11. 狂犬の本性が垣間見える
数十分後。ある男がセレーネの部屋に駆けこんできた。
ラティス。ビレッジ公爵家お抱えの錬金術師だ。マーロンから竜の逆鱗を受け取り、竜の逆鱗の鑑定を行った人物である。
「紅茶とナイフから、『デススコーピオン』の毒が検出されました。本気でセレーネ様を殺すつもりであったようです」
ラティスからの報告を聞くビレッジ公爵。デススコーピオンの毒。即効性の致死毒である。
「そうか………まさかメイドの中に刺客が紛れ込んでいるとは………」
「申し訳ございません旦那様!私の監督不行き届きです!!」
「よい。ヒルダを責めるつもりは無い」
ビレッジ公爵に頭を下げるヒルダを、ビレッジ公爵が嗜める。確かにメイドの中に刺客が紛れ込んでいたのは事実であるが、恐らく相手はプロであった。ヒルダを責めるのは酷であろう。
「フレデリック、ヒルダ。使用人たちの素性を洗え。怪しいものは全員首にしろ」
「「ハッ!かしこまりました旦那様!」」
そう命令したビレッジ公爵。かなり思い切ったことをするもんだ。
フレデリックたちに命令を終えたビレッジ公爵が、今度はマーロンの方を向く。
「マーロンよ。よく娘を守ってくれた。礼を言おう」
「いえ。当然のことをしたまでです」
「しかしだな。これで娘の命を救ってもらうのは2回目だ」
「私の命はセレーネお嬢のもの。私が命を賭けて守るのは当然の責務です」
「―――全く。困った忠誠心の高さだよ」
そう言ってビレッジ公爵は頭を掻いた。
「それじゃあセレーネの為に一つお願いしていいかね?」
「はい。何なりと」
「―――そろそろセレーネから離れなさい」
ビレッジ公爵が少しだけ怒ったような顔でマーロンに命令した。
「その、ご命令であれば従いたいのですが………」
ビレッジ公爵の言葉に困ったような表情を浮かべたマーロンに、抱き着いたままの人物がいた。
そう。セレーネである。
セレーネは事件発生から数十分たった今でもまだ、マーロンの身体から離れようとしないのだ。
「お父様。私は今傷付いているのです。私の執事に癒しを求めて何が悪いんですか」
「しかしだなセレーネよ。マーロンも困っておるだろう?」
「困ってるのですか?マーロン?」
「いえ。お嬢のお役に立てて、光栄でございます」
ビレッジ公爵はどうやらマーロンの身体からセレーネを引き剥がしたいようだが、セレーネがそれを拒む。
「マーロンよ。そこは空気を読んで『困っている』と答えるべきところではないかね?」
「お嬢に嘘を付くわけにはいきませんので」
「―――全く。本当に困った忠誠心の高さだよ」
ビレッジ公爵は呆れた様子で溜息をついた。どうやらセレーネを引き剥がすのは諦めたみたいだ。
「旦那様。刺客は今どこに?」
「地下の牢に捕らえておる。意識を取り戻し次第、素性を調べるつもりだ」
ビレッジ公爵は濁してはいるが、刺客が意識を取り戻し次第、その刺客は拷問にかけられるのだろう。どこの誰なのか、誰からの刺客であるか、洗いざらい吐かせるつもりなのだ。
「旦那様。私もそこに同席してもよろしいですか?」
「君がかね?」
マーロンのお願いに少し不思議がるビレッジ公爵。
「はい。私もお嬢をお慕いする者の内の1人。お嬢に弓を引いた不届き者を許すわけにはいかないのです」
「…………」
ビレッジ公爵がマーロンの顔をじっと見て押し黙る。マーロンを同席させて良いか、測りかねているのだ。
「―――よかろう。その時には君も同席させよう」
「ありがとうございます」
最終的にビレッジ公爵からの許可を得たマーロン。刺客の正体を見定めるために、マーロンは全力を注ぐ。たとえその過程で自身の正体が露呈したって構わない。
セレーネを狙う者を根絶やしにするため、極道としてのマーロンが爪を研ぐ。
