顛末
それからお店への説明は、霧崎さんにお願いし、気絶した日和を管理課の医務室へと運ぶ。
沙月を捕まえようとしていた日和の協力者も一緒だった。
ちなみに見張り役と実行犯は別人だった為、沙月に場所を聞いた霧崎さんが捕まえた。
他にももしかしたら関係者はいたかもしれないが、作戦が失敗した以上潔く撤退していくのではと氷川部長から聞かされた。
某国は、国土が少ない為、ダンジョンから産出される資源によって生活をしておりレベルの低い高魔力値の人間を色々な国から攫い洗脳し奴隷として扱っているという噂のある国だった。
この感じだと恐らく噂ではなく本当の事だったのだろう。
しかし表面上の軍事力の乏しい某国は表立って国として対立することは難しく深追いはしてこないというのが彼らの特徴だった。
そんな国ではあったが、各地の有能な人物の引き抜きを積極的に行っていた。
その話は、日和にも入っていたのだった。
日本の探索者への支援、ダンジョン研究は他の国よりもかなり遅れていた。
平和主義者といえば聞こえは良いが変化を嫌う日本人は、探索者のなり手も少なく、ある程度の稼ぎで満足してしまう日本人は探索者には向いていないとされていた。
日和は研究者としては、かなり有名でダンジョンのことで新たな発見を次々にしていた。
そこに某国は目を付け日和に接触していたのだった。日本を捨てて、我が国に来ないかと。
そんな日和は、かなり追い詰められた状態だった。
研究予算は年々減らされ以前から申請していたダンジョンへの高レベル探索者を連れ立っての合同調査の棄却等、あげればキリが無いほどに日本のダンジョンへの対応は、他の国と比べても良くなかった。このままここにいたとしても自分の研究は進まない・・・それが目に見えていた。
黒い噂の絶えなかった国ではあったが彼女にはダンジョンの真相を突き止めなければいけない目的があった。
立場上色々な機密に触れる機会はあるが、諜報員からそういった情報をよこせと言われたことはなかった。
あくまでも我が国で力を発揮してみないかと誘われるに留まっていた。
これは沙月とは違い日和に関してはあくまでも替えがきく人物の一人であり、あちらとしては何人かに粉をかけて釣れればラッキー位に思っていた人物の一人であった為だ。
日本の現状に不満を募らせていた日和は、引き抜きの話を受けるつもりで準備を進めていた所にある知らせが入った。
魔力値Aランクを持つ者の報告だった。
特にこの事を報告するつもりはなかった。彼女としては、穏便にその国に移りたかった為であった。
しかし、どこから漏れたのかすぐに某国より連絡が来たのだった。
彼女を連れてくるのに協力しなければ親を殺すと。
突然の友好的だった対応から強行的な対応に変わり日和はどうすることもできなかった。
自分を標的にされる分には、まだ対処のしようがあったが遠方に住んでいる両親をターゲットにされてしまい従うしかなくなってしまった。
しかし某国は、平和大国と言われるこの国のセキュリティを甘く見ていた。
当初は日和に沙月を拉致させて外で引き渡しを要求するつもりだった。
しかし、管理課の施設内には機密情報を扱っている関係上ほとんど死角がなく特に沙月に関しては氷川部長ともう一人がずっと生命感知で見張っている状態だった。
連日の激務はこれも影響があったそうだ氷川部長申し訳ない・・・。
そんな状態で沙月を連れ出すことなど出来ず、施設内は監視し、行動予定を伝えること位しか出来なかった。
そして、作戦を変更した諜報員は、まずはなにかあった際のスケープゴートを用意することにしたのだ。
それは霧崎ミレイだった、彼女は、お金を必要としていた。そこに目を付け彼女に接触したのだった。海外にある研究機関のエージェントという名目で。
研究内容は、人体から人体への魔力供与である。
現在、生物から生物への魔力供与の方法は見つかっていない。
そんな方法があるのなら妹を治すことも出来る、そう思ったミレイは胡散臭いと感じつつも会って話をしたいと言う相手の要求を飲んでしまった。
それは業務上グレーゾーンであることは認識した上でだった。
会って話をした印象は、特に問題はなく話を聞く限りではそれなりに信用できる内容だった。
結果的に言えば現在、ある方法を使えば人体への魔力供与は可能だという話から始まった。
しかしそれには色々と問題があり、まだ成果を発表するに至ってはいないと普通であればそんな話を信じることは出来なかった。
しかし、彼女としてみれば妹を助けることが出来る可能性がある以上期待せざるを得なかった。そして魔力供与の為には対象者より高いランクの魔力値を持つ人間が必要なのだと説明をされ、ある人物が頭をよぎった。
妹よりも魔力値が高い人間、それは日本には二人しか存在しなかった。
向こうの要求は、魔力値が高い人間を紹介して欲しいという事での協力要請だった。
もちろんそこにはミレイも含まれており可能であれば協力して欲しいと、自分の身であれば喜んで協力させてもらうと返事をしたミレイは、ではこちらに魔力を込めて頂けますか?と言って差し出された魔石に魔力を込めた。
金額に違和感を感じつつも研究が実ればいいなと最終的には研究には積極的に協力しようという気持ちになっていた。
だが、あちらから要求にあった高魔力値持ちの紹介については立場上そういった情報に触れる機会がある為、紹介をすることは業務上の規約違反にあたる為、協力しかねると口頭で返事を行っていた。
