02. 狂犬の就職先はビレッジ公爵家1本です
~~~ 5年後 ~~~
「じゃあなお前たち。俺は15歳になって成人した。以前からの約束の通り、裏社会から足を洗い、これから表の世界で就職する」
あの運命的な出会い(マーロンから見て)から5年の月日が経過し、マーロンはこの世界で成人となる15歳になった。
15歳という年相応の幼さに、整った顔立ち。身長は既に170センチ程で、今も絶賛成長中だ。髪は綺麗な黒髪で、いつもその黒髪を後ろに流してオールバックにしている。以前のような皮と骨だけの身体ではなく、今はしっかりと筋肉が付いた男性らしい体つきを取り戻している。
「本当に行ってしまわれるのですね………ボス………」
茶色の長い髪をポニーテールにした、可愛らしい少女がマーロンに言う。
この子は『栗原組』のNo.2である、アンナである。
栗原組。5年前、まだ子供であったマーロンがスラム街を生き抜くため、同じく身寄りのない子供を集めて徒党を組んだことから始まった組織だ。その徒党がどんどん大きくなり、気付けば街の裏社会を牛耳るまでに成長した、そんなマーロンの組織である。
何故栗原組という名前になったかというと、マーロンが間違えて栗原と名乗ってしまったからである。それからこの組織は、栗原組という呼び名が定着してしまった。なんとも間抜けな話である。
現在マーロンは、自身が住む街『ビレスト』を牛耳る栗原組を抜けることを、組織のメンバーたちに伝えているのだ。
5年前に徒党を組織した頃からの約束。『俺はある人に恩を返すために生きる。5年後、まともに就職できる年齢になったら、俺はこの組織を抜ける』。
マーロンはそう、組織のメンバーに伝えていたのだ。
栗原組のような裏の組織をこの世界では、ひとまとめに『闇ギルド』と呼ぶ。マーロンは闇ギルドを組織するつもりは無かったのだが、持ち前の腕っぷしでスラム街を制圧していく過程でどんどん大きくなり、今ではビレストの街最大の闇ギルドになってしまった。
自らが作り上げた組織を抜けるのは心苦しいが、これは元より決めていたことだ。あの日命を救ってくれたセレーネの元へ、マーロンは就職しに行くのだ。
「後の事は頼んだぞ、アンナ」
「ハッ!任されました!必ず栗原組を、世界一の組織にして見せます」
「いや、そんな事は望んでないんだが………」
どうもマーロンとアンナの意識にズレがあるのだが、もう栗原組はアンナのものである。OBのマーロンに口を出す権利はない。
「ボス。いつでも帰って来てください。栗原組は、いつでもボスの帰りをお待ちしています」
「帰ってくるつもりは無い。俺はもう、裏社会から足を洗うんだ」
そう言ってマーロンは格好よく組織を出て行った。もう二度とここには戻ってくるつもりは無い。そう決心して。
マーロンは手持ちの金で身なりを整え、セレーネの待つ(待ってない)屋敷に向かう。
今のマーロンの見た目はもう、全くスラム街出身の人間には見えないような、小奇麗な青年になっている。
貴族が着ていそうな、だが、いやらしくないシンプルな黒で統一した服。髪はオールバックにしておでこを出し、紳士の嗜みである香水もちょちょいとワンプッシュ、首筋に付けてある。
もうどっからどう見ても、どこかの貴族の好青年だ。これなら、相手方に好印象を与えることができるはずだ。
向かう先はセレーネの住む屋敷。
セレーネ・ビレッジ。この街ビレストの領主である、ビレッジ公爵の一人娘だ。ビレッジ公爵の奥様は既に無くなっており、一人娘であるからか、ビレッジ公爵はセレーネの事を溺愛していると噂だ。
絶対にビレッジ公爵にいい印象を持たれなければいけないと、マーロンは決意を新たにした。
ビレッジ公爵邸は二週間ほど前、新たな執事を募集していた。マーロンはそのビレッジ公爵邸の執事に就職しに、ビレッジ公爵邸まで向かっているのだ。
当然、執事という職に就いたことはない。だが、栗原組のメンバーに隠れて執事としての振る舞いの、猛特訓を行ってきたのだ。自信はある。
そして遂に辿り着いたビレッジ公爵邸。
巨大な門の両脇には、見張りの兵士2人が目を光らせていて、その門の先に見える屋敷は、この世界で見たどの屋敷よりも大きい洋館である。
門から屋敷の玄関までもとてつもなく広く、庭だけでサッカーグラウンドが8つはできそうなほどの広さである。
「すぅ~………はぁ~………」
マーロンは深呼吸をして緊張を紛らわせる。思えばマーロンは前世で、就職活動なんてものをしてこなかった。親に借金のカタに暴力団に売られ、そこからは極道として生きてきたのだ。いわば、初めての就職活動である。
「よしっ!」
深呼吸も終わり、緊張も解れたマーロンは、門の前の見張りに話しかける。
「何者だ!名乗れ!」
「マーロンです!ビレッジ公爵様の求人を見て、執事としてお仕えしたく伺いました!」
マーロンは元気よく名前と目的を伝える。
良い印象を持たれるようにと、元気の良さをアピールしたのだが、当の見張りの兵士は微妙な顔を浮かべていた。
「残念だが、執事の募集は一週間ほど前に終わっている」
「えっ………」
完全に想定外だ。まさか求人が終わってしまっているとは思いもしなかった。
「ま、待ってください!どうしてもここで働きたいんです!」
「無理だ。諦めろ」
「どうしてもダメですか!?草むしりでも、ゴミ拾いでも、なんでもします!だから、どうか働かせてください!」
「ダメなものはダメだ!」
しつこく食い下がるマーロンを鬱陶しそうに邪険にする見張りの兵士。
