37. VS青山
~ 青山翔太 ~
青山翔太。前世では幾度も放火を繰り返す、連続殺人鬼であった。連続放火事件として何度もニュースで取り上げられるも、その正体は数か月間も不明であった。
巷では連続放火魔の噂でもちきりなのに、警察は誰一人として青山を追わない。近所で噂話をする主婦も、公園で遊ぶ子供たちも、みな近くに連続放火魔が潜んでいることに気付かず、日常を送る。
そんな状況に青山は、一種の優越感を覚えていた。
青山は殺しが好きだ。人を焼き殺す時こそ、最も大きな快感を得られるのだ。それこそ、セックスより、ドラッグより、大きな快楽を得られるのだ。
幾度人を焼き殺しても止まないその欲求に、青山は逆らわずに何度も放火を続けた。
だが青山は、その名がニュースで報じられる前にその命を失った。
何故なら、絶対に手を出してはいけない場所に手を出してしまったからだ。
いつも通り青山が焼いたビル。そこには暴力団が経営する違法賭場があったのだ。はた目からはわからない、会員制の賭場であった。
調子に乗っていたのだ。
何もかもが上手くいきすぎて、下調べを怠ってしまったのだ。
当然、暴力団は血眼で犯人を捜した。
裏社会の情報網というものは案外侮れないらしい。警察でも未だに見つけられていない青山の事を、ものの数日間で見つけ出した。
その時に暴力団から送られてきた男。名前は知らないが、190センチほどの身長で、髪をオールバックにした、まだ10代の男であった。
当然青山は抵抗したが、その男の強さは常軌を逸していた。
こちらは包丁を手に取っていたのに、その男は怯まず青山に近付き、ものの数秒で青山を制圧して見せた。
その後の事は思い出したくもない。
死にたくても死ねない苦痛を何度も味あわされた後、青山は海の藻屑となった。
それが前世の青山の一生だ。
王都ウェストルテの端にある夜空の青炎本部。その中で青山は、貧乏ゆすりをしながら椅子に座っていた。
数十分前。部下からのドラッグ製造工場が襲撃にあったという報告。その報告を聞いて、青山は苛立ちを募らせていた。
「クソッ!栗原組め!いつもビジネスの邪魔してくれる………!」
夜空の青炎の主な収入源であるドラッグ。その生産拠点である工場を現在進行形で襲撃されて、青山は怒り心頭なのだ。
だが、青山自身が出張る事はしない。栗原組の幹部連中は化け物揃いだし、一構成員の練度もケタ違いだ。青山が出張ってやられたりすれば、それこそ本末転倒だ。
自身は安全圏で、部下たちに対処させる。それが青山の出した結論であった。
青山は前世の失敗の経験を活かし、こちらの世界では慎重に事を進めてきた。
闇ギルドと呼ばれる組織にはなるべく手を出さないようにしてきたし、趣味の放火を楽しむ場所も下調べを怠らないようにしてきた。
これまではそれでうまくやってきたのだ。
だが、栗原組という田舎の組織が王都に出張って来てからは事情が変わった。
今までのらりくらりと存続してきた夜空の青炎に、突如栗原組が抗争を仕掛けてきたのだ。
目的はドラッグの撲滅。夜空の青炎にとっては死活問題だ。
当然、夜空の青炎は抵抗し、栗原組とは抗争状態に陥った。最近はその判断が間違いではなかったのかと思い始めて来ていた。
「やはり抗争は受けずに撤退した方が良かったか………?」
青山は1人呟く。
これまで栗原組が所有する物件を何件か燃やしてきたが、そのほとんどがフェイクであった。一部本物はあったが、栗原組に与えたダメージは微々たるもので、結局はいたずらに堅気を巻き込むだけの結果になっていた。
(夜空の青炎を捨てて、1人で逃げるか?)
