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38. 復讐の行方

 マーロンの目の前で倒れ込んだ青山は、息を荒くしながらマーロンに懇願(こんがん)する。


「い、命だけは………命だけは助けてくれ………!」


 前世でも聞いた、同じ言葉で命乞いをする青山に、マーロンは(あわ)れみの視線を送る。

 マーロンとしてはこの男に恨みはない。だが、グレイスに約束したのだ。こいつの四肢(しし)()いで、グレイスの前に引き摺り出すと。


「悪いな。お前が焼き殺した人間の愛娘が、お前の命を欲している。受けた依頼は完遂する主義だ。じゃないと、誰も反社に仕事なんて持ってこないからな」

「や、やめろ………!やめてくれ!!」


 マーロンは嫌がる青山の右腕と左肩を掴み、一気に右腕を引き抜いた。


「ぎゃあああああああああああああ!!!!!」


 ブチブチブチィ!と肉の裂ける音を立てながら、青山の右腕は彼の身体から引き裂かれた。引き裂かれた右の肩口からは、大量の血液が噴出(ふんしゅつ)して床を鮮血で濡らす。


「いでぇ………!いでぇよお!!」


 右肩を抑えながら、痛みで大粒の涙を流す青山。そんな彼の鳴き声などお構いなしに、今度は彼の足を踏みつけて、両足を歩けないようにへし折った。


「ぎいやあああああああああ!!!!」


 ボギィッ!という音を立ててへし折れる青山の両足。

 グレイスには四肢を捥ぐと言ったが、四肢を捥いだりしたら出血多量で死ぬ。これくらいが丁度いいだろう。


 マーロンは人間形態に戻り、青山の足を鷲摑(わしづか)みにした。そして、地面を引き摺りながらグレイスたちの元へと戻っていく。


「どうぞグレイス様。ご所望の物でございます」


 マーロンはそう言って、グレイスの前に青山の身体を投げ捨てた。






 ~ グレイス・マストン ~


 グレイスは泣きながら地面に倒れ込む青山を立ったまま見下ろす。片腕は捥がれ、もう片腕はへし折られ、両足もあらぬ方向に曲がっている、哀れな仇の姿。そんな彼の姿を見ても沸いてくるのはやはり、憐れみではなく憎しみであった。

