45. 崩れ去る日常
~ マーロン ~
その日は突然訪れた。日常を過ごす1年A組の教室を突如訪れたレヴィエ・ヴァレンタイン。ウェスト王国貴族学園の生徒会長にして、ヴァレンタイン大公の娘。セレーネより位の高い貴族だ。
「セレーネさん。ちょっといいですか?」
「は、はい!何でしょうか生徒会長」
どうやらレヴィエが訪れた目的はセレーネだったようで、教室に姿を見せたレヴィエは真っすぐにセレーネに話しかける。
突如、生徒会長かつ格上の貴族に話し掛けられ、セレーネは少し緊張気味だ。
「少しお話がありまして。今からついて来れるかしら?」
「はい、大丈夫です」
レヴィエはそう言って、セレーネを案内し始める。セレーネもその後を追い、立ち上がって歩き始めた。
セレーネを1人にするわけにはいかないマーロンたち従者は、黙ってセレーネの後を付いて行こうとする。だが、それを止めたのはまさかのレヴィエであった。
「申し訳ないけど、従者は連れて来ないでくださるかしら?大事な話なの」
「えっ………?」
セレーネがレヴィエのそんな言葉に驚きを露わにする。
だが、自身より上の立場の人間による命令だ。これには従わなければいけない。
「マーロン、ヒルダ、フランマ。この教室で待っててくれる?」
「―――わかりました」
渋々と言った様子で従うマーロンたち。
セレーネは信頼する従者たちを置いて、レヴィエの後に付いて行ってしまった。
セレーネたちの姿が見えなくなった後、マーロンが言う。
「どう見ても怪しい」
「ですね………。ですが、相手は大公の娘です。従わなければいけません」
マーロンの言葉に同意しつつも、ヒルダはレヴィエに従う意向を示す。だが、どうしてもマーロンはそれを受け入れられない。
セレーネを訪ねて来たレヴィエの顔。そこには大きな緊張感と少しの罪悪感が張り付いていた。なんだか嫌な予感が止まらないのだ。
「つまり、バレなきゃいいんですよね?」
「は?」
「後を尾行けましょう」
「ちょ!何を言って………」
マーロンの言葉に反対するヒルダであったが、そこに更にフランマから追撃が入る。
「マーロンの言う通りじゃ。あやつ、どう考えても良からぬことを考えておった」
「だよな」
「フランマまで………」
2人の言葉に頭を抱えるヒルダ。怪しいからと大公の娘の後を尾行するなど、愚の骨頂である。
「ヒルダさんは残っていて大丈夫ですよ。彼女の後は私とフランマが尾行けますので」
「うむ。そうじゃの」
そんな事を言う2人に、ヒルダが大きなため息をついて言う。
「わかりました!後を追いましょう!」
そうやけくそ気味に言うヒルダ。彼女も少し、マーロンたちの大胆さの影響を受けてきたようだ。
「よし。そう来なくっちゃ」
セレーネが連れて来られたのは、だだっ広い学園の校舎裏。人気もないそんな場所に、セレーネは呼び出されていた。
そこにいたのは数十人の王国兵。みな武装していて、連れて来られたセレーネを待ち受けていた。
そんな様子をマーロンたちは、学園の屋上から窺う。いざとなれば、上から強襲できる位置である。
「あ、あの………これは一体………」
連れて来られた校舎裏に、待ち受けていた大量の王国兵。その物々しい雰囲気に、理解が追い付かないセレーネ。
「ごめんねセレーネさん。理由は私も知らないの」
そう話し始めたレヴィエ。その謝罪は一体何に対する謝罪なのか。
その答えはすぐに分かった。
「ただ一つ。ここで死んで」
レヴィエがそう言った瞬間、マーロンが屋上から飛び降りた。
目指すはセレーネの背後。セレーネの背中を狙う、姿の見えない人物だ。
