24. 世界が変わっても、学校というのは変わらないようです
セレーネの学園生活が始まってから数日が経過した。
セレーネの学園生活は見た所、順風満帆のように思える。授業にも余裕で付いて行けているようだし、先日の剣の手合わせから、他の貴族たちからも慕われているようだ。
特にオルティス公爵家のヘレンとは仲良くなったみたいで、同じ公爵家同士でもあるからか、よく一緒に過ごしているようである。2人のお嬢様が話している姿を、マーロンは遠目から微笑ましそうに見守っているのだ。
そんなある日の事。
経済学の授業で、とある小さな事件が起きたのだ。
「グレイスさん。何ですかその格好。剣技の授業はもう終わったはずです。早く着替えて来なさい」
そう言ったのは経済学の先生だ。
当のグレイスは、今から経済学の授業だというのに、先ほどの剣技の授業で着ていた鍛錬着のままであったのだ。
「申し訳ございません。制服が無くなってしまいました」
そう淡々と答えるグレイス。
「そうですか。次からは気を付けなさい」
とある日に起きた小さな出来事。だが、それはその日だけでは無かったのだ。
次の剣技の授業の後も。また次の剣技の授業の後も。決まってグレイスが制服を無くすのだ。
ほとんどは無くしたその日の内に制服を見つけて着替えているが、たまに鍛錬着のまま一日の授業が終わることもある。
こう何度も同じことが続けば、当然セレーネたち生徒も不審に思う。
「明らかにおかしいです!毎回制服を無くすなんて、そう起こり得ません!」
「そうですわ!絶対に何かあります!」
セレーネとヘレンがグレイスについて話し合う。
彼女らの言う通り、明らかに自然に起こりうる状況ではない。誰かしらの意思が介入しているはずである。
「グレイスが居ない間に、誰かが制服を隠しているとかでしょうか?」
「クラスメイトを疑いたくはありませんが、確かにあり得ますね………」
ヘレンの推測にセレーネも同意する。
「セバス。どう思いますか?」
ヘレンが自らの専属執事であるセバスに問う。
セバス。ヘレンの専属執事である初老の男性だ。顔はかつてハンサムであっただろう男前で、髪は2割が黒で、8割ほど白髪の男性執事である。
「そう言えば、剣技の授業に最後に現れる、もしくは途中で抜け出す女生徒が何人かいますね」
「その女生徒の名前は?」
ヘレンに問われたセバスが、女生徒3人の名前を伝える。
「いつも一緒にいる、仲のいい3人グループの名前ですわね………」
確かに言われてみれば、その3人の女生徒はいつも一緒にいるイメージがある。
「一度、確かめてみましょうか」
「そうですわね」
次の剣技の授業中。先生の目が離れたのを見計らい、1人の女生徒が修練場を抜け出した。名前はミリン。確か侯爵令嬢であったはずだ。
セレーネとヘレンはミリンが抜け出したのを確認すると、お互いに頷き合い、2人も一緒に修練場を抜け出す。その後を、マーロンとヒルダ、そしてヘレンの執事であるセバスも一緒について行く。
警戒しつつ更衣室の方向に向かって行ったミリン。セレーネたちも彼女に遅れるように、女子更衣室の前まで辿り着いた。
しばらく女子更衣室の前で待っていると、案の定、ミリンが誰かの制服を持って出て来た。
「へっ!?セレーネ様!?ヘレン様!?」
女子更衣室の前に待ち構えていたセレーネとヘレンの姿に、ミリンが驚きの声を上げた。
「ミリンさん。こんな所で何をしていらっしゃるのかしら?」
ヘレンがミリンに尋ねると、ミリンは明らかに動揺し始めた。見られたくない所を見られた、そんなバツの悪そうな表情を浮かべている。
「あ、あの………」
「今は剣技の授業中のはずですわ。それに、あなたが手に持っている制服は一体何なんですの?」
ヘレンの言葉にミリンはさらに取り乱す。額に脂汗を浮かべ、笑顔が引きつっている。
「こ、これは私の制服です」
「へえ。じゃあ私に見せてくださるかしら?」
ヘレンはそう言って、返事も聞かずにミリンから制服をふんだくった。
「あっ!」
ヘレンは止めようとするミリンを無視し、制服を広げた。
その制服はかなり小柄な女生徒用の制服であった。ミリンの身長は160センチ程。どう考えてもこの制服では小さすぎてぴちぴちであろう。
