18. フィーネ
「レドシラ伯爵、言っただろう?うちの執事たちを怒らせないようにと。口の利き方には気を付けろと」
ビレッジ公爵の言葉に、ぶるぶると震えるレドシラ伯爵夫妻。彼らの前には証拠も、剣も付きつけられ、もう完全に王手が掛かった状態だ。
レドシラ伯爵夫妻の反応を待つビレッジ公爵たち。
「どうか………どうか命だけはお助け下さい………!」
「お、お願いいたします」
完全に怯えきったレドシラ伯爵夫妻から最終的に出てきた言葉に、ビレッジ公爵は溜息をついた。人の娘の命を狙っておいて、自らの命が危険に晒されれば命乞いをする。本当に勝手なものだ。
ビレッジ公爵はそんなレドシラ伯爵夫妻の態度に呆れ返り、マーロンに命令を下そうと口を開きかける。
だが、その瞬間――――――
「待ってください!!」
その言葉と共に部屋のドアがばたんと開けられ、まだ10歳くらいの少女が部屋の中に入ってきたのだ。髪はパープルのツインテール。まだあどけない、可愛らしい少女である。
「フィ、フィーネ!来ちゃダメです!!」
レドシラ伯爵夫人がその少女の名を叫ぶ。
フィーネ。確か、レドシラ伯爵夫妻の子供であったはずだ。まだ10歳くらいの幼い少女である。
「父上と母上は私の為に、このような愚行を犯してしまったのです!全ての責は私にあります!」
フィーネが訴えかけるようにビレッジ公爵たちに叫んだ。
「罰するのであれば、私の方を罰してください!!」
「フィーネ!?何を言っている!?」
レドシラ伯爵夫妻の顔が青ざめる。
レドシラ伯爵夫妻がセレーネの命を狙った理由。そこには確かに、フィーネという溺愛する娘の存在があった。
レドシラ伯爵夫妻は昔からずっと、ビレストの街の2番手の貴族であった。そこそこの権力を持つ田舎の貴族。確かに生活に不自由などは無かった。
だが、レドシラ伯爵はずっと、ビレッジ公爵にへこへこと頭を垂れて生きてきたのだ。ビレッジ公爵の顔色を窺い、時には頭を下げる。そんな生活だけが、レドシラ伯爵にとっては苦痛であったのだ。
そんな思いを愛しいフィーネにさせたくない。その一心でレドシラ伯爵は、セレーネの暗殺に踏み込んだのだ。
だが、ビレッジ公爵はそんな事情や動機など知らない。
「レドシラ伯爵よ。自らの罪を、子供に擦り付ける気か!?」
突然のフィーネの登場。そして、レドシラ伯爵を庇うようなフィーネの言葉。そんな状況にビレッジ公爵は、怒りが再燃してくる。
今この光景を見るビレッジ公爵の目には、レドシラ伯爵が子供を使って、生き残りを図っているようにしか見えなかったのだ。
「ち、違います!フィーネは関係ない!!全ての責任は我々夫婦にあります!!」
「ビレッジ公爵、お願いします!どうか、父上と母上は許してあげてください!!」
レドシラ伯爵夫妻とフィーネが相反する主張を繰り出すが、ビレッジ公爵には子供に責を負わせるつもりは毛頭ない。元来の予定通り、レドシラ伯爵夫妻を罰するつもりである。
「自らの子を盾にするような奴を、私は許しておけん!!」
ビレッジ公爵はそう吐き捨てるかのように言うと、マーロンに向かって先ほど言いかけた命を下す。
「マーロン!レドシラ伯爵夫妻を斬り捨てろ!」
「はい。承知いたしました」
そう言ってマーロンは首筋にあてていた剣を引き、今度は首の裏に剣を当てた。
「いや!!やめてください!!」
フィーネがそれを見て泣き叫び、レドシラ伯爵夫妻に近付こうとする。それにフレデリックが反応し、フィーネを捕まえて止める。
「大人しくしておいてください。我々としても心苦しいですが、お嬢様の命を狙った者を生かしておくわけにはいきませんので」
