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異世界に転生した狂犬は、公爵令嬢の執事に転職するようです  作者: あべしろ
第一章 公爵令嬢の執事に転職しました
18/85

18. フィーネ

「レドシラ伯爵、言っただろう?うちの執事たちを怒らせないようにと。口の利き方には気を付けろと」


 ビレッジ公爵の言葉に、ぶるぶると震えるレドシラ伯爵夫妻。彼らの前には証拠も、剣も付きつけられ、もう完全に王手が掛かった状態だ。


 レドシラ伯爵夫妻の反応を待つビレッジ公爵たち。


「どうか………どうか命だけはお助け下さい………!」

「お、お願いいたします」


 完全に怯えきったレドシラ伯爵夫妻から最終的に出てきた言葉に、ビレッジ公爵は溜息をついた。人の娘の命を狙っておいて、自らの命が危険に晒されれば命乞いをする。本当に勝手なものだ。


 ビレッジ公爵はそんなレドシラ伯爵夫妻の態度に呆れ返り、マーロンに命令を下そうと口を開きかける。


 だが、その瞬間――――――


「待ってください!!」


 その言葉と共に部屋のドアがばたんと開けられ、まだ10歳くらいの少女が部屋の中に入ってきたのだ。髪はパープルのツインテール。まだあどけない、可愛らしい少女である。


「フィ、フィーネ!来ちゃダメです!!」


 レドシラ伯爵夫人がその少女の名を叫ぶ。

 フィーネ。確か、レドシラ伯爵夫妻の子供であったはずだ。まだ10歳くらいの幼い少女である。


「父上と母上は私の為に、このような愚行(ぐこう)を犯してしまったのです!全ての責は私にあります!」


 フィーネが訴えかけるようにビレッジ公爵たちに叫んだ。


「罰するのであれば、私の方を罰してください!!」

「フィーネ!?何を言っている!?」


 レドシラ伯爵夫妻の顔が青ざめる。

 レドシラ伯爵夫妻がセレーネの命を狙った理由。そこには確かに、フィーネという溺愛(できあい)する娘の存在があった。


 レドシラ伯爵夫妻は昔からずっと、ビレストの街の2番手の貴族であった。そこそこの権力を持つ田舎の貴族。確かに生活に不自由などは無かった。

 だが、レドシラ伯爵はずっと、ビレッジ公爵にへこへこと頭を垂れて生きてきたのだ。ビレッジ公爵の顔色を(うかが)い、時には頭を下げる。そんな生活だけが、レドシラ伯爵にとっては苦痛であったのだ。


