40. 長期休暇で一度ビレストに戻ります
ウェスト王国貴族学園に入学してから約4か月が経過した。
ウェスト王国貴族学園の1学年は上期と下期に別れていて、今日は丁度その上期が終わる日である。
上期と下期の間には2か月弱程度の長期休暇があり、ほとんどの学生はその長期休暇の間に、自身の実家に帰省する。
セレーネも例外ではなく、上期の期末試験も終わって完全に開放されたセレーネたちは、ビレストに帰る準備を粛々と進めていた。
「セレーネ。ほんとにいいの?」
「もちろんです。お父様にグレイスの事紹介したいですし」
グレイスとセレーネの会話。
彼女たちが何を話しているかというと、セレーネの実家への帰省にグレイスを連れて行くという話である。
グレイスに実家はない。何故なら火事で全焼し、両親も亡くなってしまったからだ。長期休暇に行く当てがないグレイスを慮り、セレーネがグレイスを実家に連れて行くことを提案したのだ。
「セレーネ。ありがとう」
「いえいえ。長期休暇ですので、一緒に過ごす友人は多いに越したことはありません!」
そんなこんなで、グレイスもビレストの街に行くことになったのだ。
久しぶりに帰るビレストである。マーロンにも少しだけ楽しみにする気持ちがあるのは内緒である。
相変わらず長い馬車の旅。馬車に揺られて2週間。ようやくマーロンたちはビレストの街に帰省した。
「久しぶりのビレストだ~~!!」
馬車から降り、大きく伸びをしたセレーネ。両手を上空に伸ばし、少しだけ膨らんだ胸を張り、背筋をピンと伸ばす。気持ちよさそうな伸びである。
「ここがビレスト………」
初めて訪れたビレストの街を興味深そうにグレイスが見回す。マーロンたちが立つ大通りには相変わらず絶えず人が行き来している。
「想像以上に栄えてる」
「でしょう?意外と近隣では人気の街なんですよ!」
セレーネが得意気に胸を張る。確かに辺境にある街には珍しく、かなり栄えている方であろう。というか、マーロンたちがビレストを離れた時よりも更に、人通りが増えている気がする。
ビレッジ公爵からの支援が始まってからの栗原組は、賭場や歓楽街、飲食店に劇場など、とにかくエンタメ方面に力を入れていると聞いている。おそらくその成果が出ているのだろう。
「さて。さっそく我が家に向かいましょう!」
「うん!」
そう言ってセレーネとグレイスが共に歩き始めた。そんな2人の後を、マーロンとヒルダが黙って付いて行く。
「お、おっきい………」
そんなこんなで辿り着いたビレッジ公爵邸。その大きさに驚きの声をグレイスが上げる。
マーロンが初めてビレッジ公爵邸を訪れた時も同じ事を思ったものだ。グレイスの気持ちがわかるマーロンであるので、彼女の事を微笑ましく見守る。
そんなマーロンたちの元に、駆け足で近寄ってくる人影が1つ。
「お嬢様方~!」
急ぎ足で駆けてきたのは執事長のフレデリック。会うのは5ヶ月ぶりくらいだ。
そんな久々に会うフレデリックであったのだが、どうやら様子がおかしい。めちゃくちゃ慌ててマーロンたちに向かって駆けて来るのだ。
「お嬢様!おかえりなさい!早速ですが、マーロンをお借りしてもよろしいでしょうか!?」
マーロンたちの元に駆けてきたフレデリックが放った第一声は、そんな言葉であった。
「どうしたのフレデリック。そんなに慌てて」
「実は色々とありまして………」
その色々を説明する暇もないのか、フレデリックはマーロンを引っ掴んで屋敷の中に引っ張っていく。
「すみませんお嬢様!マーロンをお借りします!」
「い、いいですけど………」
「すみませんお嬢。なんだかわかりませんが行ってきます!」
言いながらフレデリックに連行されるマーロン。一体なんだというのか。
マーロンが連れられたのは、ビレッジ公爵の執務室。
中に入ったマーロンの目に入ってきたのは、久しぶりに会うビレッジ公爵とフィーネ。そして見慣れない1人の少女であった。
「うむ。ようやく来おったか!」
開口一番。その見慣れぬ少女はマーロンを見て言った。
腰まで伸びた燃え盛る炎のように赤い髪に、中学生くらいの小さな身体。服と言っていいのかわからないが、胸と股ぐらを辛うじて隠す露出の多い装い。
初めて会う少女である。
「お久しぶりです。旦那様にフィーネ様。それで、この方は?」
「マーロン、お前覚えておらんのか?」
「?」
まずはビレッジ公爵とフィーネに挨拶をし、ビレッジ公爵に赤髪の少女について尋ねるも、ビレッジ公爵はよくわからない事を言う。こんな目立つ少女、会ったことがあれば覚えているとは思うのだが、どこかで会ったことがあるのだろうか。
「マーロン。お前、我を忘れたと申すか!」
「えっと………どこかでお会いしましたっけ?」
その赤髪の少女は怒ったかのようにマーロンに言う。だが、マーロンに覚えはない。
そんなマーロンたちを見かねてなのか、フィーネが赤髪の少女に言う。
「この姿でマーロンさんに会うのは、初めてなのではないですか?」
「うむ。確かにこの姿で会うのは初めてじゃったわ!がっはっは!」