「やだ!!離して!!」
フレデリックの拘束から逃れようとするフィーネであるが、子供の彼女では大人のフレデリックには敵わない。
「レドシラ伯爵夫妻よ。お嬢の命を狙った罪。地獄で後悔するんだな」
「ひ、ひぃ!!」
マーロンが剣を振りかぶった。この剣が振り下ろされれば、レドシラ伯爵の首は一刀両断されるだろう。
マーロンは一呼吸置き、レドシラ伯爵の首に狙いを定めた。
そして、戸惑も一切なく、一気に振り上げた剣を振り下ろした。
「いやあああああああああああああああ!!!」
フィーネの叫び声が響く。だがマーロンの剣は無慈悲にも、止まる様子を見せない。
振り下ろされた剣が空を裂く。
差し出された首筋に向かって一直線に落ちていく。
そして今まさに、その首を両断しようとした瞬間――――――
「やめなさい!!!!!」
その声は部屋の中で響いた。
たった一言。
そのたった一言で、マーロンの剣は首をちょん切る一歩手前で静止した。
一瞬でも遅ければ、その首は今頃床に転がっていただろう。
「お父様。マーロン。フレデリック。もうやめましょう」
ソファから立ち上がり言ったのは、先ほどまで沈黙を貫いていたセレーネであった。
「セレーネ。何を言って………」
「やりすぎです。命まで奪う必要はないでしょう?それに、子供の前で親の命を奪うつもりですか?」
「しかしだな!こやつらはセレーネの命を狙っていたのだぞ!?」
「わかっています。ですが、私は死んでなどいません」
「実際に死にかけただろう!?マーロンがいなければ、セレーネは生きてはいなかったのかも知れないんだぞ!?」
「そうですね。命を狙われたこと自体は、まだ私も許してはおりません。ですが、今ここでレドシラ伯爵夫妻を殺せば、まだ幼いフィーネはどうなりますか?両親を失い、路頭に迷う事になってしまいます」
セレーネが言っていることは至極真っ当な懸念である。
レドシラ伯爵夫妻はビレッジ公爵家と同じく、娘1人しかいない。しかもまだ10歳の娘である。そんなレドシラ伯爵夫妻が殺されてしまえば、レドシラ伯爵家はまだ10歳のフィーネが継ぐことになる。
フィーネはまだ子供で、1人で政治の世界を生きていくことなどできないだろう。そうなれば待っているのは、悪い大人たちにより骨までしゃぶりつくされる地獄の日々だ。彼女の未来に待っているのは、全てを失って路頭に迷う、1人の少女の姿だ。
だが、だからと言って、ここで手心を加えるのはビレッジ公爵にとっても不利益になる。同情はするが、この場ではその情は捨てるべき場面である。
それをマーロンは、セレーネに説明する。
「お嬢。僭越ながら申し上げますと、ここで手心を加えれば、セレーネお嬢だけでなく、ビレッジ公爵にも迷惑をかけることになります。この事が広がれば必ず我々は舐められる。命を狙われて尚、手心を加える甘さは、他者にとっては付け入りやすい隙に映るでしょう。レドシラ伯爵夫妻のように、思い上がった馬鹿がまたしても現れてしまいます。落とし前は必ずつけて、我々に逆らえばどうなるのかと対外的にも示すべきです」
基本的に主人の命令には従うマーロンであるが、アドバイスであれば行う。このマーロンの進言で、セレーネが考えを変えてくれることを願うが―――――
「確かにそうかもしれません。ですが、私たちがレドシラ伯爵の首を落とせば、フィーネに消えない傷を負わせることになります。私にはそれが我慢できないのです」
泣き叫び、嗚咽を漏らすフィーネという少女。確かに目の前で親の首を跳ねれば、一生忘れられない傷となるであろう。
