27. 中間試験
セレーネとマーロンに充分脅され、「お、覚えてろよ!!」と捨て台詞を言いながら退散していったリッツ少年。
ようやく訪れた平和に、セレーネ、ヘレン、グレイスは同時にほっと息を撫で下ろす。
「セレーネ。ヘレン。ありがとう」
「いいんです。友達なんですから、気にしないでください」
「これで嫌がらせが無くなると良いんですが」
グレイスがセレーネたちに礼を言う。今まではあしらう事しかできなかったが、今回はセレーネたちのお陰で反撃できた。これで懲りてくれればいいのだが。
「マーロンも。ありがとう」
「いえ。お嬢の命令ですので。お礼はお嬢に」
マーロンはそう言って胸を張る。今回はセレーネの思惑通りに動けた自信がある。後で褒めていただけるだろう。
そんな事を思っていたマーロンであったが、セレーネがマーロンに与えたのは誉め言葉ではなく、頭へのチョップであった。
「こら!」
「いて!」
得意気な様子のマーロンの頭にチョップをしたセレーネは、少し怒ったような表情をしていた。
「マーロン!いつもやり過ぎです!!」
「へ?」
セレーネは腕を胸の前で組み、口をへの字に曲げている。
「リッツ様を脅かしすぎです!マーロンは近くにいてくれるだけで良かったのに!そうすればすぐに退散してくれると踏んでいたのに!」
「しかしお嬢!ああいうドラ息子はちゃんと痛い目見せておかないと調子に乗るだけなんです!」
「その結果、一触即発の空気だったじゃないですか!それをやり過ぎだと言ってるのです!」
「そ、それは………そうですね………すみません………」
セレーネに叱られ、徐々にシュンとしていくマーロン。確かに少し脅かしすぎたかもしれない。
そんなセレーネに向かって、今度はヘレンが言う。
「それを言ったらセレーネも、最後脅してましたわよ?」
「あ、あれは!」
「マーロンさんを叱るなら、セレーネもちゃんと反省しなきゃだめですわ!」
「はい………反省します………」
手痛いしっぺ返しを喰らい、セレーネもマーロンと同じくシュンとしてしまう。似た者同士の主従である。
「しかしあの時のマーロンさんは怖かったですわね………普段は全くそんな素振り見せないのに、意外な一面でしたわ」
「確かに。私もちょっと怖かった」
ヘレンとグレイスがマーロンについて話す。リッツの執事に声を荒げた時の事を言っているのだろう。
「怖がらせてしまい申し訳ございません御令嬢方。何分、育ちが悪いもんで」
「い、いえ!寧ろ頼もしいとさえ思いますわ!ねえグレイス!」
「う、うん!そう思う!」
慌てつつ言うヘレンとグレイスに、マーロンはクスリと笑う。怖がっているのを隠そうとしているのがバレバレである。
「確かにマーロンは怖い所がありますけど、それ以上に素敵な男性ですよ?」
セレーネがマーロンの弁護を試みる。ヘレンたちが怖がっていることに、少しへそを曲げているのだ。
「マーロンは優しくて、義に厚くて、いつも守ってくれる、素敵な男性です。それに、見た目もかっこいいですし………」
頬を少し朱く染めながら言うセレーネ。途中で自分が言っていることが恥ずかしくなったのだ。
「セレーネはマーロンのこと信頼してるんだ?」
「はい。最も信頼する、私の専属執事です」
「いいな。少し羨ましい」
グレイスが少し目を伏せる。彼女は火事で全てを失った。貴族ではあるが、使用人など雇っている余裕はないのだ。
そんなグレイスの様子に、セレーネたちは言葉を失ってしまった。ふと垣間見える彼女の境遇に、同情してしまうのだ。
