26. 嫌がらせの黒幕
グレイスの大切なペンダントを見つけ出し、グレイスとセレーネたちが友人になった後、彼女たちは場所を変えて話し合っていた。
場所はセレーネの部屋。話題はグレイスのペンダントを隠した犯人についてだ。
「やはりミリン様方でしょうか?何か見てませんか、セバス?」
「今日の剣術の授業中はミリン様方ではなく、別の女生徒が抜け出しているようでした」
「というと、別の人達の仕業って事かしら?」
「はい。おそらくそうでしょう」
ヘレンの問いに、剣術の授業を見ていたセバスが答える。確かにセバスの言う通り、今日の剣術の授業で抜け出していたのはミリンたちではない別の女生徒であった。
だが、今回はその女生徒が犯人であると思うが、恐らく本質はそこではない。
「お嬢。少しよろしいですか?」
「マーロン。どうしたのです?」
「これは推測ですが、ミリン様方もその女生徒も、自らの意思で嫌がらせをしているわけではないと思います」
「というと?」
「誰かの命令に従っているという事です」
マーロンが制服の件の時から感じていた懸念をここで話す。その時はグレイスはセレーネの友人ではなかったため進言はやめておいたが、今はもう友人になったのだ。セレーネがグレイスの件で心を痛める可能性がある以上、その原因は追究しておいた方が良いだろう。
「どうしてそう思うの?」
「前回の制服の件。ミリン様は隠し事をしているようでした。彼女が語っていた、『調子に乗っているから恥をかかせたかった』という理由も、本心では無かったと思われます」
「それがどうして命令されたという事になるんですか?」
「考えてもみてください。お嬢やヘレン様は公爵令嬢。対するミリン様は侯爵令嬢です。身分はミリン様の方が下です。なのに彼女は、上の立場のお嬢やヘレン様に問われて嘘をついたのです」
「―――確かに、場合によっては処罰されてもおかしくはないですね」
下の立場の者が上の立場の者に嘘を付く。それがバレると偽証罪になり、決して軽くはない罰を受けることになる可能性がある。そんなリスクを、ミリンはあの場で犯していたのだ。
「普通はあの場で嘘は付かない。制服を隠すなんて所詮子供の悪戯です。全部話して謝ったほうが絶対に良い。なのにミリン様はそんなリスクを冒した」
「―――普通は正直に話しますね」
「そうです。ならどうして嘘を付いたのか。そう考えた時、ある推測が浮かび上がったのです」
「それは?」
「お嬢とヘレン様と身分が同等、もしくは上の人物からの命令であるという推測です」
マーロンが語った推測に、一同が確かにと納得した様子を見せた。
「あり得ますわ。その人物に話すなと命令されていれば、たとえ私やセレーネに問われても嘘を付くしかないですわ」
ミリンはあの時、セレーネたちと命令者、その2人で板挟みになっていたという事だ。
「じゃあ、その命令者って一体………」
「リッツ」
セレーネの呟きに、グレイスが食い気味に答えた。
リッツ。セレーネたちと同じ公爵家の息子で、プライドの高そうな男生徒である。ウェスト王国貴族学園入学初日にセレーネに絡んできていた人物だ。
なお、それ以降はあまりセレーネに絡んでは来なくなった。おそらくマーロンの脅しが効いているのであろう。
「身分もセレーネやヘレンと同じだし、私は彼に目の敵にされている。おそらくリッツ」
確かにリッツはグレイスの事を成り上がりと言って見下していた。マーロンの推測とも一致している。
「リッツにはみんなが知らない所で何度か嫌がらせも受けた。たぶんあいつ。というか絶対あいつ」
グレイスのその言葉に、セレーネもヘレンも顔をしかめる。自分たちの知らない所で友人となったグレイスが嫌がらせを受けていたのだ。決していい気分にはならない。
「リッツ様ならありえますね………」
「そうですわね………あの人はこの国の貴族の嫌なところを凝縮させたような人ですから………」
セレーネがリッツの事を苦手としているのは知っていたが、どうやらヘレンもリッツの事は苦手らしい。悪名高い男である。
「リッツ様に直接言うのはどうでしょう?」
「悩ましいですね………それで聞いてくれるかどうかも怪しいですし………」
ヘレンの言葉にセレーネも苦笑いする。リッツが大人しく注意に従ってくれる未来は見えない。
それに万が一間違っていたら問題なので、マーロンがその事を助言する。
「やめた方が良いかと。まだ確定ではありませんし、もし間違っていたらそれこそ相手に口実を与えることになってしまいます」
「確かに、それもそうですわね………」
「後から何を言われるかわからないですもんね………」
「面倒な男」
ヘレンたちがマーロンの言葉に同意を示す。相手は同格の貴族だ。できれば確信を持って動きたいところである。
「グレイス様の身を固めるくらいしかできないでしょうね。幸いこちらにはヒルダさんがいます。着替えが必要な時は、ヒルダさんにグレイス様の物も預けると良いかと」
「ヒルダ、お願いできる?」
「はい。もちろんでございます」
グレイスに従者はおらず、制服や貴重品なども更衣室に置きっぱなしなのだ。それをヒルダに預ければ、嫌がらせの手段は減るであろう。
「いいの?」
「はい。セレーネお嬢様のご友人ですから。それくらいはお手伝いさせていただきます」
「………ありがとう」