しかし、前回の協力費という名目で霧崎ミレイの口座にかなりの金額の振込があったのだ。
公務員という立場上、金銭の授受はグレーどころか完全にNGではあったのだがそのあまりにも高い金額に金銭面で不安を抱えていたミレイはそのまま受け取ってしまった。
向こうとしては彼女が謝礼を受け取った。
その事実さえあればよかった。何かあればこの情報を流し犯人を霧崎ミレイということにして逃げおおせるだろうと思っていた。
うまく行けば、この情報を盾に霧崎ミレイを手に入れることも可能ではないかという企みさえしていたのだった。
そして、これでスケープゴートは完成。
何かあれば彼女が罪を被ってくれるそういう筋書きが出来上がった。
しかし、沙月を攫うチャンスはなかなか訪れなかった。
ダンジョン内で攫うのはゲートの関係上不可能であった。
入退室は厳しく管理されており身分の証明もする必要がある。しかもダンジョン内からの持ち出しも厳しく武器の持ち込みも出来ない。ある意味安全地帯となっていた。
ダンジョン外で攫うにはある障害があった。アキラの存在だ。
格闘技経験者というのは厄介だった。一撃で戦闘不能に出来ればいいが失敗すれば発覚するおそれがある。攫った後にすぐにバレれば捜査網を敷かれてしまう。そうなれば、国外に脱出するのが難しくなってしまう。
攫った後に、国外への移動はスムーズにいっても2時間はかかる。
その為には、あるスキルが用いられているのだがそれを使うには海に出る必要があった。
しかも沙月達は、ほとんど施設外に出てこなかったのだ。
モールで少し買い物をすることはあったが一人になることはなく基本的にすぐに施設内に帰ってしまう。
施設内に入ってしまうとどうすることも出来ず待機を余儀なくされていた。
車で外に出ると聞きチャンスかと思ったが、まさかの霧崎が同行することになったのだ。レベル30の探索者には太刀打ちすることが出来ない。諦めるしかなかった。
その後もチャンスはあったが、活かすことは出来なかった。
時間が経てば経つほどレベルが上がり成功率が下がっていく。しかも彼女達は、恐ろしい勢いでスライムを狩っていると日和から報告を受けており、すでに何レベルかは上がっていることは間違いなかった。
だが、絶好のチャンスがやってきた。1日ダンジョンを休み外出するというのだ。
この絶好のチャンスを逃すまいと某国は日和にも協力するよう働きかけてきた。
これまでの協力で既に断ることができない状況に追い込まれていた日和は首を縦にふるしか選択肢はなかった。
この作戦を成功させるには、日和に幻影スキルのスクロールを渡し日和に使ってもらう必要があった。
本国の幻影スキル持ちを呼ぶ事も考えたが、幻影スキルはあくまでも自身の姿を自身の思った通りの見た目に変えるだけのスキル。喋り方やしぐさ等、その場で知らない人間がなりかわれるものではなかった。
声に関しては録音した彼女の声を使い変声機を作成していた。
それを日和に渡し、ダンジョン外ではそれほど長くスキルを使うことは出来ないが、アキラの目を沙月から離し出国までの時間稼ぎであれば可能と考えていた。
しかし、決行当日、霧崎が15時から武器選びに同行すると聞いてしまった。つまり決行するならその前に行う必要があった。
ここで霧崎を協力要員にするにはリスクが高すぎてそれは選択肢からすぐに消えた。
物件探しでは、行き先が不安定の為、日和が向かうことは出来なかった。
チャンスがあれば実行するという事だったが、沙月が一人になることはなく、どこに向かうかわからない以上、不確定要素も多い為、実行するには至らなかった。
しかし、モールにてついにチャンスが訪れた。
沙月がトイレに行き一人になったのだった。
沙月と同じトイレに実行役と日和が入り、日和が先に幻影スキルで沙月に変化しアキラをその場から離す。後は実行役が沙月を眠らせ掃除用のワゴンに詰めてそこから運び出すだけだった。
他の客がいた場合のプランもあったが幸いにも沙月の入ったトイレには、他の客もおらず絶好の機会であった。
まぁこれに関しては沙月がそういったトイレにわざと入ったのだが・・・。
トイレに入ってきた日和はすぐに沙月に変化し退出、アキラと共に武器屋へと向かっていった。
離れたのを確認した後、実行犯の女は沙月の入っている個室の前で待ち構える。
扉を開け出てきた沙月を背後から襲い、一時的に失神させた後に運ぶ予定だった。彼女は、沙月よりもレベルが高くこれで問題ないと思っていた。
だがその作戦は、無駄となった。
出てきた沙月の腕を押さえたまではよかったが、口を押さえる前に腕を振りほどかれ、それに驚く間もなく身体に衝撃が走った。
いつの間にか身体が地面に叩きつけられていたのだった。
叩きつけた本人は驚いた顔をしていたが、首にスタンガンを当てられそのまま犯人は意識を失った。
その後は、沙月はすぐにミレイに連絡を行い、トイレに来てもらった。そして犯人に会わせると身体を拘束され気を失っていたが、その顔を見て自身に接触してきた人物だと気付き、状況が飲み込めずにいたが、沙月からの説明を受けすぐに自分が利用されたのだと気付いた。
彼女はすぐに氷川部長に連絡してこの人物を回収するように頼んだ後、武器ショップに二人で向かった。レベルを考えるとアキラには日和を倒すことができないと考えたからだ。しかし、その予想は良い意味で外れる事となった。
そして今に至る。




