二十三.霜が降りて、そこいらが真っ白になって
霜が降りて、そこいらが真っ白になっている。日が差し始めるとそれらに照り返して、銀の粉でも振りまいたかのようにきらきらして目に眩しい。
昨夜の騒動の後、疲れもあったせいかたちまち寝床で眠りに落ちたアリスは、夜明け前に起き出して日課の素振りをし、朝日を迎えた。こうしていると、クロマシラと戦ったのも夜中に自分が見た夢の事のように思われる。
実際、眠っていたきょうだいや従兄はその事を知らないから、起き出して来た彼らと顔を合わせると、余計にその感は強まった。
「おねぇ、昨日は夜更かしだったの」
と汁をよそいながらムツキが言った。
「うん、ちょっとね。昂って寝れなくて」
「寝不足じゃねえだろうな?」
とヒイラギが言った。
「大丈夫。寝床に入ってからはぐっすりだったんで」
「姉さんって、まだ子どもっぽいとこがあるよね」
とナルミが小馬鹿にしたように言う。アリスは唇を尖らした。
「いいでしょ、別に」
「仕事に差し支えがなけりゃな。さっさと食って鍛冶場に行くぞ」
それで手早く朝食を終えて、慌ただしく工房に入った。昨日までに打ち出した部品を組み合わせて、穴や溝を切り、磨きをかけるのが今日からの仕事だ。
設計図を前に部品を並べて、加工する部分の確認をしていると、工房の入口で誰かが「御免」と言った。
見ると衛士隊の制服を着た二人連れが入口からこちらを覗き込んでいた。その一人がふとアリスに目を留めて「あっ」と言いながら指さした。
「あの子だ、あの子」
ヒイラギが怪訝な顔をして衛士たちに近づいた。
「何の用だい」
「昨夜この辺に魔獣が侵入してね。あんた知らないのかい」
「寝てたんでね。退治したのか?」
「ああ……」
「そちらの子が最初に見つけてくれたんだ。クロマシラを追っかけて食い止めてくれて……ほら、俺は物見櫓の上にいたんだよ」
とアリスを指さした方の衛士が言った。暗かった事もあってアリスには衛士の顔は思い出せなかったが、向こうからすればアリスは特徴の塊である。
ヒイラギは眉をひそめてアリスを見た。
「お前、夜にそんな事してたのか?」
「えっと……」
アリスはもじもじしながら、昨夜の顛末を語った。眠れないので剣の素振りをしに庭に出たところ、クロマシラが木を伝って来るのを見、そのまま追っかけて戦闘になり、最後は衛士隊や冒険者たちが来たので、自分は帰ったという事。
話が進むにつれて、ヒイラギは感心したような呆れたような、曖昧な表情になった。
「大ごとじゃねえか。言えよ、そういう事は」
「今日の仕事に集中したくて……」
「……確かにナルミの言う通り、子どもっぽいところがあるな、お前は」
「す、すみません……」
アリスは何だか恥ずかしくなって、赤くなった顔を隠すように俯いた。
ヒイラギは肩をすくめ、そうして衛士たちの方に向き直った。
「で、あんたたちは何の用だい。アリスに聞きたい事でもあるのか?」
「ああ、そうそう。クロマシラがどの方角から来たのか聞きたくてね」
「木を伝って来たと言っていたな。どの木だ?」
「ええと」
外に出て、指をさしながらアリスは説明した。衛士たちはふむふむと頷いた。
「やはり北側だな。どこかで雪崩か地崩れでもあって結界がやられたんだろう」
「ああ。早いところ直さないとな」
そう言い合って、櫓にいたという衛士の方がアリスを見た。
「協力ありがとう。しかし君、かなりの使い手だな。あの大きさのクロマシラ相手は、怖くなかったかい」
「ええ、まあ。魔獣とは何度か戦っているので」
「おや、鍛冶師ではないのか?」
「鍛冶師ですが、冒険者登録もしているんです」
「そりゃ大したもんだ。あれと一対一で戦えるなんて、衛士隊にも欲しい腕前だぜ」
「ど、どうも……」
アリスは照れ照れと頭を掻いた。衛士たちは相好を崩す。
「最近は魔獣も増え気味でね、冒険者連中は仕事の分だけ金になるから景気はよさそうだが、俺たち衛士は忙しくても給金が上がるわけじゃねえから困ったもんだよ」
