46. 忠犬は主人の傍を離れない
フランマの背に乗って逃亡を図り、何とか栗原組の隠れ家へとたどり着いたマーロンたち。
その場にはアンナがおり、マーロンたちを出迎える。
「すまないなアンナ。また世話になって」
「いえ。栗原さんならいつでも歓迎………って、レヴィエ・ヴァレンタイン!?」
マーロンが首根っこを捕まえて引き摺ってきた女性を見て、アンナが驚きの声を上げた。まさかの大公の娘の登場である。
「どうして彼女が!?」
「色々と訳わからんことになっててな。今からそれを調べるところだ」
マーロンはそう言って、捕まえていたレヴィエを壁に投げつけた。
「ぐぇ!」
投げられたレヴィエは壁に背中を強く打ち付け、痛そうな声を吐き出した。
「レヴィエ・ヴァレンタイン!なぜお嬢を狙う!」
「し、知らない!」
「答えには気を付けろと言ったはずだ!」
マーロンはそう言ってレヴィエに近付き、その手を取って小指を握った。そのまま関節とは逆方向にレヴィエの指を曲げ始める。
「痛い痛い痛い!やめて!!」
小指の痛みに涙目になるレヴィエ。それを見かねてか、セレーネが2人の間に割って入る。
「待ってマーロン!生徒会長を拷問する気ですか!?」
「当然です!心配せずとも、小娘1人の口などすぐに割って見せます!」
「やめなさい!何か事情があるのかも知れないじゃないですか!」
「事情など知った事ではありません!お嬢の命を狙った!それだけが唯一の事実です!!」
珍しくセレーネに口答えをするマーロン。マーロンの表情はいつものすまし顔はどこへやら、レヴィエへの怒りの形相で歪んでいた。いつもの恫喝する時とも違う、感情剥き出しの表情だ。
「マーロン!どうしたのですか!?今日のマーロンは様子がおかしいですよ!!冷静になってください!!」
「!?」
セレーネにそう言われ、身体を制止させたマーロン。確かに先ほどから、自身の主人であるセレーネに歯向かってまでレヴィエを痛めつけようとしている。その事にマーロンはようやく気付く。
少しの静止の後、マーロンは自らの頬をひっぱたいた。
「―――すみません、お嬢。どうやら冷静ではなかったみたいです」
そう言ってマーロンはレヴィエから距離を取る。
感情を剥き出しにし、主人の命令に背こうとするなど、いつもの自分らしくない。どうしたのだろうかと自問自答するマーロン。
どうやらマーロンは、セレーネの命が狙われたことに思った以上に怒りを感じていたようであった。それこそ、主人の声が届かなくなるくらいに。
以前はそんな事は無かったはずだ。セレーネが命を狙われているとわかった時も、セレーネの為に行動ができていたはずだ。
だが今回はどうだ。自分は怒りのままに暴走し、主人の命令を無視してレヴィエを拷問しようとしたのだ。
自身の変化に自分で驚くマーロン。
(それほどまでに、自分にとってお嬢の存在が大きくなったという事だろうか………)
親の命令は絶対だ。それは極道であったマーロンの信条であった。
だが、それを大きく歪めてしまうほど、セレーネの事を想っている自分にようやく気付く。
今までもセレーネの事は大切に思っていた。だがそれは恩義があったからだ。
自らの命を救われた恩。それを返すためにマーロンはセレーネの傍にいた。
だが、今のマーロンは恩義ではなく、セレーネという1人の人間に惹かれて傍にいるのであろう。そんな自分の心境の変化に、ようやくマーロンは気付いたのだ。
「お嬢の命を狙われて、頭に血がのぼっていたようです。申し訳ございません」
「いいんです。私の為に怒ってくれていたんですよね?」
「そうですが………主人に口答えなど………」
「許します。マーロンはいつも私を守ってくださいますから」
「お嬢………」
