嫉妬スキル
目を覚ますと眼の前には沙月の顔があった。
その目には涙が滲んでおり、怖い思いをさせてしまったことに罪悪感があった。
すっと手を上げ涙を拭う。
「おはよう」
固まっていた沙月の顔が驚いたようにビクッと離れた。
自分ではどれくらい眠っていたのかわからなかった。
数年眠っていたと言われても疑わなかったかもしれない…。
それほどまでに人を殺してしまったことに心が乱れていた。
俺はあの時、殺すつもりで脳を電撃で焼いた。
練習していた電気操作による電気球を脳内で再現したのだ。
当然、脳にそんな電圧を耐えることは出来ない。
目論見通り相手は息絶えるはずだった。
しかしレベルによる耐久度のせいか彼が死んではおらず麻痺している状況だというのがわかった。
なぜなら開いた目がこちらを見ていたからだ。
トドメを刺さないといけない…次はない。
そう考えトドメをさした。
本当は槍を突き刺すつもりだったのだが…その覚悟は俺にはなかった。
間接…いやあれは直接といっても差し支えは無いのだろうが手を下す事は出来なかった。
緊張の糸が切れた事であの時の事がフラッシュバックした。
そのせいで頭が強制的にシャットダウンしたみたいだ。
まぁ自分の身体に感謝するしかないな…あのまま起きていても周りに不安を与えただけだろう。
慌てて離れた沙月に事情を聞く。
「俺はどれくらい寝てた?」
「ほんの1時間位だと思います…みんなの治療も終わってるので安心してください」
「そうか…よかった」
あの後、増援が来る可能性を考えると気絶してなにかあったらどうしようかと思ったのだが良かった。
「気分は大丈夫ですか?」
「ああ、いやそこまで良いわけではないが問題はない」
戦えと言われれば戦える程度には身体は動く。
少しは気持ちが軽くなったのかもしれないな…。
「やってしまった後に聞くのもあれなんだが…あいつらはなんだったんだ?」
正直沙月達が襲われていると思って慌てて対処したので相手の事など全くわかっていなかった。
「何も痕跡は出てきてませんが…恐らくロシアです。死んだ男が『嫉妬』スキル持ちだったので」
「大罪系スキルか…」
確か嫉妬は…
「経験値を独占するスキルです…直接確認しましたが正確な効果は同じ階層にいる探索者の獲得するすべての経験値を得るという効果でした」
「なんだそのチートスキル…」
モンスターの経験値は、探索者の数に応じて等分される訳ではなく探索者の数だけ与えられる。
つまり1体のモンスターの持つ経験値が10だった場合、それを5人で等分するのではなく10ずつ与えられるのだ。
しかし、『嫉妬』スキルはその5人に与えられる10の経験値を独り占めにするスキルという事だ。
「彼のスキルはそのスキルを利用して無理やりレベルを上げたのではないかと思います…」
そんなスキルがあるのであればレベルを上げる事は難しくないだろう。
同階層に100人配置して彼にすべての経験値を捧げるだけでとんでもない速度でレベルがあがる。
「『嫉妬』スキルが見つかったのは半年位前なので…それからと考えると、とんでもない速度でレベルを上げたみたいですね」
「でもそれがなぜロシアだと?」
「嫉妬スキルの持ち主が自慢げにSNSに報告したからですよ…すぐに情報規制されて持ち主は正確には判明してなかったんですけど…ロシアなのは間違いなかったので」
「うわぁ…」
珍しいスキルだから自慢したくなる気持ちもわかるが…
「まぁその後に無差別に経験値を吸ってしまうのでダンジョン出禁の処置を受けてハズレスキル扱いにされたはずなのですが…」
「仕様を理解して悪用したわけか…」
「魔力値も低かったのでスキルもほとんど取得していませんでしたしダンジョン外での活動を主軸に考えていたのではないかと」
確かに高レベルの肉体はダンジョン外では凶器だ。
スキルを使えば搦め手も可能だろうがダンジョン外ではほとんど役に立たない。
俺の電気操作のダメージが思ったより入らなかったのもダンジョン外だからという理由もある。
