31. 突然の失踪
~ グレイス・マストン ~
あの時の事は鮮明に覚えている。
今から3年前。あの悲劇は突然にやってきた。
グレイスは3年前のあの日までは、活発で明るい女の子であった。運動が得意で、勉強がちょっと苦手な、ごく普通の少女であった。
だがグレイスは、れっきとした貴族の娘。それも、最近爵位を賜った新しい貴族である。そのためグレイスの父と母は、グレイスの事を厳しく育てた。
午前中は兵士であった父と剣の修行に励み、午後はみっちりと勉強する。そんな毎日をグレイスは送っていた。
「貴族として相応しい人間になれ」
父と母は口癖のように、毎日そう言っていた。
ただでさえ新興の貴族なのだ。他の貴族に舐められぬよう、立派な貴族になって欲しいというグレイスへの愛情の裏返しであった。
そんな両親の愛情を感じられたのが、グレイスへ両親から贈られたペンダントであった。
「普段辛い思いさせているからな。私たちからのプレゼントだ」
以前街に行った時に欲しいと思っていたペンダント。それを両親が贈ってくれたのだ。
マストン男爵家は新興の貴族で財力もほとんどない。日々の生活を送るのがやっとの貴族であった。そんな苦しい生活の中で両親が、グレイスに贈ってくれたプレゼントだったのだ。
今でも大切な、両親の愛情を感じ取れる宝物である。
だが、それでもやはりグレイスは生来活発な女の子。本来であれば遊びたい盛りの少女である。グレイスは稀に街に出て、午後の勉強をサボることがあった。
3年前のあの日も、勉強するのが嫌でグレイスは街に出ていた。そんなグレイスのサボり癖が、幸いにもグレイスの命を救う。
グレイスが街から家に帰ってきた時、その光景にグレイスは目を疑った。
自らの住む家が『青い炎』に包まれて、その原型を失くしていたのだ。
天にまで届きそうなほど高く立ち上る青の炎。焼け落ちていくグレイスが育った家。
今でも鮮明にその光景は思い出せる。
生存者はグレイスたった1人だけだった。
父も、母も、少数ながら雇われていた使用人たちでさえも。全員がその火事で命を落とした。
一瞬にしてすべてを失ったグレイスは、毎日泣き腫らし、1人で塞ぎ込んだ。
グレイスを憐れむ他の貴族たちの目。両親を失った自分を利用しようと近付いてくる詐欺師たち。グレイスはそんな大人たちの声も全く届かぬほどに、表情というものを失ってしまった。
気付けばそこにはもう、生来活発だった少女の姿は無かった。
失意のどん底に落ち、笑顔を失ったグレイスを何とか繋ぎ止めてくれたもの。それが両親から貰ったペンダントであった。
ふと目に入ったこのペンダントが、グレイスのやるべきことを思い出させてくれた。
「貴族として相応しい人間になれ」
両親が口酸っぱくグレイスに言っていた言葉だ。
父と母は、王に爵位を賜り、この国の貴族になった事を誇りに思っていた。
守らなきゃ。父と母が大切にしていたこの貴族という地位を、グレイスが守らなければいけないのだ。
そう決意したグレイスに、もう迷いなどなくなった。
その筈であった。
「そういえば聞きました?また王都で火事があったんですって」
「そうですの?怖いですわね………また例の『青の炎』ですか?」
「はい。そうみたいですわ」
ウェスト王国貴族学園。その寮の廊下ですれ違った女生徒が話していた内容だ。
この情報はグレイスにとって、聞き捨てならない物であった。
~ マーロン ~
それは突然の出来事であった。
とある日の朝。いつものように仲の良いセレーネ、ヘレン、グレイスで一緒に登校するため、寮のロビーに3人が集合するのを待っていたセレーネとヘレン。
しかし、いつもは真っ先に集合場所にいるグレイスが、今日は姿を見せていないのだ。
もうすぐ朝一発目の授業が始まる。そろそろ教室に向わなければいけない時間なのにだ。
「グレイス………遅いですわね………」
「そうですね。グレイスの部屋まで見に行ってみましょうか」
ヘレンとセレーネはグレイスを心配し、グレイスの部屋まで様子を見に行く。
コンコンコン。
グレイスの部屋をノックするが、中から返事はない。
不審に思ったセレーネはドアノブを掴むが、部屋に鍵はかかっていないようだ。
「鍵が開いてます」
「不用心ですね………グレイスらしくありませんわ」
鍵が開いていることを不審に思いながらも、セレーネは思い切ってグレイスの部屋のドアを開けてみる。
だが、その部屋の中にグレイスの私物はあるものの、当の本人はいなかった。
「外出中なのに鍵を開けたままにしますか?それもあのグレイスが?」
「しっかりした人ですから、あまり想像できませんわね………」
グレイスは優等生だ。それも学年一の。セレーネとヘレンは共に過ごしているからわかるが、グレイスは学年内でも随一のしっかり者だ。うっかりというのもあり得なくはないが、鍵のかけ忘れなどそう多くはないはずだ。
「とりあえず教室に急いで向かいましょう。もしかすると既に登校済みなのかも」
「わかりましたわ!」
急ぎ、今度は学園の教室まで向かう。だが、そこにもグレイスはおらず、既に授業は始まってしまっていた。
「セレーネさん!ヘレンさん!遅刻ですよ!?」
「先生!グレイスは見ませんでしたか!?」
「見てませんが………って!どこに行くんですか2人とも!!」