今も尚彼女はフレデリックに拘束されながらも、「父上!母上!」と、レドシラ伯爵夫妻の身を案じている。
「―――わかりました。お嬢がそう言うのであれば、ここで彼らの首を跳ねるのはやめておきましょう」
「ありがとうマーロン。不本意でしょうけど、従ってくれて」
「いえ。私の本意はお嬢、あなたに付き従う事。この者たちの命など、些事にしかすぎません」
マーロンはそう飄々と返して、レドシラ伯爵の首から剣を引いた。
「ハァ………ハァ………」
死の恐怖から解放されたレドシラ伯爵の中に、安堵の感情が広がる。レドシラ伯爵夫人も、命拾いしたレドシラ伯爵に、「あなた!」と身を案じながら寄り添っている。
マーロンはそんなレドシラ伯爵夫人を無理やり引き剥がし、レドシラ伯爵の耳元でささやく
「お嬢のお陰で命拾いしたな。これ以上お嬢に手を出してみろ。お前の妻と娘もろとも、魔物のエサにしてやる」
マーロンからの脅しに、レドシラ伯爵が首をぶんぶんと縦に振った。
「マーロン!何をしているのです!?」
「すみませんお嬢。少し脅しただけです」
「ほどほどにしなさい」
「はい。承知いたしました」
そう言ってマーロンは執事の時のすまし顔に戻る。この表と裏の顔の使い分けこそ、彼の怖さの1つの要因なのかもしれない。
「ハァ………うちの娘と執事にはいつも困らせられるな」
「すみませんお父様」
「申し訳ございません、旦那様」
ビレッジ公爵がこの目まぐるしい状況に困惑し、ため息をついた。先ほどまでに感じていたレドシラ伯爵夫妻への怒りは、セレーネの言葉で既に霧散してしまった。
「わかった。ここでレドシラ伯爵の首を落とすのはやめにしよう。フレデリック、彼女を解放してあげなさい」
「承知いたしました。旦那様」
フレデリックが捕まえていたフィーネを解放すると、「父上!母上!」と呼びかけながら、レドシラ伯爵夫妻に駆け寄った。
レドシラ伯爵の胸に飛び込み、命が助かったことを3人で喜び抱きしめ合う。
「しかし、これから大変だぞ?マーロンの言う通り、この事が広まれば他の貴族から舐められかねない」
「すみません、お父様」
「よい。久しぶりの娘のわがままだ。わがままを聞いてやるのも悪くない気分だ」
そう言って気分良さそうに笑顔を浮かべるビレッジ公爵。
だが実際に大変なことになったのは事実だ。この事が外に広まれば、ビレッジ公爵の貴族としての権力や求心力は落ちてしまう。なにせ、自らの娘の命を狙った輩を、何のお咎めも無しに野放しにするのだ。そんな甘い奴など、傍から見ればカモにしか見えない。
「殺さず、だが、対外的にも相応の処罰を下したと示せるような、そんな都合がいい方法があればいいのですが………」
「う~む。悩ましいな」
「王に報告するのはどうですか?」
「十中八九処刑だ。結局レドシラ伯爵夫妻が死ぬことに変わりはない」
自分たちの処分を協議するビレッジ公爵たちの姿に、戦々恐々といった様子のレドシラ伯爵夫妻。
そんな中、思い悩むマーロンたちに恐る恐るといった様子でフィーネが話し掛けた。
「あの………私があなた方の人質となるのはどうでしょう?」
そう、フィーネが提案してくる。
「フィ、フィーネ!何を言って!」
「母上は黙っていてください!ビレッジ公爵様方は、我々の命を助けてくれると言ってくれました。しかし、だからと言って我々への罰が免除になったわけではありません!それ相応の償いはするべきです!」
「そ、そうだけど、何もフィーネが人質になる必要は………!」
「父上と母上はセレーネ様を殺そうとしたんですよ!?私が人質になるくらいでないと釣り合いません!」
