22. 学園生活開始!
日が進み、遂にセレーネが学園に入学する日がやってきた。王都に到着してから入学まで数日の猶予はあったはずだが、入学の準備やら何やらで結局王都を満喫する暇もなく入学の日を迎えてしまった。
寮での生活には既に慣れた。というより、ビレッジ公爵邸での過ごし方と特段変わりは無かったのだ。
寮では学園の生徒とは別に、従者用の部屋も各自で用意される。多い貴族は5人も10人も従者を引き連れているとの事なので、寮の部屋の数もそれ相応に大量にあるのだ。セレーネが住む女性用の部屋群は、マーロンが住む男性用の部屋群とは離れているため少し心配であるが、寮自体のセキュリティはしっかりしているようだ。せめて隣の部屋にしてもらいたかったのだが、そこは妥協するしかなかった。できるだけ傍にお仕えするつもりではあるが、有事の際はヒルダに任せるしかないだろう。
ウェスト王国貴族学園に今年入学した生徒数は100人弱くらい。その生徒たちが入学時に受けたペーパーテストの点数に応じて、上位からABCDの4つのクラスに分けられる。
セレーネが振り分けられたクラスはAクラス。しかも学年で2番目の成績で入学を飾った様だ。セレーネ自身は1位で無いことを悔しがっていたのだが、前世の中学ではテストすら受けずに万年ビリであったマーロンからすれば、物凄く凄いことだと思う。なぜかマーロン自身が鼻が高くなるくらいだ。
「マーロン!見て!似合ってる?」
「よくお似合いです。お嬢」
部屋の中でくるりと回り、制服のスカートを翻しながらセレーネが問う。
現在セレーネが着ているのは、ウェスト王国貴族学園指定の制服だ。純白のブレザーに、これまた白い膝丈くらいのスカート。お嬢様感が漂う、金持ちのための制服って感じである。
そんな制服を、セレーネは上品に着こなしている。いやらしさはなく、だが可愛らしい。そんなセレーネの姿をマーロンは褒める。
「ふふ。ありがとう。さあ行きましょう!」
「はい、お嬢」
「はい。お嬢様」
そう言ってセレーネは、マーロンとヒルダを連れて学園へと飛び出した。
寮から徒歩で2分程度。寮に併設されたウェスト王国貴族学園。その教室の一室にセレーネが座り、その様子を従者であるマーロンとヒルダが教室の後ろから見守る。
「いいですか?特にマーロン。私が学園にいる時は基本的に後ろで待機していてください。他の貴族の子たちと関係を築くのも大事な事ですので。くれぐれも、私の邪魔をしないように」
そう言ったのはセレーネだ。その言葉に従い、マーロンたちは大人しく、教室の後ろでセレーネの背中を見ているのだ。
だが、同じようにしている従者たちは案外多い様で、ほとんどの貴族の子たちも教室の中では従者を侍らかしたりせず、後ろで待機させているようだ。
周りの従者の姿を見ていると、マーロンのように10代の従者はほとんどいない。学園の子たちと同世代なのはマーロンだけのようだし、いても20代のメイドが数人いる程度だ。ほとんどは20代から40代。もっと上になると60代くらいの執事も見かける。
やはり学園にまで信頼されて連れてこられる従者というのは、それ相応に歳も重ねているようだ。10代で信頼を勝ち取ったマーロンのような執事は案外少ないのかもしれない。
「ご機嫌麗しゅう。セレーネ様」
「ご機嫌麗しゅう。ミリン様」
挨拶をしに来た侯爵令嬢であるミリンに挨拶を返すセレーネ。こんな挨拶をさっきからセレーネは延々と続けている。
今年ウェスト王国貴族学園に入学した生徒の中に大公の子はおらず、公爵家の子が最も位の高い貴族という事になる。その為先ほどのように、それより下の位の貴族が気に入られようと挨拶をしにセレーネの元にやってくるのだ。
今年入学の生徒に公爵家は3人。ビレッジ公爵家のセレーネ、バーグ公爵家のリッツ、オルティス公爵家のヘレンだ。セレーネとヘレンは女性でリッツが男性。その内ヘレンとリッツが王都周辺の領主の子なので、世間的に見れば辺境貴族のセレーネが3番目という事になるはずだ。
それでもこうやって挨拶祭りになるという事なので、改めてビレッジ公爵の権力の高さを再認識させられる。よくそんな人の専属執事になれたなと、自分でも不思議に思う。
因みにその公爵家の3人は全員、Aクラスに配置されている。権力の高さに負けず劣らず、全員が成績優秀な生徒であるという事だ。
そんな事を考えていると、さっそくその公爵家の1人、バーグ公爵家のリッツがセレーネに近付いて行くのが見えた。執事5人にメイド5人を引き連れた大所帯だ。
「セレーネ。久しいな」
「あら。リッツ様。ご機嫌麗しゅう」
タメ口で見下したような態度で言うリッツに対し、礼儀正しく返すセレーネ。彼のその態度だけでも、リッツがどういう人物なのか見て取れてしまう。
