23. セレーネの学友たち
初日の授業が終わり、寮に戻ってきたセレーネたち。今はセレーネの部屋で、マーロン、ヒルダと共に寛いでいた。
「初日の学園生活はどうでしたか?お嬢様」
「新鮮な事ばかりで楽しかったけど、授業は退屈でした。既に勉強していた所ばかりだったし、暫くは予習も必要なさそうです」
ヒルダからの質問にセレーネが答える。
セレーネは学園に入学する前も、ビレッジ公爵邸でずっと講義を受けて来ていたのだ。学園の一年生で習う所など、既に学習済みの物ばかりであろう。
「しかし、あんなに拒絶されるとは思いませんでした。少しショックです………」
「ああ………グレイス様の事ですね」
「そう。何か思惑があるとでも思われたのでしょうか」
グレイス・マストン。確か男爵家の娘であったはずだ。水色のショートカットの、氷のような表情の子であった。
「マストン男爵家はグレイス様の父、グラム・マストンが20年前に武功を上げて爵位を授かった新興の貴族です。ですが、これから貴族として成り上がろうという時に、数年前にマストン男爵家を火事が襲い、グレイス様1人を残して亡くなられたと聞きます」
「―――過酷な過去ですね」
「ええ。まだ心の傷が癒えていないのかもしれません」
確かに年頃の少女にとっては辛い出来事であろう。前世でも今世でも、親に捨てられているマーロンにも気持ちはわかる。こういう事は、自分でどこかで折り合いをつけるしかないのだ。
「全員と仲良くなりたかったんですけど………それなら仕方ないですね………」
セレーネが残念そうにつぶやく。
「全員というと、リッツ様も?」
マーロンからのその名前を聞くと、セレーネが露骨に嫌な顔をした。
バーグ公爵家のリッツ。あの偉そうな、ザ・貴族みたいなガキである。
「お嬢にも苦手はあるんですね」
「あれは例外です」
セレーネが心底嫌そうに言う。本当にリッツの事が苦手なようだ。
「というかマーロン。あの時はスッキリしましたよ。良いものを見せてもらいました」
「あれ?怒っているんじゃないんですか?」
「建前上ですよ。本音ではよくやったと思ってましたよ」
「そうですか。それは良かった」
「その時のリッツの驚き様。流石マーロンですね」
「お褒めいただき、光栄です」
最後にマーロンが言った捨て台詞に、リッツは大層驚き怯えていた。その様子をセレーネは思い出し、くすくすと笑う。
「しかし、言ったことは本当ですよ?ああいう輩は貴族には少なくありません。全員を相手にしていたら時間がいくらあっても足りません。適当にあしらうくらいが丁度いいのです」
「承知しましたお嬢。次からはそうします」
「はい。そうしてください」
セレーネからの評価がとんでもなく低いリッツ。まあ至極当然ではあるが。
「もう時間も遅いですし、私はこれで失礼します」
「おやすみなさい。マーロン」
「はい。おやすみなさい。お嬢」
マーロンはそう言ってセレーネの部屋を出て、自身の部屋に帰って行った。想定外の事態もあったが、セレーネの学園生活初日は概ね成功であったようだ。
翌日の午前。セレーネたちが所属する1年Aクラスは、剣技の授業のために鍛錬着に着替え、学園内にある修練場にやって来ていた。学園の試験に剣技の試験は無かったが、貴族には必要な戦う技術である。その実力を見るために、今日はこの修練場でそれぞれ手合わせをするのだ。
「では、セレーネさんにヘレンさん。前へ」
「「はい」」
剣技の先生に呼ばれ、木剣を手に立ち上がった2人の少女。
1人目はセレーネ。銀の長髪が麗しい、天使のような少女。
2人目はヘレン。オルティス公爵家の御令嬢で、長い金髪をくるりと縦に巻き、いかにもお嬢様といった風貌をした女の子である。いわゆる縦ロールと呼ばれる髪型だ。
「マーロン、行ってきます」
「はい、お嬢。ぶちかましてやってください」
そう少しだけマーロンと会話し、木剣を持ってヘレンと対峙するセレーネ。
「セレーネ様。よろしくお願いしますわ!」
「ヘレン様。よろしくお願いいたします」
対峙する2人の少女たち。
ヘレンはオーソドックスな中段の構え。剣を右手で持ち、腰辺りで構える。
対するセレーネは、この世界ではかなり珍しい構えをしていた。剣を両手で持ち、中段に構えていたのだ。
この世界での剣の基本は片手剣である。左手に盾を持ちながら戦う想定上、右手だけで剣を扱う型ばかりである。
だが、セレーネの構えは両手剣。それも日本では馴染み深い、剣道の構えである。
どうしてセレーネがそんな構えをしているのか。その答えはもちろんマーロンにある。
マーロンが専属執事になってからの半年間、セレーネは剣の講義の時間を全て、マーロンとの戦闘訓練の時間に変えていたのだ。
マーロンは基本的な武術はおおよそ習得している。剣道、空手、柔道、合気道。その他にも棒術やボクシング、ムエタイ、システマ、カポエラなど、とにかく様々な武術をその類まれなる戦闘センスで習得しているのだ。
そのマーロンにセレーネは、毎日のように戦闘の講義という名目の修行を受けていたのだ。
マーロンが持つ武術を一通り試した結果、最もセレーネに才が合った武術。それが剣道だったのだ。
「何ですのその構え?」
「剣道と呼ばれる武術らしいです」
