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異世界に転生した狂犬は、公爵令嬢の執事に転職するようです  作者: あべしろ
第一章 公爵令嬢の執事に転職しました
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10. 狂犬。忠犬としての初仕事

 セレーネの専属執事になってから初日。セレーネに付き従い、午前の講義、昼食、午後の一発目の講義が終わり、訪れたティータイム。

 セレーネ、ヒルダ、マーロンの3人は、セレーネの部屋まで戻って来ていた。


「では紅茶を淹れてまいります。お嬢様とマーロンはしばしお待ちを」

「はい。よろしくお願いします、ヒルダ」


 メイド長のヒルダが、セレーネの紅茶を淹れに部屋を出ていき、マーロンはセレーネと2人きりになる。


「マーロン。講義中、良く寝ずに我慢出来てましたね?」

「はい、何とか耐えました。………というか、見ていたんですね」

「ふふっ。すみません。いつもヒルダ以外のメイドたちは眠そうにしていたので、もしかするとマーロンもと思いましたが、違ったみたいですね」


 セレーネが口を抑えて笑う。控えめに笑う姿も愛らしい人だ。


 実際セレーネの言う通り、マーロンにとってセレーネが受けている講義は退屈であった。マーロンはそもそも前世の栗原時代から頭が悪かったし、それはこの世界のマーロンになっても変わっていない。中学校の授業もまともに受けたことが無いマーロンにとっては、講義の時間は退屈そのものである。

 だが、セレーネが講義を受けている間もマーロンは、彼女の専属執事なのである。気を抜くわけにはいかないし、気を抜くつもりもない。講義を聞くのではなく、セレーネの身を守ることに注力していたため、全く眠く無かったのだ。


