二十六.昼を挟み、日が傾き始める頃
昼を挟み、日が傾き始める頃には、大会も佳境を迎えつつあった。
試合はトーナメント方式ではなく、回ごとに勝ち残った家名が書かれた札をくじ引きのように引いて相手が決まる。だから次に戦う相手が誰だかわからないし、思いもよらぬ相手に当たる事もある。
中々オオツキ家と当たらないので、アリスはやきもきしていた。やはり他の家々はいい剣士を揃えており、二回戦、三回戦と戦った相手には、ヒヤリとさせられる場面も多かった。
それでも、のぼせた頭が冷え、信念と腕前に裏打ちされたアリスの気迫は凄まじく、向き合った相手はそれに呑まれた。なるべく短期決戦を心掛けたアリスは、試合開始と同時に容赦なく攻めまくり、その鬼気迫る勢いに相手は押され、押し負けた。
「アサクラ家の勝ち!」
審判が旗を振り上げる。
わあと歓声が上がった。ここまでずっと怪我らしい怪我もせずに一人で五人抜きを続けているアリスに観客たちはすっかり感心しているらしく、舞台を降りるとあれやこれやと話しかけて来て、健闘を称え、応援された。
シンラの方もすっかり興奮している。アサクラ家がここまで勝ち残った事自体がかなり久々らしく、どこでアリスを見つけたとか、よく見つけ出したとか称賛されて、何だか機嫌がよさそうだ。
カヤの方はそんな兄を呆れた目で見つつ、しかし流石にアリスの実力を認めたのか、つっけんどんながら気遣ってくれるようになった。
「ま、まあ、やるじゃない。ほら、檸檬水よ。蜂蜜も入ってるわ。疲れが取れるんだって。あとこれ、湿布。すーっとして気持ちいいわよ。腕、疲れてるでしょ」
「俺が作ったやつだけどね」
とナルミが言った。
「うるさい、口出しすんな。ほら、腕出して。貼ってあげるから」
「ありがとう、カヤさん。色々気遣ってくれて」
アリスはにっこり笑って着物の袖をまくった。カヤはかーっと赤くなってぷいとそっぽを向いた。
「べ、別にあんたの為じゃなくて、アサクラ家の為なんだからね!」
「目ぇ、キラキラさせて応援してた癖によく言うよ」
とナルミが呟いた。カヤがくわっと眉を吊り上げる。
「うるさい! もう許さん! ぼっこぼこにしてやる!」
「暴れるなよ、迷惑だから」
ナルミは相変わらずカヤをからかっている。馬が合わないのか、それともむしろ仲が良いのかわからなくなって来た。だからアリスももう放っておく事にしている。ムツキが面白そうな顔をしてそれを見ていた。
それにしてもくたびれた。
試合自体は長々とやらないようにしているが、十五人も相手にした事に変わりはない。人並み以上の体力を持つアリスにも疲労は溜まる。怪我をしていないのが救いだが、体が思うように動かなければ危ない。
椅子に座ってはいられるが、周囲がやかましいのと酒の入った野次馬が絡んで来るのとで、アリスはちょっと辟易して来た。
「あの、シンラさん。どこか静かに休める所はありませんか」
「え? あ、そうだね。えっと……」
シンラは小走りで大会の運営の方に駆けて行った。少しして戻って来る。
「あっちの天幕に入れるよ。行こうか」
それで皆してそちらに入った。中は関係者ばかりで、外部の者は入れないからようやく静かになり、アリスは椅子に深々ともたれて息をついた。
脱力すると、自分が思った以上に疲れているのがわかる。
剣を膝の上に乗せ、鞘の上から撫でた。
「ここまでありがとうね。次もよろしくね……」
剣は小さく震えて応えた。久しぶりの長い出番に、剣も張り切っているのかも知れない。
ミサゴは衛士隊の仕事があるとかで既にいない。応援できないのを残念がっていたが、ミサゴが来なければアリスもイラついたままで、ここまで無事に勝ち残る事もできていなかっただろう。仮に勝ち残っていても、何かしら傷を受けていた事はまず間違いない。
それを思うだけでもアリスはミサゴに感謝した。
「おねぇ、何か欲しいものある?」
とムツキが言った。
「んー……今は平気。ちょっと眠い……」
「寝れるなら少しでも寝たらいいかもよ」
とナルミが言った。
「そうだね……」
四回戦が始まるまでは少し時間がある。三回戦がすべて終わらなければ、アサクラ家の札は再びくじに入らない。