突然のフィーネの言葉にレドシラ伯爵夫人が猛反対するが、その提案に理解を示したのがビレッジ公爵だ。
「うむ。確かに貴様らの娘を我が屋敷で引き取れば、舐められる懸念は無くなるな」
そう言ってビレッジ公爵はマーロンたちの方を振り向く。
「フレデリック、マーロン。どう思う?」
「良い提案かと思います旦那様。対外的にも処罰を下したと示すことができます」
「賛成です。人質として娘というカードを持っていれば、レドシラ伯爵夫妻も下手に動けなくなるでしょう。これからのレドシラ伯爵夫妻の動きを牽制するという点でも、良い一手かと思います」
フレデリック、マーロンがそれぞれフィーネの提案に賛成の票を投じた。
「我々はもう、ビレッジ公爵に楯突こうなんて考えは持っていません!」
「貴様らは黙っていたまえ!貴様らの言葉など、信じるに値せん!」
「も、申し訳ございません」
もう反抗する気などないと主張するレドシラ伯爵夫妻であったが、そんな彼らを一蹴するビレッジ公爵。ビレッジ公爵側から見れば、そんな言葉などその場しのぎの言葉にしか聞こえない。
「セレーネはどうかね?」
「私は………反対です。フィーネは何も悪くないのに、彼女が可哀想です………」
セレーネの言葉はフィーネを案じる言葉であった。今回の件、レドシラ伯爵夫妻が勝手にフィーネの為に起こした事件で、フィーネとしては被害者なのだ。なのに彼女に尻拭いをさせることに、セレーネは否定的なのだ。
「セレーネ様。私の事を心配しての言葉なのでしょうが、問題はございません。寧ろ父上と母上の命を救ってくださり、感謝すらしているのです。それに、セレーネ様のような優しいお方が育った屋敷です。私としてもその教育の一端を、学びに行こうという魂胆でございます」
そう主張するフィーネ。聡いだけでなく、意外と豪胆な部分も持ち合わせる少女らしい。
「わかりました。フィーネ、あなたがいいというのであれば、私からは言う事はありません。―――ただし!お父様、フィーネを虐げたりすることは絶対に私が許しませんので、そのつもりで!」
「うむ!わかった!必ず客人として手厚く迎えよう」
人質とはいえ相手は10歳の子供だ。ビレッジ公爵としても、不自由を強要したりはしないはずだ。
「そういうことだ。貴様らの娘は我が屋敷で客人として迎える。不当に扱ったりはしないと約束はするが、貴様らが我々に逆らうならば、その限りでないことを努々忘れるな」
「は、はい。わかりました………」
ようやくセレーネ暗殺事件が解決に向かい、話がまとまる。レドシラ伯爵への人質として、フィーネをビレッジ公爵の屋敷に迎える。そうすることで、レドシラ伯爵はビレッジ公爵に逆らえなくなる。セレーネの命を狙った罰としては甘いとは思うが、まあいい所には落ち着いたであろう。
「フィーネか。よくできた子だ」
「いえ。それほどではありません。ビレッジ公爵」
「そう謙遜するな。君のお陰で話がまとまったのだ。誇るとよい」
「はい。ありがとうございます、ビレッジ公爵」
結局、子が親の尻拭いをするのは、どの世界でも変わらぬようだ。
マーロンの前世でもそうであった。かつて所属していた組でも、何度も栗原は親分の尻拭いをさせられていた。出来の悪い親を持ったことがある仲間同士、マーロンはフィーネに少し同情してしまう。
「フィーネ。これからよろしくお願いしますね」
「はい。よろしくお願いします、セレーネ様」
そんなマーロンの気持ちなど露知らず、殺伐とした雰囲気に似合わぬくらい、さわやかな挨拶を交わすセレーネとフィーネなのであった。




