29. あっけない結末
~ モルゴ ~
リッツの執事であるモルゴは焦っていた。
決闘開始からたったの2分。この短い間に、既にこの場に立っているのはモルゴとマーロンという男だけになっていた。
1人は開始早々に両手両足を折られ、1人はナイフでめった刺しにされた。
1番若い執事はいつの間にか腱を斬られていて立ち上がれず、最後の1人は顎を割られて重傷だ。
もうマーロンとまともに戦える状態の人間は自分しかいない。
完全に目の前のマーロンという男を舐めていた。
歳をとって耄碌したのか、はたまたマーロンという男が実力を隠していたのか、それはわからない。だが、完全にマーロンという男を舐めてしまっていたのだ。
現王の直属軍の副隊長をやめてはや5年程度。執事として拾って貰ったバーグ公爵の為に、リッツの専属執事を申し出たモルゴ。
専属執事のモルゴでもリッツのことはとんだドラ息子だと思っているが、それでも恩人であるバーグ公爵のご子息である。
彼の命令に従い、この決闘を受けたのだ。
だが結果はこれだ。
無理にマーロンという男の排除を試みた結果、手痛いしっぺ返しを受けたという状況だ。
グレイスという子だけに照準を絞っていれば、こんな事にはなっていなかったかもしれない。
まあ全て、後の祭りである。
マーロンという男を再び観察する。
不敵に笑うマーロンの身体には、未だに傷1つすらない。5対1で戦っても尚、これ程の力量差があるのかと戦慄を覚える。
マーロンの顔に浮かぶ嬉しそうな表情。彼はこの戦いを心の底から楽しんでいるようだ。
特にモルゴとの一騎打ちが始まってからは、その嬉々とした表情は顕著に表れている。
恐らく初めから、モルゴに目を付けていたのだろう。
戦いを楽しむための相手としてなのか、それともいたぶる相手としてなのか。それはわからないが、確かにマーロンはモルゴとの戦いを楽しんでいる。
「どうした?もう終わりか?」
マーロンがそう言ってモルゴを煽る。10代の青年にしては深く濃い表情。そんな彼の不敵な笑みは恐怖心を掻き立てる。
「うおおおおおおおお!!」
モルゴは自らの恐怖を振り払うように、大声で叫びながら剣を振り上げた。
決闘開始から5分が経過した。
闘技場の中はしんとした空気で静まり返っていた。圧倒的な静寂。隣に座る人の心臓の音すら聞こえてきそうな、そんなしんとした静寂である。
その場に立つのはマーロン。無傷でピンピンしており、運動後の柔軟体操をしている。
周囲に転がるのは決闘相手の5人の執事たち。
みな意識はあるようだが、全員が起き上がることもできないほどの重症である。
「しょ、勝者!グレイスの代理人!」
そんな静寂の中で、審判の声が虚しく響く。
パチパチパチ………
拍手をするのはセレーネのみ。他の観客は皆、そのあり得ない結果に呆然と目を見開いていた。
5対1。それもマーロンの方は丸腰であった。
なのにもかかわらず、結果はマーロンの圧勝であった。
このあり得ない結果に、観客全員が呆然自失としているのだ。
セレーネからの、たった1人の拍手が虚しく響く。
だが、マーロンにとってはそれだけで十分だ。
自身の主人であるセレーネ。彼女の笑顔だけが、マーロンが生きる意味であるのだ。
そんな事を思っていたマーロンであったが、観客席からの拍手の音が徐々に増えてきたことに気付く。
セレーネに続いてヘレンが。そしてこの学園の生徒会長であるレヴィエが、マーロンに拍手を送り始めた。
そんな彼らにつられるように、少しづつ拍手は広がり、ようやく闘技場内は拍手に包まれた。
「マーロン!!」
関係者席から飛び出して来たグレイスが、マーロンに駆け寄ってくる。
「怪我はない!?」
「グレイス様。大丈夫です。この通りピンピンしてますよ」
マーロンはそう言って両腕の力こぶを見せ、仕草で無傷であることを伝える。
