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蒼き剣のアリス  作者: 門司柿家
2章
22/30

二十一.久しぶりに揺れない寝床で眠った


 久しぶりに揺れない寝床で眠った朝は、何だかすっきりした目覚めだった。

 雨戸も締め切ってあるけれど、屋敷の中の空気はひんやりとしている。布団から顔だけ出して息をすると、うっすらと白く漂うくらいには寒い。

 一緒に寝ていた筈のムツキの姿は既になく、布団は畳まれていた。その向こうではナルミがまだぐうぐうと寝息を立てている。

 布団の中で丸まっていたいという欲求に抗い、アリスは思い切って布団を跳ねのけた。中に籠っていた暖気がたちまち溶け去り、冷たい空気に身震いする。


「ふぅー……」


 ともかく体を起こして、手早く布団を畳んでしまう。

 寝間着から着替え、剣を携えて部屋を出た。ヒイラギの屋敷は入ってすぐが土間で、そこから囲炉裏のある座敷に上がる。土間は台所も兼ねておりかまどや水場がある。そこでムツキが既にかまどに火を入れ、薬缶をかけていた。

 なぜか一瞬母の後姿が重なって見えた。

 アリスは小さく頭を振り、台所に入る。


「むっちゃん、おはよう」

「おはよ、おねぇ」

「早起きだね」

「目がさめちゃった」


 そうらしい。妹はまだ旅の高揚感が残っているようだ。ヒイラギもまだ寝ているらしく、屋敷は静かだ。ムツキの沸かした白湯をすすってから、日課の素振りをしようとアリスは屋敷の外に出た。

 木々がかぶさっていない辺りには霜が降りて白かった。太陽は海の方から上るらしく、既に木々の間を縫うようにして線状の光が差し込み始めている。眩しいばかりでぬくもりはないが、高くなるにつれ霜も溶けて暖かくなって来るだろう。

 一緒に出て来たムツキが石段に腰かけて向こうを見ている。

 ヒイラギの家は高台にあり、山側に木こそあれど、頭上までかぶさる木々は少なく、見晴らしがいいようだ。

 空気を斬るように剣を振うと、体の芯が温まって来た。差し込む光も強くなり、灰色だった空が抜けるような青に変わる。朝は随分冷え込んだが、日中は暖かくなりそうな陽気である。

 ひとしきり剣を振って息をついた。もう辺りはすっかり明るい。


「なるほど、そっちも怠けちゃいないわけか」


 見ると、いつの間にか開け放された縁側に腰かけてヒイラギがこっちを見ていた。


「おはようございます」

「おう」


 綿入れを羽織ったヒイラギは懐手をしながら降りて来た。下駄がかたかたいう。


「素直な剣だな。剣筋に乱れがねえ」

「この子とも長いから……ヒイラギさんは、剣術は?」

「試し切りができる程度にはやってる。まあ、据え物しか斬った事はねえから、大した話じゃねえがよ」


 と言いながら、ヒイラギは首元を掻いた。


「飯食って仕事の算段だ。いいな?」

「はい、もちろん」

「材料全然ない」


 とムツキが言った。


「だから今から行くんだよ」


 そう言って、手提げ籠を持ったヒイラギは石段を降り出す。アリスとムツキは顔を見合わせ、それから従兄について行った。

 下まで降りると、既に人通りがあった。荷車を引く人や、筵で包んだものを担いで行く人、天秤棒を担いだ人などがいる。特に天秤棒を担いでいるのは「汁もん」だの「漬けもん」だのと連呼している。振売らしい。

