ランファside
私の生まれた家は、かなり複雑な家庭だった。
母は小さい時からずっと可愛がってくれた記憶があるが、父の顔に関しては物心がついてしばらくしても見た記憶はなかった。
私が父の顔を見たのはテレビに映った顔だった。
すぐに母に消されてしまいなぜかと思ったのだが後に映っていたのが父親だったのだと気付いた。
何不自由のない生活といえば聞こえは良いが私達親子はずっと煙たがられていた。その事は物心がついた頃には気付いていた。
そしてその理由を私が7歳の時に母から教えてもらう事になった。
母はフィンランドの出身であり16歳の時に結婚させられて中国へと渡った。
結婚したはずの男=父親ではなく。
仮初の夫は、私達の住む家の家人の男の一人だった。
私の父親は、この家の当主であり母を買った男…李 星宇だった。
フィンランドで普通に暮らしていた母の両親は、詐欺に引っかかってしまい多額の借金を抱える事になってしまった。
借金をなんとかするべく紹介されたのがシンユーだった。
彼は、世界中から美少女を集めるのを趣味にしており母も目をつけられていたようだ。
母は、小さい時にフィンランド内のバレエの大会で優勝しており、それがシンユーの目に留まっていたそうだ。
多額の借金を返す代わりに娘を売れというのが彼の要求だった。
もちろん、人身売買は許されないので表向きは彼の家人の男と国際結婚をして中国に連れ帰るのが目的だった。
両親は断固として拒否していたのだが、度重なる借金取りによる取り立てに加え、シンユー側からの圧力もあり日に日に疲弊していった。
返しても返しても増えていく借金に苦しむ両親を見かねて母は自分の意志でシンユーに引き取られる事を決めた。
今生の別れになることも覚悟して両親と別れ、フィンランドで入籍をさせられた上に名前を変えさせられて中国へと連れてこられた。
16歳であった母は、引き取られた先でシンユーとの間にすぐに子供が出来てしまった。
母にかなり執着していたシンユーに毎日のように相手をさせられた結果であった。
その結果生まれたのが私なのだが、妊娠した事で成長期が来ていなかった母の身体が美少女ではなく美女へと変わっていった。
不幸中の幸いなのだが、その結果としてシンユーの母への興味は次第に無くなっていった。
毎日通っていたのが3日になり、1週間になり1ヶ月とドンドン伸びていった。
妊娠して半年が過ぎた時に来たシンユーが最後に母に言った一言は…「ババアに用はない」という一言だった。
その後、シンユーが母の元を訪れる事はなかった。
世間体もあってか特に母に何かするという事はなかった。
生まれた私のことを憎い男の子供だというのに、自分を救ってくれた子として大事に育ててくれたことを母には感謝している。
彼が管理しているタワーマンションの1室で私達は暮らしていた。
そこには母と同じように色々な国から引き取られてきていた少女達も暮らしていた。
日本、ロシア、アメリカ、イギリス、イタリア、オーストラリアなど本当に各国の美少女達を彼は集めていた。
母のように歳をとった、または好みじゃなくなった人は下層に移し上層には自身の好みの少女達を暮らさせていた。
彼専用のエレベーターで移動していたので私達と会うことはなかった。
恐らくではあるが最大で20人程度の少女を飼っていたようである。
そのうち、母のように成長して興味を失った人が5人ほどおり5人それぞれで彼を悪口を言うのが日々のストレス発散だったそうだ。
そこで私は他の国の言葉を学び、専用のトレーニングジムで母と共に身体を鍛えていた。
なんせ体型維持の為といって運動自体を強制していたのだから、それを有効活用させてもらっていたという訳である。
日用品に関しては配達されていたが外に出ることだけは許されなかった。
一度自分の物にしたものを他人に奪われるのは許せなかったようで家人の男と恋仲になった少女が大変な事になったと母から聞かされていた。
まぁひどい目にあったのは正確には家人の方だったそうだが…
そんな執着の凄い男は超金持ちだったようで私達の暮らし自体は全く変化はなかった。
年々新しい少女が連れてこられていたので趣味は変わっていなかったようだが…私は第一時成長期が早かった事と、背が一気に伸びてしまい彼の好みから外れたせいか私は何かされることはなかった。
そもそも自分の血を分けた娘にそういう気が起きるのかと思っていたのだが自分の娘も例外ではなかったようなので本当に良かったと今でも思っている。
そんな生活は、ダンジョン災害によって崩れ去る事になった。
都心近くに居を構えていたこともありモロに災害の影響を受ける。
倒壊したタワマンの中で生き残れたのは、身体を鍛えていたおかげと他の人よりも運が良かっただけだった。
災害の影響で父の会社は大打撃を受け生き残った私達を援助する余裕がなくなっていた。
しかし、手放したくはなかったようで身元保証人という形で私達はまた縛られる事になった。
表向きは家人の奥さんを助けたみたいになっているのが腹がたったが母国の祖父母も災害で亡くなっており頼る人はいなくなりこの国で生きていく事になった。
養う余裕が無くなったことで私達は自分の食い扶持を稼ぐ必要があった。
当初は、探索者になって稼ぐつもりだったのだがそれは、母がやると言って私は探索者ではなくスポーツの世界へと身を投じる事になった。
身体を鍛えることしかなかったのが幸いし、私は運動能力が他者よりもかなり優れていた。
ほとんどのスポーツで結果は残せたが特に注目されたのはアイススケートであった。
スピードスケートから始まりフィギュアスケートでも結果を残したのは私が初めてだったそうだ。
学がなかった私には、団体競技は難しかった。
陸上競技という手もあったのだが、父が私の才能に目を付け紹介されたフィギュアスケートで結果を出しさらにコーチに運動能力を見出されて走ったスピードスケートでも結果を出すことに成功した。
突如現れ新星として注目を浴び華々しい活躍をしていた。
母の方も探索者としての活動は順調で父にもお金は流れていたが2人で暮らしていくには充分な額を稼げていた。
すべては順調だった。
しかし、その生活も長くは続かなかった。
ある事件によって母と私の生活は終わりを迎えた。