「運用方法については非常に参考になるところだな…しかしもっとレベルあげておけば良かったんじゃないか?」
「あまり上げたら制御できなくなりますから」
「確かに…」
制御出来ない力はただの脅威だ。
国で制御出来るレベルで抑えていたというのが正解っぽい。
「ってことはロシアと何かあったりするのか?」
今回、貴重な戦力を殺してしまった。
その事で軋轢が生まれるのは間違いない。
そこから戦争や何かに発展するのではと危機感を覚えた。
「そこらへんの対応は今回の原因の発端になったアメリカに丸投げしてるのでわかりませんけど、まぁ大事にはならないと思いますよ」
「そうなのか?」
「そもそもの話ではあるんですけど今、戦争なんてコスパの悪い事はしません」
世界中で人的資源が不足している現代、戦争を始めれば人類滅亡の可能性すらある。
だからこそ戦争ではなく経済制裁という形での制裁が基本。
「身元に関しても捕まった=身元割れは確定なので誤魔化しも効きません」
スキルのせいで隠し事をするには自決位しか方法はなく。
なんなら自決した後ですら調べる事が出来るスキルも存在するので意味を成さないと説明を受けた。
「じゃあ結局DDDの時みたいにスクロールなどの賠償請求をして終わりって感じか?」
「まぁそうなりますね」
「それなら安心ではあるか…」
釈然としない気持ちではあるが、命を絶ったとしても得られるものなんてたかがしれている。
「まぁ今回は絞れるだけ絞ってやりますけどね…」
沙月は怖い顔をしていた。
「悪い、あいつの死体ってまだ近くにあるか?」
「ええ、基地の保管庫に移動したらしいですけどすぐ近くです」
「案内してもらってもいいか?」
「わかりました」
その後、ソフィアと連絡を取ったようで案内をする為にソフィアがやってきた。
「この度はこちらの不手際で本当に申し訳ございません…」
入ってくるなり頭を深々と下げるソフィア。
「事情は聞いたけど、まぁ起きてしまったことは仕方ない…対策を皆で考えようぜ」
「でも…」
「気にするなとは言わないが気に病むな全員無事だったことを喜ぼうぜ」
「わかりました…でもこれはけじめなので…本当にご迷惑をおかけしました…」
ソフィアはもう一度深々と頭を下げた。
この件に関しては別にソフィアの責任という訳ではない。
それを責めても仕方がない事だ。
「悪いが例の死体の元に行きたいんだが良いか?」
「大丈夫です。ご案内します」
事前に聞いてくれていたようでスムーズに基地の中の死体安置所に案内された。
道中でアメリカの兵士っぽい人たちとすれ違ったが頭を下げながらこちらの様子を見ている。
「なんか俺やったか?」
「ああ、あれはあんな高レベルを倒すなんて凄いって兵士の間で話題になってるんですよ」
レベルに関してなぜ皆が知っているのかと沙月顔を見た。
「事情を話すのに彼のレベルは伝えないといけなかったので」
こちらのレベルはみんな30を超えているのは周知の事実なのでそれを圧倒する彼はなんなのかという話になったようだ。
彼が自分のレベル56だと言ったという事にしたそうだ。
「そういうことか」
少しこそばゆい気持ちを感じつつも目的の部屋に到着した。
死体はすでに棺桶?ではないがそれらしい箱に入れられていた。
「開ける事はできないのですが大丈夫でしょうか?」
重要証拠になので厳重に保管されているようだ。
「大丈夫だ…」
そう、別に死体にどうこうするつもりはない…ただ…。
「俺がもっと強ければ命を取らずに無力化できたかもしれない…すまない」
俺はそう言って死体に向けて頭を下げた。
全員を危険に晒した憎き敵ではあるがそれでも彼の人生を終わらせてしまったことに対しては謝っておきたかった。
「悪かったな付き合わせて…これが俺のけじめだ」
こんな事は只の自己満足だとわかっているが、こうすることで少しでも背負う物を軽くしたかった。
俺には…荷が重い荷物をすでに背負っているから…。