セレーネからの優しい言葉に、マーロンの頭に登っていた血がさっと引いて行く。ああ、やはり自分はいつの間にか、セレーネの魅力に飲み込まれてしまっていたようである。
騒然としていた場はセレーネによって何とか落ち着き、再びレヴィエを見るマーロンたち。
彼女は先ほどマーロンが曲げようとした小指をさすって、痛そうに顔を歪めている。
「生徒会長………どうして私の命を狙ったのですか?」
「し、知らないわ………何の事かしら………」
「生徒会長の傍には王国兵がいましたね?彼らは大公の権限では動かせない戦力のはず………。だとすると、少なくとも王族の誰かが関わっているのでは無いですか?」
「!?」
セレーネの質問がレヴィエの図星を突く。
各貴族は私兵を持っているが、王国兵は王族でしか動かせない。そんな戦力をレヴィエが動かしていたのだ。誰かしらが背後にいると考えるのが普通だ。
「どうか話してくださいませんか?」
「知らないって言っているでしょう!?」
「そうですか………あくまで白を切るという事ですね………」
変わらないレヴィエの態度に、セレーネはわざとらしく困ったような顔を見せた。
「困りましたね………そうなるとどの道、マーロンに対処をお願いしなければいけなくなります………」
セレーネのその一言に、レヴィエがビクリと肩を震わせた。
「ヒルダ。マーロンの手にかかった者たちの末路を教えてくれる?」
「はい。お嬢様の命を狙ったレミという暗殺者は、何時間にも及ぶ拷問を受けた後、その身を闇ギルドに売り飛ばされました。青山という男は腕力だけでその右腕を引きちぎられ、四肢も全てへし折られた後に、王都の街中にその死体を晒されました」
淡々とマーロンの所業を話すヒルダ。レヴィエの身体には徐々に鳥肌が立ち始め、冷汗が全身を流れる。
「生徒会長。マーロンはこのように容赦のない男です。どうか彼を動かさずに済むように、お話をしてくれませんか?」
セレーネは笑顔でレヴィエに語り掛けた。その笑顔の裏にいるマーロンという男に恐怖し、震えが止まらなくなるレヴィエ。
レヴィエはしばらく熟考した後、吐き捨てるかのように話し始めた。
「わかった!わかったわよ!話すわ!!」
もう全て投げ出すかのように、諦めたような様子でレヴィエは言い放つ。
「王様よ!バーナス王に命令されたのよ!!セレーネさんを殺せって!!」
「「なっ!?」」
その言葉に驚きを隠せない一同。どうやら事態は最悪に近い状態のようだ。
驚いて目を見開く一同を尻目に、レヴィエは事の経緯を話す。王様の挨拶の後に、突如セレーネの暗殺を命令されたという話だ。
驚きつつもレヴィエの話に耳を傾ける一同。
だが彼女の話では、誰に狙われているのかは分かったが、狙われている理由まではわからなかった。
「王に命を………セレーネ様方は理由はお分かりに?」
「わからん………普通に過ごしていただけなんだが………」
アンナとマーロンが頭を抱える。どうしてこんな事態になっているのか、マーロンたちには想像もつかないのだ。
「どうして王が、私を………」
「学園での王の挨拶が終わった後、王の様子が豹変してたわ。あの時に何かあったのかもね」
「そんな………!私は真剣に王の話を聞いていただけです………!―――確かに、やたら目が合うなとは思いましたけど………」
セレーネが不安そうに目を伏せた。理由もわからず国のトップに命を狙われているのだ。不安な気持ちで一杯なのだろう。
「お嬢………」
「お嬢様………」
不安そうに俯くセレーネ。そんな主人の痛ましい姿を、マーロンとヒルダも心を痛めながら見る。普段は元気いっぱいの自らの主人のこんな姿を見ると、マーロン自身も身が引き裂かれるほどの痛みを感じる。