「魔獣が増えているんですか?」
「爆発的じゃないが、前よりはね。数が、というより変異種が多いような気がするよ。今回みたいな事もあったし、そろそろ本格的に対策を講じないといかんのだが、どうもお上は動きが鈍くてねぇ」
「しわ寄せは俺たち現場に来るんだから、参っちゃうよ」
「せめて特別手当でもくれりゃあねぇ」
すっかり雑談の様相を呈して来た衛士たちに、ヒイラギが不機嫌そうに言った。
「もういいか? こっちにも仕事があるんだが」
「や、これは失礼」
「しっかし美女二人で鍛冶工房とは、大変じゃないかい」
「俺は男だが」
しかめっ面のヒイラギが言うと、衛士たちは顔を見合わせた。
「……し、失礼した」
「あー……また魔獣が入る可能性もあるから、十分に気を付けて」
それで衛士たちは石段を下って行った。ヒイラギが舌を打った。
「クソ衛士どもめ」
「仕方ないよ。ヒイラギさん、わたしより美人だもん」
「やかましい。仕事するぞ、仕事」
それで工房に入る。今日は炉の傍ではなく、大きな作業台の前に立った。
設計図が広げられて、さっきやりかけたままに部品が転がっている。
「こっちは俺がやっておく。お前はここの部分をやれ」
「うん、わかった」
鏨でつけた溝をより滑らかに整えて行く。組み合わせる部品の出っ張りの部分を確かめながら、緩まず突っかからず、スムーズに動くように調整しなくてはならない。
しばらく集中していたアリスだったが、ふと横を見ると同じくヒイラギが真剣な顔で部品に穴を開けていた。その手つきは丁寧ながらも迷いがない。ヒイラギはこういった作業が得意なのかも知れない。
イスルギ鍛冶はこういうギミック仕掛けのものを作る事はほとんどない。
鋼の木の実の剣がシンプルな鍛鉄によってのみ作られるから、他の武器もそのようなものばかりだ。
特殊な形状のものも、あくまで鎚で打ち出せる形のものに限られ、その分金属の配合や折り返しの数などに気を配る事に特化している。
トゲツは剣鍛冶以外の金属加工職人も多いようで、それらの技術が武器造りにも活かされているのだろう。ヒイラギなどは、どちらかといえば打ち出しよりもこういった加工の方が性に合っていそうにも思われる。
自分はどんなものが合っているんだろう? とアリスは思った。だが、追いかけているゲンザは、野鍛冶の時はともかく、剣鍛冶の時は生粋のイスルギ鍛冶師だった。やはり自分の目指すところはそこなのだろうか。
ユウザの工房に勤めるようになってから、ゲンザ以外の鍛冶師と触れ合う機会が増えた事もあって、アリスは何となく自分の目指す先がわからなくなったような気がしていた。
自分の現在の立ち位置と、ここからどこを目指し、どのような道を辿ればいいのか。
それが模糊としたものになって来て、だからこそ、がむしゃらに様々な技術に触れて吸収したいという欲求も多い。
しかし、多くのものに触れる事が却って目標をぼやけさせないか、という危惧も心のどこかにある。どっちつかずで答えが出ない事は一番苦しいが、答えなぞ自分は元より他の誰も持ってはいまい。
いけないな、とアリスは深呼吸した。一度集中が切れると思考が散らかってしまう。
今は仕事に集中しないと、とアリスは改めて部品を見据え、鑢を動かした。
何度か部品同士を組み合わせてみたりしつつ、次第にかっちりと合わさるようになって来た。いつの間にか日が高くなり、正午を知らせる鐘が遠くから響いて来る。ヒイラギが道具を置いて伸びをした。
「この分なら、順調に行けば二、三日中には砥ぎに入れるな」
「本当? よかったあ」
仕事に滞りがないと安心する。
工房を出ると、日の光が目に眩しい。いいお天気である。霜が強かった分、日中の気温は高くなりそうだ。
母屋に戻ると、ナルミが土間にいた。七輪で干し魚を焼いている。囲炉裏には鍋がかかって温められていた。
「ああ、お疲れさま」
「ナルミは留守番?」
