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異世界に転生した狂犬は、公爵令嬢の執事に転職するようです  作者: あべしろ
第一章 公爵令嬢の執事に転職しました
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16. セレーネお嬢様は怒っています

「旦那様。先ほど栗原組より報告がありました。暁闇の梟(ぎょうあんのふくろう)にお嬢の暗殺を依頼した人物が判明したと」

「ほ、本当か!?」


 マーロンからの報告に、ビレッジ公爵が大声を上げた。その場にはフレデリックとヒルダも一緒である。


「旦那様。声をお抑え下さい。セレーネお嬢様に聞かれてしまいますよ」

「そ、そうだな、すまない………」


 大声を上げてしまったビレッジ公爵に、フレデリックが苦言を呈す。彼ら4人はセレーネに内緒で動いているのだ。できればセレーネに知られぬうちに、この事件を解決したい。


「それで、どこの誰だ?」

「はい。レドシラ伯爵家。この街の貴族です」

「―――レドシラ伯爵が、か?」


 その報告に驚きを隠せないビレッジ公爵。

 レドシラ伯爵。ビレストに住む伯爵家で、レドシラ伯爵とその夫人、そして娘が1人といった家族構成だったはずだ。


「何かの間違いではないのか?至って良好な関係を築いてきたつもりなのだが?」

「間違いありません。暁闇の梟(ぎょうあんのふくろう)の帳簿から手に入れた情報ですので。確定です」

「レドシラ伯爵が………我が娘を………!」


 徐々に驚きから怒りに、ビレッジ公爵の感情がシフトしていく。見る見るうちに表情が険しくなっていく。


「確かに動機はわかりやすいですね。レドシラ伯爵家はビレストの街で、ビレッジ公爵家に次いで2位の貴族ですから。ビレッジ公爵家の跡継(あとつ)ぎが居なくなれば、ビレストの領地を手にするのはレドシラ伯爵家でしょうし」

「なるほど………領地と権力目当てか………!」


 ヒルダの言葉にビレッジ公爵の顔がさらに険しく歪む。動機としては、ビレッジ公爵家の領地をレドシラ伯爵家が奪い取ろうという、そんな魂胆(こんたん)なのだろう。


「もう辛抱ならん!今からでも乗り込んで………」

「お、お待ちください旦那様!」

「なんだフレデリック!?」

「まずは証拠固めからです!証拠が闇ギルドの帳簿だけでは言い逃れられますよ!」

「う、うむ………確かにそうだな………」


 フレデリックに(たしな)められ、何とか冷静になるビレッジ公爵。


「だが、どうやって証拠を集める?レドシラ伯爵家は歴史のある貴族だ。そう簡単に尻尾を出すような貴族じゃないぞ?」

「そうですね………暁闇の梟(ぎょうあんのふくろう)との取引を記した裏帳簿が手に入れば話は楽なんですが………」


 フレデリックが考え込む。不正な金の出入りを記した裏帳簿。これを手に入れられれば不正な取引の証拠として糾弾(きゅうだん)出来るのだが、そう簡単には話は進まない。

 当然、そんな大切な物をそう簡単に手に入れることなどできない。レドシラ伯爵の屋敷のどこかに、厳重に保管されているはずだ。正攻法で手に入れるのは難しいだろう。


 思考の海に入り込んでいたフレデリックであったが、ふとマーロンの姿が目に入った。こやつであれば、何かいいアイデアが思い浮かぶかもしれない。


「マーロンよ。何かいいアイデアは無いか?」

「私、ですか?」


 フレデリックに問われ、しばし考えるマーロン。


「いくつかあります。ですが、あまりお勧めできる方法ではありません。かなり、外道な方法ばかりですので………」


 マーロンの血肉と脳みそには、日本の裏社会での考え方が根付いている。そんな彼が思いつくようなことは、法に触れるスレスレ、もしくは法に完全に抵触するような方法しかないのだ。