カヤにもらった檸檬水を、口に含むようにゆっくりと飲んだ。甘酸っぱくてホッとする。湿布が熱くなった腕の熱を取ってくれて気持ちがいい。戦った事で火照った頭も静かになって行くようだ。
膝の上に乗せた愛用の剣から、何か温かい力が流れて来る。
いつの間にやら喧騒が遠く聞こえるようになって来て、気づけばアリスは目を閉じて寝息を立てていた。
ムツキはアリスの手からそっと檸檬水のコップを取り、傍らに置いた。
「寝ちゃった」
「興奮状態かと思ったけど、そうでもないのかな? 姉さん、変なとこで図太いからな」
舞台では次の試合が始まっている。
「見に行くか?」
とナルミが言った。ムツキはナルミを見、アリスを見た。シンラは華族同士の何かがあるらしく、既に姿が見えない。
「でもおねぇが」
「行って来い。俺が見といてやる」
壁際の椅子に腰かけたヒイラギが言った。
ナルミとムツキは顔を見合わせて、それで天幕を出た。カヤもついて来た。
「なんであんたも来るんだよ」
「はん。わたしは大将よ? 他の試合を見ておいて、相手の剣士の事をおねえさ……アリスに教えてあげなくちゃ」
「……今お姉さまって言おうとした?」
「うるさい黙れ!」
ムツキが嬉しそうにカヤの手を握った。
「おねぇ、カッコいいでしょ。カヤねぇもおねぇの事お姉ちゃんって呼んでいいよ」
「別に呼びたくない! そ、そりゃ、剣の腕は、ちょっとは、その、認めてあげてもいいけど?」
「メンドくさ……」
とナルミが嘆息した。カヤが眉を吊り上げる。
「いちいち突っかかって来て、あんた覚えてなさいよ!」
「はいはい、後で相手してやるから静かに」
「うがー!」
午後になっても人は減らない。むしろ密度は増したようで、下手にうろつくと迷子になりそうだ。
三人は何とか舞台の見える辺りに立って、剣を交える剣士たちを見やった。初めて見る剣士もいる。
五人一組だが、試合ごとに戦う順番は変える事が出来る。
前の試合の先鋒を後ろにおいて一試合分休ませるという事もできるし、ジャグマのように先鋒が五人抜きしてしまえば、後の四人は無傷で温存もできる。
しかしアリスにはその選択肢がない。連戦の疲労と、負ければそれで後がないというプレッシャーを背負い続けなければならないのだ。負担は凄いだろうなとナルミは思った。
「……くそう」
呟くような声が聞こえた。見るとカヤが悔しそうに唇を噛んで舞台を睨んでいた。
ナルミはふうと息をついてカヤの肩をぽんと叩いた。
カヤはびくりと体を震わして、驚いたようにナルミを見た。
「な、なによ!」
「……あんまし気負うなよな」
「き、気負ってないわよ!」
「俺が言うと身内びいきに聞こえるかもだけど、姉さんは強いから。あんたが手伝えなくたって気にする事ないよ」
「う……な、なによ。気になんて、してない、もん……」
とカヤはもじもじしながら俯いた。頬が朱に染まっている。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
ナルミは誤魔化すようにカヤのツインテールの一方を持って軽く引っ張った。
「ぎゃ! 何すんのよ!」
「いや、あんたがしおらしいと不気味で」
「この無神経男! よくも軽々しく乙女の髪に触ったわね、眼鏡に指紋つけてやる!」
「うわっ、それはやめろ。マジでやめろ!」
二人がもみ合うようにどたどたしていると、いつの間にか舞台の上では次のくじ引きが始まっていた。
「西ぃ、オオツキ家! 東ぃ! アサクラ家!」
ナルミもカヤもハッとしたように動きを止めて舞台を見た。
ムツキがぐっと唇を結んで、ナルミの着物の裾を握った。
○
「起きろ」
小突かれて、アリスは跳ねるように起きた。
自分が今どこにいるんだか一瞬わからなかった。ヒイラギのしかめっ面が見え、喧騒が耳に入るにつれ、次第に頭が覚醒して来る。
「す、すみません、寝ちゃった……」
「二十分くらいのもんだ。体はどうだ」
アリスは立ち上がって伸びをし、屈伸したり肩を回したりした。
「いいです」
「昼寝は疲れを取る。少しでも違うもんだ」
そういえばヒイラギもいつも昼寝をしているな、とアリスは思い出した。