「うん。ムツキは買い物。港までは行ってない筈だよ」
道を覚えているとはいえ、今でも中央市場や港周辺にはムツキ一人では行かせないようにしているが、鍛冶場町内の店程度には付き添いなしで行かせている。妹はもうここいらの道はすっかり頭に入れてしまったようだ。
朝の残り飯を握ったのと、汁の残りで簡単に昼を済ます。
腹が満ちるとどことなく頭がぼんやりするけれど、心は早く工房に行こうと急かす。しかし休むべき時にしっかり休む事が、いい仕事をするには重要である。
アリスははやる心を抑えるように白湯をすすり、囲炉裏の火を棒きれでつついた。
ヒイラギは切り替えが上手いようで、食事が終わると早々に囲炉裏の傍で横になってぐうぐう言い出した。いつもはしかめっ面なのに、寝顔は力が抜けていて何だか可愛らしい。男だというのをやっぱり忘れてしまう。
「……うーむ」
アリスは片付かない気分で、自分の頬を両手でむにむにと揉んだ。
その時、「ただいま」とムツキの声がした。買い物から帰って来たらしい。廊下の方に目をやって待っていると、買い物籠をぶら下げたムツキがひょこっと顔を出した。
「お帰り、むっちゃん」
「ただいま、おねぇ。お客さん来てるよ」
「お客さん? ヒイラギさんにかな?」
「ううん、おねぇにだって」
「わたしに? なんだろ」
まだアリスの事はあまり知られていない筈だ。さすがに近所の人たちに挨拶くらいはしているが、わざわざ訪ねて来る人は思い当たらない。さっきの衛士くらいのものだ。
妙だなと思いつつもアリスは立ち上がり、ムツキはぐうぐう言っているヒイラギを揺すぶっている。
「ヒイラギにぃ、起きて」
「ぐう……む……」
ヒイラギは目を閉じたまま顔をしかめて寝返りを打った。
アリスが外に出ると華族然とした、しかしどこかみすぼらしい男が立っていた。歳は二十代前半から半ばといったところだろう。中肉中背で、あまり覇気のある顔つきではない。
傍らには女の子もいる。癖のある髪の毛をツインテールにしており、ナルミと同じくらいの年頃だ。こちらは勝気な顔つきをして、帯に剣を差している。
男が口を開いた。
「君がアリスかい?」
「ええ、そうですが……何か御用でしょうか?」
「昨夜、クロマシラを退治したというのは本当か?」
「や、わたしはあくまで最初に見つけて、人を襲うのを食い止めただけで、とどめは衛士隊や冒険者が」
「だが、一人であれとやり合ったのは間違いないんだろう?」
「それはそうですが……」
どこで知ったんだろう? と怪訝な顔をしているアリスに、男は苦笑いを浮かべた。
「いや、衛士隊で聞いたんだよ。君を見たという衛士がいると聞いてね」
午前中に来たあの衛士か、とアリスは得心した。
男と一緒にいた少女がじれったそうに言った。
「兄さま、さっさと本題に入ったらどうなの」
「あ、ああ、そうだね……我々は」
と男が言いかけたところで、ナルミが玄関からひょっこり顔を出した。
「姉さん、立ち話も何だから上がってもらえってヒイラギさんが……ん?」
怪訝な顔をするナルミを、女の子の方が目を細めて見、すぐに見開いた。
「……あーっ! あんた! あの時の!」
○
囲炉裏の周りに銘々に座り、ムツキがお茶を淹れている。懐手をしたヒイラギがもそもそと座り直した。
「アサクラか。男爵だったか」
「ああ。僕はシンラ・アサクラだ。こっちは妹のカヤ」
「……どうしてさっきからナルミを威嚇してるんだ」
カヤは囲炉裏を挟んだ向こうにいるナルミを睨んで唸っている。シンラは頭を掻いた。
「いや、僕にもよくわからんのだが……カヤ、知り合いか?」
「知らないわ」
「それにしては……」
「ナルミ、カヤさんに何かしたの?」
とアリスが心配そうに言った。ナルミは面倒くさそうに息をついた。
「本屋で絡まれたんだよ。悪口言って来るから言い返したら怒っちゃって」
「あんたが邪魔な所に突っ立ってたからでしょうが!」