 そんな思いを愛しいフィーネにさせたくない。その一心でレドシラ伯爵は、セレーネの暗殺に踏み込んだのだ。


 だが、ビレッジ公爵はそんな事情や動機など知らない。


「レドシラ伯爵よ。自らの罪を、子供に擦り付ける気か!?」


 突然のフィーネの登場。そして、レドシラ伯爵を庇うようなフィーネの言葉。そんな状況にビレッジ公爵は、怒りが再燃してくる。

 今この光景を見るビレッジ公爵の目には、レドシラ伯爵が子供を使って、生き残りを図っているようにしか見えなかったのだ。


「ち、違います!フィーネは関係ない!!全ての責任は我々夫婦にあります!!」

「ビレッジ公爵、お願いします!どうか、父上と母上は許してあげてください!!」


 レドシラ伯爵夫妻とフィーネが相反する主張を繰り出すが、ビレッジ公爵には子供に責を負わせるつもりは毛頭ない。元来の予定通り、レドシラ伯爵夫妻を罰するつもりである。


「自らの子を盾にするような奴を、私は許しておけん!!」


 ビレッジ公爵はそう吐き捨てるかのように言うと、マーロンに向かって先ほど言いかけた命を下す。


「マーロン!レドシラ伯爵夫妻を斬り捨てろ!」

「はい。承知いたしました」


 そう言ってマーロンは首筋にあてていた剣を引き、今度は首の裏に剣を当てた。


「いや!!やめてください!!」


 フィーネがそれを見て泣き叫び、レドシラ伯爵夫妻に近付こうとする。それにフレデリックが反応し、フィーネを捕まえて止める。


「大人しくしておいてください。我々としても心苦しいですが、お嬢様の命を狙った者を生かしておくわけにはいきませんので」

「やだ!!離して!!」


 フレデリックの拘束から逃れようとするフィーネであるが、子供の彼女では大人のフレデリックには敵わない。


「レドシラ伯爵夫妻よ。お嬢の命を狙った罪。地獄で後悔するんだな」

「ひ、ひぃ!!」


 マーロンが剣を振りかぶった。この剣が振り下ろされれば、レドシラ伯爵の首は一刀両断されるだろう。


 マーロンは一呼吸置き、レドシラ伯爵の首に狙いを定めた。

 そして、戸惑も一切なく、一気に振り上げた剣を振り下ろした。


「いやあああああああああああああああ!!!」


 フィーネの叫び声が響く。だがマーロンの剣は無慈悲にも、止まる様子を見せない。


 振り下ろされた剣が空を裂く。

 差し出された首筋に向かって一直線に落ちていく。


 そして今まさに、その首を両断しようとした瞬間――――――


「やめなさい!!!!!」


 その声は部屋の中で響いた。


 たった一言。

 そのたった一言で、マーロンの剣は首をちょん切る一歩手前で静止した。


 一瞬でも遅ければ、その首は今頃床に転がっていただろう。


「お父様。マーロン。フレデリック。もうやめましょう」


 ソファから立ち上がり言ったのは、先ほどまで沈黙を貫いていたセレーネであった。


「セレーネ。何を言って………」

「やりすぎです。命まで奪う必要はないでしょう?それに、子供の前で親の命を奪うつもりですか?」

「しかしだな!こやつらはセレーネの命を狙っていたのだぞ!?」

「わかっています。ですが、私は死んでなどいません」

「実際に死にかけただろう!?マーロンがいなければ、セレーネは生きてはいなかったのかも知れないんだぞ!?」

「そうですね。命を狙われたこと自体は、まだ私も許してはおりません。ですが、今ここでレドシラ伯爵夫妻を殺せば、まだ幼いフィーネはどうなりますか?両親を失い、路頭(ろとう)に迷う事になってしまいます」


 セレーネが言っていることは至極真っ当な懸念(けねん)である。

 レドシラ伯爵夫妻はビレッジ公爵家と同じく、娘1人しかいない。しかもまだ10歳の娘である。そんなレドシラ伯爵夫妻が殺されてしまえば、レドシラ伯爵家はまだ10歳のフィーネが継ぐことになる。

 フィーネはまだ子供で、1人で政治の世界を生きていくことなどできないだろう。そうなれば待っているのは、悪い大人たちにより骨までしゃぶりつくされる地獄の日々だ。彼女の未来に待っているのは、全てを失って路頭に迷う、1人の少女の姿だ。


 だが、だからと言って、ここで手心を加えるのはビレッジ公爵にとっても不利益になる。同情はするが、この場ではその情は捨てるべき場面である。

 それをマーロンは、セレーネに説明する。


「お嬢。僭越(せんえつ)ながら申し上げますと、ここで手心を加えれば、セレーネお嬢だけでなく、ビレッジ公爵にも迷惑をかけることになります。この事が広がれば必ず我々は舐められる。命を狙われて尚、手心を加える甘さは、他者にとっては付け入りやすい隙に映るでしょう。レドシラ伯爵夫妻のように、思い上がった馬鹿がまたしても現れてしまいます。落とし前は必ずつけて、我々に逆らえばどうなるのかと対外的にも示すべきです」


