49. フィーネが抱える秘密
~ フィーネ ~
フィーネ。レドシラ伯爵夫妻の元に生まれた11歳の少女だ。
だが、彼女には誰にも言えない秘密があった。
それは、彼女が『転生者』であることだ。
浦田心菜。25歳の頃に交通事故で無くなった、ごく一般的な女性だ。
心菜は子供の頃から普通であった。普通に遊び、普通に笑い、普通に成長した、普通な女の子。少し引っ込み思案な所があり、仲のいい友達は3,4人程度。たまに友達全員で集まる女子会で、トランプをするのが好きな普通の少女であった。
大人になってからも普通に就職し、普通のOLとして働いた。順風満帆な1人の女性の人生である。
交通事故が無ければ、もっと人生を楽しめたであろう。そんな普通の女性であった。
だが、1つだけ心菜には心残りがあった。
それは彼女が、15歳の頃の話だ。
心菜が中学3年生の時。塾帰りの心菜に、輩のような男性3人組が声を掛けてきた。
「ねえ。君可愛いね」
「お金に困ってない?実は稼げる仕事があるんだけど」
聞いた瞬間分かった。これは危険な誘いだ。
最近、児童買春が横行しているとニュースで聞いたことがある。これはその勧誘なだとピンと来たのだ。
すぐに断って逃げなければ。絶対に話を聞いてはいけない。
そう思った心菜であったが、彼女は臆病な子であった。複数人の男性に囲まれて、恐怖で足がすくんでしまったのだ。
逃げ出すこともできず、大声を上げて助けを呼ぶこともできない。ただ震えて怖がることしか心菜はできなかったのだ。
後で聞いた話によると、そういう臆病な子をスカウトは狙うらしかった。心菜は狙われるべくして狙われたのだ。
輩3人に絡まれて、怯えて震えるだけの心菜。
そんな彼女の元に、とある男性の声が響いた。
「おいガキ共。うちのシマで何してんだ?」
底冷えするほど低く、ドスの利いた男性の声だった。
心菜はその声に気圧されて、更に怯えて下を向く。怖い男性がまた増えた。心菜はもう、乱入者の顔すら見えない。
「げっ………。栗原………」
「なんでこんなとこに」
横から入ってきた人物は栗原というらしい。
心菜は初め、輩たちの仲間が来たのだと思った。だが、栗原と輩たちは別に、仲間というわけではなかったらしい。
「最近、堅気のガキに手を出してるチンピラがいるって聞いて見て回ってたんだが………。どうやら本当だったらしいな」
「な、何のことだよ………?俺らはナンパしてただけ―――」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞゴラァ!!ブチ転がしたろかワレェ!!」
「ひ、ひぃい!!」
とぼける輩たちに向かって、栗原という男が声を張り上げた。
輩たちを怯えさせると同時に、心菜の事も三度怯えさせる。
「ず、ずらかるぞ!」
「ああ!」
心菜に絡んでいた輩たちはそう言って、一目散に駆けていく。
その場に残されたのは、栗原と呼ばれた男と、心菜1人のみ。
「大丈夫かい。嬢ちゃん」
先ほどとは違い、優しい声で話し掛けてくる栗原という男。
その優しい声に少しだけ震えが止まった。ここでようやく、心菜は栗原が、自分を助けてくれたことに気付く。彼は心菜に群がっていた男どもを、たったの一瞥で追い払ってくれたのだ。
その事に気付き、心菜は礼を言おうと栗原の顔を見た。
心菜が顔を上げた先にあったのは、先ほどの輩たちよりもっと恐怖を抱かせる、強面の男だった。
190センチ以上はありそうな長身に、堀の深い顔。人を射殺してしまえそうなほど鋭い三白眼。顔中傷だらけで、オールバックにした黒髪がその傷を更に際立たせている。彼の首筋からは、肌に刻まれた刺青がちらりと見えていた。
人を怖がらせるのに特化したような、そんな人物であった。
「ひっ………!」
気付けば心菜は、全力でその場を逃げ出していた。
先ほどまで震えて動けなかった足はどこへやら。命の危険を感じたのか、心菜の足は今までで一番だと思えるほどの速さで駆けていた。これを普段の体育の授業でも出せていれば、運動会のリレーのメンバーにも選ばれていただろう。
心菜が顔を見ただけで逃げ出してしまった、栗原という男。
彼は心菜の事を助けてくれたのに、心菜はそんな彼の顔を見ただけで、怯えて逃げ出してしまったのだ。
なんて最低な人間なんだろう。