「どうか!どうかお慈悲を!!」
マーロンはそう言って、兵士の足にしがみついた。もう、意地でも諦めないつもりだ。
だが、そんな騒ぎを聞きつけてきたのか、1人の初老の男性が門までやってきた。
「何事ですか!?」
「いえ………ここで働かせろと、うるさいやつが居まして………」
そう言って見張りの兵士は、自身の足にしがみつくマーロンを指差す。
マーロンはこれをチャンスと捉える。この初老の男性、確か5年前にセレーネからフレデリックと呼ばれていた人物で、兵士の態度から上の立場の人間のように思える。
マーロンは狙いを兵士からフレデリックと変え、今度はフレデリックの足にしがみついた。
「お願いします!何でもしますから、ここで働かせてください!」
「ええい!何だこの男は!気色悪い!」
そう言ってフレデリックはマーロンを引き剥がそうとするが、意地でも離れないマーロン。
「ええい!鬱陶しい!衛兵に突き出すぞ!!」
「ああ!そんな!!」
フレデリックは意地でも離れようとしないマーロンを、足を暴れさせて何とか引き剥がす。
「とにかく!この屋敷ではしばらく、部外者は立ち入り禁止だ!」
そう言い捨てて、フレデリックは帰って行った。
マーロンの就活計画はあっけなく失敗し、マーロンの心は絶望に染まるのであった。
「クソッ!クソッ!クソがッ!!」
バシッ!バシッ!バシィッ!と、マーロンがサンドバッグを力任せにぶん殴る。マーロンの身体能力と体重の乗った拳を受けたサンドバッグの外袋は限界に達し、大きな音を立てて破裂した。中に入っていた砂が外に飛び散り、砂が床を汚し尽くす。
「ボス………帰って来てからずっとあの調子なんです………。アンナさん、どうにかしてくれませんか?」
「わかったわ。何があったか聞いてみる」
マーロンは破けたサンドバッグから飛び出る砂を浴びて放心している。こんなマーロンの姿は初めて見るアンナである。
「ボス。どうしたんですか?何かあったんですか?」
「―――アンナか………」
マーロンは悲しみに満ちた目を隠す気もないのか、うるうると潤んだ瞳でアンナを見る。
「就職に、失敗した………」
泣くほどの事であろうかと思うアンナであったが、5年前から決めていたほどの事である。マーロンの中ではそれほど大切な事であったのだろう。
「どこに就職しようとしてたんですか?」
「ビレッジ公爵邸だ………」
「ビ、ビレッジ公爵!?」
ビレッジ公爵はこの街ビレストの領主だ。そんな所に元闇ギルドのボスが就職しようとしてたのか。何とも無謀な就職先だ。
「他の就職先じゃダメなんですよね?」
「ああ。あそこに住むセレーネ様。彼女に俺は大恩があるんだ………」
マーロンはそう言って、セレーネに命を救われたことを話す。
「なるほど。それでそのセレーネに、恩を返したいんですね?」
「ゴラァ!セレーネ様だ、ボケェ!」
「ひぃ!すみません!」
セレーネを呼び捨てにしてしまい、アンナはマーロンに怒られてしまう。どうもマーロンの情緒が不安定すぎる。
アンナは考える。セレーネに恩を返す。その為にビレッジ公爵邸に就職する。
安直だが、実現すれば一生を使って恩を返せる。マーロンはそのつもりなのだろう。
セレーネ・ビレッジ。確か最近裏社会では、こんな情報が流れていたはずだ。もしかしたら、これがマーロンの手助けになるかもしれない。
「実はセレーネ様。彼女は現在、毒を盛られて意識不明の状態であるという情報が入っています」
「なに!?詳しく聞かせろ!?」
今までの悲しみに暮れた表情から一変し、マーロンの表情は一気に真剣な顔に変化した。
命の恩人であるセレーネが毒を盛られたという話が聞き捨てならないのであろう。
「はい。彼女が盛られた毒は、『コカトリス』の毒。特殊な素材を使った薬でしか治せないと聞きます」
「その薬の素材というのは?」
「脈々草。電電ガエルの胃袋。マリコウベの種子。そして、竜の逆鱗」
ほとんどは聞いたことも無いような素材であるが、最後の1つだけはどんなものかわかる。
逆鱗。竜の顎の下に一枚だけ生えているとされる、逆さに生えた鱗。その鱗に触れられることを竜は極端に嫌い、一説では、その鱗に触れたら最後、周囲の街もろとも滅ぼされる。そんな都市伝説まである鱗である。
「その内、竜の逆鱗以外は大枚をはたいて手に入れたようですが、竜の逆鱗だけは、未だ手に入っていないと………」
「セレーネ様はいつまで持つ?」
「もってあと数日かと」
マーロンは真剣な顔で思考する。セレーネは命の恩人だ。そんな彼女の命の危機である。ここで動かなければ、仁義にもとる行いである。
どうしてここで、落ち着いていられようか。
「ここから一番近い竜はどこに?」
「ここから東に2日歩いたところに、ヴォルカニ火山と呼ばれる活火山があります。そこに100歳前後の若い竜が住んでいると言われています」
竜というのは何千年も生きる生物である。100歳程度ではまだまだ若いとされている。
「わかった。東に2日だな。俺なら1日だ」
そう言ってマーロンは、脇目もふらず駆け出した。セレーネは今も苦しんでいる。まずは彼女を救うため、竜の逆鱗を手に入れるのだ。就職の事は、それが終わってから考えればよい。
「ちょ!1人で行くつもりですか!?相手は竜ですよ!?」
「大丈夫だ!鱗一枚頂戴するだけだろ?」
「それ逆鱗なんですって!!」
そう言って去って行ったマーロンを、アンナはただただ呆然と見送るしかできなかった。