 基本的に主人の命令には従うマーロンであるが、アドバイスであれば行う。このマーロンの進言で、セレーネが考えを変えてくれることを願うが―――――


「確かにそうかもしれません。ですが、私たちがレドシラ伯爵の首を落とせば、フィーネに消えない傷を負わせることになります。私にはそれが我慢できないのです」


 泣き叫び、嗚咽を漏らすフィーネという少女。確かに目の前で親の首を跳ねれば、一生忘れられない傷となるであろう。

 今も尚彼女はフレデリックに拘束されながらも、「父上!母上!」と、レドシラ伯爵夫妻の身を案じている。


「―――わかりました。お嬢がそう言うのであれば、ここで彼らの首を跳ねるのはやめておきましょう」

「ありがとうマーロン。不本意でしょうけど、従ってくれて」

「いえ。私の本意はお嬢、あなたに付き従う事。この者たちの命など、些事(さじ)にしかすぎません」


 マーロンはそう飄々(ひょうひょう)と返して、レドシラ伯爵の首から剣を引いた。


「ハァ………ハァ………」


 死の恐怖から解放されたレドシラ伯爵の中に、安堵の感情が広がる。レドシラ伯爵夫人も、命拾いしたレドシラ伯爵に、「あなた!」と身を案じながら寄り添っている。


 マーロンはそんなレドシラ伯爵夫人を無理やり引き剥がし、レドシラ伯爵の耳元でささやく


「お嬢のお陰で命拾いしたな。これ以上お嬢に手を出してみろ。お前の妻と娘もろとも、魔物のエサにしてやる」


 マーロンからの脅しに、レドシラ伯爵が首をぶんぶんと縦に振った。


「マーロン!何をしているのです!?」

「すみませんお嬢。少し脅しただけです」

「ほどほどにしなさい」

「はい。承知いたしました」


 そう言ってマーロンは執事の時のすまし顔に戻る。この表と裏の顔の使い分けこそ、彼の怖さの1つの要因なのかもしれない。


「ハァ………うちの娘と執事にはいつも困らせられるな」

「すみませんお父様」

「申し訳ございません、旦那様」


 ビレッジ公爵がこの目まぐるしい状況に困惑し、ため息をついた。先ほどまでに感じていたレドシラ伯爵夫妻への怒りは、セレーネの言葉で既に霧散(むさん)してしまった。


「わかった。ここでレドシラ伯爵の首を落とすのはやめにしよう。フレデリック、彼女を解放してあげなさい」

「承知いたしました。旦那様」


 フレデリックが捕まえていたフィーネを解放すると、「父上!母上!」と呼びかけながら、レドシラ伯爵夫妻に駆け寄った。

 レドシラ伯爵の胸に飛び込み、命が助かったことを3人で喜び抱きしめ合う。


「しかし、これから大変だぞ?マーロンの言う通り、この事が広まれば他の貴族から舐められかねない」

「すみません、お父様」

「よい。久しぶりの娘のわがままだ。わがままを聞いてやるのも悪くない気分だ」


 そう言って気分良さそうに笑顔を浮かべるビレッジ公爵。


 だが実際に大変なことになったのは事実だ。この事が外に広まれば、ビレッジ公爵の貴族としての権力や求心力は落ちてしまう。なにせ、自らの娘の命を狙った輩を、何のお(とが)めも無しに野放しにするのだ。そんな甘い奴など、傍から見ればカモにしか見えない。


「殺さず、だが、対外的にも相応の処罰を下したと示せるような、そんな都合がいい方法があればいいのですが………」

「う~む。悩ましいな」

「王に報告するのはどうですか?」

「十中八九処刑だ。結局レドシラ伯爵夫妻が死ぬことに変わりはない」


 自分たちの処分を協議するビレッジ公爵たちの姿に、戦々恐々といった様子のレドシラ伯爵夫妻。


 そんな中、思い悩むマーロンたちに恐る恐るといった様子でフィーネが話し掛けた。


「あの………私があなた方の人質となるのはどうでしょう?」


 そう、フィーネが提案してくる。


「フィ、フィーネ!何を言って!」

「母上は黙っていてください!ビレッジ公爵様方は、我々の命を助けてくれると言ってくれました。しかし、だからと言って我々への罰が免除(めんじょ)になったわけではありません!それ相応の償いはするべきです!」

