19. 狂犬と反社は使いよう
数日後。
とある会員制の高級料理店の一室にて、横長いテーブルを挟み対面して座る2つの集団があった。
1つはビレッジ公爵家。ビレッジ公爵、セレーネがテーブルに座り、その後ろにフレデリック、ヒルダ、マーロンが控える。
もう1つは栗原組。2代目組長のアンナ、会計のフィリップを始め、複数人の幹部たちが対面して座っている。
「ビレッジ公爵様。セレーネ様。今日はようこそお越しくださいました」
「うむ。こちらこそ急な依頼にも関わらず、この場を用意してもらい感謝する」
セレーネ暗殺未遂事件が片付いてから数日。今回世話になった栗原組に、ビレッジ公爵側から礼がしたいととのことで、急遽場をセッティングしてもらったのだ。
栗原組とマーロンの関係もセレーネに既にぶっちゃけているため、今回はセレーネとの顔合わせも兼ねている。
「お初にお目にかかりますセレーネ様。栗原さんから直々に2代目に任命していただきました、栗原組2代目ボス、アンナでございます」
「初めましてアンナさん。マーロンの主人のセレーネです。どうぞよろしくお願いいたします」
初めましての人物同士が挨拶を行う。が、セレーネとアンナの間だけ、少し刺々しい雰囲気があったのはマーロンの気のせいであろうか。
「今回は色々と動いてくれた栗原組に礼を言おうと思ってな。世話になった。感謝する」
「いえいえ。ご依頼をいただいての事ですから。報酬分の仕事をするのは、裏社会の人間にとって当然の責務です」
「そう言ってもらえると助かるな。その報酬だ。受け取ってくれたまえ」
「確認いたします」
本来であれば前金と後金に分けて報酬を支払うのが通例だ。そうすることで、依頼主が飛んで報酬が手に入らないというリスクを回避できる。
だが、今回の依頼はマーロンの手引きによって実現した案件であった。その為、今回に限り、報酬は全額後払いという話になっていたのだ。
この報酬はビレッジ公爵が、栗原組のフロント企業であるフィリップ商会に支払った金額という事になっている。一度フィリップ商会を介すことで、表面上は正当な取引に見せることができる。そして、フィリップ商会を介して様々なルートを経由することで金の痕跡を消し、最終的に栗原組へと流れる。栗原組へと金が渡った後は、その金がビレッジ公爵から出た金であると痕跡を追う事はできない。そういう手はずになっている。
アンナがビレッジ公爵から丸々と太った硬貨袋を受け取る。
この世界に紙幣を印刷する技術は普及していないため、流通する通貨は硬貨のみとなっている。1ゴールドが銭貨、100ゴールドが銅貨、1万ゴールドが銀貨、100万ゴールドが金貨、そして1億ゴールドが白金貨となっている。
報酬額は1000万。本来なら硬貨袋の中身は金貨が10枚程度のはずだ。だが、硬貨袋には見るからに大量の硬貨が入っている。
アンナはその事を怪訝に思いながらも、フィリップに硬貨を数えるよう手渡す。
「5000万入っています」
「フィリップ。ありがとう」
想定外の額に内心驚きながらも、アンナは平静を装ってビレッジ公爵に尋ねる。
「報酬額は1000万だったはずですが………」
「今回は世話になったし、追加の依頼もあったしな。報酬には色を付けておいた。それに―――」
ビレッジ公爵はニヤリと口角を吊り上げる。
「これからも君たちとの関係を続けたいと思っていてな。こいつは言わば、君たちへの後援金だ」
「「!?」」
ビレッジ公爵の言葉が更にアンナたち栗原組の面々を驚かせた。
後援金。つまりビレッジ公爵家が栗原組の、所謂スポンサーになるという事である。もちろん公にはできない関係ではあるが、フィリップ商会への資金援助という名目であればバレることは無いだろう。
ビレッジ公爵家が栗原組のスポンサーになる事は、栗原組はもちろんの事、ビレッジ公爵にとってもメリットが大きい。
まず第一に、ビレッジ公爵が表立ってできないような施策を、栗原組を介してなら行うことができる。今回のような特定の人物や団体の調査、裏工作、世論や情報操作。様々な場面で栗原組が活躍してくれるだろう。
また、栗原組はビレストの街の治安維持にも一役買ってくれている。治安がこのまま維持されれば、おのずと外部からの客も増えてくる。人の流入が増えれば街が儲かる。街が儲かれば領主であるビレッジ公爵も潤う。最終的にビレッジ公爵にも大きなメリットとなる。
「いいのですか?我々は反社会的組織ですよ?」
「よい。私はマーロンの事を信じることにしたのだ。そのマーロンが育てた組織だ。もう少し深い関係を築いても良いと思ったのだ」
