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平穏な暮らしを求めて

作者: 藤咲晃

 この世は争いばかりだ。

 人類と魔族の長い戦乱、勇者とか呼ばれるすごい奴が居るけどそれでも戦争は終わらない。

 本当に戦争なんて終わるのか?

 見渡すばかりの死体の山を築き上げて。

 勇者の道を切り開くために徴兵された同僚、幾度も刃を交わした敵兵。

 みんな勇者の道を切り開くために身を盾に死に、敵兵は勇者を討ち取ろうと道を阻み死んでゆく。

 それで何が変わった? 敵将の下に辿り着いた勇者は、敵将を殺さず見逃した。

 勇者のために徴兵されてこんな結果は……もうたくさんだ。

 徴兵は退役を許されない。なら何処か辺境に逃げるしかないじゃないか。

 

 ▽ ▽ ▽


 脱走した俺は平穏な暮らしを求めて一人で旅をしていた。

 たかが脱走兵一人に討伐隊を差し向けるほど国は暇じゃないから追手を気にすることもなく気楽でいい。

 しかし戦火からもっとも遠い北を目指して来たは良かったが、見渡す限り平坦な平原と聳え立つ山脈と麓の森。

 此処はとある辺境伯が治る北の平原。

 ほとんど開拓はされず人の手が入った痕跡すら無い。

 というのも此処ら一帯を納める辺境伯は元々とある公爵家の三男坊だったそうだ。

 貴族社会は複雑で何があったのかは平民の俺には分からないが、噂では三男坊は公爵家の中でも能力が低く実質追放されたとか。

 能力が低いだけで無能ってわけじゃないのは新しい名と辺境伯の爵位を得てることからそれは証明されている。

 まあ開拓が進んでないなら山脈の麓にでも小屋を建てたところで構わないだろ。

 実質不法滞在、不法建築をする訳だが、故郷を焼け出された平民にはよくあることだ。

 

 ▽ ▽ ▽


 山脈の麓の森を目指して歩くこと三時間……前方に不穏な気配が漂い始めた。

 肌がひりつく欲望と殺意が渦巻く空気。大抵は争いの真っ只中か厄介ごとの前兆だ。

 俺は眼を凝らして前方を見つめる。

 

「っな!?」


 有り得ない。そんな馬鹿なことがあるのか!?

 この場所には到底不釣り合いな煌びやなドレスと王族を示すティアラを被った金髪の少女。

 いくら田舎の平民だって国の王族の顔は誰だって知ってる。何度も眼を凝らそうとも見違える筈のない高貴な風貌!

 なんだって第三王女が護衛も連れずこんな辺境で山賊風情に襲われてるんだ!

 護衛を連れない第三王女と山賊風情、状況は明らかに拙い。

 間違いなくこれに関われば平穏な暮らしは遠く。

 本来王族を危機から救うのは近衛兵か専属騎士、勇者と相場が決まっている。

 第一護衛を連れずに辺境まで来たのが彼女の運の尽きだ。

 斧を振りかざす山賊風情、凡人の脚力では到底走っても間に合わず、仮に剣を投擲しても届かない。むしろ身を守る術を手放すのは自殺行為だ。

 それでも光景は鮮明に眼に焼き付く。

 涙を流しながら山賊に何かを叫ぶ第三王女と苦悩に満ちながらも決して斧を下げない山賊。

 俺は彼らを避けるべく迂回ルートに歩み出す。

 まだ十五歳の第三王女には気の毒だが、これも護衛を連れなかった結果だ。

 俺は風と共に運ばれる彼女の悲鳴を耳にしながら山脈の麓の森を目指した。


 ▽ ▽ ▽

 

 漸く到着した山脈の麓。

 山脈から流れる川、生い茂る木々。

 動植物と群生する薬草。暮らすには充分な環境だ。

 しかしもう日が暮れ始めているから作業は明日からだ。

 俺は木に登り、落ちないように縄で身体を固定してから眼を瞑る。

 ちらりと頭の中で第三王女の断末魔が蘇る。

 なんであんな場所に一人で居たのか、今となっては確かめようが無い。

 それに脱走兵で凡人の俺には彼女の目的に付き合うのは無理だ。

 間違いなく非道な奴と糾弾されるが、俺が求める平穏な暮らしは静かな暮らしだ。

 揉め事も戦乱とも縁遠い静かな暮らしこそが俺の求める理想。

 第三王女を見捨てた罪悪感が胸に巣食うことになったが、それでも戦争に関わるより。精神を擦り減らして殺し合いをするよりは遥かにマシだ。


「恨みますよ〜」


 声が聞こえた。

 きっと気のせいだろう。


「よくも見捨てましたね〜」


 はっきりと聞こえる少女の声。

 やだなぁ、眼開けたくないなぁ。

 考えたくもないが眼を開ければ第三王女の幽霊が居るのだろう。

 幽霊なんて珍しくもないけど。

 

「俺に構わず成仏してください」


「断ります〜」


 断らないで欲しい。

 しょうがない、眼を開けて現実を受け入れるか。

 俺が眼を開けると案の定と言うべきか、死んだ第三王女の霊体が目の前に居た。

 よし! 無視しよう! 

 俺は再び眼を閉じた。

 第三王女の声が絶えず聴こえるけど、旅の疲労が蓄積してる身体はとにかく休眠を欲しているのだ。

 

 ▽ ▽ ▽


 朝起きて、木を切り倒して木材に替える。

 絶えず第三王女の幽霊が色々と言ってるけど、平穏な暮らしに死者の声は不要だ。

 そうして作業を進め一件のログハウスを建て。

 日が暮れたら寝る。

 目が覚めれば食料調達を始め、空白を満たし田を耕す。

 

 北の辺境に来てから一年が経過した頃には、ログハウスの周りは畑と作物いっぱいになっていた。

 相変わらず第三王女の幽霊はなにか言っているが、一年も経てば鳥の囀りと然程変わらない。

 戦火がここまで伸びた気配もない……俺が目指した平穏な暮らしは間違いなく続いている!

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