42. 狂犬はお嬢をエスコートするようです
セレーネとのデートの二日前。デートプラン構築に行き詰まり、何かヒントを得ようとマーロンは、若い女性の話を聞きに栗原組の本部まで来ていた。
「栗原さん!ご苦労さんです!」
「ん?なんでアンナがビレストに?」
そんなマーロンを出迎えたのは、王都ウェストルテにいるはずの栗原組2代目ボスのアンナであった。
「もちろん、栗原さんとセレーネ様の帰省に合わせて私も帰ってきたんです」
「もちろんて、別にそんな事しなくてもいいだろうに」
「まあ、万全を期してですよ」
どうやらマーロンの帰省に合わせてアンナもビレストに戻ってきたらしい。
アンナはマーロンと同い年の女性だ。女性が喜ぶデートプランを聞けば、何かいいアイデアをくれるかもしれない。
「まあいい。丁度お願いしたいことがあったんだ」
「なんでしょう?」
「女性が喜ぶようなデートプランを一緒に考えてくれないか?」
「―――デート?」
デートという単語に、アンナは少しピりついた表情を見せる。
「おう。デートだ」
「―――デートする予定があるという事ですか?」
「ああ。二日後に迫っててな………少し焦ってるんだ」
理由はわからないが、マーロンと話すうちにどんどんアンナが不機嫌になっていく。
「―――お相手は?」
「セレーネお嬢だよ」
マーロンがそう答えた瞬間、アンナのこめかみの血管がブチっと切れた。
「絶対に!嫌です!!」
「え………えっ!?」
そう言ってアンナは踵を返してマーロンから離れていく。
「ちょっ!待ってくれよアンナ!!」
「嫌です!栗原さんなんて、1人で悩んでればいいんです!!」
そう言ってアンナは、マーロンの静止の声すら聞かずに行ってしまった。
「な、なんなんだよ一体………」
マーロンは呆然と立ち尽くしてアンナの後姿を見送った。
結局この後、マーロンは栗原組の若い女性たちにアドバイスを貰うのであった。
そして、時間はあっという間に過ぎ、デートの日当日。
ビレッジ公爵邸の門の前で、マーロンは1人でセレーネが来るのを待っていた。同じ家に住んでいる者同士であるのだが、セレーネの希望で待ち合わせをすることにしたのだ。
マーロンの服装はいつもの執事服とは違い、普通の若い男性っぽい装いになっていた。白いシャツの上に少しカジュアルなジャケットを羽織り、下はすらっと長い黒のパンツだ。栗原組の若い子たちに聞いたコーディネート。これならどこからどう見ても普通の若者に見える。
セレーネを待つこと5分程度。
門の前で待つマーロンの元に、遂に待ち人が現れた。
「マーロン!お待たせ!」
はにかむような笑顔でマーロンに手を振ってきたのは、いつもとは装いの違うセレーネであった。ヒルダと共に、マーロンの元へと駆けて来る。
セレーネはいつも貴族の御令嬢らしい、豪華な服を着ている。だが、今日のセレーネは少し違う。いつもの服装だと目立つため、街中に溶け込めるように町娘風の服装をしているのだ。
セレーネが着ているのは、青色を基調としたワンピースだ。繊細なレースがひらひらと揺れるスカートに、胸元には細やかな刺繍がついている。ドイツの民族衣装である、ディアンドルのような服装だ。
見た感じは町娘風であるのに、セレーネが着ると溢れ出る上品さが隠しきれていない。通り過ぎるもの全てを振り向かせるような、そんな絶世の美女がそこにはいた。
「お嬢。いつもお綺麗ですが、今日は一段と麗しいお姿です」
「ほ、ほんとですか!?」
マーロンからの誉め言葉に、顔を赤くしながら喜ぶセレーネ。
「実はヒルダに手伝って貰ったんです!街に溶け込みつつ、おめかしもできる服は無いかと」
「そうだったんですね。よくお似合いです」
「うふふ。ありがとマーロン!」
満足気にほっぺたを上げて喜ぶセレーネ。マーロンからの言葉に完全にニヤケきり、とろけたような笑顔が止まらない。
「マーロンも、今日は一段とかっこいいです!」
「本当ですか?それはよかった。実は今日の為に新調したもので、見せるのはお嬢が初めてなんです」