「すぐ謝ってどいただろ。あんな風に喧嘩売るような言い方するから」
「喧嘩するなら外でやってくれ」
ヒイラギがうんざりしたように言った。ナルミは口を尖らして黙り、カヤはぷいとそっぽを向いた。シンラが頭を掻く。
「妙な縁もあったもんで……」
「えっと、それで御用向きは?」
とアリスが言うと、シンラは姿勢を正した。
「今度、このトゲツで剣術大会があるのは知っているかい」
「剣術大会? いえ……」
とアリスは首を傾げる。ムツキがお茶をみんなの前に置いた。
曰く、トゲツの町で毎年行われる大会で、トゲツに居を構える華族が銘々に剣士を雇い、五人一組で勝ち抜き試合を行うらしい。
鍛冶の名産地で、勇者の剣を打ったという伝説もあるトゲツでの大会はいつも盛り上がり、各地から観客も大勢詰めかけるという。
アリスは「はあー」と言った。
「凄いですね。全然知りませんでした……ヒイラギさん、教えてくださいよ」
「知るか」
とヒイラギは顔をしかめている。ナルミが口を開く。
「で、その大会がどうかしたんですか?」
「ああ、それがね……」
とシンラは言いづらそうに後を続けた。
トゲツには華族の屋敷も多いが、多くは領地を持たずにトゲツの政治や防衛に携わって禄を食む生活をしている。そういった家は平民からあまり華族らしい敬いを受ける事もないそうだ。
シンラもそんな貧乏華族のうちの一人らしい。実際、アサクラ家だとわかった途端にヒイラギも態度を崩した。
「で、まあ、それでも爵位はあるから宴席なんかに招かれる事もあるわけだよ」
「なるほど」
「そこでまあ、その、剣術大会の話題になってね。僕らアサクラ家も昔から剣士を雇って出場しているんだけど、成績は芳しくないんだよね。正直、華族といっても下級役人みたいな身分じゃ碌な剣士を雇えなくて……だけどうちは一応トゲツの防衛に携わっている家だから、大会で好成績を上げれば一目置かれるわけなんだ。逆に弱いと舐められるというか何というか」
「は、はあ……」
華族って面倒だな、とアリスは思った。
「それでだね、僕らは負けっぱなしでよそから馬鹿にされる事が多かったんだけど……そのう、少し前の宴席でよその連中に見栄を張っちゃったんだ」
何でも、アサクラ家というのは元々格が低く、さらに剣術大会でも一回戦負けばかりだというのも祟って、下級華族の中でも見くびられて馬鹿にされる事が多かったらしい。
それで若衆ばかりが集まる宴席で剣術大会の話題になり、ある伯爵家の長男からどうせ今回もまともな剣士を用意できないんだろうと挑発され、酒が入っていた事もあって、今度は負けやしないと言い返した。相手も一杯機嫌で気が大きくなっているから引かない。
なら賭けるか。
負けたらどうする。
何でも君の言う事を聞いてやるさ、
そっちも同じだぜ。
いいさ、やってやろうじゃないか。
「それで引っ込みがつかなくなっちゃって……大勢の前で啖呵を切ったもんだから今更撤回もできないし……」
「バカバカしい」
とヒイラギが一言に切って捨てた。シンラは縮こまった。カヤが眉根を寄せる。
「バカバカしいとは何よ!」
「違うのか?」
言い返せないらしくカヤはむっつりと黙り込んだ。シンラはバツが悪そうに続ける。
「それで剣士を探してたんだけど、腕のいい剣士には既に他の華族が唾つけてるし、高位ランク冒険者は雇い賃が高くて……そもそも領地のない男爵程度じゃ雇おうとしても馬鹿にされちゃうんだよね」
強い剣士ほど格を気にする事も多いらしく、どうせならば大きな家に雇われて、「何々の家に雇われて戦った」という箔を欲しがるらしい。アサクラ家では雇われただけ却って格を落とすと思われているらしく、ここ最近はあまり強くない剣士にさえ断られる始末だ。
「……まさか、わたしに?」
アリスが言うと、シンラはすがるような目でアリスを見て、両手を畳に突いた。
「そうなんだ。頼む、アリスさん。アサクラの家紋を背負って大会に出てくれないか? 勿論、相応の礼はするよ」