「何故真っ先にこのリッツ様に挨拶に来ない?」
「あら?いらっしゃったんですか?申し訳ございません。従者に囲まれていて見えませんでした」
セレーネに対する尊大な態度。そんなリッツの態度に嫌な顔一つせず、最大限の皮肉を返したセレーネ。彼女も相当、肝が据わっている。
だが、その皮肉を読み取れなかったのか、はたまた気にしていないだけなのかわからないが、さらっとスルーしてしまうリッツ。
「まあよい。これから同じクラスだ。精々足を引っ張らない様にな。辺境貴族」
「はい。これからよろしくお願いしますね」
セレーネも負けじと気にしてないとでも言うように、リッツに平然と返す。貴族の関係というのは、こんなにギスギスとしたものなのかと不安になってくるマーロンである。
そんな中、従者も連れずに、たった1人で教室に入ってきた少女がいた。
ショートカットの水色の髪に、首からペンダントを下げた可愛らしい少女である。身体は同年代の少女よりは小さく、恐らく140センチほどの小柄な体躯であるが、その小柄さには似合わないほど、歩き姿に隙は無い。おそらく同年代の少女の中では、相当上位の実力者であることが窺い知れる。
だが、そんな彼女の表情は、まるで凍り付いたかのように無表情であった。
「チッ………。成り上がりのマストン男爵家の娘、グレイスか」
リッツが舌打ちをしながら言う。どうやら彼女はグレイスという名前らしい。
「数年前に火事で一家全員焼け死んだってのに、まだ貴族の位にしがみついているのか。忌々しい」
リッツがそんな言葉を吐き捨てる。その言葉には流石にセレーネも、嫌そうな顔をした。
セレーネは早くその場を去りたいと示すかのように立ち上がり、リッツの目も見ずに別れの挨拶を済ませる。
「それではまた。リッツ様」
「あ、おい!まだ話は終わって………」
リッツが去っていくセレーネに向かって手を伸ばした。
だがその手は途中で、いつの間にか近付いていたマーロンによって掴んで止められていた。
「坊ちゃん。お嬢に触れないでもらえますか?」
突如腕を掴まれたリッツは、驚いてセレーネからマーロンに視線を移す。
「なんだお前は!?」
「貴様!!リッツ様から手を放せ!!」
リッツとその従者から同時に怒りの声が上がる。
マーロンはその言葉に素直に従い、リッツの手をすぐに放す。
「セレーネお嬢の専属執事です。お見知りおきを。リッツ様」
「セレーネのか。随分と若いな。それほど人材不足なのかビレッジ公爵家は?」
「さあ?どうでしょう?」
マーロンはそう言ってはぐらかす。セレーネに触れようとしたため無理やり掴んで止めたが、その所為でリッツに目を付けられてしまったかもしれない。ちょっと面倒なことになったかもと、マーロンは心の中で溜息をつく。
「マーロン。早く来なさい」
リッツに絡まれるマーロンに、セレーネが助け舟を出す。
「おや。どうやらお嬢がお呼びのようですので、これで失礼しますね」
「チッ………」
またも舌打ちをするリッツ。紳士として舌打ちばかりなのはどうなのかと思わないでもないマーロン。
そんなリッツに、マーロンは最後に少しだけ脅し文句を残していく。
こういった裕福な家庭で甘やかされて育ったドラ息子は、少しつついただけで執念深く恨まれることが多いのだ。
こういう場合は、少し脅しておくのが効果的だ。
「おっと、言い忘れておりました。勝手にお嬢に触れようとしない方が良いですよ。坊ちゃんくらいの細腕なら、一瞬でへし折れますので」
「なっ!?」
「貴様!?何を言って!?」
急な脅しに驚くリッツに、主人を脅迫され、怒りを露わにする従者たち。
だが、そんな彼らなど目に入らぬという様子で、マーロンはスキップでセレーネの元に戻っていく。
「マーロン、ありがとう。でも、最後の一言は余計ですよ」
「すみません、お嬢。しかし、ああいう輩には釘を刺しておかないといけませんので」
そう言ってマーロンとセレーネは、クスクスと笑い合った。
「あなたがグレイスですよね?ご機嫌麗しゅう」
「………」
面倒なリッツを振り切り、セレーネが先ほど教室に入ってきたグレイスに挨拶をするが、グレイスの方はセレーネの事を無視する。
「あの………聞こえてますか?」
「聞こえて無視してる。察して」
ぶっきら棒に答えたグレイス。可愛らしい声であるが、そこには感情があまり乗っていない。
「えっと………」
これにはセレーネも困惑顔だ。これ程邪険にされるとは思ってもみなかったのだろう。
「慣れ合うつもりは無い。どっか行って」
そう言ってグレイスはそっぽを向いてしまった。
「は、はい………」
グレイスに全く相手にされなかったセレーネは、今日初めて肩を落とすのであった。