 総菜でも買うのかと思ったら、ヒイラギは刻んだ野菜や豆腐なんかと、大根漬けを一本買った。それでまだ石段を上がる。ムツキが籠を覗き込みながら言った。


「それ、味噌汁の具?」

「まあな」


 囲炉裏では埋火が起こされていて、かけられた鍋で湯が沸いていた。

 家ではいつも寝坊するナルミも、流石に目を覚まして囲炉裏の前に腰を降ろしていた。


「おはよう、ナルミ」

「おはよ」


 そう言ってナルミはふあとあくびをした。

 鍋には煮干しが放り込まれており、そこにヒイラギは買って来た菜っ葉や豆腐を入れ、味噌を溶く。大根漬けを切りながらムツキが言う。


「いつもああやって食材買うの?」

「まあな」

「買い置きの方が安くない?」


 とナルミが言った。


「安いが、使い切る方が無駄が出ん」


 料理に割く時間もないからな、とヒイラギは汁をかき混ぜた。


「今日からはわたしがご飯作る」


 とムツキがむんと胸を張った。ヒイラギは怪訝な顔をした。


「お前が? できるのか?」

「ん!」

「いつもむっちゃんが家事をしてくれるんだよ、ヒイラギさん」


 とアリスが言うと、ヒイラギは面白そうな顔でムツキを見た。


「まだチビ助だった頃しか知らなかったが、器用なもんだな」

「ヒイラギにぃとおねぇはお仕事頑張って」


 とムツキは澄ました顔でおひつの飯をよそった。

 遠慮するなと言われたので遠慮なく食い、ヒイラギに驚愕の目で見られつつも朝食を終えた。ナルミとムツキは町に行くという。


「お買い物して来る」

「よろしくね、むっちゃん。ナルミ、むっちゃんとはぐれないでね」

「はいはい」

「行こ、おにぃ」

「わかったから引っ張るな」


 何となくウキウキした様子のムツキに引っ張られて、ナルミはのろのろと石段を下って行った。アリスはくすくす笑いながらそれを見送り、さてと気を取り直す。


「やりますか、ヒイラギさん!」

「おう」


 ヒイラギは髪を束ねてその上から手ぬぐいを巻いている。朝食までは眠そうな顔だったが、今はそんな様子は少しもない。

 家に向かって左手側に張り出したのは、思った通り工房であるらしい。張り出された軒の下に松炭らしい俵と薪とが積まれている。

 促されるままに中に入ると、中々立派な工房があった。炉も大きいし、広い。


「凄い。いい工房だね」

「使いやすくはある」

「ここって借家? よく借りられたね。高かったんじゃない?」

「いや、場所が悪いから高くはない」

「え、そうなの? 日当たりも見晴らしもいいし、良い感じだと思うけど……」

「普通の家ならな。あの石段を炭や鉄を背負って上り下りするのは骨だぞ」


 確かにそうである。

 壁に武具がいくつもかけられていた。ヒイラギの作ったものらしい。剣もあれば槍や斧もある。形状が特殊なものもあり、どれも中々の出来だ。

 鍛冶場に入った途端に、何だかアリスの心は沸き立つ。うずうずした心持でアリスは口を開いた。


「あの、ヒイラギさん、これ見てもいい?」

「好きにしろ」


 入った正面が炉と金床が置かれた作業場になっているが、右手側には事務机らしいのと、作業台らしき広いテーブル、書類棚のようなものがある。丸められた設計図が籠に立てられていたりもしている。ヒイラギはそれをごそごそと漁って何か探しているらしい。

 アリスは手近な剣を一本手に取って見た。湾曲した片刃剣で、刀身よりも柄の方が長めに仕立てられた長巻のような形状である。他にも槍の穂先より少し下に鎌のように突き出た刃があるものや、片刃の斧で、反対が鎚のように分厚くなっているものなどもある。


「アリス、来い」


 ヒイラギが作業台に図を広げている。アリスはそちらに行きながら、


「変わった形状が多いんだね」


 と呟くように言った。


「試作品だ。冒険者ってのは妙な武器が好きらしいんでな」


 トゲツは本島にあり、ここを拠点に近場のダンジョンのある島や町などに出かける冒険者も多いらしく、顧客の多くは冒険者であるそうだ。


「オオツキ家は海賊よりも専ら魔獣対策を任されている家でな。だから冒険者を雇う事も多いらしい。お抱えの高位ランク冒険者もいて、そんな連中は特殊な武器を扱う。今回はこれだ」


