32. 青い炎
~ グレイス・マストン ~
今までずっと、両親の死は事故だと思っていた。いや、思い込んでいた。
あの日見た『青い炎』。今考えれば、あんな火事は自然には発生し得ない。だけどグレイスは、それに気付かない振りをしてきたのだ。
だが、その影が3年後の今になって、再びグレイスの前に現れた。
王都で最近頻発しているボヤ騒ぎ。その噂の中から『青い炎』の話が耳に入ったのだ。
グレイスはその噂を聞いた瞬間、ようやくあの日の火事が人為的なものであったのだと気付いたのだ。
両親を殺した犯人が近くにいる。そう考えた瞬間、居てもたってもいられなくなった。
初めて学園の授業をサボり、街にその犯人を捜しに出た。『貴族に相応しい人間になれ』という、両親の教えを忘れて。
こんな自分と友達になってくれたセレーネとヘレンは心配するかもしれない。だけどグレイスは、彼女たちを巻き込みたくなかった。
これは自分の問題だ。グレイスはそう自分に言い聞かせて、青い炎の足跡を追った。
今、目の前で立ち上る青い炎。
飲食店であったその建物はもう、かつての原形をとどめていない。中の綺麗な内装も、おしゃれな観葉植物も、全て青い炎に飲み込まれて消えている。
燃え盛る青の炎から目を離し、周囲を確認する。すると、裏路地に消えていく複数人の人影を見た。
グレイスは怪しいその集団を静かに尾行ける。
しばらく尾行した先で目にしたのは、どう見ても一般人には見えない男たちの殺し合いだった。
1つは先ほど火事現場から姿を消した集団。そしてもう一方は、若い青年たちであった。
火事現場から姿を消した集団の内、真ん中の黒髪の男性が突如、パチンと指を鳴らした。
その瞬間、対峙していた若い青年たちが青い炎に飲み込まれた。ボウッと音を立てて、青い炎で燃え盛る青年たちの身体。
その炎には見覚えがあった。
決まりだ。ようやく見つけた。
指をパチンと鳴らした真ん中の黒髪の男性。あいつこそが両親の仇だ。
グレイスは心を抑えきれず、その男たちの前に姿を現した。
「お前が両親の仇か!!」
復讐心に駆られ、憎しみに彩られた形相で黒髪の男性を睨むグレイス。
「なんだお前?」
黒髪の男性が、突然現れた少女を怪訝な表情で見つめる。
「3年前、お前が殺したマストン男爵の娘だ!」
グレイスのその言葉を聞いた瞬間、黒髪の男性は顔を歪め、大笑いを始めた。
「ふははははは!!お前、あの時殺した奴らの娘か!!」
男のその言葉に、グレイスの表情は更に怒りで歪む。
「なんでだ!なんで殺した!!」
「なんで?そうだなぁ………」
男はグレイスを嘲るような顔で言い放つ。
「気まぐれだ!理由なんてねえよ!!」
「――――――!?」
男の信じられない言葉に、グレイスは目を見開く。
「確かな理由があるとでも思っていたのか!?残念だったな!!お前の両親は、俺の快楽の為に殺されたんだよ!!」
男がさらにグレイスに追い打ちをかける。
「俺は殺した人間の顔は全員覚えてるんだ!!お前の両親は最高だったぜぇ!!死ぬ間際にも『グレイス!グレイス!』って、お前の名を馬鹿みたいに叫んでたんだ!!素晴らしい死に際だったぜェ!!」
男のその言葉で、グレイスの堪忍袋の緒が遂に切れた。
剣を抜き去り、男に向かって一気に駆け出した。
「殺す!!」
鬼の形相で男に向かって駆けるグレイス。
男はそんなグレイスを出迎えるかのように、手を広げて不敵に笑う。
「お前ら!手を出すなよ!!」
男の周囲にいる輩たちにそう命令し、男はパチンと指を鳴らした。
すると、グレイスの目の前の空気が突然爆ぜて、グレイスは後ろに吹き飛ばされてしまう。
「がはっ!!」
吹き飛ばされて後ろの壁に激突するグレイス。何が起きたのか、グレイスには全く理解できていない。
混乱するグレイスを、男は更に煽る。
「おいおいどうした!?俺を殺すんじゃなかったのかァ!?」
男の言葉に、グレイスは更に熱くなる。