そんな事を考えていたその時、ドゴォン!という突然の轟音が本部内に行き渡った。
「な、なんだ!?」
音の正体がわからず、身を屈める青山。
そんな青山の所に、すぐに夜空の青炎の構成員が報告に来る。
「ボス!襲撃です!」
「何ぃ!?」
構成員の報告に驚きの声を上げる青山。
「さっき工場が襲われたばかりだろう!?―――まさか、工場の方は陽動か!?」
自力で陽動作戦であったことに辿り着く青山。どうやらまんまと栗原組に嵌められたらしい。
「襲撃者の人数は!?」
「5人です!しかも、ほとんどが女だそうで?」
「――――――は?」
その報告に青山は放心する。襲撃者の人数が少なすぎる。陽動に乗ってしまったとはいえ、まだこの本部には数十人の構成員がいるのだ。舐めているとしか思えない。
「舐めた真似してくれる………俺も出よう」
襲撃者がたったの5人であると聞き、自らも出ることに決めた青山。
この判断が間違いだったと気付くのは、すぐ後の事である。
~ マーロン ~
「おらおらおらぁ!!」
夜空の青炎本部内の敵を蹴散らしながら進むマーロン一行。進行方向の敵はマーロンが蹴散らし、真ん中にセレーネ、グレイス、ヒルダを配置し、後ろをアンナが守る。この陣形で敵本部内を破竹の勢いで進んでいく。
マーロンと接敵した構成員たちは、瞬きする暇もないほどに一瞬で蹴散らされ、マーロンの討ち漏らしにはアンナがとどめを刺す。この連携で隙なく素早く敵陣内を進んでいく。
「本当にやる事がないですね………」
「うん………走ってるだけ………」
セレーネとグレイスが、マーロンの背中を見ながら呟く。
現在のマーロンは人狼化を解き人間形態に戻っているため、上半身は裸である。セレーネたちからは、綺麗に鍛えられたマーロンの背筋しか視界に入らないが、当のマーロンは嬉々とした笑みで敵を蹴散らしている。
久しぶりのカチコミに、気分が高揚しているのだ。まるでドラッグをやっている様な高揚感をマーロンは感じている。
そんなマーロンたちは、進んだ先で広い大部屋に辿り着いた。
組織の集会か何かを開くための部屋なのであろう。高い天井に長方形のだだっ広い部屋だ。
その大部屋にて待ち受けていたのは、十人程度の夜空の青炎の構成員たち。
そして――――――
「やはり栗原組か!!」
そう大声で叫んだのは青山翔太。夜空の青炎のボスで、今回のカチコミの第一目標である。
「栗原組の初代に二代目。………そして、あん時のグレイスとかいうガキか?」
マーロン、アンナ、グレイスと、順番に視線を移しながら青山が言う。
「また性懲りもなく殺されに来たのかクソガキィ………」
青山からの嘲るような言葉に、グレイスは堂々と答える。
「確かに私ではお前に敵わないことはわかった。だから、信頼できる人に頼ることにした」
グレイスがそう言うと、マーロンが一歩前に出た。
「そういうことだ青山。お前は俺が直々にぶちのめしてやるよ」
「栗原ァ………舐めた口きいてくれるじゃねえか」
青山のそんな言葉を聞き、マーロンはニヤリとその表情を変え、まるで青山をあざ笑うかのように大笑いを始めた。
「ぶははははははははは!!こりゃ傑作だな!!」
「てめえ!何がおかしい!」
「いやいや………今回はあの時みたいに、『命だけは助けてください』って、命乞いはしないんだなと思ってな」
「―――は?」
マーロンのそんな言葉に、青山が眉間にしわを寄せた。何のことか見当もついていない様子だ。
「なんだ?あまりにも惨めな記憶過ぎて、記憶の奥底に閉じ込めちまったのか?」
「てめぇ………いったい何を言って………はっ!?」
青山は、自身の言葉の途中でようやく思い至る。
「お、お前………まさか………!?」
「やっと思い出したか?」
「嘘だ………そんな筈は………」
「久しぶりだな青山翔太さんよぉ………。お前さんと会うのは、東京湾の海上以来だなぁ………?」
マーロンのその言葉で青山は完全に思い出す。
「そう言えばあの時は名乗って無かったよな。栗原恭一。うちの賭場を焼いたお前をふん捕まえて、海に叩き落とした男だ」
マーロンの自己紹介を聞いた途端、青山は硬直する。顔を俯け、拳を強く握りしめる。
強く握りしめた拳が、プルプルと震える。
そして、小さな声で笑い始めた。
「くっくっく………。そうか………。栗原、お前だったのか………」
青山はそう呟き、顔を跳ね上げて大笑いを始めた。
「かははははははは!!ようやく俺にもツキが回って来たって事か!!」
そう叫ぶ青山の顔には、嬉しさ半分、憎しみが半分浮かんでいた。
「そう強がるなよ青山ァ!またあの時みたいに命乞いさせてやっからよォ!!」
「舐めてんじゃねえぞ反社風情がァ!あん時とは違うってところ、みせてやんよ!!」
そう言って青山は、自身の部下たちに命令を下す。
「おいお前ら!!栗原を殺せ!!」
「了解ですボス!」
青山の命令を聞き、3人の構成員たちがマーロンに襲い掛かる。
だが――――――
「おいおいおい。折角の再会に水を差すような真似すんじゃねえよボケェ!!」