 広げられた設計図を見る。可変式の武器だ。剣として使いつつも、必要に応じて刃の位置が変わり、斧としても扱う事ができるものらしい。水生魔獣には甲殻を持つものも多く、剣よりも斧が効果的な場面もあるから、そういった用途の武器のようだ。


「この、つなぎ目の部分が重要だね」

「そうだ。生半可な細工じゃここで壊れる」


 ヒイラギは設計図を指で示しながら言う。


「加えて、ここに魔石を仕込む」

「埋め込み?」

「そうだ」


 とヒイラギは箱から布に包まれた黒い石を出した。つやつやしていて、近くでは自分の顔がうっすら映るくらいだ。


「この重黒石を使う」

「重黒石って初めてだな。どういうの?」

「魔力が流れると周辺の重力を増す。術式によっては軽くする事もできるらしいが、今回は重くするだけだ。斧を振り下ろした時にそれで威力が増すって寸法だ」

「なるほど……あれ、でもこれ、剣の時は……」

「そうだ。剣の時には作動しないように細工せにゃならん。ここに魔導鉄。魔力の導線がこうなって、剣の状態のときはここで途切れて別の魔石に行くようにする」

「む、難しそうだなぁ……」

「簡単ではなかろうさ。しかしミサゴ殿の剣のように、魔導鉄と普通の鉄を折り返して筋道をつけるのと理屈は同じだ。後は腕前の問題だな」


 そう言ってヒイラギは挑発するように笑った。そう言われては後に引けない。アリスは深呼吸した。


「じゃあ、まずはそれぞれの部品を打ち出すところから、かな?」

「いや、延べ棒づくりからだ。部品によって鉄の配合と魔導鉄の組み合わせが微妙に違う」

「あ、そっか……」


 量産品と違って材料から特別な品物なのだ。

 これは根気の要る作業になりそうだぞ、とアリスは思ったが、同時に楽しみでもあった。自分の腕前がどこまで通用するか。ともかくやってみなくてはなるまい。



  ○



 日が昇ってからのトゲツの町は、夜とはまったく違うように見えた。アキツノやトウレンといった貿易島も賑やかだったが、ここはまたそれに輪をかけた賑やかさだ。広い港には外国船も出入りし、そこから川を上って行く船も見受けられる。

 トゲツは海辺に位置しているが、同時に広い川のある町でもある。平野部は少なく、陸地の方に少し入るとすぐに山になっており、川の上流は山に挟まれていた。

 ヒイラギの工房は山手の鍛冶場町の方に位置している。山からは幾筋もの細い小川が渓流のように川に流れ込んでおり、道端には水車が設えられている小屋も多かった。


 川の両側に町は広がり、高く大きな橋がかかって、荷車なんかがそこを行き来する。

 橋を渡ってすぐの港近くの市場には三階建てや四階建ての高い建物も多く、その中に色々な商人たちが品物を並べているらしい。

 建物同士が渡り廊下でつながっており、民家も紛れていたりして、さながら迷路のような様相だ。

 それらを眺めながらムツキが嬉しそうにぱたぱたと足踏みした。


「凄いね、おにぃ。おっきな町だね」

「だな。市場の規模が段違いだ……」


 買い物に来たナルミとムツキは、今まで来た町よりさらに大きなトゲツの町に圧倒されつつも、何だか妙に楽しい気分になっていた。

 歩くうちに、何だか広い所に出た。この辺りは市場の中心部になっているらしく、石畳の地面が円形に広がっている。周囲は建物が立ち並んでいるが、ここだけはぽっかりと空が開けていて明るい。並んでいるのも露店ばかりで日差しを遮らないようだ。港も近いようで、早朝にはここで魚市場が開かれる日もあるらしい。