「そ、そうだけど、何もフィーネが人質になる必要は………!」

「父上と母上はセレーネ様を殺そうとしたんですよ!?私が人質になるくらいでないと釣り合いません!」


 突然のフィーネの言葉にレドシラ伯爵夫人が猛反対するが、その提案に理解を示したのがビレッジ公爵だ。


「うむ。確かに貴様らの娘を我が屋敷で引き取れば、舐められる懸念は無くなるな」


 そう言ってビレッジ公爵はマーロンたちの方を振り向く。


「フレデリック、マーロン。どう思う?」

「良い提案かと思います旦那様。対外的にも処罰を下したと示すことができます」

「賛成です。人質として娘というカードを持っていれば、レドシラ伯爵夫妻も下手に動けなくなるでしょう。これからのレドシラ伯爵夫妻の動きを牽制(けんせい)するという点でも、良い一手かと思います」


 フレデリック、マーロンがそれぞれフィーネの提案に賛成の票を投じた。


「我々はもう、ビレッジ公爵に楯突こうなんて考えは持っていません!」

「貴様らは黙っていたまえ!貴様らの言葉など、信じるに値せん!」

「も、申し訳ございません」


 もう反抗する気などないと主張するレドシラ伯爵夫妻であったが、そんな彼らを一蹴(いっしゅう)するビレッジ公爵。ビレッジ公爵側から見れば、そんな言葉などその場しのぎの言葉にしか聞こえない。


「セレーネはどうかね?」

「私は………反対です。フィーネは何も悪くないのに、彼女が可哀想です………」


 セレーネの言葉はフィーネを案じる言葉であった。今回の件、レドシラ伯爵夫妻が勝手にフィーネの為に起こした事件で、フィーネとしては被害者なのだ。なのに彼女に尻拭いをさせることに、セレーネは否定的なのだ。


「セレーネ様。私の事を心配しての言葉なのでしょうが、問題はございません。寧ろ父上と母上の命を救ってくださり、感謝すらしているのです。それに、セレーネ様のような優しいお方が育った屋敷です。私としてもその教育の一端を、学びに行こうという魂胆(こんたん)でございます」


 そう主張するフィーネ。(さと)いだけでなく、意外と豪胆(ごうたん)な部分も持ち合わせる少女らしい。


「わかりました。フィーネ、あなたがいいというのであれば、私からは言う事はありません。―――ただし!お父様、フィーネを(しいた)げたりすることは絶対に私が許しませんので、そのつもりで!」

「うむ!わかった!必ず客人として手厚く迎えよう」


 人質とはいえ相手は10歳の子供だ。ビレッジ公爵としても、不自由を強要したりはしないはずだ。


「そういうことだ。貴様らの娘は我が屋敷で客人として迎える。不当に扱ったりはしないと約束はするが、貴様らが我々に逆らうならば、その限りでないことを努々(ゆめゆめ)忘れるな」

「は、はい。わかりました………」


 ようやくセレーネ暗殺事件が解決に向かい、話がまとまる。レドシラ伯爵への人質として、フィーネをビレッジ公爵の屋敷に迎える。そうすることで、レドシラ伯爵はビレッジ公爵に逆らえなくなる。セレーネの命を狙った罰としては甘いとは思うが、まあいい所には落ち着いたであろう。


「フィーネか。よくできた子だ」

「いえ。それほどではありません。ビレッジ公爵」

「そう謙遜(けんそん)するな。君のお陰で話がまとまったのだ。誇るとよい」

「はい。ありがとうございます、ビレッジ公爵」


 結局、子が親の尻拭いをするのは、どの世界でも変わらぬようだ。

 マーロンの前世でもそうであった。かつて所属していた組でも、何度も栗原は親分の尻拭いをさせられていた。出来の悪い親を持ったことがある仲間同士、マーロンはフィーネに少し同情してしまう。


「フィーネ。これからよろしくお願いしますね」

「はい。よろしくお願いします、セレーネ様」


 そんなマーロンの気持ちなど露知らず、殺伐とした雰囲気に似合わぬくらい、さわやかな挨拶を交わすセレーネとフィーネなのであった。

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流石10歳。我儘なクソガキだな。
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