「講義の内容はちんぷんかんぷんでした。お嬢は凄いですね」

「そんなことありませんよ。これでもまだまだ、領主になるためには知らねばならないことが沢山ありますから」

「流石です。お嬢が安心して学べるよう、私も目を光らせておきます。腕っぷしだけなら、自信がありますので」

「ふふふ。頼もしいですね、マーロンは」


 マーロンが腕の力こぶを見せると、セレーネがそれを見てさらに笑う。セレーネは良く笑う女の子だ。一緒にいるだけでその場が和む様な存在だ。


 そんな風にマーロンとセレーネが話をしていると、部屋の中に「コンコンコン」というノックの音が響いた。

 紅茶を淹れたヒルダが戻ってきたのだろうか。


 そんな事を考えたマーロンであったが、来客はヒルダでは無かったようだ。


「メイドのレミです。ヒルダの代わりに、紅茶を淹れて参りました」


 やってきたのはこの屋敷で働くレミというメイドであった。


 少し怪訝(けげん)に思ったマーロンであったが、先にセレーネが返事をしてしまう。


「珍しいですね。どうぞ、お入りください」

「失礼します」


 セレーネの許可を得て、レミが入ってくる。髪を肩あたりまで伸ばした若いメイドだ。20代前半くらいの年齢であろう。


「ヒルダはどうしたんです?」

「ヒルダ様は火急の用事があるととの事で、私を代わりに寄越したのです」

「そうだったんですね」

「はい、そうなんです。さっそく紅茶をお淹れしますね」


 レミはそう言って、紅茶を淹れ始めた。

 カップから漂う淹れたての紅茶の香りが、セレーネの部屋の中を満たす。


 そこでマーロンは、人狼になって鋭くなった嗅覚で違和感に気付く。

 紅茶の香りに何やら異物の匂いが混じっているようなのだ。


「どうぞ、セレーネお嬢さ………」

「待て」


 紅茶が入ったカップをセレーネに渡そうと近付いたレミを、マーロンが制止する。

 レミとセレーネの間に入り、自身の身体で2人の間に物理的な壁を作る。


「レミ、だったか?不味そうな紅茶だ。自分で飲め」


 マーロンがレミに命令口調で言う。


「マーロン。新人のあなたはまだ知らないかもしれませんが、主人のものを勝手に飲むのはマナー違反です」

「それくらい知ってる。いいから飲め」

「ですから、主人のために淹れたものを勝手に飲むのは………」


 レミの言葉を遮ってマーロンが言う。


「ガタガタ抜かしてんじゃねえぞゴラァ!!」

「―――ッ!?」


 物凄い剣幕で大声を出したマーロンに、セレーネとレミが同時に驚き、目を見開いた。

 レミを恫喝(どうかつ)するマーロンの表情が険しく歪む。眉間には深いしわが刻まれ、目じりは吊り上がり、鋭く尖ったその瞳孔(どうこう)でレミの目を射抜く。

 執事になってからは鳴りを潜めていた狂犬としての顔が、今ここで顔を出す。


 後ろにいるセレーネが怖がっているのを肌で感じる。セレーネの前で(みにく)い自分を見せてしまった。

 だが、今はそうぜざるを得ない状況だ。セレーネの命を守る為であれば、彼女に嫌われたって構わない。


「飲め」

「………その」

「いいから飲め」

「………」

「さっさと飲め」

「………」


 マーロンの命令口調にどんどん沈黙していくレミ。視線を落とし、マーロンからその表情を隠す。


 カップを持ったまま動こうとしないレミに、マーロンが更に追い打ちをかける。


「聞こえねえのかゴラァ!!さっさと飲めやワレェ!!」


 再びレミを恫喝したマーロン。


 その言葉を聞いた瞬間、目の前のレミが動いた。


「クソがっ!!」


 そう悪態をついて、レミが(ふところ)から小さなナイフを取り出した。刃渡り6センチほどの小さなナイフだ。

 ナイフから(ただよ)うのは、紅茶の香りに混ざっていた異物の香りと同じ刺激。恐らく毒か何かを紅茶に混ぜており、このナイフにも同じ毒を塗っているのだろう。

 だとすれば、少し掠るだけで致命傷になる可能性もある。


 レミはそのナイフを右手に持ち、マーロンの後ろにいるセレーネに向かって右手を伸ばした。どうやら狙いは、あくまでセレーネであるようだ。


 マーロンは伸ばされるレミの右手首を掴み取り、掴んだ手首を内側に捻り上げた。


「ぐっ!!」


 レミは痛そうな声を上げて、右手からナイフをカランと落っことす。


 マーロンはそのまま相手の腕を引き、レミの身体を引き寄せる。

 近付いて来たレミの足を引っかけてバランスを崩すと、左手でレミの頭を掴んで、テーブルにそのまま顔を叩きつけた。


「ぐふ!!」


 強くテーブルに顔を叩きつけられたレミ。強い衝撃で鼻頭が歪む。


 マーロンはレミの頭を掴んだまま、テーブルにレミを抑え付け、掴んだままの右手を後ろ側にねじった。

 これで完全にレミが無力化された形だ。


「く、クソッッ!!」


 身動きの取れないまま悪態(あくたい)をつくレミ。

 そんなレミの耳元で、マーロンが呟く。


「お嬢の前で助かったな」


 低く、底冷えするような声。極道であるマーロンが、他者を締め上げる時に使う声音だ。

 レミはマーロンのその声に気圧される。がくがくと身体を震わせ、拘束した身体から力が抜ける。


 マーロンはそのままの姿勢でレミの首筋に手刀を繰り出して気絶させる。これで(しばら)くは起きないはずだ。


「誰か!!誰か来てくれ!!」


 マーロンはその後、大声で応援を呼んだ。

 しばらくした後に部屋にやってきたのは、フレデリックとヒルダであった。


「何事ですか!?」


 慌てた様子で部屋に入ってきたフレデリックとヒルダに、手早く状況を説明する。


「お嬢の命を狙った刺客です!ナイフと紅茶には触らないでください!」

「「なっ!?」」


 フレデリックとヒルダは、マーロンとテーブルに突っ伏す様にして気絶しているレミの2人に視線を彷徨(さまよ)わせ、ようやく何があったのか察する。


「マーロン!お嬢様は無事なのか!?」

「はい。無事です」


 そう言ってマーロンは、後ろにいるセレーネの方を恐る恐る振り向く。


 後ろのセレーネがどんな顔をしているのか、マーロンには想像がつく。たぶん、自分を恐れ、怯えたような表情をしているのだろう。


 マーロンは前世より、人に怯え恐れられて生きてきた。堅気(かたぎ)だけではなく、その筋の人間でさえも、マーロンから距離を置くのだ。親しくなった女性も、共に金を稼ごうと画策したビジネスパートナーも、そして同じ組の仲間でさえも。マーロンが本当の姿を見せると、ほとんどの人間が離れていった。


 今回も同じだと思っていた。だが――――――。


 まったくマーロンが想定しなかった事が起きた。


 突如セレーネがマーロンの傍に寄って来て、自分に抱き着いてきたのだ。

 マーロンの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめてマーロンの胸に顔を埋めた。


「お、お嬢?」


 少し困惑の表情をマーロンは浮かべる。完全に予想外の事態である。

 どうしたらよいのかわからず、焦ってこんなことを問うてしまった。


「私が、怖くないのですか………?」


 マーロンのそんな言葉を聞くと、セレーネがマーロンの胸に埋めていた顔を跳ね上げた。

 彼女の顔には、少し怒ったような顔が浮かんでいた。


「怖くなんてありません!!」


 そうマーロンに向かって叫んだ。


「私を守ってくれたあなたを、どうして怖いと思うことがありましょうか!!」


 セレーネが悲しいような、怒ったような、そんな複雑な顔で言う。


「私をそんなに恩知らずな人間だと思っていたのですか!?」

「い、いえ………そんなことは………」

「じゃあ何ですか今の言葉は!?」

「す、すみません………」


 物凄い剣幕で怒られるマーロン。


「確かに最初はビックリしました。ですが、あれは私を守るためだったんですよね?だったら、あなたを怖がるなんてことはあり得ません。感謝こそすれ、あなたに怯えるなんて論外です」


 セレーネはそう言って、再度マーロンの胸に自らの顔を埋めた。


「主人からの命令です。私をぎゅっと抱きしめてください」

「は、はい!」


 マーロンはセレーネの命令に従い、恐る恐る彼女の背中に手を回した。彼女の細い肩を抱き、両腕で彼女の身体を優しく包み込んだ。


「マーロン、ありがとう。また助けてくれて」

「当然です。私はあなたの執事なんですから」

「私を守るあなたの姿、かっこよかったですよ」

「ありがとうございます」


 セレーネが更にぎゅっとマーロンを抱き締める。


「マーロン………私の執事………」

「はい。私はあなたのものです。―――あなたの忠実なる、執事でございます」


 マーロンの方も、更に彼女を抱く力を強めた。


「これからも私の事守ってくれる?」

「はい。ずっとあなたの傍にいて、あなたを守り通しますよ」

「うふふ。だったら私は、ずっとず~っと、安心ですね」


 セレーネはマーロンの顔を見上げて、はにかむように笑った。

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