13. 栗原組は今でもボスを慕っている
数日後の夜。人気が全くないスラム街の一角にある、『栗原組』が主有する物件。そこに人目を避け、姿を隠すような深いフード姿のマーロン、ビレッジ公爵、フレデリックが訪れる。
「旦那様をこんな場所に呼び出すとは………」
「申し訳ございません。ですが、領主と闇ギルドが堂々と会うわけにもいけませんので………」
栗原組とのアポイントメントが取れ、このような場所で密会するようになった理由はもちろんある。栗原組という闇ギルドと領地を任されている貴族が、白昼堂々と会うわけにもいかないのだ。どうしても今回のように、密会のような形となってしまう。
「よい。悪いことをしているようで楽しいではないか。まあ、実際に悪いことをしているのだが」
「旦那様が良いと言われるのであれば、私からは何も言いますまい」
栗原組に直接会いたいと言ったり、密会を楽しいと言ったり、意外とビレッジ公爵は大胆な性格をしている。案外こういう人の方が、領主に向いているのかもしれない。
「では入りましょう」
マーロンのその言葉を合図に、マーロンたちは扉に手をかけ、物件の中に足を踏み入れた。
中に入った瞬間に目に入ってきたのは、数人の15歳前後の青年たちがマーロンたちに頭を下げている光景だった。全員が低く腰を落とし、手を膝に付けて頭を下げている。
「ようこそお越しくださいました」
出迎えた男女の内、茶髪のポニーテールの女性が挨拶をする。
予想外の礼儀正しさに、ビレッジ公爵とフレデリックは目を丸くする。裏社会の人間に、礼儀など微塵も期待していなかったのだ。
この世界、この国の礼儀と作法は少し違っている。だが、栗原組の客人に対する礼儀作法は、全てマーロンがボスの時代に叩き込んであるのだ。その成果が目も前で証明されて、マーロンも何だか鼻が高い気分になる。
「ご苦労さん。アンナ」
「ボスも。ご苦労さんです」
マーロンと茶髪のポニーテールの女性が挨拶を交わした。現在の栗原組のボスであるアンナだ。
「俺はもうボスじゃない」
「そうでしたね。栗原さん」
言葉でそう言うが、恐らくわざとであろう。今でもマーロンの事を慕っているというアピールなのだ。
「わざわざ出迎えてくれたのか」
「はい。栗原さんの主人となる方に、お越しいただくとお聞きしましたので」
アンナはそう言って、チラリとビレッジ公爵に視線を向けた。
「玄関先で話すのもなんです。中へどうぞ」
アンナと数人の青年たちがマーロンたちを家の中に案内し始めた。ビレッジ公爵とフレデリックは緊張しつつ黙って付いて行く。
通された部屋は応接室のような部屋であった。大きなソファーが2つ、向かい合って置いてあり、まるで対談を行う事務所のような部屋である。
「どうぞお座りください」
アンナが手でソファーの1つにマーロンたちを促す。
ここでもマーロンたちは従い、ビレッジ公爵には真ん中に座ってもらい、フレデリックとマーロンは立ったまま、ビレッジ公爵の脇を固めた。
「私はアンナと申します。僭越ながら栗原さんの跡を継がせていただき、栗原組のボスに就かせていただいております」
そう言ってアンナがビレッジ公爵たちに頭を下げた。
「私はフィリップです。栗原組では会計などをさせていただいております」
次に自己紹介を行ったのはフィリップ。長身の優男で、黒髪を腰付近まで伸ばし、片目にモノクルを付けたインテリ風の男だ。
「フィリップ?………もしかして、フィリップ商会会長の?」
「おや、ご存じでしたか」
ビレッジ公爵が驚いたような顔で尋ねると、フィリップがその言葉を肯定しクスリと笑った。
「確かにフィリップ商会の会長は私です。フィリップ商会は栗原組のいわゆる、フロント企業なんですよ」
フィリップ商会。最近になってビレストの街で台頭してきた、新進気鋭の商会である。その活動は多岐にわたり、不動産や飲食業、歓楽街にある風俗店の管理なども行っている、絶賛成長中の商会である。