「ほんとに勝ったんだ………」
「言ったでしょう?問題ないと」
「ごめんなさい。最後まで疑ってた」
「いいんです。こうやって結果で示せたんですから」
マーロンが笑顔でグレイスに応える。
「マーロンは強いんだね」
「ええ、そりゃあもう。世界最強の男ですから」
マーロンが自信満々にそう答えると、グレイスはそんなマーロンの姿に吹き出した。
「あはは!なにそれ!」
グレイスが腹を抱えて笑う。特に面白いことを言ったつもりは無いマーロンであるが、グレイスの壺にはまったのだろうか。
初めて見るグレイスの満面の笑み。いつも無表情であったグレイスの笑顔は、いつもの彼女とのギャップで、より一層輝いて見えた。
グレイスと共に闘技場からセレーネたちの元へ戻る途中、放心していたリッツとすれ違う。
今回の決闘の提案者であり、敗北者でもある少年だ。
リッツは前から近付いてくるマーロンに気付き、驚きの声を上げて尻もちを付いた。
「うわぁ!!」
尻もちを付いたリッツの表情には、明確にマーロンに怯える表情が張り付いている。どうやら完全に怖がられてしまっているようだ。
「リッツ坊ちゃん。こんにちわ」
「ひ、ひぃ!!」
マーロンがリッツに挨拶するも、リッツは悲鳴を上げて後ずさってしまう。
少し脅かそうかと考えていたマーロンであるが、この様子ならその必要は無いだろう。これだけ怯えてくれているなら、もうセレーネたちにちょっかいを出してくる心配もない。
「この様子なら問題なさそうですね。グレイス様」
「う、うん。異常に怯えてるけど………」
マーロンはグレイスにそう言って、リッツと興味無さげにすれ違った。
彼の座る床に水溜りができていたことは、彼の名誉の為に黙っておいてやろう。
「マーロン!凄いです!流石私の専属執事ですね!」
「はい、お嬢。お褒めいただき光栄でございます」
マーロンとグレイスがセレーネとヘレンの元に戻ると、マーロンの姿が見えたとたん、セレーネがマーロンの胸に飛び込んできた。
背中に手を回してぎゅっと抱きしめてくるセレーネに、マーロンの方も負けじと抱き締め返した。
マーロンからの抱擁に気付いたセレーネは、尚も力を強め、マーロンの胸に顔を擦りつける。小動物のように愛らしいご主人様である。
「コ、コホン。セレーネお嬢様。マーロン。周囲の目がありますのでほどほどに」
そんな2人の姿を見て、ヒルダが咳ばらいをしながら注意する。主従関係とはいえ異性2人だ。良からぬ噂を立てられる可能性もあるため、確かにこういう行為は自重すべきである。
「あっ………そうですね。すみません」
そう言ってセレーネがマーロンの身体から離れる。彼女の顔には少し朱色が差していた。周囲の目があったことを忘れていたため、恥ずかしくなったのだろう。
「セレーネ。ありがとう。マーロンのこと」
「いえいえ。寧ろマーロンの活躍を見れて私も嬉しいです」
「マーロン。凄いね」
「そうでしょう!?マーロンは本当にかっこいいんですから!」
セレーネとグレイスがマーロンの事を褒めちぎる。流石にそんなに褒められると少し照れてしまうマーロン。
「歳は私たちとそう変わりませんわよね?」
「はい。1歳年上の16歳です」
「1歳しか違わないのにこれ程とは………意味が分かりませんわ………」
ヘレンがマーロンの年齢とその実力の乖離に頭を抱える。
マーロンの戦闘技術というのは前世で培ったものが大きい。彼女たちが理解できなくても仕方がないことなのだ。
「セレーネ。マーロンっていったい何者なんですの?」
「それ気になってた。どうなの?」
ヘレンとグレイスが気になってセレーネに尋ねる。
そんな2人の質問に、セレーネは悪戯な笑みで答える。
「内緒です♪」
そう言ってセレーネは、マーロンに向かってパチッとウインクするのであった。