我ながらよく眠れたものだと思う。鍛冶仕事の最中はそわそわして昼寝なぞ思いもよらぬのに、頭が興奮しそうな戦いの場に出ておきながら多少でも眠る事ができたのは僥倖だ。
この子のおかげかな、とアリスは膝の上の剣を手の平で撫でた。
アリスの頭が覚醒したらしいのを見て、ヒイラギが口を開いた。
「出番だ。オオツキが相手だ」
アリスは表情を引き締めた。
「はい。行って来ます」
「こんな事になっちまって、悪かったな」
ヒイラギが目を伏せて、そう言った。アリスは慌てて手を振る。
「い、いえ。わたしの問題ですし、ヒイラギさんのせいじゃありませんよ」
「……ムツキの言う通り、ゲンザ伯父さんならオオツキの仕事なんぞ受けなかっただろうなあ。しょうもねえ連中に武器を売っちまった」
「でも……生活の為でしょう?」
「ああ、そうだ。そうやって暮らしの為、腕を磨く為って言い訳して、少しずつ何かを売り渡しちまう。伯父さんはそれが嫌だったのかも知れねえな」
アリスは俯いた。ゲンザが何を思って鍛冶師ギルドにも所属せず、同業の剣鍛冶師からも距離を置いていたのか、今となっては想像しかできない。
ヒイラギは彼には珍しく小さく笑い、アリスの背中を乱暴に叩いた。
「柄にもなく感傷的になっちまった。ともかくお前は気張って来い。ただし大怪我だけはすんなよ。まだ手伝ってもらう仕事があるんだからな」
「……はい!」
アリスはぐんと胸を張って天幕を出た。
舞台に上がると大歓声がアリスを迎える。
既に舞台に上がっていたジャグマが、にやにやしながらアリスを見た。
「よう、逃げずに来たな。随分疲れてるんじゃねえのかぁ?」
「ええ。仲間の後ろに隠れても構わないあなたと違って、一人ですべて背負っていますので」
ジャグマのにやにや笑いが消えた。
「わかりやすく挑発すんじゃねえか、クソアマ」
「ふぅん、挑発を挑発と理解できるだけの頭はあるみたいですね。見直しました」
「けっ、口だけは達者だな。俺もてめぇと同じように先鋒五人抜きでここまで来たのを知らねえのかぁ?」
言いつつも、ジャグマの額には青筋が走っていた。アリスが強がりで言っているのではなく、本気でジャグマを蔑んでいるのがわかるのだろう。
ぶぅん、と空気を斬るようにして、ジャグマが武器をアリスに突き付けた。
「殺しちゃ失格だからそうはいかねぇが、二度と剣が握れないくらいにはしてやらぁ。よかったなあ、自分の武器で自分に引導を渡してもらえてよ」
「問答無用」
アリスは自分も剣を抜き放ち、鋭い目でジャグマを見据えながら構えた。真正面から相対すると、オオツキ邸での出来事が思い出されて、再びむらむらと怒りが湧いて来る。
「妹を怖がらせた事、絶対に許さない。後悔させてやる」
剣はアリスの怒りに呼応するように刀身を青く輝かした。
「はじめっ!」
審判が旗を振り下ろす。
同時にジャグマが一直線に距離を詰めて来た。
「死ねえッ!」
すさまじい勢いで上段から剣が振り下ろされた。鉄塊が迫って来るような威圧感である。帷子で斬撃はほとんど効果がないとはいえ、まともに受ければ命が危ない。
しかしこの攻撃を予想していたアリスは、わずかに体を動かしてこれをかわした。そうして振り切って隙のできたジャグマの脇腹に刺突を繰り出す。
「ぐおっ!?」
ジャグマはうめいて飛び退った。
アリスは顔をしかめる。先端がわずかにしか刺さらなかった。ジャグマが咄嗟に身をよじって切っ先を逸らしたのもあるし、やはりトゲツの帷子は優秀だ。
「ちっ……少しはやるみてぇだな」
ジャグマは脇腹に手を当て、少しばかり血が着いたのを見て顔をしかめ、アリスをじろりと睨んだ。
「雑魚じゃねえ事は認めてやらぁ。だが小粒の攻撃が効くと思うなよ」
サキトが舞台袖で怒鳴っている。
「馬鹿野郎! 油断するなと言っただろうが!」
「ごちゃごちゃうるせえ! この程度で勝負がつくかってんだよ!」
ジャグマも怒鳴り返す。その時アリスから視線が逸れた。
その隙を見て、今度はアリスが距離を詰める番だった。
まだ構えていなかったジャグマは虚を突かれ、慌てたように防御態勢を取るが、アリスはウサギのように縦横に飛び回り、四方八方から斬撃を浴びせかけた。
