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アキラの過去2

 そんな日々を送っていた母達と揃って食事が出来る日は限られていたしそもそも揃う事はほとんどなかったが幸せな日々だった。


そんな毎日は唐突に終わりを迎えた。


母(聖歌)が亡くなった報せだった。

世間的に見れば母と俺との関わりは一切ない。

友人の息子というのが世間一般的な俺と母(聖歌)の関わりだった。


そんな俺のもとに報せが届いたのはテレビの緊急速報のニュースだった。

字幕で表示される『清水聖歌死亡』の文字に心がドンドン冷たくなっていくのを感じていた。


動悸がして呼吸がどんどん荒くなる…そんな俺を母(京香)が抱きしめてくれた。

自分も辛いはずなのに俺を優先してくれた。


家族でもない俺には情報がほとんど降りてこなかった。

母(京香)は伝手を使って色々と調べてくれたが詳しい事が分かったのは母が死んでから1ヶ月ほど経ってからだった。


爆弾で吹き飛んだ建物に加え火災の影響で身元不明の遺体が多数あり検視に時間がかかったそうだ。

結局、母の死体は見つからなかった。

その場にいたことは間違いなかったそうだが多数の身元不明の遺体と一緒になってしまったそうだ。


母(聖歌)の実家はそれなりに裕福だったこともあったがファンにも別れをという思いもあって葬儀を盛大に行った。

娘を好きでいてくれた人たちと別れの場を用意したかったそうだ。


棺桶はあっても母の遺体はない…空っぽの棺に向かって皆が涙を流す。

あくまでも俺は友人である母(京香)の付き添いとして参加した俺に取ってはその事がとても嬉しかった。


母の活躍はテレビなどで見て知っていた…だけど実際にこのような場面を見せられると感動で胸がいっぱいになった。


俺と母とは何の関係もない…だから俺と母の関係はここで終わり。

そう思うと涙が溢れた。


そんな俺を母(京香)はずっと肩を抱いてくれていた。


葬儀も終わり、家に戻り話をした。

「あんたは私の息子だから!聖歌の分まで育てるから…っても最近私の方が面倒見てもらってるから説得力ないか」

確かに最近は家事はほとんど俺の仕事で仕事で手一杯の母の面倒をみていたのは俺だった。

それでもその言葉はとても嬉しかったしこの先もずっと母(京香)と一緒に生きていこうと思った。


しかしそんな日々も長くは続かなかった。


母の死後、俺の周りで不審な出来事が増えた。

学校帰りに車に轢かれそうなったり、急に物が落ちてきたり、変な奴に絡まれそうになったりと不運が続いていた。

まぁ持ち前の運動神経のおかげで無事だった訳だが。


家周りでも見慣れない人を見かけることも多くなった。

そんな日々を不思議に思っていた。

しかし、この時もっと早く対策していればあんな事は起こらなかったと思うと今でも後悔している。


そんな出来事も時間が経つにつれてどんどん記憶から風化していった。

そして事件が起こった。


俺の帰りを狙って男が押し入ってきた。

オートロックのマンションだったこともあり完全に油断していた。


その男は包丁を持っており俺を床に押し倒した後に刺そうとしてきた。

咄嗟に腕をだし相手の武器を持っている手を抑えることが出来たが態勢が悪い上に相手の体格もよく押し負けそうになる。


「くそっなんでこんな事を!」


「知る必要はない。お前が生きてるのが邪魔な人がいるんだよ」

男の手に一層力が入る。

本能的にまずいと感じこちらも力を込めるが足を動かそうにもしっかりロックされており動かせない。


そんな状況を母(京香)が打開してくれた。

男の頭に思い切り掃除機で殴られ男が怯んだ。


「大丈夫!?アキラ!」

母は慌てていたが男が怯んだおかげで男を跳ね飛ばすことができた。

すぐに起き上がり態勢を立て直す。


「ちっなんでここにいるんだ…」

男の言葉に俺も驚いていた。


母は今日出版社に呼び出されておりいない予定だったのだ。

「寝過ごした!」


その言葉に2人で言葉を失った。

「これだから自堕落な奴は嫌いだ…あんたの本は好きだったんだが一緒に死んでもらうぞ」

そういって男は包丁を突き出しこちらに突っ込んできた。

先に母を殺すつもりなのかまっすぐ母に向かっていく。


それを防ごうと男に体当たりをしようと突っ込むがそのままいなされる。

明らかに格上の男相手に素人ではどうしようもなかった。

母は部屋の中を逃げ周るが男はそれでも冷静に距離を詰めていく。


母が殺される…そう思った俺は気づけば目の前のキッチンの包丁を手に取り男に突っ込んだ。

しかし男は冷静だった。


俺の接近に気付き男は母を盾にした。

俺は止まる事が出来ずそのまま母の身体に包丁を突き刺す。

母の身体に包丁が刺さっていく感覚は今でも夢に見る。

だからこそ俺は身体を疲れさせ夢を見ないようにと涙ぐましい努力を続けている。


母の血で赤く染まる手に思考が停止して固まっているとそのまま母と一緒に突き飛ばされる。

「手間が省けたわ…後はお前を殺して終わりだ」


そう言って近づいてくる男。

俺は母が上に乗っており動くことができない。いや乗っていなかったとしても俺は動く事はできなかったと思う。