それがずっと、心残りであった。お礼だけは言わなければいけない。そう思っていた。
だが、結局その心残りは叶わなかった。
心菜を助けてくれた栗原という男。彼の本名を知ったのは、とあるネットニュースからあった。
『狂犬栗原死亡。原因は暴力団内部の抗争か?』
とあるネットニュースの見出し。内容は、栗原恭一が暴力団の内紛によって死亡したという内容であった。栗原1人対構成員100人。死傷者数十人にも上る、大規模な内紛であったという写真付きの記事だ。
栗原は死んだ。
もう2度と、心菜は彼に礼を言えないのだ。それだけが彼女の心残りであった。
これがフィーネの前世である。
フィーネの両親であるレドシラ伯爵夫妻は、フィーネの事を大切に育ててくれた。それこそ、甘えに甘やかして育てていた。フィーネが転生者でなければ、見事な箱入り娘に育っていたであろう。
そんな両親をフィーネは愛していた。
愛情をもって自分に接してくれる両親の事を、本当の親のように愛しているのだ。いや、この世界ではフィーネなので、本当に親なのだが、前世の親と同様に愛していた。
両親がセレーネを暗殺しようとするという馬鹿なことをしでかしても、それでもフィーネは両親を庇うほど愛していた。
そしてそれは、セレーネやビレッジ公爵でも同じことだ。
彼らは馬鹿なことをしでかした両親を助けてくれた。フィーネはその事を、本当に感謝しているのだ。だからこそフィーネは、セレーネが王に狙われていると知っても尚、セレーネの元を離れなかったのだ。
だが、自分が転生者である事は未だに、誰にも話せずにいる。
この世界での転生者の立場は厳しい。ウェスト王国の場合は、転生者だとバレればその時点で奴隷として王家に売られる。それから待つのは、一生奴隷として生きていく未来のみ。
だからフィーネは、ずっとその事を隠してきた。
そんなフィーネに、とある告白をした男がいた。
マーロンである。
マーロンがフィーネに、自身は転生者であると打ち明けてくれたのだ。
その時フィーネは、二重の意味で驚かされることになる。
まず第一に、フィーネに転生者であると打ち明けてくれたこと自体への驚きだ。
「フィーネ様。実は自分、転生者なのです」
フィーネはマーロンの事が少し苦手であった。それこそ、マーロンがフィーネの両親を詰めている時の姿が、臆病なフィーネにとっては恐怖に映ったからだ。
フィーネはマーロンにだけ、少し怯えた様な態度を取ってしまっていた自負がある。そして、マーロンはそれに気付いていたはずだ。
なのにマーロンは、そんな自分を信頼して、自身が転生者であると打ち明けてくれたのだ。
「今まで黙っていて、申し訳ございません。ですが、今回の件でフィーネ様は、旦那様やお嬢の事を家族のように思っていると言ってくださいました。ですので、私もそんなフィーネ様にも、自身の秘密を打ち明けるのが筋だと思ったのです」
マーロンはそんな事を言いながら、自身が転生者であることを打ち明けてくれた。
フィーネは驚きと同時に、嬉しさも感じた。これでマーロンとの距離も、ぐっと縮まった気がしたからだ。いつの間にかマーロンの事が、怖くなくなっていることにフィーネは気付いた。
しかし、マーロンのその次の言葉が、フィーネに第二の驚きを与えた。
「前世での名は、栗原恭一です」
栗原恭一。前世で質の悪い輩の魔の手から、フィーネを救ってくれた男。
そして、救って貰ったというのに、その顔を見ただけで逃げ出してしまい、強烈な失礼を働いてしまった張本人。
ずっと心残りであったその人が、目の前にいたのだ。
フィーネの感情はぐちゃぐちゃになった。
マーロンは打ち明けてくれた。だから、フィーネもちゃんと打ち明けなければ。しかもマーロンは、自身の恩人でもあるのだ。ちゃんとお礼を言わなければ。
そう思う気持ちと、転生者であると知られれば奴隷に堕とされる。その事への恐怖がせめぎ合い、結局フィーネは、セレーネたちに自身が転生者であると打ち明けられずにいるのだ。
フィーネは自分が嫌いだ。
マーロンはフィーネを信頼して打ち明けてくれたのに、自分はセレーネたちに打ち明けられずにいる。
結局フィーネは、前世の自分から何一つ成長していないのだと、自分自身に辟易する。
信頼してくれているセレーネたちに秘密を打ち明けられないような臆病な自分が、とてつもなく嫌いである。