「よい。話してみろ」


 ビレッジ公爵に促され、マーロンは話し始める。


「わかりました。まず一つ目ですが、………………ッ!?」


 途中まで話していたマーロンが、突如言葉を止めた。

 マーロンたちが話しているビレッジ公爵の部屋。研ぎ澄まされた嗅覚と聴覚によって、そこに続く廊下からセレーネが近付いてくる気配を感じたのだ。


「どうしたマーロン?」

「旦那様!まずいです!お嬢がこの部屋に近付いて………!」


 マーロンがビレッジ公爵にそう言った瞬間、ビレッジ公爵の部屋にノックの音が響いた。


「お父様?」


 ノックしてきたのはセレーネだ。

 ビレッジ公爵は手に人差し指を当てて、マーロンたちに静かにするように促す。居留守を使うつもりなのだ。


 だが――――――


「―――居留守をしても無駄ですよ?ここにいるのはわかってるんですから」


 そう言ってセレーネは、ビレッジ公爵の返事も聞かずにドアを開け、部屋の中に入ってきた。


「ほら!やっぱり!」


 居留守を使おうとした4人の姿に、呆れたようにため息をつくセレーネ。

 マーロンたちはバツが悪そうに視線を彷徨(さまよ)わせる。


「な、何か用かね?セレーネ」

「お父様。そろそろ全部話してください」

「な、何のことだい?」

「ここ最近、そこの4人でコソコソしているの、バレバレなんですからね!」

「うっ………!」


 どうやらセレーネは、セレーネに4人が隠し事をしている事にご立腹なようだ。


「こそこそなんてしてないぞ………?」

「ほう………あくまで白を切るつもりですか………だったら」


 セレーネがマーロンに視線を向ける。


「マーロン。コソコソと何をしているか、全部話しなさい」


 セレーネにそう問われ、背筋が伸びるマーロン。


「マーロン!何もコソコソなどしてないよな?な?」


 そんなマーロンにビレッジ公爵も必死に問いかける。何とか隠そうとマーロンにアイコンタクトを送る。


「え、えっと………」


 2人の主人の板挟みになり、マーロンはおろおろと困惑顔を浮かべる。こういう場合、どちらに付くべきなのだろうか、マーロンは選べない。


 そんな困惑気味のマーロンに、セレーネが追い打ちをかけた。


「マーロン。あなたは私の専属執事よね?だったら………?」

「はい!話します!!」


 一瞬でセレーネの方に付くマーロン。驚くべき切り替えの速さであった。


「マ、マーロンッッ!!」


 洗いざらい吐き出し始めたマーロン。彼らがいる部屋に、ビレッジ公爵の虚しい声が響くのであった。







「なるほど。私の為に、色々と調べてくれていたんですね………」

「はい。そうなんです。お嬢をあまり心配させたくなくて、秘密裏に進めておりました」

「そう………だとすればあまり怒れないですね………」

「だ、だろう!?」

「お父様は黙ってください」


 途中で入ってきたビレッジ公爵がピシャリとセレーネに叱られ、シュンと落ち込んだ様子を見せる。このおじさんにも意外とかわいい所がある。


「まさかマーロンがクリハラグミって組織のボスだったなんて………」

「すみませんお嬢。いつかお話しせねばとは思っていましたが………」

「いいんです。話し辛いことだったでしょうし」

「ありがとうございます。お嬢は優しいですね」


 セレーネがマーロンに向かって笑顔を向けた。マーロンの正体を知っても、セレーネの態度に特段変わった様子はない。怖くないのだろうかとも思ったが、ほんの数日前に彼女に言われた言葉を思い出す。


『私を守ってくれたあなたを、どうして怖いと思うことがありましょうか!!』


 初めてマーロンが本性を見せた時に、セレーネが言っていた言葉である。彼女にとって、マーロンの出自や肩書など関係ないのだ。セレーネにとって、マーロンは自分の事を守ってくれる大切な専属執事。ただそれだけなのだ。


「お父様。どうせレドシラ伯爵家に乗り込むつもりだったのでしょう?その時は私も連れて行ってください」

「えっ!?」


 セレーネがそんな事を言う。自身の命を狙う人物の本拠地だ。危険すぎる。


「ダメだ!危険すぎる!」

「大丈夫です。だってマーロンがいますし!」

「マーロンがいてもだ!―――君も何とか言いなさい!マーロン!」


 流れ弾であったが、マーロンは即答する。


「お嬢の事は私がお守りいたします。だから安心してください」


 同意してセレーネを止めると思っていたビレッジ公爵であったが、まさかのマーロンの返答に驚きを隠せない。


「マーロン!お前はセレーネの専属執事だろう!?そこは止めるべきじゃないのかね!?」


 困惑しつつ問うビレッジ公爵の言葉に対して、マーロンから返ってきたのは衝撃の言葉であった。


「危険なのは重々承知しております。ですが、だからと言ってお嬢の意思が捻じ曲げられることを良しとはしません。お嬢が敵地にカチ込むとおっしゃるのであれば、全力でお嬢の盾になりますし、お嬢が心中しろと命じてくださるのであれば、喜んで共に死地へと(おもむ)きましょう」

「!?!?」


 マーロンという男との価値観の違いに、ビレッジ公爵は驚きを隠せない。

 普通の従者であれば、主人を危険な目に遭わせないために止めるべきところだ。だがマーロンは、セレーネの言葉に異すら唱えず、共に危険な場所へと赴こうというのだ。

 その価値観の違いから、表で生きて来た者と、裏で生きて来た者の違いが浮き彫りになる。


 マーロンに根付くのは、極道としての親分子分の関係である。

 暴力団というのはかなり厳しい縦社会だ。親分の命令を絶対とし、子分はその命に従い、親分の為に自らの命を張る。

 親に鉄砲玉を命じられれば敵対組織にカチコミをかけるし、身代わりになれと命じられれば、喜んで警察に自首しに行く。親子とはそういう関係なのだ。


 かく言うマーロンも、時に暴走はするものの、基本的には親に忠実であった。

 更に、セレーネという主人を得てからのマーロンは、その考えはより強固になったのだ。セレーネに死ねと言われれば喜んで死ぬし、敵陣に乗り込めと言われれば喜んで鉄砲玉になる。

 そして、セレーネが共に心中しようと命じるのであれば、マーロンは喜んで、セレーネと共に死地に赴くであろう。


「全く………とんだ執事をセレーネに付けてしまったようだな………」

「ですって、マーロン?」

「誠に遺憾(いかん)です」

「全く、お前たちは………」


 呆れたようにため息をつくビレッジ公爵。


「よかろう。その際は同行を許可しよう。―――――ただしマーロン!必ずセレーネの事は守り通せ!もしセレーネに傷の1つでも付けようなら………お前はクビだ!」

「当然でございます!必ずお嬢の事は守り抜いて見せます!!」


 こうしてようやく話がまとまった。かに思えたが―――――


「フレデリック。ヒルダ。先ほどから黙っているようですけど、あなた達も私に隠し事をしてたという事、忘れませんからね?」


 セレーネが笑顔を浮かべながらフレデリックたちに言う。その笑顔に反して目は全然笑っていない。


「「は、はい!申し訳ございませんでした!!」」


 フレデリックとヒルダは、慌てた様子でセレーネに謝罪するのであった。

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