こうしてしばらくの方針は決まった。こちらからアクションを起こすことはない。まずはグレイスの身を固めて、鉄壁の布陣を築くのだ。それで諦めてくれるなら良し。別の手で攻めてくるのであれば、その時はまた別で対処するのみだ。
「それじゃあ、また明日からよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いしますわ!」
「うん。よろしく」
グレイスは相変わらずの無表情であったが、少し頬が緩んでいた気がした。
翌日の教室。
教室の机に1人で座っていたグレイスに、さっそくリッツが絡んできた。今日も今日とて10人近くの従者をぞろぞろと引き連れている。
「おい成り上がり。まだこの学園にいるのか」
「あんたには関係ない」
「さっさと退学しろよ。お前みたいな成り上がりは貴族に相応しくない」
「黙って。気が散る」
「チッ………生意気な………」
面倒な絡み方をしてくるリッツを軽くあしらうグレイス。今までも、タイミングがあればこうやって絡んできていたのだろう。
そんな2人の元に、新たに2人の女生徒が近付いてくる。
「グレイス!おはようございます!」
「グレイス!おはようですわ!」
「セレーネ、ヘレン。おはよう」
グレイスの元にやってきたのはセレーネとヘレンの2人。この3人が仲良さげに挨拶をしている意外な光景に、目の前のリッツは驚きで目を丸くする。
「な、なんだお前ら?」
「あら?リッツ様。ご機嫌麗しゅう」
「私のお友達であるグレイスに、何か御用ですの?」
セレーネとヘレンの意外過ぎる言葉に、リッツは更に驚く。
「と、友達だと………?」
「はい。友達です。ですよねグレイス?」
「うん。そう」
本当に仲の良い友人に対するような笑顔をグレイスに向けるセレーネとヘレンの姿に、リッツが困惑顔で尋ねる。
「お、お前ら、そいつは成り上がりだぞ?」
「でも、同じクラスメイトの貴族仲間ですわ」
「そいつの家には由緒正しき歴史も品格も無い!貴族には相応しくない!!」
「確かに歴史は浅いかもしれませんが、王様から正式に爵位を賜った貴族の娘ですわ。歴としたこの国の貴族です」
「………チッ!」
どうやらリッツは、貴族とは由緒正しき歴史のある家柄にのみ相応しいと考えているらしい。成り上がってまだ2代のグレイスは、彼にとってはまだ貴族ではないのだ。
「リッツ様。私たちの友人への侮辱はお止めください。さもなくば………」
「なんだ?何かやろうってのか?」
セレーネがそう言って、誰かを手招きした。
「マーロン。来てくださる?」
「お嬢。どうしたんですか?」
呼んだのはマーロン。自らの専属執事だ。
セレーネに手招きされたマーロンは、セレーネの意図を読み取ってわざと堂々と、そして大胆にゆっくりと、彼らに近付いた。
マーロンが近付いてくるのを見たリッツがビクリと身体を震わせ、リッツの従者たちがリッツを守るように前に出る。
学園入学初日にマーロンがリッツを脅したことを未だに覚えているのだ。どうやらマーロンという男はかなり警戒されているらしい。
「おや?よく見ればリッツ様じゃないですか。ご苦労さんです」
ニヤニヤとした笑顔を浮かべながらリッツに挨拶するマーロン。
「貴様!リッツ様に近付くな!」
「おっと。別に取って食いはしませんよ。そんなに警戒しないでくださいよ」
リッツの従者たちが更に警戒を露わにする。この場でどうこうしようとするつもりは無いのだが、そんなに警戒するようなもんだろうか。
思った以上に警戒されているようだが、マーロンのやる事は変わらない。リッツをグレイスから遠ざけるため、引き続き不遜な態度を崩さない。
「坊ちゃん。どうやらあの時の警告は守っていただけてるようですね。感心感心」
「ひっ!?」
「貴様ァ!!」
マーロンのそんな言葉にリッツはまたしてもビクリと身体を震わせ、それを見た従者たちが一気に臨戦態勢になる。
リッツを囲む従者たちの内、最も若い20代であろう執事が前に出て、マーロンを睨みつける。
「もう我慢できない!リッツ様へのその不遜な態度!許せん!!」
マーロンにガンつけてきた若い執事に向かって、マーロンもニヤニヤとした笑顔を引っ込めて言う。
「先にお嬢に手を出そうとしたのはそっちのガキだゴラァ!!こちとら警告に留めておいてやってんだ!!文句あんなら本当に腕へし折ってやろうか下っ端ァ!!」
突然のマーロンの豹変に、セレーネ以外の全員が驚き、目を見開く。
まさか反撃にあうとは思っていなかったのだろう。先ほどマーロンにガンつけてきた若い執事も面食らっている。
そんな中、1人だけ冷静なセレーネがマーロンを諫める。
「マーロン。やめなさい」
「はいお嬢。失礼しました」
まるで先ほどまでの態度が嘘だったかのように、一瞬ですまし顔に戻るマーロン。その恐るべき変わり身の速さに、周囲の皆は戸惑いを隠せない。
「リッツ様。先ほどはうちの執事が失礼いたしました」
「い、いや………」
セレーネがリッツに頭を下げるが、リッツはマーロンへの恐怖でまともに言葉を返せないでいる。
そんなリッツに向かって、セレーネが更に追い打ちをかけた。
「御覧の通り、マーロンはとても短気です。これから私や私の友人たちに絡むときは、それをお忘れなきよう、お願いいたしますね」
頭を上げたセレーネの顔には、不敵な笑みが張り付いていた。