セレーネも剣道については良く知らない。それもそのはずで、マーロンはまだセレーネたちに、自分が異世界から転生してきた人間であることを話していない。
話しても問題ないとは思っているのだが、この世界での異世界人というのは少し微妙な立場なのだ。自分が異世界人であることがバレればセレーネたちに迷惑が掛かってしまうかもしれない。そう考えると話す機会を逃してしまったのだ。
その為、剣道の事も、『遠い異国の武術』としか教えていないのだ。
セレーネの構えを見て、周囲の生徒たちからクスクスとした笑い声が上がる。確かにこの世界の住民からしたら、見たことも無い変な構えなのであろう。
(笑ってられるのは今のうちだぞ)
マーロンはそんなクスクスとした笑い声を聞いて、そんな事を思う。
「では、はじめ!」
その合図とともにヘレンが飛び出す。綺麗な中段の構えから、一気にセレーネの胴目掛けて木剣を振り下ろす。
ヘレンの狙いを察知し、セレーネも動く。カウンター気味に動き始めたセレーネは、剣を持った両手首をくいっと引き、今まさに振り下ろされているヘレンの右手首を一気に木剣で叩いた。いわゆる小手の形だ。
「っつ!!」
自らの勢いを利用された小手の痛みで、ヘレンは木剣を右手から落としてしまう。
セレーネはその隙を逃さない。一気にヘレンに詰め寄り、剣を面に向かって振り下ろし、直前で寸止めをする。
「そこまで!」
セレーネの完全勝利だ。短いやり取りであったが、実力差がはっきりと出る結果であった。
「参りましたわ。剣にも自信があったんですけど」
清々しいほどの笑顔で言うヘレン。見た目からは高飛車な想像をしていたのだが、意外といい人なのかもしれない。
「鬼教官に毎日鍛えてもらっていたんです。お手合わせありがとうございました」
「ありがとうございましたですわ」
そう言い合って握手をし、次の手合わせの邪魔にならぬよう、すぐに生徒たちがいる場所に2人して戻っていく。
周囲の生徒たちは言葉を失っていた。馬鹿にしていた構えだったのに、結果はセレーネの圧勝であったのだ。言葉を失った生徒たちを見て、マーロンは誇らしげに胸を張る。流石我がご主人だ。痺れる結果である。
「入学試験ではセレーネ様が2位でわたくしが3位でしたから、せめて剣ではと思ったんですけど、それも難しかったようですわね」
「ヘレン様との差はたった2点差だったんです。そう差はありませんよ。本当に差があるのは―――――」
そう言ってセレーネが向けた視線の先にいたのは、グレイスであった。
「そうですわね。入学試験圧倒的1位。完敗ですわ」
「そうですね。昨日話し掛けてみたんですけど、話し掛けないでって怒られちゃいました」
「わたくしもですわ。どうにかしてお友達になりたかったのですけど………」
当の話の中心のグレイスはというと、生徒同士の手合わせを退屈そうに見ていた。
マーロンの見立てだと、グレイスはかなりできる子であるようだ。おそらく、セレーネよりも強いであろう。勝負にはなると思うが、最終的にはグレイスに軍配が上がるだろう。
それ程の実力を持っているのだ。ここの生徒同士の手合わせなど、退屈で仕方ないだろう。
「次。リッツさんにグレイスさん。前へ」
そんなグレイスの名が、先生から呼ばれる。どうやら今度の手合わせは彼女の番のようだ。
相手はバーグ公爵家のリッツ。おそらく瞬殺であろう。見るまでもない。
グレイスとリッツが前に出て、先生の前で対峙する。
剣を中段に構えたグレイスの胸に、きらりと光るペンダントが1つ。そのペンダントを見て、剣技の先生がグレイスを注意する。
「グレイスさん。そのペンダントは?」
「大切な物です」
「いくら大切な物だと言えど、剣技の授業には不要な物です。次からは外してきなさい」
「―――はい。わかりました」
先生に注意されたグレイスは、少しだけシュンとした表情を見せた。いつも無表情な彼女には珍しい表情である。そんなに大切な物なのであろうか。
「おい成り上がり!本当の貴族である俺が、格の違いってものを見せてやる!」
グレイスが先生に注意されたのを見て調子に乗ったのか、リッツがそんな事を言いだす。
格が下なのは間違いなくお前だぞと、心の中で突っ込むマーロン。
「御託はいい。さっさと初めて」
「お前………!成り上がりの男爵風情が!」
リッツは頭に血が上ったようで、先生の合図も待たずにグレイス突っ込んだ。
「ちょ!リッツさん!?」
先生が急いで止めようとするがもう遅い。リッツはすでに、グレイスに向かって剣を振り上げていた。
だが――――――
気付けばリッツは地面に転がされていた。
グレイスが一直線に突進してきたリッツをひょいっと避け、単純に足を引っかけたのだ。それで無様にも、地面に転がってしまったリッツ。ああ哀れなり。
この結果には生徒の皆が一様に驚く。いや、グレイスの実力をある程度見て取っていたセレーネを除いてか。
グレイスは訳も分からず地面に突っ伏しているリッツを一瞥し、その後興味無さげに振り返って元の場所に戻って行った。もうお前との勝負はついた。そう言うかのように。
ようやく状況を察したリッツが拳を握り締める。
「―――成り上がり風情が………!」
リッツが唇を噛みながら呪詛を吐く。そんな彼の表情は、恥辱と怒りに歪んでいた。