身体は完全に固まり何も出来なかった。


男が目の前まで近づき俺に包丁を振り下ろそうとする。

これで最後だと思った時…母が起き上がり自分に刺さっていた包丁を抜き差り男に突き刺した。


完全に油断していた男は躱すことが出来ず驚きの表情を浮かべていた。

「なんで…」


「ミステリー作家を舐めないで欲しいわ…」


「ふざけるな」

男はさらに抵抗しようともう包丁を振り下ろそうとする。

しかしそんな男をそのまま壁にまで押し退ける。

深く突き刺さった包丁の痛みで男は包丁を落とした。

「まったく日頃の不摂生もこんな時に役立つなんてね」

そんな事を呟いているが母の腹部からは今も血が流れ出し服を赤く染めていっていた。


落とした包丁を拾うとそのまま男の心臓目掛けて突き刺した。

男はそのまま絶命した。

気を張っていたのが切れたせいか母はその場に倒れた。


「全く聖歌が死んですぐに仕掛けてくるなんてよっぽど目障りだったんだね…」

「母さん…ゴメン俺が…俺が…」


「いやいやこれはあんたのせいじゃないしこいつのせいだから気にすんなって」

「すぐ救急車を呼ぶから」

「無駄だよ。ヤバイ臓器が逝ってるし血も流しすぎた恐らくもうすぐ意識も無くなる…その前に私の部屋の『殺してもゾンビなら殺人になりませんよね?』の3巻に入ってるUSBメモリーに色々入ってるからそこに連絡して多分黒幕もそこだから」

そういう母の手がどんどん冷たくなる。

やはり救急車を…手にスマホを持つと

「ダメ…絶対そこに連絡して…じゃないと…ダメ…」

俺の手を握り止める。


「だけど…」

「良いの…ぶっちゃけ社会不適合者の私がここまで子育てしたんだもん…許して…後は聖歌と一緒に見守ってるからさ…ああ…でも最終稿書き上げたかった…な」


「気にせず生きな…アキラ…」

最後にそういって母は目を瞑りどんなに起こしてもそれ後、目を開く事はなかった。


放心のまま最後の母の言葉通りUSBを確認して連絡を取る。

相手の情報がびっしりと記憶されたUSBを盾に事後処理をお願いすることになった。

俺の父親は有名な資産家であり政治家等も排出している名家と呼ばれる家の長男であった。

こいつが黒幕かと思ったら憎悪も湧いたがすぐに連絡を取った。


相手は狼狽えている様子だったがすぐに処理すると言って電話が切れた。


すぐに警察官達がやってきた。

だがその警官たちはこちらには何も聞かず淡々と現場検証をして淡々と仕事をこなしていった。


そして事件は闇に葬られた。


不審な点を上げればキリがない。

特に包丁についた俺の指紋…恐らく俺が母を刺した事も含めてすべてをもみ消された。


ストーカーの犯行により有名漫画家の死亡それが事件のあらましとなった。

もちろん俺はただの目撃者で何の罪もない…だが、俺は母を殺した…その事実は消えない…しばらく塞ぎ込み休学状態…退学にされても文句は言えなかったのだが学校も配慮してくれたようでそのまま卒業させてくれた。

母2人からは大学に行くようにと言われてたこともありなんとか大学受験をして合格をすることが出来た。

しかし、当初進学予定だった名門と呼ばれるような大学には進む事は出来ず地元のそこそこの大学に進学することになってしまったのは今でも母たちに申し訳ないと思っている。


生活に関してはかなりの遺産を残してくれた母(京香)のおかげで生活に困る事はなかった。亡くなった後も印税はしっかり入ってくる上に生命保険もかなりの額が支払われた。


しかし母が働き稼いだお金を使うのはどうにも後ろめたく…生命保険のみに手を付け母の遺産はそのままになっている。

大学の学費や生活費などはその保険金で賄う事ができたがそれも申し訳なく思い社会人になってからそのお金も返済している。

自分が殺したのにそれをもらうことをどうしても許容できなかった。


大学で武道系を学ぼうと思ったのはあの時の無力感からだった。

俺が強ければあんなことにはならなかった。

母(聖歌)のように武術を身に着けていれば返り討ちにすることができた…。

だからこそボクシングを実直に学んだ。


プロデビューの話が来たときも俺には勿体ない話だと思っていた。

確かに実力はついたと思っていたし強くなっている実感もあった。

それでも俺なんかが人様の前に立ちプロとして活躍するなんて許されるのだろうか…そう悩みながら歩いていた時、偶然女の子達が絡まれているのを見つけた。

普段であれば適当にあしらうことも出来たのだがその男達がナイフを持っていたことであの日の出来事がフラッシュバックして気付けば相手を殴っていた。


そこからは坂道を転がり落ちるように底へと落ちていった。

大学を退学となりそのまま地元の企業に就職した。

他にも仕事はあったのだが人前に出る仕事はどうにも気が進まなかった。


俺の時計は母を殺したあの時にずっと囚われているし許されようとも思っていない。どんな事情があったとしても母を殺してしまった事実は俺には変えられない。


この罪をずっと償って生きていくそれが俺の人生だ。



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