 その一角に剣を模した石のモニュメントと石碑が設えられていた。ムツキがその前で足を止めて見上げた。


「おっきいね」

「うん」

「このマーク、おねぇのペンダントにもあるね」

「ヴィエナ教のマークだからな」


 ナルミは石碑の文章をまじまじと見た。

 トゲツにはかつて七十二の魔王を討伐して回った勇者の剣を打ったという伝説が残っているらしく、その記念碑のようだ。ここいらはかつての鍛冶場町だったが、港の拡張に伴って商店などが並ぶように変化して行ったらしい。

 このモニュメントはその当時からここにあり、鍛冶場町が動いてしまった今でもここに残ってようだ。しかしこれがここにある事で、トゲツは元々鍛冶の町だったという事が再確認できるらしい。


「勇者」

「ああ。まあ、勇者伝説なんて大陸のあちこちにあるみたいだし、みんな好き勝手言ってるから本当かどうかわかんないよ」


 昔の事であるし、確かな文献が残っているわけでもないから、町おこしなんかの為の眉唾な伝説が大陸各地にあるらしい、というのはナルミも何かで聞いた。特に東の国はヴィエナ教総本山のルクレシア教国から遠いという事もあって、割と適当な事でもまかり通ってしまういい加減さがある。


「で、どうするんだよ。何買うの?」

「お野菜とお魚」


 振売で買うよりも、市場でまとめて買った方が安い。冬のこの時期ならば少々多めに買い込んだところですぐに傷んだりもしないだろう。さすがに米や最低限の調味料くらいはあったので、おかずの材料を買えば大丈夫らしい。


「でもおにぃも何か買い物があるの?」

「考えてるわけじゃないけど、本屋とかは見たいかな」


 ナルミは買いたい物があるというよりは、町を歩き回って魔法の参考になるようなものを探したいというのがある。だからムツキと買い物をするのは少し目的から外れるのだが、この買い物をしなければ食事に差し支えるのもわかるし、ムツキを一人でほったらかすなど思いもよらないから、こうして一緒にいる。

 ムツキは少し考えていたが、やがて買い物籠を持ち直してナルミの手を握った。


「なんだよ」

「おにぃの行きたいとこ、先に行こうよ。お昼はおねぇもヒイラギにぃも朝の残りで済ますって言ってた」


 昼餉の支度に帰る必要はなく、先にナルミと本屋に行ったりして、それからあれこれと買い物をして夕方までに帰ればいいという事らしい。


「……じゃあ、そうするか」

「ん」

「別に手はつながなくていいよ」

「でもおにぃが迷子になっちゃう」

「逆だろ、それは……」


 食材市場とは別に、本だの魔道具だの武具だの、そういったものの店が並んでいる一角があるらしい。ナルミは注意深く案内表示を確かめつつ、ムツキの手を引いて市場の奥の方に向かった。

 張り出した渡り廊下をくねくねと辿り、長かったり短かったりする階段を上り下りするうちに、段々と周囲がごちゃごちゃし始めた。壁には張り紙が多くなり、頭上には看板や、その代わりらしい絵付きの布などがぶら下がって、見上げる空は随分狭い。


「……思索横丁」


 傾いた看板を見てナルミは呟いた。なるほど、そこから先には店頭に本を山積みにした店が軒を連ねている。魔法使いや学者が喜びそうな通りだ。しかしこれでは却って思索どころではなさそうだが、そういう事は関係ないらしい。

 本屋に混じって魔道具店らしきものもちらほらと見受けられる。ちょっとしたスペースにも茣蓙を広げて商品を並べている者もあり、ともかく雑多な印象だ。とてもではないが一日かそこらで見て回れるとは思えない。

 しかしながらナルミの好奇心を刺激するのも確かである。


「……ムツキ、絶対俺の傍から離れるなよ」

「ん」

「ここで迷ったらシャレにならないからな?」

「ん!」


 ナルミごときの脅しではムツキはビクともしないが、ともかく兄として釘を刺し、二人は思索横丁とやらに踏み込んだ。

 魔法は洋の東西で少し違った体系で発展していたが、ソロモンの大陸支配によって理論の統合が行われた。しかしその後の時代で再び独自の発展が繰り返され、基礎的な理論は共通しつつも地域の特色が出るようになって来た。