グレイスは怒りに震える手を何とか抑え、膝立ちのまま男に向かって照準を合わせる。
「氷結の槍!」
グレイスが最も得意としている、氷の魔法だ。
グレイスの前方に出現した氷の槍が、男に向かって射出される。
「はっ!その程度か!」
向かって来る氷の槍に、男は腕を一振りした。たったそれだけ。たったそれだけで、射出された氷の槍は青い炎に包まれる。
出現した青い炎は瞬時に爆発し、一瞬にして氷の槍を消失させる。
「うそ………!」
唖然とした表情を浮かべるグレイス。自身の自慢の魔法が一瞬にして掻き消され、開いた口が塞がらない。
「つまらんな。この程度で俺を殺せると思ったのか」
落胆したかのように呟く男。膝をつくグレイスを、男は見下す様に見やる。
「最近はガキどもにビジネスを邪魔されてむしゃくしゃしてたんだ。こいつを痛めつけて憂さ晴らしでもしてやるか」
男がそう言った瞬間、グレイスの左の空気が爆ぜた。
もう何度、地面に倒れ込んだだろうか。
何度も爆ぜる青い炎に飲み込まれ、グレイスは何度も吹き飛ばされる。
グレイスの身体には青い炎による火傷が、全身至る所に刻まれている。
まるでいたぶるようにグレイスを傷付ける青い炎は、火傷の痛みと苦しみでグレイスの戦意を挫く。
爆ぜるような爆発音で鼓膜は敗れ、グレイスの綺麗な顔は火傷で赤く爛れている。
青い炎が発する熱を何度も肺が吸い込み、気管が火傷を負って呼吸すら苦痛に感じる。
もう終わらせてくれ。そう願ってしまうほどに、グレイスはズタボロにされてしまっている。
「ふ~!スッキリした!これだよこれ!!」
黒髪の男性が地面に倒れ込むグレイスを見下しながら言う。
「苦痛で歪む表情!上げる断末魔!これほど心躍るドラッグはない!!」
黒髪の男性は恍惚の表情を浮かべながら力説する。
「うちの顧客共は馬鹿だよなぁ………ドラッグなんかよりずっと気持ちいい快楽があるってのに、高い金払ってドラッグを求めるんだ。ほんとボロい商売だよ」
くつくつと笑いながら呟く男であるが、グレイスはもう反応する気力すらない。
まるで処刑を待つ罪人の気分だ。
「ありがとよ。えっと………グレイス、だったか?サンドバッグになってくれてよ」
男は嘲るようにグレイスに言った。
「もうお前は用済みだ」
そう言って男は、右手を上げて親指と中指を合わせた。
青い炎を出現させる合図だ。グレイスに止めを刺す気なのだ。
もうすぐ自分は死ぬ。そう考えた瞬間、グレイスの頭に浮かんできたのは友人たちの顔。
こんな自分と友人になってくれたセレーネとヘレン。彼女たちとは時に笑い合い、時に切磋琢磨しながら学園生活を送った。グレイスにとって、初めての信頼できる友人たちであった。
リッツとの代理決闘で代わりに戦ってくれたマーロン。彼は時々怖い顔をするが、普段はかっこいい執事だ。セレーネが言っていたマーロンの良さが、最近になってグレイスにはわかってきた。
そんな事を考えた時、グレイスは死ぬのが怖くなった。
いやだ。死にたくない。
そんな気持ちが、死への恐怖を掻き立てる。
誰か助けて。そんな、神頼みにも近い願望がグレイスの中に湧いてくる。
1人で敵につっこんで完全に自業自得であるのに、都合の良いことだ。
だけど、そんなグレイスの願いも儚く虚しく終わる。
「じゃあな」
男はそう言って、パチンと指を鳴らした。
その瞬間、目の前に出現する青い炎。先ほどから何度もグレイスを焼いた、男の技だ。
グレイスは目を瞑った。
自身の死の瞬間を、見たくなかったから。
目を瞑ったまま、終わりの瞬間を待つグレイス。
だが――――――
青い炎の爆発に飲まれたはずの自分に、一向に死の瞬間は訪れなかった。
不思議に思い、恐る恐る目を開けるグレイス。
その瞬間、グレイスの視界に映されたのは――――――
「ご無事ですか?グレイス様」
マーロン。心配そうにグレイスを見つめるマーロンの姿が、そこにはあった。