しかしジャグマも大したもので、小回りの利く武器ではないのに、それらのほとんどを防ぎ切った。入った斬撃も大して効果がないように見える。
そうしてアリスの勢いが落ちたのを敏感に見て取り、一気に反転攻勢に出て来た。
「ぐっ……!」
横薙ぎの一撃を剣で受け、アリスは苦悶の表情を浮かべた。刀身から柄に、そして手から体に伝わって来る衝撃が凄まじい。剣が怒りの唸りを上げてまばゆい光を放った。
「うっ!」
目がくらんだのか、ジャグマは素早く地面を蹴って後ろに下がる。
追撃しようとしたアリスだったが、さっきの一撃で腕が少し痺れて、咄嗟に動けない。再び両者は距離を取って膠着状態になった。
アリスはそれとなく刀身を見た。幸い曲がっても欠けてもいない。アリスの視線に応えるように剣は小さく震え、叱咤するようにちかちかと光った。一人ぼっちで戦っているわけではない、とアリスは自らを奮い立たせた。こういう時に鋼の木の実の剣は頼もしい。
ジャグマの方も、まともに一撃を受けた筈の剣がびくともしていないのを見て、やや驚いたように目を見開いている。
「いい剣使ってんじゃねえかクソアマ。てめぇにゃ勿体ねぇな」
ジャグマはそう言ってぶんと武器を振った。がちんと音がして、剣から斧へと形が変わる。埋め込まれた重黒石がぼうと光り出した。
「そいつを折られた時のてめぇの顔が見たくなったぜ」
「……どこまでも野卑なやつ」
アリスは憤然とジャグマを見返した。
何度かの攻防で、互いに無暗と攻めても無駄だとわかった。距離を測るようにじりじりと少しずつ場所を変え、互いの隙を窺う。勢い任せではない、緊張感を伴った駆け引きに観客も息を呑んでいるようで、歓声や野次も少しばかり静かになる。
ジャグマを見据えながら、アリスは少し焦っていた。どうせならば向こうが熱くなっているうちに勝負を決めてしまいたかった。その為の挑発でもあったし、怒涛の攻めでもあった。
しかしこうしてジャグマがアリスの出方を窺うようになってしまうと、むしろやりづらい。
こちらを見くびって勢い任せで来ている間はよかったが、冷静になられてしまうと、流石に場数を踏んでいるAAAランク冒険者の相手はきつくなって来る。
それでも負けるわけにはいかない。ぴんと感覚を張り詰めて、アリスはジャグマを見据えた。動き回って汗ばんだ体に風が吹きつける。
どちらからともなく前に出た。
武器が打ち合わされ、アリスの剣の魔力と、ジャグマの武器の魔石の魔力とがぶつかり、衝撃波となって周囲に広がった。観客の帽子や持ち物が吹っ飛んで、にわかに大騒ぎになる。
とんでもなく重い。鍔迫り合いなぞしていられない。アリスは苦悶に顔をゆがめた。
「はっはぁ!」
ジャグマの方は愉快そうに笑いながら、尚もアリスを押し込んで来る。重黒石の光も強くなり、さらに重量が増す。
剣が唸り声を上げ、アリスの腕は震えた。
腕力で挑んでも敵うはずがない。
アリスは体の軸をずらし、ジャグマの斧を刀身に滑らすように受け流す。そうして自分は転がるようにして横に逃げた。押し込んでいたジャグマが前のめりになる。受け流された斧が舞台を叩き、足元が地震のように揺れた。
ジャグマが舌を打つ。
「チッ、流石に重ぇな……」
ジャグマの腕力でも、重黒石の魔力が高まれば制御しきれないようだ。
追撃したかったが、舞台が揺れたのと自分の体勢が悪かったので、アリスは諦めて距離を取る。ジャグマは武器を振り上げ、再び斧から剣に戻した。
アリスの手の中で剣が小さく震えた。
――あんまり打ち合うとまずいよ。
「わかってる……でも……」
突破口が見出せない。
ジャグマに効果的な一撃を与えるにはアリスの全力を以てして打ちかからねばなるまい。しかし、そんな一撃は体勢が整っていなければ難しく、そんな状態の攻撃をジャグマが素直に通してくれるとは考えられない。
かといって首元に剣を突き込めば殺傷で失格だ。それに憎い相手とはいえアリスは人殺しなどしたくない。
「どうしたぁ? 最初の勢いがないじゃねえか」