 ローデシアなど西方諸国は魔導書と杖を主に使うし、キータイやブリョウのような東方諸国はそれらに加えて符を魔法の手段として扱う。南部のダダン帝国のように儀式を中心とした呪術的要素の色濃いものもある。


 魔法使いの好奇心と研究心は国を選ばぬようで、様々な魔導書や理論書が海を越えてブリョウにまでやって来る。この横丁にはそういった本が実に多く、ナルミは幼馴染の本屋などとは比べ物にならない物量に眩暈がするような心持だった。

 大陸南部系呪術、北部エルフ系魔法、西方魔法各種……一軒の軒先の棚だけでこれだけの種類がある。さすがに本自体に魔法がかかっているようなものは軒先に放り出されてはいないだろうが、それでも魔道を志す者からすれば垂涎ものだ。

 それでも、店員から見えない店先に並べておいて大丈夫なのだろうか、と思って見回して見ると、入口の上あたりに魔法で動くらしい金属製の目が、ぎょろぎょろとナルミの方を見ていた。魔法の防犯装置らしい。

 中を確かめるくらいならばよかろう、とナルミは棚に並んだ本を手に取った。西方魔法の本である。

 ムツキが扉を開けかけて、見返った。


「おにぃ、入らないの」

「俺はこっちの棚が気になるから」


 ムツキは店の中に入って行った。

 ナルミは基本的に符を基本とした東方魔法を修しているが、西方魔法にも大いに関心がある。

 特に西方の魔法陣は東方のものよりも複雑で高度化されている印象がある。それらを習得してアレンジし、東方魔法と組み合わせる事をやってみたいが、身近な魔法使いにそういった人物はおらず、また、そういった事の書いてある本などにも巡り合っていない。今回はそういったものとの出会いも期待しての旅だ。


「……そっか、やっぱり向うじゃ魔法陣は平面じゃなくて立体的な理解をしないと駄目なんだな」


 試し読みのつもりで開いてもつい夢中になってしまう。本の物色というよりも既に立ち読みの領域になりつつあった時、背後から不機嫌そうな声がした。


「ちょっと、どきなさいよ」


 振り返ると、癖のある黒髪をツインテールにした少女が腰に手を当てて仁王立ちしていた。気の強そうな顔立ちである。歳はナルミと同じくらいだろう。質のよさそうな着物を身にまとい、帯に剣を差している。華族か、どこか商家の令嬢か何かかも知れない。