自らの主人が心を痛めている。それも、マーロンにとって一番に大切な人である。
だからこそマーロンは、彼女の為に自ら行動に出る。
「お嬢、大丈夫です。お嬢の事は私が必ず守ります」
マーロンが不意に、そんな言葉を言った。
「でも………王様に狙われているんですよ?………見捨てないのですか?」
セレーネが声を震わせながらそんな事を言う。
セレーネは怖いのだ。王に狙われている自分が、みんなに見捨てられないかどうかが。不安で心が一杯なのだ。
マーロンはそんなセレーネの表情を見て、心が締め付けられる。
一国の王に、今まさに命を狙われているのだ。国全体を敵に回していると言っても過言では無いのだ。不安にもなるだろう。恐怖も覚えるだろう。
マーロンはそんなセレーネの事を慮り、彼女の不安を少しでも和らげたいと切に願う。自身の主人が心を痛めているその姿を、マーロンは見ているだけではいられなかった。
そんな事を想いながら、突如マーロンはセレーネの片手を取り、彼女の身を自らに引き寄せて抱き止めた。
「!?」
突然のマーロンの行動に驚きで目を見開くセレーネ。
マーロンはそんなセレーネの事などお構いなしに、セレーネの身体を強く抱きしめながら言う。
「お嬢。約束したはずです。私はどこにもいかないと。この命尽き果てるまで貴方に付き従うと。そう誓ったはずです」
マーロンはセレーネとのデートの時に言った言葉を、ここで反復する。
「私の身も心も貴方の元にあります。私は絶対に、貴方を見捨てたりはしません」
「マーロン………!」
そんなマーロンの言葉を聞き、遂にセレーネのダムが決壊した。
ぎゅっと力を込めて、セレーネはマーロンの身体を抱き締める。マーロンの胸に顔を埋め、マーロンの胸の中で涙を流し始めた。
「マーロン………!マーロン………!」
「はい。私はここにいます。ずっと貴方の傍にいます」
己の胸の中で泣き始めたセレーネの背中を、マーロンはぽんぽんと叩く。大丈夫。自分が傍にいると、そう行動で示す。
ぎゅっと抱きしめ合う主従の2人。その姿は主人と従者より、恋人同士のように見える。
震えるセレーネの肩を、マーロンは優しく包み込む。
時間にして数分程度。
セレーネはマーロンの胸の中で泣き続けた。
「マーロン。ありがとうございます。お陰で少し気が楽になりました」
そう言って、マーロンから身を離したセレーネ。目は泣き腫らして赤くなっており、その表情には恥ずかしさが張り付いていた。顔を朱色に染めて、マーロンの目を真っすぐに見れないでいる。
「皆さんも、申し訳ございません………。取り乱してしまいました」
そう周囲の仲間たちに頭を下げるセレーネ。
そんなセレーネを、ヒルダとフランマは微笑ましそうに見つめ、アンナは少し羨ましそうな目で見ていた。
そして、不安で泣いてしまったセレーネを見て同情してしまったのか、レヴィエの顔には罪悪感が浮かんでいた。
「お嬢様。私もマーロンと同じ気持ちでございます。私の主人はお嬢様です。私も貴方の傍におります」
「ヒルダ………」
「我もじゃ。そもそも王なんて奴は、我が消し炭にしてやるでのう。心配などしなくてもよい」
「フランマまで………」
ヒルダ、フランマの優しい言葉に、再び涙が溢れそうになるセレーネ。
「はぁ………。まぁ、栗原さんやビレッジ公爵にはお世話になってますから。少なくとも我々栗原組もサポートしますよ」
「アンナ………」
「勘違いしないでください!あくまで栗原さんやビレッジ公爵のためですからね!?」
「ふふふ。はい、わかりました」
アンナまでセレーネにそんな事を言う。これだけの人望があるのだ。彼女を見捨てるものなどそういない。
「皆さん。本当にありがとうございます」
セレーネは流れる涙を拭いながら、笑顔で皆に頭を下げた。