「これがあなたのですって?どう見ても、サイズが小さすぎますわ!」
「え、えと………」
ミリンが滝のような汗を額から出す。明らかに狼狽し、言い訳を探している顔である。
だが上手い言い訳が思いつかなかったのだろう。結局ミリンは、これが自身の制服でないことを白状することにしたようだ。
「も、申し訳ございません!この制服はグレイスのものです!」
そう白状して、ヘレンとセレーネに頭を下げるミリン。
「やっぱりですわね………」
「まさかとは思いましたが、本当に………」
クラスメイトを疑っていたヘレンと、クラスメイトを疑いたくはなかったセレーネ。だが結局は、その疑いが真実であったのだ。
「とりあえず顔を上げなさい。謝る相手は私たちじゃあなくってよ」
「は、はい。承知いたしました………」
ミリンがバツの悪そうな顔を上げる。そんなミリンにセレーネが問いかける。
「どうしてこんなことを?」
「―――グレイスが調子に乗っていたからです。成り上がりの貴族のくせに、学年一の成績なんて………何か不正をしているに決まっています!」
成り上がりと馬鹿にしていた貴族であるグレイス。だが実際は、この学年で一番優秀な生徒であったのだ。
下に見ていた生徒が、実は自分たちよりも優秀であった。そんな彼女の事を逆恨みしてしまったのだという。
こんな嫌がらせをした理由をすらすらと答えたミリン。一見、嘘は無さそうに思える。だが、ミリンの視線が斜め上を見ていたことを、マーロンは見逃さなかった。
「そんな理由で、グレイス様の制服を毎回隠していたのですか?」
「はい。調子に乗っている彼女に恥をかかせようかと思って………」
それで今回のような、いわゆるいじめと呼ばれるような行為に走ったのだという。
「グレイス様は私たちと同じく、王国の為にこの学園に学びに来た貴族の1人です。そこに身分だとか、成り上がりだとかは関係ありません。みなウェスト王国の為に働く貴族なのです。それはおわかりですか?」
「はい………」
「だったら、このような事はお止めください。私たちはみな、同じ学園の仲間なんですから」
「はい………」
セレーネの言葉に反省したような様子を見せるミリン。
「まずはグレイス様に謝ってください。そうすれば、私たちはこの事を話したりはしません」
「わかりました。すぐにでもグレイスに謝りに行きます」
そう言ってミリンは、すぐに修練場の方へと向かっていた。その様子を見たセレーネとヘレンが、互いに目を合わせて頷き合った。
「これで嫌がらせが無くなればいいんですけど………」
「まずは暫く様子を見ましょうか」
そう言って、セレーネとヘレンたちも修練場の方に歩いて行く。
マーロンはそんな彼女らのやり取りを見て思う。恐らくこの件はまだまだ続くであろうと。
何故ならば、ミリンの態度と言葉から、隠し事の存在を感じ取ったからである。
彼女がいじめの理由を語っていた時、彼女の視線はセレーネとヘレンを捉えてはいなかった。明後日の方向に視線が映っていたのだ。素人が嘘を付くときに多い仕草の1つである。
恐らく彼女の語ったいじめの理由は、彼女自身の気持ちではなく、全くの出鱈目、もしくは誰かしらの言葉をそのまま語ったのだろう。前世から人の嘘を何度も見てきたマーロンにはわかるのだ。
ミリンが嘘を付いていたと確信したマーロンであったが、それをセレーネに進言はしなかった。
何故ならば、その進言の有り無しで困るのはグレイスのみであるからだ。
マーロンの主人はセレーネだ。セレーネには恩があり、それを返すために彼女に仕えている。その為、セレーネやその周囲の人物に不利益になる事ならば、マーロンは真っ先にセレーネに報告したであろう。
だが、今回困っているのはグレイスのみ。マーロンには当然、グレイスに何の恩も義理もない。さらにグレイスはセレーネの挨拶を付き跳ねた人物であるため、セレーネの友人ですら無いのだ。そんな人物の為にマーロンが動く義理は無いのである。
マーロンは極道だ。慈善事業のようにグレイスを助けるような行動を、マーロンが取ることはない。
マーロンは義理も無しに人助けをするような、お優しい人間では決してないのである。