「ああ、すみません……」

「棚の前に木偶みたいに突っ立って迷惑だわ。まったく非常識な……」


 少女はぷりぷりしながらナルミを押しのけるように棚の前に立つ。そうしてナルミの持つ本に目を留めて怪訝そうに目を細めた。


「その本、西方魔法? カッコつけて理解できない本を読んだって無意味だわ」

「いや、別に理解できないわけじゃ」

「あーあ、やだやだ、見栄っ張りな男って。身なりも貧相だし、どこの田舎者かしら?」


 遠慮のない罵倒にナルミもムッとした。


「そこまで言われる筋合いなんかないぞ」

「あら、怒ったの?」

「怒らせるような事を言うからだろ。大体、あんたこそ何の用なんだよ。剣なんか差して、本屋に来るには不似合いだぞ」


 ナルミが言うと、少女は蔑んだような表情でやれやれと頭を振った。


「まったく、これだから学のない人は」

「なんだよ」

「これからの時代、ただの武辺者も頭でっかちも求められてないわ。剣と魔法の両方を修めてこそ一流というもの」


 よくよく見れば、帯には符入れらしいものも付いている。魔法も嗜むというのは嘘ではないらしいが、ナルミは顔をしかめた。


「どっちも中途半端な奴の言い訳にしか聞こえないね」

「はあ? 喧嘩売ってるの?」

「そっちが先にだろ」


 とナルミは眼鏡の位置を直しつつ少女を睨んだ。少女の方も睨み返して来る。


「いいわ。見てなさい」


 少女は腰の符入れから符を一枚取り出して、宙に放った。

 符はひらひらと風に舞うが、少女が胸の前で印を組んで何か唱えると、空中でぴたりと止まり、青い炎を噴き出した。そうして炎は鳥の形になり宙に浮かぶ。

 ナルミは目を細めた。


「式神……じゃないな。ただの火の魔法の応用か」

「ふん。火の形を制御する難しさも知らないのかしら?」

「知ってるよ。でもあんなのただの慣れだろ」


 そう言ってナルミは自分の符入れから符を出して、同じように宙に放った。ナルミの方は赤い火を噴き出し、同じような鳥の形になる。少女が目を剥いた。


「なっ……」

「えーと、ほいっと」


 ナルミはもう一枚符を放った。符は矢のようにまっすぐ少女の青い火の鳥へと向かい、そうしてばちんとはじけて、青い火の鳥を消し飛ばした。


「ちょっ!」

「そっちもやれば?」


 少女はナルミを睨みつけてから、符入れから符を出して放る。しかしナルミの火の鳥は飛んで来た符を逆に燃やしてしまった。


「んなっ……!」

「魔力の練度が足りないみたいだね」


 馬鹿にしたように言うナルミを、少女は唇を噛んで睨みつけた。


「こ、こんな事で勝敗がつくわけないでしょ! 剣で勝負よ!」

「やだよ、俺剣士じゃないし」

「なによ臆病者!」

「別に臆病者でいいよ。というか、やっぱりあんた中途半端じゃんか。魔法剣士気取るなら魔法で魔法使いと互角、剣で剣士と互角でなきゃ話にならないよ。頭でっかちの武辺者って一番駄目なタイプじゃない?」


 容赦のない物言いに、少女は顔を真っ赤にした挙句涙目になってしまった。

 さすがに女の子を泣かすのはいい気持ちがしないので、言い過ぎたかなとナルミが思っていると、少女はどんどんと足を踏み鳴らした。


「うるさいうるさい! 今は修行中なの! 調子に乗るんじゃないわよ! 絶対に見返してやるんだからね!」


 覚えてなさい! と捨て台詞を残して、若干涙目になった少女は駆けて行ってしまった。


「何だったんだか……」


 呆れながらナルミは本を棚に戻した。見返すも何も、互いの名前さえ知らない。人の多いトゲツでまた偶然会うのは難しそうである。


 気を取り直して、ナルミは棚の本を眺めた。

 面白そうな本ばかりだが、どれもいい値段だ。居候の身分では一冊買うのも少々ためらわれる。外の本でこれだから、店の中にある本などはさらに高価で、かつ勉強になるものばかりだろう。勉強の為とはいえ、あれもこれもと買っていたらたちまち金欠になってしまう。


「俺も何か仕事見つけないとな……」


 イスルギのギルドでは符や魔道具を売る事ができたが、こちらではどうなのだろうか。


「おにぃ」

「うわっ」


 声をかけられてナルミは仰天した。ムツキがナルミを見上げている。店から出て来たらしい。


「何してたの?」

「いや、俺もよくわかんないけど……こっちはいい迷惑だよ」

「喧嘩?」

「さあね……店の中どうだった?」

「本いっぱい」


 だろうな、とナルミは買い物籠を持ち直した。


「買い物行くか」

「ん」


 それで二人連れだって市場の方へ歩き出す。

 思ったより本が高かったり変なのには絡まれたりと幸先は悪いけれど、自分にも目標ができた。イスルギに帰るまでに、ここでしか買えないような本を何冊かは手に入れたい。

 ナルミは気合を入れるように大きく息を吸った。


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― 新着の感想 ―
ここまで一気に読んで、追い着いてしまった。 本当に描写が美しい。テンプレみたいな事やってても、文章がすっと入ってきて、ただ楽しい!
ちょっと面白そうな気が出てきましたな アリスの周りの子達にもスポットライトが当たっていくんですかね?
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