「まさか、栗原組とフィリップ商会が繋がっていたとは………!」
想定外の情報を知ったビレッジ公爵が、驚きで目を丸くする。最近のフィリップ商会の成長が著しいと思っていたが、なるほど、栗原組と繋がっていたのだ。
「おっと、まだ我々の自己紹介がまだでしたな。ビレッジ公爵だ。この街の領主をしている」
そう言ってビレッジ公爵が遅れて自己紹介を行った。
「アンナさんにフィリップさんも、どうぞお座りになって」
ビレッジ公爵が、未だ立ったままのアンナとフィリップに向かって、ソファに座るよう促す。だが、アンナもフィリップも、ソファに座る様子が無い。
「ボス………栗原さんが立っているなら、私たちも座るわけにはいきませんので」
フィリップがそんな事を言いだす。
「アンナ、フィリップ。俺はもうボスじゃない。俺が座るのを待つ必要は無い」
「確かに組織上は栗原さんはボスではありません。ですが、我々個人にとっては、いつまでも栗原さんは尊敬するボスなのです」
「―――強情な奴だな」
いつまでも座る気のないアンナとフィリップに、マーロンは頭を掻く。確かに礼儀を叩きこんだのはマーロンであるが、そこまで融通が利かないほどではない筈だが。
「そうか。ではマーロンにフレデリック、座りなさい」
「え?ですが………」
「よい。私が許可する」
そうマーロンとフレデリックに命令したのはビレッジ公爵であった。
主人と執事が同じソファに座るなどご法度のはずだが、ビレッジ公爵が座れと言うのであれば従わざるを得ない。
「では、失礼して」
そう言ってマーロンとフレデリックは、渋々といった様子でビレッジ公爵と同じソファに座る。
「これでどうだ?どうぞ、お掛けになって」
ビレッジ公爵が再び、アンナたちに座るよう促す。
「では、お言葉に甘えて」
そう言ってようやく、アンナとフィリップが座った。
「お話は簡単には伺っております。何か調査して欲しいことがあるとか」
アンナがさっそく本題に入る。
「ああ。実は………」
そう言ってビレッジ公爵が事の経緯と依頼したい内容を話し始めた。
セレーネが刺客に狙われたこと。その刺客をとっ捕まえたこと。その刺客が暁闇の梟に所属している事。そして、その暁闇の梟に暗殺を依頼した依頼主を知りたいという事をだ。
「なるほど。誰がセレーネ様を狙っているか、調査して欲しいと。そういう事ですね」
「ああ。そういう事になる」
その話を聞き、アンナとフィリップは少し考え込んで、今度はフィリップが口を開いた。
「その刺客はまだ生きて?」
「うむ。マーロンに言われてな。まだ殺さずに牢に監禁しておる」
「なるほど。流石ボスです」
フィリップが感心したように頷いた。
「どういうことですか、フィリップ」
「いつでもその刺客の身体を利用できるよう、新鮮なまま残してくれていたという事ですよ」
フィリップがアンナに説明すると、アンナも「なるほど」と相槌を打った。
死体を利用するとか新鮮なままとか、あまりビレッジ公爵の前で言わないで欲しい。彼からのマーロンへの印象が悪くなる。
「ビレッジ公爵。その刺客の身柄、我々が自由に使っても構いませんか?」
「ああ。それは問題ないが………何に使うつもりかね?」
「それはあまり、聞かない方がよろしいかと………」
ビレッジ公爵に刺客の使い道を聞かれたフィリップが、誤魔化す様に苦笑いをする。
「旦那様。ここは彼らに任せておきましょう。我々は何も知らない。その方が都合は良いです」
マーロンがビレッジ公爵に耳打ちする。捕らえられた人間の使い道など、そう詮索するものではない。顧客である我々は知らぬ存ぜぬ、栗原組が勝手にやったこと。そういうスタンスでいることが大事なのだ。
「うむ、わかった。その刺客の身柄は栗原組に預けよう。それでよいか?」
「ええ。これで暁闇の梟の方から、我々栗原組に泣きついてくるはずですので」
そう言ったフィリップの口角が吊り上がった。流石栗原組一賢く、栗原組一冷酷な男だ。