「そんな顔しないで。今はセレーネとヘレンがいる。それで充分」
言葉を失ったセレーネとヘレンを見かねて、グレイスが顔を上げて言う。
そんなグレイスの健気な姿に、セレーネたちは心を撃たれる。
「はい!これからもずっと一緒にいましょう!」
「私たち、一生友達ですわ!」
「わっ!?撫でないで!」
セレーネとヘレンはそう言って、グレイスの頭をわしわし撫でるのであった。
それから一ヶ月ほどが経過した。
この間は本当に静かなくらい、グレイスへの嫌がらせは鳴りを潜めた。やはりグレイスへの嫌がらせの真犯人はリッツだったのであろう。セレーネとマーロンからの警告という名の脅しで、すっかり委縮してしまったらしい。今はセレーネたちになるべく関わらないように学園生活を送っている。
そんな平和な日々を過ごすセレーネたちに、中間試験の時期がやってきた。
セレーネたちは中間試験の一週間前から、放課後に集まって一緒に勉強をしていた。グレイス、セレーネ、ヘレン。1年Aクラスの成績上位者3名だ。
だが今回の試験から、科目には筆記だけでなく実技も入ってくる。当然、剣技や魔法の実技も試験範囲内だ。
魔法の試験は至極簡単で、一番得意な魔法を行使して、その発生の速さや威力、正確さを測る試験である。
的は20メートルほど先に立てかけてある円形の板。丁度、野球でピッチャーがキャッチャーに投げるくらいの距離である。
「氷の針!」
「99点!」
グレイスの手のひらから射出された尖った氷柱が的を射抜く。
「風の刃!」
「95点!」
セレーネ前方より風の刃が発生し、先の的を斬り裂く。
「岩の砲撃!」
「95点!」
ヘレンから発射された魔法で出来た岩が、的に激突して大穴を開ける。
「炎の球!」
「92点!」
リッツの手から射出された炎弾が、的に当たって小規模な爆発を起こす。
それぞれが放った魔法に点数を付けていく魔法の試験官。
そんな中、リッツは自身の魔法に付けられた点数を聞き、下唇を噛む。彼の視線の先にはグレイス、セレーネ、ヘレン。この3人にリッツの視線が睨むように向けられる。
「クソッ!なぜ僕があんな奴らに………!」
リッツは悔しそうに悪態をつく。
場所が変わって剣技の試験。
剣技の試験は試験官との手合わせだ。実際に剣を交え、剣技の授業で習った事を実践できているかを試される。
この試験でもその場で点を付けられる。
グレイス 98点
セレーネ 96点
ヘレン 93点
リッツ 91点
ここでも上位3人は変わらない。
そんな現実に、リッツはまたしても唇を噛む。どうして自分が成り上がりなどに後れを取っているのか。その現実を受け入れられない。
「クソッ!クソッ!クソッ!」
最も高い点数を取り、得意げに胸を張っているグレイスをリッツが睨む。その鋭い眼光には、怨嗟に似た黒い炎が巻き上がっていた。
そんな中間試験も終わり、遂に試験結果が発表される時。
試験結果の発表は学園の掲示板に張り出される。そこには人がごった返していて、色んな学年の生徒たちが試験結果を見て一喜一憂している。やれ今回は上手くいっただの。やれ今回はノー勉だっただの。その様子は日本の学校の様子とそう変わりはない。
そんな中、セレーネ、ヘレン、グレイスの3人も他の生徒たちと同様、張り出された試験の順位を見ていた。
結果はというと――――――
1位 グレイス・マストン
2位 セレーネ・ビレッジ
3位 ヘレン・オルティス
4位 リッツ・バーグ
etc.