「そうだったんですね。私の為に………嬉しい」
セレーネは顔を朱色に染めながらちらちらとマーロンの事を見る。嬉しいような恥ずかしいような、そんな表情だ。
「さぁ。さっそく参りましょうか。お嬢」
そう言ってマーロンは、左手をセレーネに差し出した。
「は、はい。よろしくお願いします」
セレーネは緊張と照れで顔を朱くしたまま、マーロンの左手を握った。
まず始めに向かったのは、最近ビレストで人気の演劇を見れる劇場だ。
フィリップ商会が出資している劇団で、マーロンたちが見るのは若い女性たちから絶大な人気を誇る演目だ。
演目名は『勇者と双子姫』。勇者と双子の姫の恋愛劇である。
物語は魔族と呼ばれる異種族と人間との戦争が絶えない時代に、人間側に勇者と呼ばれる強力な力を持った救世主が現れた所から始まる。
魔族との戦いで武功を立てた勇者は双子の姫と出会い、共に交友を深めていく。双子姫は次第に勇者に惹かれていき、徐々に勇者の方も双子姫の姉の方に惹かれていった。
そしてある日、遂に結ばれた勇者と双子姫の姉。しかし、それを許せなかった者がいた。それが、双子姫の妹の方である。
双子姫の妹は歪んだ愛ゆえに勇者と姉を憎み、魔族軍の方に付いてしまう。その双子姫の妹が、いずれ魔王と呼ばれるようになっていく。
ざっくり言うと、そんな話であった。
最終的には勇者率いる人間軍が勝利し、勇者が魔王となってしまった双子姫の妹を討伐して物語は終了した。その後の勇者は、双子姫の姉と2人で幸せに過ごした。そんな終わり方であった。
演劇を見終わった後、マーロンたちは近くの喫茶店に入って感想を言い合っていた。
「面白かったです!最後は2人が結ばれてよかったです~!」
「そうですね。私も久しぶりに演劇というものを見ましたが、予想以上に楽しめました」
内容自体はこの世界では有名なおとぎ話をモチーフにしているようだが、それを知らなかったマーロンにとっては純粋に初見で楽しめたのだ。それに人気の劇団だけあって、演技も迫真さがあって迫力満点であった。
「しかし、どうして妹姫は魔族軍についてしまったのでしょうか………」
「愛が深すぎる故に、それが反転して憎しみに変わるというのはよくある事です。愛憎というのは表裏一体なのかもしれませんね」
「そういうものなんでしょうか?」
「そういうものですよ」
そういうマーロン自体は、人を憎むほど愛した経験はない。好きになりかけていた女性も、親しかった友人も、結局はマーロンの元から離れていく。マーロンの性質上仕方ないことと言えど、やはり悲しいものである。
愛という点で言えば、セレーネを想うマーロンの気持ちというのが、その愛に近いのかもしれない。マーロンがセレーネに感じている気持ちが命を救われた恩義なのか、それとも、人として、異性として感じている愛なのか、それは経験の浅いマーロンにはわからない。だが、前世を含めたマーロンの人生の中で初めて、セレーネという1人の人間に強固な執着心を持っているのだ。
それが愛であればいいなと、マーロンは心の中で思う。
「でも、確かにマーロンを他の人に取られちゃったら、私もその人の事を憎んでしまうかもしれません」
セレーネがぽつりとそんな事を言うが、言っている途中で恥ずかしくなったのか、顔を朱くして俯いてしまう。
「ご安心くださいお嬢。私はどこにもいきません。この命尽き果てるまで、貴方に付き従う所存でございます」
マーロンはそう、セレーネに微笑みかける。
「本当ですか?」
「ええ。本当です。私は一生、貴方の傍にいます」
「えへへ。ありがとう、マーロン」
マーロンの言葉に更に顔を朱くしながらも、セレーネはマーロンに微笑んだ。
その後もマーロンとセレーネのデートは続いた。
一緒に庶民の服屋を覗いてみたり、怪しい占い師に不吉な事を言われたり、怪しい客引きに興味を示したセレーネを止めたり。色々ありつつも2人はともにデートを楽しんだ。
そしてその日の夕方。遂に楽しかったデートの終わりが近付く。