屋敷の中にある地下の牢獄。複数の檻の中の1つに、その女は猿ぐつわを噛まされて拘束されていた。両手両足はきつく縛られ、天井から両手を吊るされている。
女の名前はレミ。セレーネの命を狙う刺客であったメイドだ。
「吐け!吐かんか!」
そのレミに向かって鞭を振り下ろすのはビレッジ公爵。鞭を振り回す彼の姿からは、怒りの感情がありありと発せられている。溺愛する実の娘の命を狙われ、怒りが爆発しているのだ。
マーロン、フレデリック、ヒルダの3人が、少し離れてその姿を見る。怒りに支配されるビレッジ公爵の姿を見守っている。
だが、レミは恐らくプロなのであろう。振り降ろされる鞭が身体に腫れ後を刻みつけても、少し顔をしかめるだけで、堪えた様子はない。
そんなレミの平気そうな様子にビレッジ公爵は更にヒートアップし、鞭を投げ捨てて拳でレミを殴りつける。
「クソッ!吐け!吐け!」
ゴスッ!ゴスッ!と鈍い音を立てながら全身に痣を刻んでいくレミの身体。
しかしそれでもレミは音を上げる様子はない。そんな様子のレミに、ビレッジ公爵は更に強く拳を掲げた。
「旦那様、お抑えください。このままでは死んでしまいます」
フレデリックはそんなビレッジ公爵の腕を掴み、ビレッジ公爵の拳を止めた。
「―――フレデリック………」
「彼女を殺せばまた振り出しです。またしてもお嬢様の命を狙う不届き者が現れます」
「………くっ!」
ビレッジ公爵が悔しそうに悪態を突く。フレデリックの言う通りなのだ。ここで刺客を殺してしまえば、折角の情報源を失う事になる。またセレーネが襲われる前の状態に戻ってしまうのだ。レミが何らかの情報を吐くまで、決して殺してはならない。
「旦那様………」
同席するヒルダがビレッジ公爵を案じる。いたわしいビレッジ公爵の姿に、心を痛めているのだ。
「旦那様。私に任せてもらえませんか?」
悔しがるビレッジ公爵に突如、マーロンが提案した。マーロンの予想外の言葉に、その場にいる全員が驚きを露わにした。
「マーロン、君にか?」
「はい」
マーロンは自信満々に頷く。
「恐らくレミはプロです。痛みに耐える訓練を受けている。だったらプロを相手にする者も、プロであるべきです」
「―――つまりそのプロとやらが、自分だと言うのかね?」
「はい。こういう仕事には慣れ親しんでおりますので」
マーロンの言葉から垣間見える裏社会の顔に、ビレッジ公爵たちは一気に怪訝な表情に変わる。
「慣れてるって、どういう事だ?そういう仕事をしてきたと言う事か?」
「はい。これが終われば全て話します。ですが、今は私に彼女を任せてくれませんか?」
ビレッジ公爵は考える。
疑わしい裏の表情が垣間見えたマーロンに、託してしまって良いのだろうか。何か別の企みを持っていたりするのか。そんな疑問がビレッジ公爵の思考を支配する。
だが、このマーロンという男は、2度もセレーネという大切な娘を救ってくれたのだ。ビレッジ公爵にとって、マーロンという男は恩人であるのだ。
その2つの葛藤が、ビレッジ公爵を悩ませる。
時間にして数十秒。ビレッジ公爵は決断する。
「―――わかった。お主に任せよう」
ビレッジ公爵がそう宣言しました。
「旦那様、いいのですか?」
「よい。マーロンは娘の命の恩人だ。ここは信じてみようではないか」
フレデリックがビレッジ公爵に確認を取るが、ビレッジ公爵はどうやら恩義の方を優先したようだ。
リスクのある選択であるが、現状、レミが口を割る様子もない。ここは恩人であるマーロンに任せてみた方が良いという判断を下したのだ。
「旦那様、ありがとうございます」
「よい。ただし、その様子は監視しておるから、そのつもりでな」
「はい、もちろんでございます。あまり気持ちのいい光景ではないと思いますので、退室はご自由に」
そう言ってマーロンは口角を上げ、不敵な笑顔を浮かべた。