

 その様子に男性は更に恐怖する。背筋に鳥肌が立ち、ぶるぶると肩が震える。


「す、すみませんでした………。10万円は必要ありません………」

「おいおい。そりゃあダメだろう?だって骨が折れてんだろう?ちゃんと治療費払うのが筋ってもんだ」


 断る男性に向かって、マーロンは自身の硬貨袋を押し付ける。


「ひっ………!いりません!すみません!許してください!」

「許してもらうのは俺の方だろ?頼むよ。この10万受け取ってくれよ」

「ほ、ほんとに大丈夫なんで、もう勘弁してください!!」


 泣きながらマーロンの硬貨袋を(かたく)なに拒否する男性。ここで10万など受け取ればどうなるか。マーロンの実力を知ってしまった今なら想像に容易(たやす)い。


「ダメだ。ちゃんとこの10万で治療を受けないとな?なんなら、病院にだって連れて行ってやるぞ?」

「う、嘘なんです!骨なんて折れてません!!」

「ほう。嘘とな………?」


 マーロンはそう言って一瞬硬直した。


「俺に嘘ついてたって事か?」

「ひぃぃ!!すみません!すみません!すみません!!」


 マーロンの怒りを感じ取った男性が、全力でマーロンに謝罪をする。下手したら殺されてしまうと、本気で思ったのだろう。

 だが、次にマーロンから発せられた言葉は、意外な一言であった。


「そうかぁ。骨は折れてなかったんだな。そりゃあ良かったよ」


 マーロンはにっこりとした笑顔を男性に向けてそう言い放った。

 そして、突き出していた硬貨袋をようやく自身の懐にしまった。


「じゃあ治療費は必要ねえな」

「は、はい………」


 意外と許してもらえそうな雰囲気に、男性の緊張感は緩む。だが、次の一言で、またしても男性は恐怖のどん底に突き落とされる。


「兄ちゃんよぉ………。もうこんなことはやめるんだな。さもないと、次は治療費どころか、葬式代まで必要になっちまうからよぉ………」


 そう言ったマーロンの表情は笑っていた。にっこりと、微笑みかけるように男性に伝える。

 男性はその言葉と笑顔のギャップに、更なる恐怖を覚えてしまう。


「ひぃぃぃいいいいい!!」


 男性はそう言って立ち上がり、一目散に逃げだした。

 地面に伸びて気絶している仲間たちを置いてけぼりに、全力疾走でその場から離れていった。

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