「1位。やった」
「2位ですか………グレイスには及びませんでしたね………」
「私なんて3位ですわ~~!!」
その結果に一喜一憂するセレーネたち。結局結果としては、入学時の試験の結果と変わらなかったようである。
試験結果を確認し終えたセレーネたちは、共に教室に行って授業の準備をしながら雑談をして時間を潰す。
試験結果が出たからか少し騒がしい1年A組の教室の中。
そんな教室の中に、目を血走らせた男生徒が勢いよく入ってくる。
リッツだ。
「おい成り上がり!どんな汚い手を使った!!」
そんな事を言いながら入ってきたリッツ。
「何?試験の事?」
「そうだ!貴様が1位などあり得ない!何か汚い手を使ったな!」
リッツは目を血走らせながらそんな言いがかりをつけてくる。
「待ってください!そんなの言いがかりです!グレイスは私たちとずっと一緒に勉強してきました!不正ではなく実力での1位です!」
セレーネが聞き捨てならないとばかり立ち上がり、グレイスを庇う。
「だったらお前たちも不正に加担しているという事か!?」
「はぁ!?なんでそうなるんですか!!」
支離滅裂な言いがかりをつけてくるリッツ。
そんなリッツの言葉に何か思ったのか、グレイスが立ち上がった。
「訂正して!私には何を言っても構わない!けど、セレーネやヘレンを悪く言われるのは我慢ならない!」
声を荒げて言うグレイス。彼女の顔には珍しく怒りの表情が張り付いていた。
「ほう。ならこうしよう」
リッツはグレイスの言葉に待ってましたと言わんばかりに、自身の手から手袋を外した。
そして、立ち上がったグレイスに向けてその手袋を叩きつけた。
「決闘だ!」
リッツがそう、宣言した。
「待って!受けちゃダメですわ!!」
その決闘に待ったをかけようとしたヘレン。だが、頭に血が上ったグレイスは、ヘレンのその言葉を聞かずに答えてしまう。
「上等!受けて立つ!」
グレイスのその言葉を聞き、リッツがニヤリと口角を吊り上げた。
「言ったな?受けると!!」
リッツはそう言って、高笑いを始めた。
「何?何なの?」
そんなリッツの態度に困惑するグレイス。
状況が読み込めていないグレイスに、ヘレンが状況を説明する。
「グレイス。この学園での決闘のルールは代理決闘。つまり、従者同士の決闘なのです。当人が決闘に出場することは、認められていないんですわ」
「―――え!?」
ヘレンからの説明でようやく自身の状況を把握したグレイス。
グレイスには現在従者がいない。当然、代理決闘に出場することができる従者もいないのだ。このままではこの決闘は、リッツの不戦勝となってしまう。
「リッツ様!なんて卑怯な事を!」
「受けるといったのはその成り上がりだ!強要したわけじゃないからな!」
「くっ………!」
そう言って高笑いを続けるリッツに、悔しそうに唇を噛むヘレン。
そんな様子を見ていたセレーネが横から声を上げる。
「マーロン!」
「はい」
セレーネがマーロンを呼ぶ。それだけでマーロンは、セレーネの意図を察した。
「ご安心をグレイス様。あなたの代理は、このマーロンめが務めます」
「え………?」
自身の失態に呆然としていたグレイスが、マーロンの言葉で我に返る。
「いいの?」
「はい。もちろんでございます」
即答するマーロン。
「くっくっく………やはりそう来たか………」
そんなマーロンたちを見て、リッツが呟く。どうやらこの展開は、彼の想定通りであったようだ。
「本来従者でない人間が代理人になるんだ。何かペナルティが無いとな」
リッツがそんな事を言いだす。
リッツは初めから、グレイスとマーロンを排除するために今回動いたのだ。どうやらかなり、計画的な犯行であったようだ。
「いいですよ。そうですね………」
マーロンはそう言って、リッツの周囲を固める10人の従者の内、5人の執事たちに目を向けた。
「そちらの執事5人。全員対私1人。更に私は丸腰で。なんてのはどうでしょう?」
「「なっ!?」」
マーロンが突如、そんな事を言いだした。
あり得ないマーロンからの提案に、グレイスとヘレンが目を丸くする。
「そ、そんなのめちゃくちゃですわ!」
「流石に無理」
マーロンを説得しようと慌てるヘレンとグレイスであったが、マーロンはそんなものお構いなしである。
「マーロン。信じていいのですね?」
「はい。大丈夫です。大船に乗ったつもりでお待ちください」
「そう。それじゃあ信じます」
慌てるグレイスたちとは違い、セレーネは淡々と確認する。自身の最も信頼する執事が大丈夫だと言っている。だったら大丈夫だ。
「言ったな!?だったらそれで決まりだ!!決闘はうちの執事5人対お前1人!それにお前だけは武器の持ち込みなしだ!!」
「ええ。それで構いませんよ」
嬉しそうにリッツが叫ぶ。どう考えても、グレイス側が不利な決闘だ。
「決行は今日の放課後!学園の闘技場でだ!!」
そう高らかに宣言したリッツ。
リッツは確かに狡猾であった。グレイスの失言を誘い、見事決闘まで引き摺り出して見せた。
ただ彼が誤算だったのは、マーロンもその決闘に関わらせたことだ。
リッツは後悔するであろう。
かつて狂犬と呼ばれた男の、その牙の鋭さに。