「あ、ありがとうございます!」
そう言って栗原組の幹部たち全員が立ち上がり、ビレッジ公爵に揃って頭を下げた。
ビレッジ公爵のお墨付きをもらった形だ。これからはもっと忙しくなるぞと、栗原組の幹部たちがそわそわとし出す。こういう感情が隠せない所は、まだまだ若さ故なのだろう。
「それで、例の詐欺師と暁闇の梟はどうなった?」
話題が変わる。
例の詐欺師。レドシラ伯爵家に仕えていたミトルという執事の家族に、詐欺を行った人物の事だ。
「どちらも既に始末しています。詐欺師に関しては騙し取った金も回収し、色を付けてミトルの家族に返金済みです」
最近この街に住処を移した質の悪い詐欺師で、栗原組で独自に始末しようと動いていたのだ。そんな時にマーロンが思いついたのが、ミトルの家族を人質に取る作戦である。都合よく、不要な詐欺師を始末する口実を作るため、栗原組がその詐欺師を利用したのだ。
ミトルの家族は詐欺に遭い、生活が立ち行かなくなって盗みを働いた。その為ビレッジ公爵家にしばらく捕らえられていたのだが、レドシラ伯爵との件が片付いた直後に彼らは解放してある。
そもそもがミトルに裏帳簿を用意させるための人質であるし、発端となった詐欺自体も、先の通り栗原組の手引きである。迷惑料もろもろ込みで、多めにミトルの家族には金を支払ってあるのだ。
「それは良かった。憂いの1つが無くなったよ」
当のミトルと家族たちは、詐欺前よりお金が増えてウハウハであるとのこと。何かクレームを付けてきたりしない限りは、もう放置で大丈夫だろう。
「結局、レドシラ伯爵夫妻は始末しなかったんですね。手心を加えるとは、栗原さんらしくない」
「それは私の方針です。まだ幼い子供もいましたので」
「―――なるほど。いかにも貴族の御令嬢らしい甘さですね」
再びアンナとセレーネがギスギスし始める。常に礼儀正しいアンナが刺々しい言葉を使っているのも珍しいし、セレーネの方も珍しく眉間に皺を寄せている。
「私も甘いとは思いますが、彼らのお陰でマーロンを私の専属執事にすることができたんですから。結果オーライです」
「―――チッ………」
セレーネの「私の専属執事」という言葉に、これまた珍しくアンナが舌打ちをする。なんだかこの2人はどうにも相性が悪いようだ。
今後も関係は続いて行く予定なのだが、どうにも不安な顔合わせであった。
結局この後は今後の栗原組の活動計画を聞いたりと、少しの話し合いを終え、この顔合わせは解散となった。
ビレッジ公爵家とレドシラ伯爵家。この両家はどちらも反社という激薬を使ったが、その結果は正反対であった。反社組織との繋がりを逆手に取られ、足元をすくわれたレドシラ伯爵家に対し、ビレッジ公爵家は上手く反社を利用して見せた。レドシラ伯爵家には毒に、ビレッジ公爵家には薬になったという事だ。
結局反社というものは、用法用量を守って、適度に利用するのが一番なのであろう。それが今回の件で顕著に表れた形だ。
これからも栗原組という、反社組織との関係は続く。セレーネとビレッジ公爵が裏の闇に飲まれないよう、マーロンも目を光らせようと改めて決意した。
「―――マーロン。私、アンナさんには負けませんから」
「えっ?何のことでしょうか、お嬢?」
「ううん。なんでもない」
そう言ってセレーネは、マーロンに悪戯な笑みを見せるのであった。
更に数日後。今日はレドシラ伯爵家の娘フィーネを、ビレッジ公爵家に迎え入れる日だ。
「フィーネ。これからよろしくお願いしますね」
「はい、セレーネ様。よろしくお願いします!」
そう元気よくフィーネは返事をする。今から人質になる人物とは思えないほどのさわやかな挨拶だ。どうもフィーネは既に、セレーネに懐いている様子である。
「ビレッジ公爵様もよろしくお願いします」
「うむ。我々は君を歓迎する。不自由はさせないつもりだが、何かあればすぐに言うといい」
「はい。ありがとうございます」
ビレッジ公爵にも笑顔で挨拶を済ませるフィーネ。
「フィーネ様。これからよろしくお願いします」
マーロンも続いてフィーネに挨拶をする。が――――――
「は、はい。よろしくお願いします………」
先ほどとは打って変わり、フィーネは少し緊張した様子で笑顔が引きつっている。
恐らくレドシラ伯爵邸でのマーロンの暴れ様を見ていたからであろう。彼女には少し怖がられているみたいだ。
これからフィーネもセレーネやビレッジ公爵と同じく、扱い的には主人となる。ちゃんとあの時のイメージを払拭して行かなければならないだろう。
マーロンは心の中で密かに気合を入れるのであった。