グレイスが来ていないかだけ確認したセレーネとヘレンは、先生の言葉も最後まで聞かずに教室を飛び出した。
その後、2人で学園の敷地内をくまなく探したが、グレイスの姿は見つけられていない。
「グレイス。どこに行ったんでしょうか」
「心配ですわね………」
学園内のどこにもいないグレイスに、セレーネたちが更に心配を積もらせる。
ただ単に急用があった可能性もある。だが、あのしっかりとした優等生のグレイスが、セレーネたちに何も言わずに姿を消すだろうか。
もしかしたら何か事件に巻き込まれているのかも。そんな予感がよぎる。
「手分けして探しましょう」
「そうですわね。セレーネとわたくしで、2手に別れましょう」
セレーネの提案にヘレンが同意する。学園内は探し終わった。学園内にいないのであれば、王都の街に出ている可能性が高い。
だが、王都は広い。探すのであれば別れて探した方が効率が良いはずだ。
「お嬢様方。授業の方は?」
「サボります!」
「サボりますわ!」
ヘレンの執事であるセバスから問われると、息ピッタリにセレーネとヘレンが答えた。
セレーネとヘレンは2手に別れて、王都の街中へと飛び出した。セレーネ側はマーロンとヒルダ、ヘレン側はセバスが付いている。
「マーロン。クリハラグミを頼れる?」
セレーネが走りながらマーロンに尋ねる。
「はい。すぐに連絡を取ります」
栗原組の連絡係に話を通したところ、すぐに場は設けられた。
栗原組が所有する物件の1つに、セレーネ、マーロン、ヒルダと、栗原組の面々が集まる。栗原組側は構成員数人に加え、アンナと幹部の1人であるミランダがこの場にはいた。
「ボス。久しぶりじゃないか!」
「ミランダ。もう俺はボスじゃないぞ」
「いや。ボスは今でも私たちのボスさね」
マーロンと今言葉を交わしている女性。彼女がミランダだ。
栗原組の幹部である戦闘員で、身長は190センチほどの高身長に、筋骨隆々の肉体。背中に巨大な斧を担いだ、ショートカットの女性である。
年齢は25歳程。栗原組の中ではかなり年長組に入る。
元々別の組織に所属していた戦士であるが、マーロンにその組織を潰されて以降、マーロンの実力に惚れて自ら栗原組に入ってきたという経緯がある。
「まさかミランダまで王都に来ているとは」
「ミランダは栗原組の中だと上位に入る実力者ですから。妨害の多い王都では重宝してます」
「なるほど。戦闘要員か」
ミランダは栗原組の中では純粋な戦闘要員だ。その見た目からわかる通り、斧を使う近接戦闘要員である。
「ボス。久しぶりに会ったんだ。そろそろ私を抱いてくれよ」
「いやだ」
「なんでだい!アンナの事はもう抱いてるんだろう!?」
「抱いてねえよ!!」
「まだ抱かれてません!!」
ミランダの発言をマーロンとアンナが一斉に否定する。
マーロンはこの世界にやって来てから一度も女性を抱いていない。この世界のマーロンはまだピッチピチの童貞なのだ。
そんなミランダの言葉を聞いていたからだろう。セレーネの頬が朱くなっている。下品な話をして申し訳ない。
「なんだい。じゃあボスはまだ童貞って事かい?」
「そうだよ。なんか文句あんのか?」
「ますますボスが欲しくなってきちまったじゃないか!やっぱり抱かない?」
「嫌だって言ってんだろ」
抱くとか抱かないとか、セレーネの前でそんな話は勘弁してくれと思っていたマーロンであるが、何故かセレーネは朱くなりながらも嬉しそうであった。アンナも心なしかほっとしたような顔をしている。
「というか、そんな話をしてる場合じゃないんだ。グレイス・マストンは知ってるか?」
「はい。マストン男爵家唯一の生き残りで、セレーネ様のご学友ですよね?」
「ああ。そのグレイスが失踪した。杞憂の可能性もあるが、栗原組で探せないか?」
マーロンは無理やり本題に入る。栗原組を尋ねた理由はグレイスを探すためである。
「わかりました。部下に探させましょう」
「ありがとう。恩に着るよ」
「いえいえ。栗原さんの頼みですし、ビレッジ公爵にはお世話になってますしね」
二つ返事で依頼を受けてくれたアンナ。栗原組に気軽に依頼できるようになったのも、ビレッジ公爵が栗原組を支援しているお陰だ。
「それでは私たちは引き続きグレイスの捜索を再開しましょう。クリハラグミに任せっぱなしにはできませんし」
「了解です。お嬢」
栗原組に頼んだ後、マーロンたちも再びグレイスの捜索に戻る。
「お嬢。ここは私にお任せいただけませんか?」
「マーロンに?何かあてがあるんですか?」
「はい。詳細は後でお話ししますので」
マーロンが自信有り気にセレーネに言う。その自信満々なマーロンの態度に、セレーネは賭けてみることにした。
「わかりました。お願いしますマーロン」
「はい。ありがとうございます」
そう言ってマーロンは、自らの鼻に神経を集中させ始めた。周囲に残る人間の匂い。そこからグレイスの匂いを探す。
人狼化したマーロンの嗅覚は人の数千倍も鋭い。この抜群の嗅覚で、グレイスの足跡を追うのだ。
「ここには来てない」
マーロンが次の場所に向かって走り始めた。セレーネとヒルダは訳も分からず、黙ってマーロンに付いて行く。
マーロンの嗅覚と栗原組の組織力。この二つが合わされば、グレイスは間もなく見つかるはずだ。