剣の棟を肩に乗せながらジャグマが言った。汗ばんでいるが、まだまだ体力は残っていそうな表情だ。体力切れも狙えまい。根競べをしてもアリスの方が先に参ってしまいそうだ。
アリスが及び腰になったのを感じ取ったのか、ジャグマが距離を詰めて来た。ぎらりと光る刀身が振り上げられ、アリスめがけて降って来る。
「――ッ!」
アリスは跳び退りながら剣を振り抜いた。がちん、と音がして剣が剣を打つ。
「無駄無駄あッ!」
ジャグマはまるで木剣でも振るかのように剣を振り回す。アリスは後ろに下がりつつ、しかし剣を振ってジャグマの武器を打った。
舞台から落ちてもいけない。ジャグマの攻撃をかわしつつ、しかし後ろに下がってばかりもいられない。
円を描くように動き、何とか猛攻を耐え抜く。その間にも反撃を忘れないが、それらは全てジャグマの武器を打つばかりだ。
「さっきから何してやがんだぁ!?」
ジャグマは愉快そうに言った。既にアリスは狩られる獲物と見なされているらしい。
アリスは黙ったまま身を引くと、上半身をバネのように捻って渾身の刺突を繰り出した。
「見え見えなんだよ!」
ジャグマは剣の腹でそれを受けた。衝撃が跳ね返って来て、アリスはたたらを踏んで後ろに下がる。
「馬鹿が、くたばれっ!」
勝利を確信したかのようにジャグマは武器を振り上げ、振り下ろした。
確かに刀身がアリスを捉えた、かに思われた。
「はっ?」
長さが足りない。見れば刀身が中ほどからなくなっている。
接続部が壊れ、半分は宙を舞っていた。
「てっ、てめぇ! この為にさっきから!」
アリスがジャグマではなく武器を狙い出したように剣を振っていたのはこれを狙っての事であった。自らが手掛けた武器であるがゆえに、その弱点もわかっている。丈夫に作ったものではあるが、やはり接続部というのは人体の関節のように壊されやすい部分でもある。
困惑と混乱で動きが止まった。
一瞬の事だったが、その一瞬が命取りだ。
アリスは剣を振り上げた。しっかりと棟の方を下にして正眼に振り下ろす。
「ぐがッ!」
正中線を捉えた剣閃は、ジャグマの額に直撃した。
アリスはさっと剣を引いて後ろに下がる。
つーっと額からひとすじ血を流し、ジャグマはふらふらしながら、それでも怒りを目に燃やしてアリスの方に手を伸ばす。
だがそれまでだった。
ぐるん、と白目を剥くと、ジャグマは仰向けにひっくり返った。
審判がさっとやって来て首元に指を当てる。脈を診ているらしい。
「……東!」
さっと旗が上げられる。耳を聾さんばかりの大歓声が巻き起こった。
「勝った、か……」
アリスは大きく息をついて、剣を鞘に収めた。
運ばれて行くジャグマを見、それから舞台に転がる折れた剣を見た。大金星の筈が、何だか苦いものを感じ、アリスは嘆息した。勝利の為とはいえ、自分が手掛けた武器を自分で壊してしまった。剣士として勝利はしたが、ひどく複雑な気分である。
「おねぇ! おねぇ!」
ハッとして観客席の方を見る。
舞台に縋りつくようにムツキが嬉しそうに大きく手を振っている。横にいるカヤも大興奮の態できゃあきゃあ騒いでいた。ナルミも小さく笑って手を叩いている。
ひとまず、今はこれが正解だったと思おう、とアリスは微笑んだ。
「ふざけるなっ、まだ終わっちゃいねぇぞ! 一人倒しただけで勝った気になるな!」
サキトの声がした。
と同時に誰かが舞台に上がって来た。アリスはハッとしてそちらを見る。
立っていたのは女だ。二十代前半というくらいだろう。
長い黒髪をポニーテールに束ね、前髪には銀の髪飾りをつけている。丈の長い立て襟コートを着て、肩からは腕にかけて甲冑のような赤いガントレットをはめていた。
今まで寝ていたのか何となく眠そうな顔をしているが、アリスを見る目にはまったく油断がなかった。
「ふあ……」
女はあくびをして、浮かんだ涙を指先で拭った。
まったくの自然体、というよりも大してやる気がないように見えるのに一切の隙がない。
「第二試合、準備はよろしいか?」
審判が言った。アリスは大きく息を吸って、吐いた。
剣を抜いて一礼する。
「アリスです。よろしくお願いします」
「ん……」
黒髪の女はすらりと剣を抜いた。
「アンジェリン。よろしく」