屋上から物凄い勢いで降ってきたマーロンは、轟音を立てながら姿の見えない人物を踏み台にして地面に降り立つ。
「マ、マーロン!?」
「なっ!?」
突然上から現れたセレーネの従者の姿に、セレーネとレヴィエたちが驚く。
「すみませんお嬢。気になって後を尾行しました。お叱りは後で」
マーロンはそう言って、自身の下敷きになっている人物の首を掴み、上に釣るし上げた。
「レヴィエ・ヴァレンタイン。こいつは何もんだ?」
マーロンに首を絞められながら持ち上げられた人物は、見た感じ普通の男性であった。
先ほどまでは透明であったが、今は姿が見えており、苦しそうに顔を歪めている。
彼が倒れていた場所の近くには、先ほどまで彼に握られていたナイフが転がっている。
どういう理屈なのかはわからないが、この男は透明化した状態でセレーネの背後に近付き、後ろからナイフでセレーネを刺そうとしていたのだ。
それを嗅覚で察知したマーロンが、間一髪のタイミングで上から下敷きにしたというわけである。
「な、なんの事かしら………?」
マーロンからの問い掛けに冷や汗を流しながら答えるレヴィエ。
「おっと答えに気を付けろよ。間違った答えを言えば殺す」
マーロンは低く底冷えするような声でレヴィエを恫喝しながら、首を絞める右手を徐々に強くする。
「かっ………はっ………!」
首を絞められ続ける男が苦しそうに呻き声を上げる。
「マ、マーロン!いったい何がどうなって!」
「この男がお嬢の後ろから襲い掛かろうとしていたのです」
「なっ!?」
マーロンからの状況説明を聞き、ようやく事態を飲み込めたセレーネ。どうやら自分は命を狙われていたらしいと、マーロンからの言葉で気付く。
「ど、どういうことですか生徒会長!」
「―――チッ………!」
命を狙われていたことに気付いたセレーネに舌打ちをするレヴィエ。
「あなた達!彼女たちを殺しなさい!」
セレーネの暗殺が失敗したレヴィエは強硬手段に出る。
校舎裏に待ち受けていた数十人の王国兵に、セレーネの殺害を命令したのだ。
「御意!お前たち、かかれ!」
「「はい!!」」
数十の王国兵たちは一斉にマーロンとセレーネに向かって殺到し始めた。
だが、再び空から降ってきた物体が2つ。
「今行くぞセレーネよ!」
「きゃあああああああああああああああ!!!!」
マーロンと同じく校舎の屋上に待機していたフランマが、ヒルダを抱きかかえて飛び降りてきたのだ。
上から降ってきたフランマは、丁度マーロンたちと王国兵の間に着陸し、その衝撃波で王国兵たちを吹き飛ばす。
「ぐあああああ!!!」
見た目は人間でも、中身は巨大な竜である。その衝撃も、巨大な竜が舞い降りた時と同じ衝撃である。当然、王国兵たちは衝撃に飲まれて吹き飛ばされた。
「フランマ!?それにヒルダまで!?」
「来てやったぞセレーネ。感謝するがよい!」
「すみませんお嬢様!この2人が言う事を聞かず!―――ですが、それが幸いしましたね」
フランマと共に地面に降り立ったヒルダが珍しく、目の前のレヴィエを睨みつける。普段はクールなヒルダも、自身の主人の命が狙われて怒り心頭なのだ。
「な、何やっているのですかお前たち!それでも王国兵ですか!?」
「す、すみません!」
吹き飛ばされた王国兵たちが立ちあがり、再度セレーネたちに向かおうとする。
「面倒だ………」
マーロンが小さくそう呟く。
怒りの形相に染まった顔で目の前の王国兵たちを睨みつけながら、自身のユニークスキルを行使する。
『人狼化』。この力によってマーロンの身体は膨張し、大きな人狼へと姿を変える。上半身の服が弾け飛び、中から灰色の獣が姿を現す。その首についたネックレスの反射する光が、目の前の獲物を怪しく照らす。
