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20. セレーネは学園に入学する必要があるみたいです

 ~ セレーネ・ビレッジ ~


 マーロンと出会ってからのセレーネは、毎日楽しそうに過ごすようになった。

 セレーネの父であるビレッジ公爵が、最近セレーネによく言っている言葉だ。


 確かにその言葉の通り、最近のセレーネの生活は喜楽に溢れている。

 その理由にはもちろん、マーロンの存在があった。


 セレーネがマーロンを始めて認識したのはたったの数か月前。本当は数年前に一度会っているらしいが、幼かったセレーネは生憎(あいにく)と覚えていない。

 セレーネがはっきりと覚えている事は、マーロンが初めてこの屋敷にやってきた時の事だ。


 当時コカトリスの毒に侵されて瀕死の状態であったセレーネに、解毒薬の材料である竜の逆鱗(げきりん)を届けに来たマーロン。

 胸に大きな切傷を携え、満身創痍(まんしんそうい)の状態にもかかわらず、マーロンは竜の逆鱗でセレーネを救うように頼んできたらしい。


 無事命が助かったセレーネは、命の恩人であるマーロンの傷を治すため、彼が眠る部屋まで(おもむ)いた。

 先ほどまで毒に侵されていてうまく身体が動かない状態ではあったが、自らを助けてくれた恩人のためだ。足を引き摺って彼の元へ駆けつけた。


 ベッドに眠るマーロンという少年の顔。

 その顔を見た瞬間、セレーネはなんだか特別なものを感じたのだ。


 恋だとか、恋愛だとか。そういうものは、恋愛をしたことが無いセレーネにはわからない。だが、何故かこのマーロンという少年と、惹かれあう何かを感じたのだ。

 まるで二人の運命は決まっている。そんな予感を、マーロンという少年から感じたのだ。


 マーロンが専属執事になってからは、それが顕著(けんちょ)に表れ始めた。

 普段の執事としてのマーロンの姿。時折見せる裏の顔。暗殺者から身を挺して守ってくれた、彼のかっこいい後ろ姿。

 日々マーロンと過ごす中で、セレーネはどんどんマーロンに惹かれていった。


 たぶんそれが、最近のセレーネの笑顔に繋がっているのだろう。


 セレーネには恋がわからない。恋愛がわからない。

 だからこそセレーネは、このマーロンへの想いが恋であって欲しい。そう願うのだ。







 ~ マーロン ~


「お嬢。フィーネ様。紅茶をお入れしました」


 セレーネの部屋に滞在する2人の主人。セレーネとフィーネの前に、マーロンは自身が淹れた紅茶の入ったカップを置く。

 ほんのりと広がる紅茶の香りと、程よい温度によって立ち上る湯気が、セレーネたちの鼻腔(びこう)をくすぐる。


「「いただきます」」


 淑女(しゅくじょ)らしい所作でマーロンが淹れた紅茶を口に運ぶセレーネとフィーネ。しばらく紅茶の香りと味を(たしな)んだ彼女たちから出たのは、こんな言葉であった。


「うーん。及第点ですね。可もなく不可もなく………」

「ですねセレーネ様………飲めなくはないですが、美味しくはないです………」


 その正直すぎるマーロンの紅茶への寸評(すんぴょう)に、マーロンはがっくしと肩を落とした。割と何でも器用にこなしてしまうマーロンには珍しく、紅茶を淹れる事は苦手分野の一つなのだ。

 マーロンは前世より、まともな食事を取って来なかった人物であるので、本当に美味しいものの違いが判らない。いわゆる貧乏舌と呼ばれるものである。

 そんな貧乏舌のマーロンには当然、紅茶の良し悪しはわからない。その所為でマーロンは、紅茶をうまく入れられないのだ。


「はぁ………マーロン。あなたは結局、この半年間で紅茶だけはまともに成長できませんでしたね………」

「すみません、ヒルダさん………」


 ヒルダの深い溜息に、マーロンが更に肩を落とす。

 ヒルダの言葉にあった通り、マーロンが執事として働き始めて半年が経過していた。


 数か月前に起きたセレーネの暗殺事件からはいたって平和な毎日で、新たに屋敷に招かれたフィーネも共に平和に暮らしていた。

 そのフィーネには未だに少し怖がられている節はあるが、それ以外の所ではもう、フィーネは完全にビレッジ公爵家に馴染(なじ)んでいた。それこそ元々ビレッジ公爵邸に住んでいたかのように。