 この男はグレイスの両親を殺した。それも、何の理由もなく、ただ快楽の為に。グレイスにとって、許せるような存在では決してない。


「頼む………命だけは………」


 それでも尚、命乞いをする青山。

 そんな青山の言葉を聞き、眉間にしわを寄せるグレイス。そんな言葉を聞いたとしても、怒りがさらに沸いてくるだけだ。


「お前の言葉は聞かない。遺言も聞かない」


 そう言ってグレイスは、剣の柄に手をかけた。


「ま、待て………!頼む!」


 グレイスは未だ諦めぬ青山の声を無視し、片手剣を抜き去った。

 きらりと光る刀身が、青山の頭上に振り上げられた。


「いやだ………!やめてくれ!!」


 グレイスは目を見開き、剣を持つ右拳に力を籠める。


 そして――――――


「お母さんとお父さんの仇!」


 グレイスは一気に剣を振り下ろした。


「うわあああああああああああ!!!!」


 青山に向かって振り下ろされるグレイスの剣。青山の眉間目掛けて、一直線に向かって行く。


 そんな時、ふとグレイスの目に入ったものがあった。

 それは、グレイスが常に付けている両親の形見のプレゼント。首から下げた形見のペンダントが、キラリと光ってグレイスの視界に入ってきたのだ。


 その瞬間、思い出したのはグレイスの両親の言葉。


『貴族として相応しい人間になれ』


 死んでしまった両親が、口酸っぱくグレイスに言っていた言葉だ。

 両親のこの言葉のお陰で、グレイスは今まで頑張って来れたのだ。その事を今思い出す。


 今の自分は、貴族に相応しい人間なのだろうか。

 両親の仇を目の前にして、表情を鬼のように険しく変え、今まさに、剣を振り下ろしている自分の姿だ。

 自身で仇も倒せず、他者を頼って(ほどこ)しを受ける。その姿が本当に正しいのか。


 断言できる。こんな姿が、両親が願ったグレイスの姿では決してないのだ。


 そう思い至った瞬間、いつの間にか振り下ろした剣は、青山の顔前スレスレで止まっていた。


「ハァ………ハァ………!」


 恐怖で息を切らす青山。


「―――気が変わった。私にとどめは刺せない」


 そう、小さな声でグレイスは呟いた。


「父と母が死んだ時誓ったの。貴族に相応しい人間になるって。その為に今まで生きてきた。―――ここで剣を振り下ろせば、たぶん両親は私を叱る」


 グレイスがつらつらと言う。その表情には先ほどまでの怒りの形相は無く、スッキリしたような表情が浮かんでいる。


「自分の力で仇も倒せず、マーロンを頼って施しを受ける。そんな私を両親は許さないと思う。だから、私にはとどめは刺せない」


 グレイスは青山から剣を引き、鞘に剣を収めた。


「それに、彼は私がとどめを刺さなくても殺されるんだよね?」

「はい。青山の身柄は元々栗原組が狙っていたものです。確実に処理してくれますよ」

「そう。だったら青山の始末は皆に任せる」


 マーロンが不思議そうな顔でグレイスに尋ねる。


「本当にいいんですか?」

「うん。言ってることが変わってごめんね。でも、もう決めたから」

「いえ、賢明(けんめい)な判断です。手を汚すのは、我々みたいなろくでなしだけでいいですからね」


 そう言ってマーロンは、納得したかのように(うなず)いた。


「ごめんねマーロン。約束通り、私の前に差し出してくれたのに」

「いえいえ。大した手間でもありませんでしたから。それに、久しぶりに暴れられたので楽しかったですよ」

「セレーネもごめんね。折角ついて来てくれたのに」

「いえ。グレイスが決めたことです。私はそれを尊重します」


 マーロンとセレーネはグレイスからの感謝の言葉に笑顔で答える。

 そんなマーロンたちの笑顔に釣られて、グレイスもはにかんだ様な笑顔を浮かべるのであった。







 ~ マーロン ~


「栗原さん。本当に青山の身柄を我々が預かっても問題ないんですか?」

「ああ、問題ない。元々栗原組の手柄だしな」

「ありがとうございます」


 夜空の青炎(よぞらのせいえん)の本部を出て栗原組の隠れ家に帰る道すがら、アンナと栗原が青山の処遇について話す。青山は気絶させられて、マーロンに担がれて運ばれている。


「青山はこれからどうなるの?」

「グレイス様。聞かない方がよろしいかと」

「でも、気になって………」


 どうやらグレイスは青山の事が気になるようだ。復讐はやめたとはいえ、やはり自身の両親の仇である。その処遇はどうしても気になってしまうのだろう。


「拷問されて見せしめに殺されます。この抗争では栗原組が勝利したと対外的に示すために」

「な、なるほど………確かに聞かなければよかったかも………」


 グレイスとセレーネがマーロンのその言葉を聞いて苦い顔をする。貴族の御令嬢方にはやはり刺激が強い内容だったかもしれない。


 青山にとっては、あの場でグレイスに殺されたほうが幸福だったであろう。栗原組に身柄を拘束されるという事は、これから待つのは情報を引き出すための拷問と、見せしめのように無残な方法で殺される未来である。グレイスに殺されていた方が苦痛は少なかったはずだ。

 前世では拷問の末に栗原に殺されて、こちらの世界でも拷問の末に栗原組に殺されるのだ。何とも不運な奴である。


 そんな話をしながら帰る道中、マーロンがふと視線を感じて振り返る。


 それに気付いたアンナが不思議に思い、マーロンに尋ねる。


「栗原さん?どうしたんですか?」


栗原はしばらく視線を感じた方角を睨みつけた後、おもむろに言う。


「道を変えよう」

「―――了解です」


 アンナはすぐにマーロンの提案に従い、道を変えて帰って行く。マーロンの様子から何かあると感じ取ったのだ。


 先ほどマーロンが振り返った視線の数キロメートル先にあったのは、2人の男女がマーロンたちを双眼鏡で覗く姿であった。






 ~ 2人の男女 ~


「ふぅ~。あの距離で気付くのかよ。やべえなあいつ」

「あ、やっぱり気づかれたんだ。危なかった」


 マーロンたちを覗いていた男女2人の会話だ。

 1人は獅子神亮(ししがみりょう)。190センチ程もありそうな長身と、寝起きかと思うほどぼさぼさの金髪を携えた20代の男性だ。

 もう1人は夕日茜(ゆうひあかね)。150センチほどの身長に、髪は黒のセミロングの綺麗な女性だ。


 彼ら2人の手には、この世界では珍しい『双眼鏡』が握られている。その双眼鏡でマーロンたちを遠くから盗み見ようとしていたのだ。


「やはり青山は栗原組に捕まったみたいだな」

「そうだね。でも良かったんじゃない?栗原組なら確実に青山を始末してくれるでしょ」

「まあな。俺たちも青山を始末しようとしてたんだし、結果オーライではあるか」


 2人の目的は青山の始末であった。だが、栗原組に一歩遅れて、先を越されてしまったのだ。


「それで、覗いてみて何かわかったか?」

「うん。凄いラッキーだよ?」


 夕日茜がもったいつけて言う。


「遠かったのと、すぐに察知されてチラっとしか見えなかったけど、唯一わかったことがある」

「いいから早く教えろよ」

「もう、せっかちだね獅子神さんは。―――実はあいつ、私たちの同胞(どうほう)かも」


 その言葉に獅子神が驚く。


「ほう、そりゃ驚いたな。あいつも転生者か」

「うん、偶然。超ラッキー」

「他に情報は?」

「唯一って言ったでしょ?他は何もわからんかったの」


 それを聞いて獅子神は考え込む。


「栗原組と一緒にいたって事は、栗原組のメンバーだよな」

「たぶんね。調べてみないとわからないけど」

「だな。ちょっと栗原組を調べてみるか」


 少なくともあの場には栗原組のアンナがいた。そのアンナと一緒にカチ込んでいた人物であるため、少なくとも栗原組の関係者であることは間違いない。


「いい奴だといいね」

「ああ。まあ悪人なら青山みたいに始末すればいいさ。今回は先を越されたけど」


 この世界に転生する転生者は確かに、悪人である確率が高い。だが、確率が高いってだけで、一般人が転生する場合も少なくないのだ。


「栗原組ね………。やはり栗原ってのは日本の苗字のようだな………」

「そうみたいだね。その初代ボスが執事服の彼なのかも」

「だとすると悪人の可能性が高いか」

「だね。まあまずは調べてみてからだね」


 悪人であれば始末する必要がある。しかし相手は数キロ先からの視線に気づくような奴だ。苦戦を強いられる可能性が高い。


「しかし栗原か………俺は前世からこの名前に縁があるみたいだな」

「あ~。例の『狂犬』?」

「そうだ。あいつには何度煮え湯を飲まされたか」


 栗原恭一。何度も獅子神に迷惑をかけてきた、クソったれな極道だ。


「とりあえず帰ろうか。目的も達成したし」

「そうだね。早く帰って風呂入りたい」

「別にそんなに動いてないだろ」


 そう言って2人はその場を後にした。

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