「な、なんだこいつは………!?」
初めて見るマーロンの人狼化した姿に、レヴィエと王国兵たちが腰を引かす。
「人狼の咆哮!!」
マーロンが繰り出したのは、人狼の咆哮だ。弱者共の戦意を挫く、精神干渉系の魔法である。
マーロンが発した咆哮を聞いたレヴィエや王国兵たちが、次々と尻もちを付く。目の前の巨大な人狼に恐れ戦き、腰を抜かして戦意が削り取られる。
気付けばその場に立っている人物は、マーロンたち以外に存在しなかった。
「レヴィエ・ヴァレンタイン!」
「ひ、ひぃ!!」
人狼の顔から発せられた自身の名前に、驚きビクつくレヴィエ。見るからに恐怖し、涙目でマーロンを見上げる。
「質問に答えろ!なぜお嬢の命を狙う!?」
「ひ、ひぃぃ!!」
完全に腰を抜かしてしまい、恐怖で言葉が出ないレヴィエ。そんなレヴィエに向かって、右手で首を絞めたままであった男を目の前に突き出す。
「さっさと答えろ!じゃないと、こいつのように死ぬことになるぞ!」
そう言ってマーロンは男の首を絞める力をさらに強くする。
「がっ………!」
苦しそうに呻く男。血液がうっ血し、顔全体が徐々に赤く変わっていく。
そんなマーロンを、セレーネが止める。
「マーロン待って!その人は転生者です!誓約で無理やり従わされているだけです!」
マーロンがセレーネのそんな言葉を聞き、マーロンは手に込めていた力を少し緩めた。
「首に紋様がありますよね?それが誓約の証です!」
確かに男の首には、まるで首輪のようにぐるりと紋様が描かれていた。
誓約。転生者を無理やり従わせる、奴隷の証である。
「なるほど。では殺すのは可哀想ですね」
マーロンはそう言って、男の顔面を思いっきりぶん殴って気絶させた。
男は顔面に拳を思いっきり受けて、歯を何本か折ってしまう。
「レヴィエ。こうなりたくなかったら………」
マーロンが再びレヴィエを脅そうとするが、人狼の聴覚で校舎裏に向かって来る人物がいることに気付く。
「話は後です!とりあえずここを離脱しましょう!」
「わ、わかりました!どこに逃げれば………」
「空です!」
マーロンはそう言って空を指差した。
「フランマ!」
「全く、しょうがないのう」
そう言ってフランマは人間化を解く。その姿を威厳ある巨大な竜の姿へと変える。
「りゅ、竜!?」
腰を抜かしたレヴィエが更に腰を抜かす。人狼でも珍しいのに、更に竜までいるのだ。目の前で起きていることが信じられないだろう。
マーロンはそんなレヴィエの傍まで近付き、レヴィエの首根っこを捕まえた。
「ひっ!な、何をするのです!」
「話は後だと言ったろ?連れてくんだよクソアマ!」
「わ、私を誰だと思っているのですか!?この国の大公の娘ですよ!!」
「知った事か!!大公だろうと何だろうと、お嬢を狙う奴には容赦しない!!」
そう言ってマーロンは、無理やりレヴィエを引っ張ってフランマの背中に乗せる。
「行くぞフランマ!」
「了解!」
そう言ってフランマは、両の翼で空へはばたいた。
「と、飛んでます!」
「は、初めて空を飛びました………」
「ひぃいいいいい!降ろしてください!!」
フランマの背中に乗って空を飛び始めたセレーネ、ヒルダ、レヴィエが、それぞれの反応を示す。
「とりあえずは隠れられる場所へ!いつも頼ってばかりで申し訳ないが、アンナの所を目指しましょう!」
「わかりました!フランマ、よろしくお願いします!」
「任されたのじゃ!」
そう言ってセレーネたちは、突然のレヴィエと王国兵たちからの襲撃から逃げおおせたのであった。