突如身体が膨張したマーロンの腕の一振りによって、襲い掛かってきた3人の構成員は一発で真っ二つに引き裂かれた。
「な………なんだその姿は………!?」
「『人狼化』。お前の青い炎と同じ、転生者の特殊能力だ」
突如人狼の姿に変化したマーロンに、青山は目を見開く。
「アンナ。周りの雑魚は頼んだぞ」
「了解です栗原さん。相手はあなたと同じ転生者。あまり遊び過ぎないように」
「わかってるさ」
マーロンは鋭い牙を見せつけながら舌なめずりをする。そんな人狼の姿に、周囲の構成員たちは息を飲む。
「行くぞ青山ァ!!」
「クソがァ!!反社風情がァ!!」
マーロンの叫びに呼応し、青山も臨戦態勢に移る。
右手で指をパチンと鳴らし、マーロンの右に青い炎を出現させる。
だが、
「おせえよ!!」
人狼化によって何倍にも強化された身体能力で、楽々と青い炎を回避したマーロン。
そのまま身を屈めて、一気に青山と距離を詰める。
「クソッ!!くるな!!」
迫りくるマーロンの前方にまたしても青い炎の小爆発を起こす青山であるが、やはりこれもマーロンに横に回避される。
「なんでだ!?なんで避けられる!?」
青山は自身の青い炎を連続で回避されたことに戸惑いを隠せない。今までこのような事は一度も無かったため、青山は困惑しっ放しである。
マーロンという男は、戦いの天才である。その才能で、幾人もの強者をなぎ倒してきたのだ。
そしてそれは、銃などの飛び道具を持つ相手であっても例外ではない。飛び道具を使う相手との戦いでも、マーロンはステゴロで同等以上に戦えるのだ。
飛び道具を使う敵との戦いで大事なのは、敵の目を見る事だ。銃口や、引き金にかけた指ではなく、その相手の目を見るのだ。
人の目からは様々な情報を読み取ることができる。それこそ口や行動なんかより、目は雄弁に物を語るのだ。
敵の感情、狙い、タイミング。敵の目からはそれらの情報を全て読み取ることができるのだ。
そしてマーロンは、敵の目から情報を読み取る嗅覚が特に優れている。
銃を向けてくる相手の感情、敵が狙う場所、撃つタイミング。マーロンはそれらの情報を読み取る能力に、特に長けているのだ。
「この程度かァ!?」
2度目の青い炎を余裕で回避したマーロンは、そのまま跳躍して一気に青山の目前まで躍り出た。
人狼化して強化された身体能力をフルに活用し、右拳を一気に振り抜いた。
「ぐぅっ!!」
青山は左腕で何とか拳を受け止めるも、ミシミシといった腕の骨が折れる音を立てながら、一気に後方まで吹き飛ばされた。
「がはっ!!」
壁に背中から叩きつけられ、肺から息を吐き出す青山。あまりの痛みに、青山は膝から地面に倒れ込む。殴られた左腕は完全にひしゃげ、動かすこともままならない。
「クソッ………クソッ………!」
悪態を突きながらも、青山は何とか立ち上がる。
そして――――――
「クソったれがああああああああああああ!!!」
青山は、自身の持つ力の全てを解放した。
青山が放つのは、全方位に向けた無差別の青い剛炎だ。
青山の身体から波動のように放たれた青き炎の奔流。青山の身体を中心にして、強大な爆発音とともに、青き炎が地面を焼き焦がしながら円形に広がっていく。
自身の周囲全てを無差別に焼き滅ぼす、青山の切り札だ。
「は!おもしれえ!」
マーロンはそう呟いて、息を思いっきり吸い込んだ。肺に大量の空気が蓄えられ、ただでさえ人狼化して膨らんでいた上半身がさらに膨張する。
そして、次の瞬間――――――
「グォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
そんな化け物じみた雄たけびと共に、マーロンからも強烈な衝撃波が放たれた。
マーロンの放った咆哮は一瞬にして部屋中に広がり、青山を含めた全ての構成員たちに到達する。
咆哮が生み出した空気の振動。青山の身体がこれに触れた瞬間、先ほど放った無差別の青炎は一瞬にして消滅した。
青山や周囲の構成員たちの膝ががくがくと震え、立っていられなくなって地面に倒れ込む。あるものは膝を付き、あるものは腰を抜かして尻もちを付く。
気付いた次の瞬間には、夜空の青炎の構成員たち全員がへたり込んでいる、異様な光景が広がっていた。
『人狼の咆哮』。人狼が持つ奥の手の1つだ。
人狼が放つ咆哮によって、周囲の敵対する生物全てを威圧するとっておきの技の1つだ。人狼の咆哮によって気圧されてしまった生物は皆戦意を失い、戦意を失ったものが放った技もろとも全てを打ち砕く、精神干渉系の魔法である。
咆哮によって気圧される存在でなければならないため、基本的には格下相手にしか使えぬ技であるが、それでも周囲の敵を一気に殲滅できる強力な一手である。
「ハァ………ハァ………ハァ………!」
膝をついて倒れ込み、息を荒くする青山のすぐ前に立ち、マーロンは見下したような視線で青山を見やる。
戦意を挫かれてマーロンを見上げる青山の表情には、はっきりとした恐怖が張り付いていた。