 セレーネは特にフィーネを気に入っているようで、実の妹のように彼女を可愛がっている。今日も一緒にお茶を飲んでいるし、もう本当の姉妹のようである。


「まあいいでしょう。セレーネお嬢様が学園に入学するまでにはどうにかと思っていましたが、仕方ありません。王都では引き続き私が紅茶をお淹れしましょう」

「面目ございません………」


 ヒルダとマーロンの話が何の事かというと、ウェスト王国の貴族には15歳から3年間、ウェスト王国貴族学園という、紳士淑女を育てるための学校に通うことが義務付けられているのだ。

 貴族学園はウェスト王国の王都ウェストルテにあり、15歳になったセレーネはその学園の寮に住むことになる。ただ、貴族の娘を1人で寮に住ませるわけにもいかないので、ほとんどの学園の生徒は1人以上の従者を連れて、共に学園の寮に住むのである。

 そのセレーネに付いて行く従者に、ヒルダとマーロンが選ばれたのだ。


「そっか………もう一か月後にはセレーネ様は王都に行っちゃうんですね………寂しいです」

「フィーネ。お父様と2人は大変でしょうけど、頑張ってくださいね。一年に一度は必ず帰ってきますから」

「はい!セレーネ様も頑張ってください!」


 その貴族学園への入学も1か月後を切り、ビレッジ公爵家でも入学の準備が着々と進められているのだ。


「王都は少し治安が悪いとも聞きますし、心配です………」

「大丈夫ですよ。だって私にはマーロンが付いてるんですから!ね?マーロン?」

「はい。お嬢に近付く輩は全員、血の海に沈める所存(しょぞん)です。お嬢は安心して、学園生活をご満喫ください」


 マーロンが堂々とそう宣言すると、フィーネが少し怯えるような表情を見せた。


「こら!マーロン!フィーネが怯えているでしょう!そう汚い言葉を使わない!」

「はい。申し訳ございませんお嬢」

「全く………私に素性がバレてからというもの、本性を隠さなくなりましたね………」

「お嬢は私の事が怖くないと、そうおっしゃって下さいましたから。これからはもっと本性を(さら)け出して、お嬢に近付く輩を蹴散らして差し上げますよ」

「ありがとうマーロン。頼りにしていますよ」

「ええ。頼りにしていてください」


 そう言って最終的には互いに笑い合うセレーネとマーロン。


「はぁ………先が思いやられます………」


 そして、そんな2人の様子を見て、ヒルダは深い溜息をつくのであった。







 あっという間に日が進み、セレーネたちがビレストの街を発つ日がやってきた。


「ああ、やっぱり心配だ!今からでも私も王都に………」

「おやめください旦那様。親バカすぎます」


 今から王都に向けて出発しようという所で、急に狼狽(うろた)えだしたビレッジ公爵。そしてそれを(たしな)めるフレデリック。どうもビレッジ公爵は親バカすぎるきらいがある。


「しかしだな!王都は我が街よりずっと治安が悪いというではないか!」

「ビレストの街の治安が良すぎるだけで、それが普通の事です!」

「学園の方も問題だ!馬鹿な貴族が言い寄って来ないか心配で………」

「それも大丈夫です!セレーネお嬢様はそこら辺はきっちりしてますし、マーロンにヒルダもいます!」


 ビレッジ公爵の懸念である学園生活。これは貴族学園に通う貴族にとって、学園とは将来の夫や妻を探す社交の場でもあるからである。

 15歳という成人したての貴族たちにとって、学園というのは同じ年代の貴族たちが集う場だ。この世界での結婚適齢期は15歳から25歳程度。この学園生活こそ、将来の伴侶を探すのに最適な場所なのだ。

