17. いざ、落とし前をつけに
セレーネの命を狙う犯人が判明してから一か月後。もろもろの準備を整え、ビレッジ公爵、セレーネ、フレデリック、マーロンの4人は、レドシラ伯爵邸に乗り込んだ。
「よくぞいらっしゃいました。ビレッジ公爵様、セレーネ様」
向かいのソファに座る夫婦の内、男性の方がビレッジ公爵たちに歓迎の言葉を掛ける。彼らこそがレドシラ伯爵夫妻だ。
その表情には笑顔が張り付いてはいるが、本音としては困惑しているであろう。ほとんどアポイントメント無しで尋ねたのだ。セレーネの命を狙っているという負い目もあり、少し笑顔はぎこちない。
本当はビレッジ公爵たちを受け入れたくはなかったレドシラ伯爵夫妻。急な来訪であるし、ビレッジ公爵でなければ日を改めてもらっていただろう。
だが、相手は自分たちより地位が高い貴族、それも、この街の領主である。断ることなどできず、受け入れるしか無かったのだ。
部屋の中にはマーロンたち、レドシラ伯爵夫妻の他に、レドシラ伯爵夫妻の執事と、護衛と思われる兵士が5人程、立ってレドシラ伯爵夫妻の傍についている。
レドシラ伯爵家に仕える執事が、ビレッジ公爵とセレーネの前に暖かそうな紅茶を置く。が、彼らはそれに口を付ける素振りすら見せず口を開く。
「ちょっとお二人にお聞きしたいことがありましてね。こうしてわざわざ訪ねて来たんですよ」
「そ、そうですか。ご足労いただきありがとうございます」
わざわざを強調して言うビレッジ公爵の言葉に、ますます不安を募らせるレドシラ伯爵夫妻。この様子だとよい話では無いことは確かであろう。もしかすると、レドシラ伯爵夫妻の企みすらバレてしまっている可能性もある。
「マーロン。例のブツを」
「はい。旦那様」
ビレッジ公爵に促されたマーロンは、懐からとある書物を取り出し、レドシラ伯爵夫妻が見えるように広げた。
「これが何かおわかりかね?」
「何かの、帳簿でしょうか?」
レドシラ伯爵が答える。その声は少し緊張していた。
「ああ。この帳簿は、闇ギルドである暁闇の梟が付けていた帳簿だ。レドシラ伯爵夫妻は、よくご存じの組織でしょう?」
レドシラ伯爵夫妻を一気に緊張感が襲う。夫妻の額から汗がつらーっと流れる。
「い、いえ………この街の闇ギルドであるという事しか知りません………」
「おや?おかしいな?この帳簿に載っている取引先に、何度もレドシラ伯爵夫妻の名が出てくるんだが?」
ビレッジ公爵はそう言って、帳簿のページを幾度もめくりながら指を差す。
「ここにも。ほら、ここにも」
ビレッジ公爵が指差す先には確かに、レドシラ伯爵との取引の記録が残されていた。
「ほう。30年も前から暁闇の梟との取引を続けているのか。ウエスト王国の貴族ともあろうものが、そんな事をしていいのかね?」
ビレッジ公爵から詰められたレドシラ伯爵は、額から脂汗を垂らしながら弁明する。
「ま、待ってください!こんなものでたらめです!闇ギルドが記載した帳簿など信じるに値しません!」
「ほう。つまり、公爵である私が、嘘の帳簿を持ってきたと。そう言いたいのかね?」
「い、いえ………!ビレッジ公爵殿はその暁闇の梟に騙されているのです!」
「―――あくまで白を切るつもりか………だったら………」
帳簿を突きつけられても認める様子はないレドシラ伯爵夫妻。ここまでは想定通りだ。
ならば今度は、次の一手を繰り出すのみ。
ビレッジ公爵は右手を上に掲げ、パチンと一度指を鳴らした。
すると―――――――
「ビレッジ公爵様。こちらがレドシラ伯爵家の裏帳簿でございます」
突如、レドシラ伯爵家に仕えているはずの執事が、ビレッジ公爵にレドシラ伯爵家の裏帳簿を渡してきたのだ。
「「!?」」
突然の執事の裏切りに、レドシラ伯爵夫妻は驚愕で目を見開いた。
「ミトル!どういうつもりですか!?」
今まで黙っていたレドシラ伯爵夫人が初めて声を荒げた。
「夫人。そう彼を責めてはいけません。仕方の無いことだったのです」
ビレッジ公爵のその言葉に、ミトルと呼ばれた執事は顔を悔しそうに歪めた。
「どういうことですか?」
「何。彼の妻と息子が盗みを働いてしまいましてね。それも、私の財布を預かっていたこのマーロンから、財布を盗んでしまったのです。そうだろう?マーロン?」
「はい。私の不注意とはいえ、盗人を見逃すわけにはいきません」
「ああ、そういう事だ。私の財布を盗んだ彼の妻とご子息を、現在牢屋に捕らえておるのだよ」
つまり、彼の妻と息子を人質に取っている、という事だ。
このミトルという執事は家族をとても大事にしているという情報を知ったマーロンは、この執事を利用する方法を思いついた。
詐欺の被害に遭い、生活が立ち行かなくなってしまっていたミトルの奥さんの目の前で、マーロンがわざと財布を落としたのだ。
棚ぼたのように落ちてきた財布を見て魔が差したのであろう。ミトルの奥さんはその財布を拾い、あろうことか生活の足しにしてしまったのだ。それが罠であったとも知らずに。
因みに、そのミトルの奥さんを騙した詐欺というのも、栗原組が仕掛けた工作である。