赤髪の少女が笑う。彼女の喋り方、覚えてはいないが確かに既視感はある。どこかで聞いたことがあるような話し方だ。
「なら改めて名乗ろう!」
そう言って赤髪の少女は無い胸を大きく張った。
「我はフランマ!お主に逆鱗を奪われた竜じゃ!!」
「―――え?」
その言葉に、マーロンは一瞬硬直した。
そして、一気に驚きが爆発した。
「え~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!」
フランマ。コカトリスの毒に侵されたセレーネを救うため、竜の逆鱗を奪い取った竜の名前だ。それが何故か、目の前に少女の姿になって現れたのだ。
ビレッジ公爵曰く、数日前、ビレッジ公爵邸に突如訪ねて来たらしい。始めは訳も分からず追い返そうとしたが、相手は竜である。当然追い返せずに、「マーロンに会いに来た」の1点張りで、フランマはここに住み着いてしまったらしい。フランマにはビレッジ公爵家のセレーネに仕えていると仁義を切ってしまっていたので、恐らくそれを覚えていてビレッジ公爵邸を尋ねてきたのだろう。
「フランマ!あんただったのか!」
「そうじゃ!ようやく思い出したか!」
フランマの事ならよく覚えている。マーロンと死闘を繰り広げ、大いにマーロンを楽しませてくれた竜である。
「その姿は一体?」
「人間の街に行くからな。竜の姿じゃ大騒ぎになるじゃろう?だから配慮してやったんじゃ!」
「人間の姿になれるのか?」
「当然じゃ!我は竜じゃぞ?」
どうやら竜というのは人間の姿になれるらしい。それが常識なのか、マーロンにはわからない。
「あの時は助かった。フランマのお陰でセレーネお嬢を助けることができた。感謝する」
「ほんとじゃよ。あの時の痛み、思い出すだけで鳥肌が立つわ!」
「悪かったよ。フランマには恩がある。何かして欲しいことはあるか?あの時の恩を返したい」
マーロンがフランマにそんな事を問う。あの時はセレーネのためだったとはいえ、フランマに痛い思いをさせてしまった。何故フランマがビレッジ公爵の元を訪れたのかは定かではないが、恩を返す絶好の機会である。
「ふむ。なら話は早い。我をお前の配下に入れてくれ」
「―――は?」
フランマの言っていることがわからず、思わず素で言葉が出てしまった。
「竜には掟があっての。他種族に敗北してしまった場合、その者の下に付き、忠誠を誓わなければならない。そんな掟じゃ」
「なんだその掟………」
「我はマーロン、お主に敗北したからのう。ならば、お主に忠誠を誓うのが竜の運命よ。翼を治すのに時間がかかって少し遅れたが、お主の配下になりに来たんじゃ!」
大真面目にそんな事を言うフランマであるが、マーロンはセレーネの専属執事である。そんな奴の下に更に人を付けてもいいのだろうか。裏社会にも傘下の下に更に傘下がある、なんてパターンもある。が、マーロンには下の者の面倒を見る余裕などないのだ。その為に栗原組も抜けたし、今回もフランマを傘下にするつもりは無い。
「俺はセレーネお嬢に忠誠を誓った身。フランマを配下にはできない」
「なら、我もそのセレーネに忠誠を誓えば問題なかろう?」
「えっ………どうだろうな………」
フランマのそんな言葉を聞き、マーロンはビレッジ公爵の方を見た。
「マーロンよ、私を見るな………。竜を雇った経験などないし、そんな話聞いたことも無い………。私にもわからん」
「で、ですよね………」
ビレッジ公爵も何が何だかわからず、マーロンと共に頭を抱える。面倒なことになったものだ。
「まあ、害意は無さそうであるし、セレーネが許可するならいいかもしれんな」
「え!?本気ですか旦那様!?」
「うむ。何せ竜だ。竜を配下に持つ貴族など初めてであろうしな。セレーネの格にも繋がるやもしれん!」
「相変わらず大胆ですね………旦那様は………」
マーロンも引くほどの豪胆さを見せつけるビレッジ公爵。まあ、この大胆さのお陰でマーロンはセレーネの専属執事になれたのだから、ビレッジ公爵の決定に文句はない。
「じゃあ早速セレーネを呼んでくるか」
「すみませんお嬢………。帰って早々………」
そう呟きながらマーロンは、セレーネを呼びに行くのであった。
「え?いいですよ?」
即答であった。竜をセレーネの下に付けたいという話を持って行ってすぐの回答だ。
「流石お嬢。即答ですね」
「ええ。だって、マーロンのお友達でしょう?だったら問題ないです」
「その大胆さ、父親譲りですかね」
そんなセレーネの言葉に、マーロンは苦笑する。親子揃って大胆な性格である。
「うむ。お主がセレーネか」
「初めまして、フランマさん」
フランマとセレーネが挨拶を交わし、フランマがセレーネの事をじっと見る。
そして、突然に大声で笑い始めた。
「がっはっはっはっは!!なるほど!!確かに我やマーロンが仕えるに相応しいお方のようじゃ!!」
フランマはそう言って、セレーネとマーロンの前に跪く。
「我が名はフランマ。お主らの命尽き果てるまで、我はお主らに忠誠を誓おう!」
一目見ただけでセレーネを気に入ったらしいフランマは、セレーネとマーロンに向かってそう宣言した。




