33. マーロンは少しだけお怒りのようです
~ マーロン ~
間一髪であった。
グレイスの匂いを辿り、辿り着いた先にあったのは倒れ込むグレイスと複数人の男たち。それも輩のような奴らだ。
セレーネとヒルダには大人しくしているように言い聞かせ、マーロンは状況を把握しようと試みる。
だが、輩の内、黒髪の男性が指を鳴らした瞬間、マーロンは嫌な予感を感じた。
マーロンはその勘を信じ、全力で飛び出して、グレイスの身体を抱きかかえて大きく跳躍した。
その勘はどうやら当たっていたようで、次の瞬間にグレイスが倒れ込んでいた場所が爆ぜたのだ。
突如出現した青い炎。あの場にいたら今頃火だるまであっただろう。
間一髪でグレイスの身は助かったというわけだ。
「ご無事ですか?グレイス様」
お姫様抱っこで抱きかかえたグレイスに、マーロンは問いかける。
「マ、マーロン………?」
満身創痍のグレイスが、目を丸くしながら答える。
抱き上げたグレイスはボロボロで、全身に火傷のような傷を負っている。見るからに無事ではないが、グレイスを安心させるために再度話し掛ける。
「もうご安心ください。この最強の執事マーロンめに、後はお任せください」
そう言ってマーロンはパチンとグレイスにウインクした。
グレイスは未だ状況を把握しきれていないようで、目を見開いて驚いたままだ。
「なんだお前は?」
黒髪の男性がマーロンに問いかける。
「見てわかんねえか?執事だよチンピラ」
先ほどグレイスに向けていた笑顔はどこへやら。マーロンはドスを聞かせた声と表情で男と対峙する。
「執事だァ?にしては口が悪いな?」
「お前と似て育ちが悪いもんでね」
「何しに来やがった?」
「この娘を守れと依頼を受けたんだ。悪いがこの娘の身柄は預からせて貰う」
マーロンのその言葉に、男は眉間にしわを寄せる。
「誰の許可を得て言ってんだゴラ」
「少なくともチンピラの許可は必要ねえなタコが」
煽るようなマーロンの言葉に、更にしわを深める男。
男は再び右手を上に上げて、指をパチンと鳴らす。
マーロンはその瞬間、またしても横に飛びのく。
その一瞬後に、再びマーロンが立っていたはずの場所に青い炎が出現する。
「―――不思議な力を使うんだな?」
「何もんだてめえ………?」
マーロンに二度も青い炎を回避されたからか、男は怪訝そうな表情をマーロンに向ける。
互いに睨み合う2人。
少しの沈黙がこの場を支配する。
そんな静止する2人の元に、更なる乱入者が現れる。
「やめなさい!」
そう叫びながら乱入してきたのは、茶髪のポニーテールの女性と、筋骨隆々の斧を担いだ女性であった。
アンナとミランダだ。彼女たちもグレイスを追い、マーロンたちに遅れてやってきたのだ。
マーロンと並び立つように黒髪の男と対峙する2人。
だが、ここで初めてマーロンの存在に気付いたミランダが、マーロンを見て言う。
「お、ボスじゃん!」
「ちょっ!ミランダ!」
「あっ、やべ」
そしてミランダが口を滑らせる。マーロンの方を見て、ボスと言ってしまったのだ。
「お前らは栗原組の………それに、ボス?」
男が疑問符を浮かべる。どうやら栗原組の事を知っているようだ。
「今の栗原組のボスはそこの茶髪の女のはずだ………だとしたら、お前が初代の栗原か!?」
当然、ミランダの不注意のせいでマーロンの正体がバレてしまった。
まあ、セレーネの執事であることがバレていないだけマシか。
「ミランダ。後で説教だ」
「す、すんません、ボス」
マーロンの肩書をバラしてしまったミランダ。こいつには後で説教が必要だ。
ミランダはアホだ。それもド級の。有り余る筋肉と戦闘センスに全てを持っていかれ、脳が空っぽなのである。
「チッ………栗原組の初代に2代目ボス………それに戦闘員のミランダか。ここは分が悪いな」
黒髪の男性はそう言って、周囲の男たちと共に逃走を図る。
「逃がすか!!」
「待ちなさいミランダ!ここは追わなくていいわ!」
「ええ!?」
さっそく追おうとしたミランダであったが、それをアンナが止めてミランダが急ブレーキを踏んだ。
「どうしてだよ!?」
「おバカなあなたに説明してあげるわ。今ボスの両手はどうなってる?」
