48. イースト帝国のレズールにて
~ レドシラ伯爵 ~
ビレッジ公爵がこの街、ビレストから消えて一ヶ月が経過した。この街は現在、ビレッジ公爵の代理としてレドシラ伯爵が治めている。
代理とはいえ、念願の領主になれたレドシラ伯爵であるが、その表情は優れない。
その理由は、彼の愛娘のフィーネにあった。
今から丁度一か月前。ビレッジ公爵が消えた直後、レドシラ伯爵の元にとある執事が尋ねてきたのだ。
誰にも見つからず、まるで暗殺者のようにレドシラ伯爵の部屋に入り込んでいた彼の名はマーロン。ビレッジ公爵家で働く執事であり、数か月前にレドシラ伯爵夫妻にトラウマを植え付けた人物でもある。
レドシラ伯爵の前に姿を現したマーロンは、とある手紙と、言伝だけ残してすぐに去って行った。
「フィーネ様は無事だ。だが、今後もそうかどうかはお前たちの選択次第だ」
マーロンという男はそれだけ言い残して、レドシラ伯爵の元から去って行った。
マーロンに手渡された手紙はフィーネからのもので、「セレーネの元に付いて行くから心配しないで」。そんな内容の手紙であった。
つまり、マーロンからの言伝の意味は、「フィーネの身柄はまだ預かる。彼女の身を案ずるなら、余計な事はするな」。そういう脅しである。
レドシラ伯爵はその意味に気付いた途端、身の毛もよだつ様な恐怖に襲われた。
あの男はいとも簡単に、レドシラ伯爵の屋敷に誰にもバレずに侵入して見せたのだ。お前の命などすぐに奪えるぞと。これはそういうメッセージでもあるのだ。
「レドシラ伯爵。本当にビレッジ公爵とセレーネ・ビレッジの行方は知らないんですね?」
「だから知らないと言っているじゃないですか!そんな事よりも、早くフィーネの事を見つけてください!!」
そう言って、王国兵の隊長に詰め寄るレドシラ伯爵。
言っていることに嘘はない。本当にビレッジ公爵たちの行方など知らない。ただ、娘の身を案ずる何も知らない領主代理として、この街を治めるだけだ。
そうすることがフィーネの為になる、それだけを信じて、レドシラ伯爵は今日も道化を演じる。
~ 栗原組 ~
「だから知らないと言っているでしょう?」
「本当か?嘘だったらお前たちを潰すことだってできるんだぞ?」
「何度も中までお見せしましたよね?そう何度も来られると営業妨害です」
「―――チッ………!帰るぞ」
そう言って王国兵は栗原組の本部から帰って行く。
そんな王国兵の背中を見て、アンナがため息をつく。
「またガサ入れっすか?」
「そう。まったく馬鹿な奴らよね。この街には既にビレッジ公爵たちはいないってのに」
「ほんとですよ」
アンナと栗原組の構成員たちが話す。
もう既にこの街にはセレーネたちはいないというのに、あの王国兵たちは未だにこの街を探し回っている。本当に馬鹿な奴らである。
「しかも潰すですって。できもしないくせに」
「滑稽なだけですね」
ビレストの街に来ている王国兵は1000人程度。金も潤沢にあり、大きくなった栗原組であれば逆立ちしても勝てる相手である。だからこそ、王国兵は言葉では強気でも、実際に潰すようなことはできないのだ。
ビレッジ公爵からの資金提供もあり、栗原組はもう既に大手の闇ギルドと言っていい。国外にもルートを持ち、密輸や賭場、風俗店に傭兵業。表にはフィリップ商会があり、その売り上げも馬鹿にならない。
確かに本部はビレストにあるが、その根は既にこの世界の各地に散らばっている。
そんな巨大な闇ギルドを束ねる若干16歳の少女が1人溜息をする。
「はぁ………しばらく栗原さんに会えないのか………。やる気出ないなあ………」
アンナは栗原組のボスである。流石に国外にまでセレーネに付いて行くことはできなかった。
今も愛する栗原の顔を思い浮かべながら、1人で溜息をつく。
「ボスが乙女の顔になってる………」
そんなアンナのいつもとは違う様子を見て、そのギャップにぎょっとする構成員。
こうなった時のアンナの怖さを、栗原組の構成員ならば良く知っている。八つ当たりのように、アンナは構成員たちに厳しくなるのだ。
「初代………。早く帰って来てくだせえ………」
~ マーロン ~
イースト帝国。皇帝が君主として君臨する、君主制の国家である。選挙によってえらばれた皇帝を頂点とし、イストウェストの東を支配する国家だ。
軍事力に優れ、単純な兵力だけ見ればウェスト王国よりも優れた軍事力を持っている。20年ほど前まではウェスト王国とイースト帝国は戦争状態であり、その際にはイースト帝国の方が戦争を優位に進めていたらしい。