 貴族学園に通う学生たちの中には、そういう目的で学園に通うものも多い。ビレッジ公爵はそれを心配しているのだ。もし変な男に引っ掛かりでもしたらと、気を揉んでいるのである。


「もう。お父様は心配し過ぎです………」

「セレーネは自分の魅力に気付いておらんのだ!世界中のどの男も一目見ただけで惚れさせてしまうほど、セレーネは魅力的に育ってしまったのだ!そう思うだろう?マーロンよ」


 マーロンに流れ弾が飛んで来てしまった。だが、多少親バカなところは否めないが、セレーネが魅力的であるという部分は確かな真実である。


「はい。初めてお嬢を見た時は天使と見間違えてしまうほど、美しい女性だと思いました。この世界に住むどの女性よりも、お嬢は魅力的な女性ですよ」

「そ、そう………ありがとう………」


 マーロンのそんな賛辞を聞き、照れて顔を真っ赤に染めるセレーネ。マーロンの顔をちらちらと伺いながら、恥ずかしさで顔を手で覆っている。


「マーロンも、とっても素敵な男性ですよ?」

「ありがとうございます。お嬢にそう言って貰えて光栄です」

「本気で言ってるんですけど、いまいち伝わらないですね………」


 セレーネも負けじとマーロンを褒めるが、マーロンは何でもない風に返す。この男の頭の中にはどうにも、男女ではなく主従の関係しかないようであると、セレーネは1人で溜息をつく。マーロンの事が気になりかけているセレーネにとって、この男はかなりの強敵であるようだ。

 まあその方が他の女性に取られる心配も無さそうなので、そこは助かる。


 特にあの栗原組のアンナという女性である。

 同じ女性のセレーネにはわかる。アンナはマーロンに惚れている。おそらく彼女こそが、セレーネの最大のライバルであろう。


「マーロンよ!変な虫が近付かぬよう、常に目を光らせておいてくれ!!」

「はい。もちろんです旦那様。お嬢に相応しい男であるか、私が見極めてやります!」

「よし!よろしく頼むぞマーロンよ!全員追い返してしまえ!」

「『よし!』じゃありません!全員追い返してどうするんですか!?お嬢様にとっても学園生活は大切な時期なんですよ!?」


 バカな話をしているビレッジ公爵とマーロンに、ヒルダから突っ込みが入る。確かに学園生活というのは、セレーネにとっても大切な時期なのだ。それこそここでいい伴侶を見つけられなければ、セレーネは他の貴族たちに大きく後れを取ってしまうのだ。


「しかしだなヒルダ!中途半端な男に我が娘はやれんのだ!少なくとも、マーロンくらいは熱い男でなければ!」

「高望みし過ぎです!マーロンほど1人の女性の為に命を張れる男など、そう居るものではありませんよ!!」


 何故かビレッジ公爵とヒルダからのマーロンの評価がかなり高い。そう評価されて悪い気はしないが、マーロンにとっては命の恩人であるセレーネに自らの命を捧げるのは至極当然の事である。義理と筋は通す。それがマーロンの信条である。


「セレーネはどうなんだ?やはりまだ男には興味無いか?」

「お、お父様には関係ないです!」

「関係ないことは無いだろう?将来の息子になるかもしれん奴だぞ?」

「それでもです!!」


 セレーネが言葉を濁しながらマーロンに事をちらちらと見る。そして、その様子を見て取ったビレッジ公爵が、「ほほう」なんて言葉を溢す。


「どうやら既に意中の男の心は射止めているようだな。恋愛とは少し違っていそうだが」

「もう!お父様!やめてください!」

「いやはや。悪い悪い」


 マーロンに事をちらちらと見るビレッジ公爵に、セレーネは怒ったかのように頬を膨らませる。


「マーロン。よろしく頼むぞ」

「はい、任されました。私の命に代えてでも、必ず守り通して見せます」


 いまいちわかっていないマーロンのそんな返事に、ビレッジ公爵たちは溜息をつくのであった。

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