「あっ!」
ミランダはそこでようやく、マーロンにお姫様抱っこされているグレイスに気付く。
「逢引き中だったんすか!?」
「ちげぇわ!!」
ミランダのアホすぎる一言に、思わず全力で突っ込んでしまったマーロンであった。
「グレイス!大丈夫!?」
「グレイス様!大丈夫ですか!?」
マーロンたちの所に駆けてきたのはセレーネとヒルダ。ちゃんと大人しく戦況を見ていてくれたようだ。
「セレーネに、ヒルダも………?」
更に疑問符を浮かべるグレイス。グレイスにとって見れば、セレーネとマーロンとヒルダに、謎の女性2人。確かに訳が分からない状況であろう。
「グレイス!急いで治療します!」
セレーネが地面に寝かされたグレイスを治療しようと、グレイスの横で膝をつく。
「あっ!お待ちくださいお嬢様!?」
そんなセレーネをヒルダが止めようとするが、ヒルダの静止は聞かずグレイスの治療を始めてしまう。
グレイスの身体に手をかざし、すぐに魔法の行使が始まった。セレーネの両手から淡い光が発せられ、グレイスの全身を包む。
するとどうだろうか。
全身に負っていた酷い火傷の数々が、見る見るうちに回復していくのだ。
まるで傷を負う以前まで戻っていくかのように、異常な速さで傷が治療されていく。
「「なっ………!?」」
その異常な治療速度に、マーロン、グレイス、アンナは驚愕の声を上げた。
明らかに異常な治癒速度だ。それも、かなり深手の傷であったはずだ。
初めて目の当たりにしたセレーネの治癒魔法に、開いた口が塞がらない3人。
「セレーネお嬢様………人前でその力は使わない約束だったはずですよ?」
ヒルダが「やってしまった」というような顔でセレーネに言う。
「ごめんヒルダ。でも、親しい友人がこんな状態で、黙って見ていられなかったの」
ヒルダがセレーネと話す。どうやらヒルダは、セレーネのこの異常な治癒魔法の事を知っていたのだ。そして、その異常さを知っていて、人前では隠すようにさせていたのだ。
おそらく、ビレッジ公爵もフレデリックも知っての事だろう。
思えばマーロンが初めてセレーネに治療してもらった時も、胸に大傷を負っていた時も、どちらも死んでもおかしくない傷であった。セレーネはそれを難なく治療していたのだ。
その異常さの片鱗を、すでにマーロンは見ていたのだ。
「―――アンナ。ミランダ。今見たことは忘れろ。じゃないと殺す」
「「了解です」」
マーロンは静かなトーンでそう言い放ち、アンナとミランダは即答する。
「待ってマーロン!そこまでする必要は………」
「ありますお嬢。ヒルダさんが言っていることは正しい。これは知られるわけにはいきません」
「で、でも………!」
「すみませんお嬢。ですが、これは聞けません。無関係なところで、お嬢が危険に晒される可能性があります」
普段は口答えなどしないマーロンが、珍しくセレーネに歯向かう。そして、アンナとミランダに向かって念を押す。
「しゃべるくらいなら死ね」
「わかっています。絶対に話さないと誓います」
「了解ボス。もう忘れた」
「すまんな」
マーロンからの命令に、大人しく従う栗原組の2人。2人からすれば理不尽に思うかもしれないが、マーロンにとってはセレーネが最優先だ。セレーネが危険に晒される可能性がある情報を2人が知った以上、話す危険性があればマーロンは迷わず2人を殺すだろう。
本当はグレイスにも口止めをしたいが、それは流石にマーロンの管轄外だ。彼女への口止めは、セレーネの執事の範疇を越えている。
「セレーネ、ありがとう。傷治った」
そうこうしている内に、グレイスの傷が完治する。全身傷だらけのグレイスが、まるで何事も無かったかのように綺麗な身体に戻っている。やはりどう考えても異常だ。
「私も話さない。約束する」
「グレイスまで………」
先ほどの話を聞いていたからであろう。グレイスもどうやらセレーネの力の事は黙っていてくれるようだ。
「セレーネ様。グレイス様。とりあえず場所を移しましょう。詳細はその場で」
「はい。わかりました」
「うん。わかった」
そう言ってマーロンたちは場所を移す。
グレイスが何故あの男に殺されかけていたのか。まずは情報交換が必要だ。