現在は停戦協定を結んでいるため、最近になって両国の交流は活発に行われるようになって来ていて、特に国境付近の街などは特に大きな盛り上がりを見せている。
現在マーロンたちが姿を隠しているイースト帝国の港町、レズールもそのご多分に漏れず、最近急成長中の街である。
イースト帝国の最南西に位置する港町で、国境に接する街である他、海にも面しているので海産物が有名である。
時折、海から魔物が陸に上がってくることがあるが、それ以外は住みやすい街である。
そんなレズールの街であるが、この街にも栗原組は進出している。
このレズールは元々フィリップ商会の資金洗浄の為に経由していた街であるのに加え、国境沿いでビレストにも近い街でもあったため、イースト帝国への進出の足掛かりに用意していた街なのだ。
その為、既にこの街にも栗原組は根を張っていたのである。
マーロンたちはそんなレズールの街を、姿を隠す拠点に選んだという事である。
栗原組のフロント企業であるフィリップ商会。彼らが管理する不動産の1つで、マーロンたちは姿を隠しながら生活を送っていた。
「マーロン!もふもふしてもいいですか!?」
「はい。いいですよ」
セレーネにそう懇願されたマーロンは、おもむろに上着を脱いで『人狼化』のスキルを行使する。
マーロンの身体は膨張し、灰色の毛に覆われた人狼へと姿を変える。
「ふわ~~………。気持ちいいです~~………」
そんなマーロンを怖がることも無く、セレーネはマーロンの身体に抱き着いてくる。ふわふわの毛皮に包まれたセレーネは、気持ちよさそうに目を細めている。
「マーロン。私もいいですか?」
「はい。大丈夫ですよヒルダさん」
「ありがとうございます!―――ふにふに………にくきゅう………」
ヒルダもマーロンの方に寄って来て、マーロンの手の平についている肉球を触り始めた。
綺麗な女性2人に身体を触られて、マーロンもご満悦な表情だ。
「はぁ………緊張感が無いわね………。逃亡中だってのに」
そう言ってため息をついたのはレヴィエだ。ヴァレンタイン大公の娘かつウェスト王国貴族学園の生徒会長であったが、セレーネへの暗殺未遂でマーロンに拉致された女性だ。
「常に気を張っていても息が詰まるだけですからね」
「それにしては緩み過ぎじゃない?」
確かにセレーネの様子は命を狙われているとは思えないほど緩んでいる。王に命を狙われているとわかった初日に涙を流した以降は特に不安げな表情をすることはなくなり、逆に元気な姿をマーロンたちに見せているのだ。
だが、マーロンとしてはそれでよいと思っている。リラックスしているという事は、マーロンや他の従者たちを信頼しているという事でもあるのだから。
「お嬢たちはリラックスしていてもらって構いませんよ。警戒は我々従者の仕事ですので」
「その従者の1人が肉球を触ってとろけた顔をしてるんですけど?」
レヴィエが呆れた様子でヒルダを指差す。当のヒルダはそんな声が聞こえないようで、マーロンの肉球を触ったまま恍惚とした表情を浮かべている。そんなに良いものなのだろうか。
「すみません生徒会長。不自由をさせてしまって」
「別に文句があるわけじゃないわ。もう慣れたし、セレーネには申し訳なく思ってるし」
王からの命令であったとはいえ、セレーネを殺そうとしたのはレヴィエである。彼女も多少は罪悪感を持っているようである。
そんな彼らを羨ましそうな目で見つめる少女が1人。
フィーネだ。
だが、フィーネは決して、その輪の中に入ってこようとはしない。
セレーネとは正反対で、フィーネは初日以降、元気のない姿を時折見せるのだ。
マーロンはそんなフィーネを見かねて、フィーネに尋ねてみる。
「フィーネ様もどうですか?もふもふですよ?」
「えっ………。えっと、大丈夫です………」
しかし、あえなく断られてしまう。
長期休暇の際に遊んだトランプで、かなり距離が縮まった気がしていたマーロンであるが、それは気のせいだったのかと不安になってしまうマーロン。
ここ最近、言いたいことが言えない。そんな雰囲気がフィーネから漏れ出ているのだ。
「フィーネ。どうしたんでしょうか?」
「私にもさっぱり………」
「マーロン。何か変な事しました?」
「してないです!決して!」
フィーネを心配するセレーネに少し詰められるマーロン。流石に心外である。
「ホームシックとかでしょうか?」
「大人びているように見えて、やはりまだ11歳ですから。ホームシックでもおかしくないですね」
やはりフィーネが心配なマーロンたち。
逃亡生活が始まって一ヶ月。フィーネの心のケアも考えないといけない時期になってきたのかもしれない。