夕焼け空の下、広い公園の一角にあるベンチに座り、マーロンとセレーネは共に寛いでいた。
「マーロン。今日は本当にありがとう。お陰でとても楽しめました」
「いえいえ。私もお嬢と一緒に過ごせて、とても楽しかったです」
隣り合ってベンチに座るセレーネとマーロンが、肩を寄せ合いながら話す。
「実はお嬢にお渡ししたいものがあるんです」
「え?渡したいもの?」
マーロンはそう言って、今日一日隠していたセレーネへの贈り物を懐から取り出す。
贈り物用の装飾がされた小さな袋を取り出し、隣のセレーネに渡す。
「開けてもいいですか?」
「はい。もちろんでございます」
セレーネは早速、受け取った袋の包装を丁寧に解き、中からマーロンからの贈り物を取り出した。
袋の中から現れたのは、綺麗な銀色のネックレスであった。
「―――綺麗………」
マーロンから贈られた銀色のネックレスに、セレーネは目を奪われる。
「お嬢には日頃からお世話になってますので、そのお礼にと思いまして」
「嬉しいです!マーロン、ありがとう!」
セレーネはマーロンに向かって満面の笑みを返し、銀色のネックレスをじっと見つめる。
「着けてみてもいいですか?」
「もちろん。お着けいたしますよ」
マーロンはそう言って、セレーネの首の後ろに手を回し、贈ったネックレスをセレーネに着ける。
「どうです?似合ってますか?」
「はい。お美しいお嬢にぴったりでございます」
「えへへ。ありがとう。マーロンが選んでくれたの?」
「はい。お嬢に似合うかと思い、思い切って買ってみたのです」
セレーネはマーロンの言葉ににへらと笑い、首元のネックレスを見つめる。
そして、暫くした後に突如、セレーネが笑い始めた。
「あははは!私たち、似た者同士みたいです!」
「どうしたんですか、お嬢」
突如笑い始めたセレーネはマーロンと同じように、包装された袋を懐から取り出した。
「これ!私からもプレゼントです!」
「―――え?」
セレーネからの予想外の言葉に、マーロンは驚きで目を丸くする。
「プレゼント、ですか?」
「はい!開けてみてください!」
マーロンは驚きながらも、手渡された贈り物の包装を解く。
中から出て来たのは、マーロンが贈ったものより少し太めの銀のネックレスであった。
「これを私に、ですか?」
「はい!もちろんです!」
「あ、ありがとうございます!お嬢!」
マーロンはようやく驚愕から戻って来て、セレーネからの贈り物に感涙する。
「あはは!同じ日に、同じようなプレゼントを贈り合うなんて!私たち、似た者同士ですね!」
「そうですね。主従共々、似た様な事を考えるみたいです」
マーロンが用意していたサプライズであったのだが、どうやらセレーネも似た様な事を考えていたらしい。
「マーロン。着けてあげます!」
「はい。お願いいたします」
そう言ってセレーネもマーロンの後ろ首に手を回した。セレーネの甘い香りが、マーロンの鼻腔をくすぐる。
「どうですか?似合いますか?」
「ばっちしです!とても似合ってます!」
「ありがとうございます。大切にしますね」
マーロンが嬉しそうにセレーネに笑顔を向ける。普段はすまし顔のマーロンであるが、今は嬉しさで顔がとろけてしまっている。
「実はそのネックレス、魔道具なんです。着用者に合わせて、自動で大きさを調整してくれる便利品なんですよ?」
「へえ。それは珍しいですね」
「そうなんです!だからマーロンが変身した時も、着けたままでいられるんです!」
「なるほど!そのための魔道具ですか!」
どうやら人狼化したマーロンであっても着けられる物を選んでくれたらしい。流石セレーネだ。気が利く。
「マーロンのあの姿、みんな怖いって言ってましたから。私はそのままで可愛いと思いますけど、少しでも怖さを抑えられるかと思って」
「お気遣いありがとうございます。これならおしゃれな狼になれそうですね」
「あはは!そうですね!」
そう言って2人は、暫く顔を合わせて笑い合った。