「なんて外道な事を!!」
ビレッジ公爵の話を聞いたレドシラ伯爵が声を荒げた。
その怒声に反応したのはビレッジ公爵ではなくマーロンであった。
「誰にものぬかしてんだゴラァ!!ぶち殺されてえのかジジイ!!」
「なっ!?」
外道という言葉に反応し、マーロンがレドシラ伯爵に啖呵を切る。テーブルを右足で思いっきり踏みつけ、レドシラ伯爵夫妻を威嚇する。
突如啖呵を切ったマーロンを警戒し、レドシラ伯爵の護衛が動く。レドシラ伯爵夫妻を守るため、護衛が彼らの前に出て来たのだ。
「貴様!レドシラ伯爵から離れろ!」
「無礼を働いたのはそっちのジジイだゴラァ!下っ端は黙ってろ!!」
マーロンは護衛たちにも恫喝し、一触即発の雰囲気が流れる。だが、それをビレッジ公爵が止めた。
「マーロン。抑えなさい」
「はい、旦那様。失礼いたしました」
ビレッジ伯爵がマーロンを制止すると、先ほどの態度が嘘であるかのように、すぐに元の執事に戻った。恐るべき変わり身の速さである。
「すみませんね、レドシラ伯爵。うちのマーロンは少し短気でして。言葉遣いには気を付けていただかないと、すぐに噛みついちゃいますので。ご注意を」
笑顔でそんな事を言うビレッジ公爵。レドシラ伯爵夫妻もその真意を察する。
先ほどのマーロンの恫喝は脅しだ。下手な事を言うとすぐにマーロンが動くぞという脅迫なのだ。
「も、申し訳ございません………」
「いえいえ。わかっていただけたら結構」
怯えたように謝罪するレドシラ伯爵夫妻に、ビレッジ公爵は話を続ける。
「それで、この裏帳簿に書いてあるのは………おっと!暁闇の梟の帳簿に記載してあった取引の時期と金額が、裏帳簿と完全に一致しているじゃあないか!取引先や用途は隠しているようだが、こんなにも情報が一致していたら、言い逃れはできないな?」
ビレッジ公爵が煽るようにレドシラ伯爵夫妻に言う。
「――――――くっ!」
何とか言い逃れできる方法を模索するレドシラ伯爵夫妻であったが、いい方法は全く思いつかない。
「おや。ここ最近も暁闇の梟との取引があるようだな。何々………依頼内容は『セレーネの暗殺』とな………これは見過ごせないな………」
「ですね旦那様。丁度、セレーネお嬢が毒を盛られ、更にレミとかいう刺客に襲われた時期と一致いたします」
「ほうほう。つまりレドシラ伯爵夫妻。君たちからの依頼で、暁闇の梟はセレーネの命を狙ったという事か………」
徐々に追い詰められていくレドシラ伯爵夫妻。顔全体から冷汗が噴き出てきている。
「―――いい加減、認めたらどうだ?」
ビレッジ公爵が問いかける。だが、レドシラ伯爵夫妻は沈黙を保っている。
そんな沈黙したままのレドシラ伯爵夫妻に対して、遂にビレッジ公爵の堪忍袋の緒が切れた。
「何とか言ったらどうだ!!このクズ共がァ!!」
「「!?」」
ビレッジ公爵の恫喝に、レドシラ伯爵夫妻の方がビクリと震えた。
もう言い逃れはできない。完全に詰みの状態である。
「………」
そこでレドシラ伯爵夫妻は強硬策を思いつく。
「そうだ。ここは我々の屋敷だ。全て隠蔽できる………」
レドシラ伯爵がそんな事を小さく呟く。
そしてレドシラ伯爵は顔を跳ね上げ、周りの護衛たちに命令を下そうとする。
「お前たち!奴らを殺………」
だが――――――
レドシラ伯爵が命令し終える前に、マーロンとフレデリックが動く。
マーロンとフレデリックが一気に護衛たちに近付き、不意打ちの攻撃を仕掛けたのだ。
左の護衛2人はフレデリックに任せ、マーロンは右にいる護衛3人を無力化しようと試みる。
完全に不意を突かれた護衛の内1人の懐に入り込み、その腕をひっつかんで、もう1人の護衛に向かって投げ飛ばした。
「なっ!?――――ぐへっ!!」
一瞬で一気に2人を無力化したマーロンは、残った1人に躍り掛かる。
やっと剣に手をかけた護衛のみぞおちに、自らの右拳をめり込ませた。
「おえっ!」
嗚咽と共に身体をくの字に折り曲げた護衛。
下がってきた頭をマーロンはひっつかみ、護衛の顔面に向かって膝を叩きいれた。
「オラぁ!オラぁ!」
「ぐぶっ!ぐべぇ!」
何度も膝に顔面を叩きつけるマーロン。次第に護衛から力が抜け、完全に気絶する。
意識を失ったのを確認したマーロンは、投げ飛ばされて今まさに立ち上がろうとしている2人に近付き、顔面を蹴り上げて2人とも気絶させる。
これで右の護衛3人を無力化し終えたマーロン。
すぐに左の方を見ると、フレデリックも既に護衛2人をのした後であった。
護衛が全員伸びたのを確認したマーロンは、護衛が持っていた剣を拾い上げ、レドシラ伯爵の首筋に付きつけた。
「ひ、ひぃ!!」
怯えた様子でマーロンを見上げるレドシラ伯爵。完全に腰を抜かしてしまっている。
自らの命令で戦闘が始まったというのに、情けない貴族である。
「レドシラ伯爵、言っただろう?うちの執事たちを怒らせないようにと。口の利き方には気を付けろと」
ビレッジ公爵の言葉で、顔が恐怖に歪むレドシラ伯爵夫妻であった。