「えっと、その……あの、ヒイラギさん、どうしましょう?」
「何で俺に聞く」
「その、仕事との兼ね合いが……」
ヒイラギはさして興味もなさそうに茶をすすった。
「お前がもたつかなけりゃ、大会の頃までにはオオツキからの仕事も終わってるだろうよ」
「オオツキ!? オオツキ家の仕事を受けてるのか!?」
シンラが素っ頓狂な声を上げた。ヒイラギが顔をしかめる。
「そうだが」
「そうなのか……参ったな……」
「……まさか、あんたらがこじれてるのはオオツキなのか?」
シンラは肩を落として頷いた。ヒイラギは面倒くさそうにあくびをした。
「そんなら無理だ。他を当たれ」
「し、しかし……」
「オオツキは毎年優勝候補の一角だろうが。アリスがお宅の家紋背負って出たりすりゃ、難癖付けられるのは俺だ」
「そ、それはそうかも知れないが……」
とシンラは俯いた。
何でもオオツキ家は防衛の担う家の一角として衛士隊や冒険者ギルドに顔が利き、トゲツでもそれなりに力を持っているそうで、だから傲慢なところがあるらしい。
魔獣関連の素材の流通に手も出していて、懐事情はかなり裕福な華族だから金を惜しんだりするような事はないが、格下と見なした相手には居丈高に出、意地悪く攻撃する事も珍しくないそうだ。
雇っている冒険者も荒っぽいのが多く、それが元でトラブルも起こるそうだが、窘めずに放っておく事も多いという。
「オオツキの意地悪さは俺も知ってる。しかし金払いはお宅よりいい。こっちには華族のいざこざなんざ知った事じゃないんでね」
「うう……」
「兄さま、もう無理よ。やっぱりわたしがアサクラの意地を見せてやるわ」
とカヤがふんぞり返った。
「いやいや、お前には無理だってば。大怪我されちゃ僕が困っちまう」
「無理じゃないわよ! 毎日剣のお稽古だってしてるし、魔法だって使えるのよ!」
「……俺に負けたくせに」
とナルミが意地悪気な調子でぼそりと言った。カヤはカっとしたように立ち上がった。
「負けてない! このひょろひょろ、表に出なさい!」
「そういうとこがさあ」
「なによ!」
「カヤ、落ち着けって、そうカッカするなよ」
「ナルミも失礼な事言わないの!」
とアリスが叱責すると、ナルミはぷいとそっぽを向いた。
いつも冷静で他人に突っかかる事もないナルミにしては珍しい。どうもナルミとカヤは馬が合わないようだ。カヤはあっかんべえと舌を出した。
結局それで話は流れてしまった。
アリスとしてもヒイラギが顔をしかめる以上、安請け合いはできない。
シンラはとぼとぼと、カヤは最後までナルミを威嚇しながら帰って行った。
囲炉裏の前に戻って、何だか気が抜けたように思う。
ヒイラギはまたごろりと横になった。ナルミはムスッとしたまま部屋に戻ってしまった。妙な雰囲気である。まだ午後の仕事もあるのに、集中力がとっ散らかりそうだ。
ムツキが急須に湯を注ぎながら言った。
「でもおねぇ、大会には出たいでしょ」
「そりゃまあ、そうだけど……」
アリスとて剣の道を捨てようとは思っていない。鍛冶師を以て自らを任じているものの、強者と剣を交える機会があれば逃したくはないのである。
アリスはちらとヒイラギを見た。横になって目を閉じているが、寝息は立てていない。
「ヒイラギさん」
「なんだ」
目を閉じたまま言った。
「あの……どうしても駄目ですか?」
「駄目だ」
「むう……」
「なんだ、連中に同情したか?」
「それは……そういうわけじゃなくて……」
しかし何となくシンラに同情したのも確かである。シンラの場合は自業自得とはいえ、日頃見下されて馬鹿にされ続ける苦しみはアリスにもわかる部分があるのだ。どこかでそれを見返してやりたいという欲求も理解できる。それが自分の力でなく他人に頼らねばならないというのは情けない話ではあるが。
話は終わりだ、とばかりにヒイラギは寝返って向こうを向いてしまった。
アリスは片付かない気持ちでお茶をすすった。




